[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アルデヒドからアルキンをつくる新手法

[スポンサーリンク]

炭素ー炭素三重結合をもつ炭化水素であるアルキンは、言うまでもなく有機合成化学において有用な二炭素ユニットです。そのため簡便にアルキンを構築する手法が古くから開発されてきました。様々な手法が報告されていますが、アルデヒドやケトンからアルキンを合成する手法としては人名反応にもなっている、

  1. コーリー・フックス アルキン合成 Corey-Fuchs Alkyne Synthesis
  2. セイファース・ギルバート アルキン合成 Seyferth-Gilbert Alkyne Synthesis (大平ーベストマン Ohira–Bestmann 変法)

が現在最も用いられています(図 1a, b)。

これらはアルキンを合成する信頼性の高い反応である反面、(a)多段階反応である点や、(b)化学量論量のジアゾホスホナート試薬を用いる必要があり、環境面、コスト面での問題を抱えています。

 

2015-09-19_15-26-54

図1. アルデヒド、ケトンからのアルキン合成常法

今回米国、ペンシルバニア大学のWalshらはスルホキシドを触媒前駆体に用いたスルフェナート触媒を利用することで、塩化ベンジル誘導体と芳香族アルデヒドを反応剤とした新規触媒的アルキン合成法を開発したので紹介します(図1 This work)。

“Organocatalytic Synthesis of Alkynes”

Zhang, M.; Jia, T.; Wang, C. Y.; Walsh, P. J.; J. Am. Chem. Soc. 2015137, 10346. DOI: 10.1021/jacs.5b06137

 

Sulfenate anion (RSO)の有機分子触媒への応用

今回触媒として用いられたスルフェナートはスルフェン酸(RSOH)の共役塩基であり、高い求核性と優れた脱離能を併せもつことが知られています。有機合成化学の分野においてスルフェナートは様々なスルホキシド合成の重要な中間体として用いられてきました。

一方で、カップリング反応における有機分子触媒として用いられた例は一例のみでした。2014年Walshらはハロゲン化ベンジル誘導体からtrans-スチルベン類が生成するホモカップリング反応において、スルフェナートが触媒として機能することを初めて明らかにしています(図2)[1]

2015-09-19_15-34-01

図2 スルフェナート触媒を用いたホモカップリング反応

 

更に今回彼らはスルフェナート触媒が異なる二種の求電子剤である塩化ベンジル誘導体と芳香族アルデヒドのクロスカップリングを促進し、ジアリールアセチレンを与えることを見出しました。

 

本反応の特徴と応用

KOtBu存在下、空気中で安定な触媒前駆体から反応溶液中でスルフェナートを調製し、塩化ベンジル誘導体と芳香族アルデヒドを加熱攪拌するとジアリールアセチレンが生成します。本触媒系を用いれば、わずか1時間で反応が完結し、ハロゲンやシアノ基、ヒドロキシ基など様々な官能基を有するジアリールアセチレンが高い収率で得られました(図 3)。グラムスケールでのアルキン合成が可能である点も本反応の特筆すべき点だと言えます。また塩化ベンジルの代わりに塩化アリル誘導体を用いることで共役エンイン骨格の構築も可能だとわかりました。

2015-09-19_15-36-13

図3 今回報告された反応 

【訂正】図3、下スキーム生成物は共役エンインであり、誤って炭素が1つ多く記載されています。申し訳ございません

反応機構解明研究

Walshらは以下のような反応機構を提案しています。

  1. スルフェナートと塩化ベンジルの求核置換反応により化合物Bが生成
  2. 化合物Bのα位を脱プロトン化し化合物Cとなる
  3. 化合物Cから芳香族アルデヒドへ求核付加反応し化合物Dが生成
  4. 化合物Dの脱水反応により化合物Eを与える
  5. スルフェナートの脱離反応によりジアリールアセチレンが生成

 

2015-09-19_15-37-37

図4 推定反応機構

 

実際に筆者らは想定される触媒サイクルの中間体DEを別途合成し、塩基を作用させることで、中間体Dからは中間体E、中間体Eからはアルキンが生じていることを確認した(Scheme 3a, 3b)。なお塩基性条件下で中間体Dからは化合物Eだけでなく、化合物Bも得られました。このことから中間体Dからアルデヒドと化合物Cが生成する逆反応が進行していることが示唆されます。

本反応は触媒的に炭素–炭素三重結合を形成し、多様なアルキンが合成可能であるという点で実用性が高い反応ではないでしょうか。またスルフェナートを有機分子触媒として開拓した点も興味深いといえます。今後もスルフェナート触媒の幅広い反応での活躍を期待したいと思います。それにしても、本論文のタイトルは大変シンプルで好感がもてます。こういう仕事をしたいですね。

 

関連文献

  1.  Zhang, M.; Jia, T.; Yin, H.; Carroll, P. J.; Schelter, E. J.; Walsh, P. J. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 10755. DOI:10.1002/anie.201405996

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4759807519″ locale=”JP” title=”進化を続ける有機触媒―有機合成を革新する第三の触媒 (化学フロンティア)”]

 

外部リンク

 

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 【クラリベイトウェブセミナー】 新リリース! 今までの研究開発に…
  2. 第42回メディシナルケミストリーシンポジウム
  3. BASFクリエータースペース:議論とチャレンジ
  4. 【PR】Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタ…
  5. 有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャー…
  6. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2018年版】
  7. マンガン触媒による飽和炭化水素の直接アジド化
  8. 2つ輪っかで何作ろう?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 量子コンピューターによるヒュッケル分子軌道計算
  2. リガンド指向性化学を用いたGABAA受容体の新規創薬探索法の開発
  3. 光親和性標識法の新たな分子ツール
  4. 第八回 自己集合ペプチドシステム開発 -Shuguang Zhang 教授
  5. iPhone7は世界最強の酸に耐性があることが判明?
  6. ハートウィグ有機遷移金属化学
  7. アスピリンから生まれた循環型ビニルポリマー
  8. 真島利行系譜
  9. 有機ELディスプレイ材料市場について調査結果を発表
  10. Dead Ends And Detours: Direct Ways To Successful Total Synthesis

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

第42回メディシナルケミストリーシンポジウム

テーマAI×創薬 無限能可能性!? ノーベル賞研究が拓く創薬の未来を探る…

山口 潤一郎 Junichiro Yamaguchi

山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう、1979年1月4日–)は日本の有機化学者である。早稲田大学教授 …

ナノグラフェンの高速水素化に成功!メカノケミカル法を用いた芳香環の水素化

第660回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(有機化学研究室)博士後期課程3年の…

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP