西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農学研究科 教授。
第58回ケムステVシンポ講師。
経歴
1982年 長野県諏訪清陵高等学校 卒業
1985年 静岡大学 理学部化学科 卒業(上村大輔 当時助教授)
1987年 名古屋大学農学部食品工業化学科博士課程(前期課程)修了
1987-1988年 サッポロビール株式会社
1988年 名古屋大学農学部 助手 (後藤俊夫教授のちに磯部稔教授)
1995年 名古屋大学から博士学位取得(農学)(磯部稔教授)
1999年7月から2000年6月 ドイツ連邦Stuttgart 大学 有機化学研究所 Guest Scientist
2002-2005年 JSTさきがけ「合成と制御」(村井眞二先生) 兼業
2004年 名古屋大学大学院生命農学研究科助教授
2008年 名古屋大学大学院生命農学研究科教授
受賞歴
2001年 18th International Congress of Heterocyclic Chemistry, Specs and Biospecsポスター賞
2002年 2001年度有機合成協会奨励賞
2004年 Synlett Assistant Professor Awards 2004
2009-2015年 International Conference on Cutting-Edge Organic Chemistry in Asia. ACP Lectureship Award from five countries (Taiwan, China, Korea, Singapore, Hong Kong).
2017年 有機合成化学協会 シオノギ・低分子創薬化学賞
2023年 第20回日本農芸化学会研究企画賞
2025年 2025年度日本農学賞・読売農学賞
研究業績
当研究室では、天然物の網羅的合成による新たな生物活性の発見を目指して以下のような研究を展開している。
1. 多機能性保護基の開発とテトロドトキシン類の網羅的合成:
フグ毒テトロドトキシン(TTX)は、低分子量ながら官能基密度が極めて高く、全合成が極めて困難な天然物として有名である。当研究室では、TTXの合成にあたり、共通中間体に含まれるアミノ基の保護基トリクロロアセチル基の新たな反応性(機能)を発見し、「多機能性保護基」とした。[1] そして、その活用によってTTXの網羅的合成を実現してきた。[2] 一方で、このTTXライブラリーを活用して、無毒の類縁体5,6,11-トリデオキシTTX(TDT)がフグを誘引することを発見した。[3](共同研究:名古屋大学 阿部秀樹准教授、北里大 高田健太郎教授)

N-トリクロロアセチル基の多機能性

TTX類の網羅的合成
2. カスケード型ブロモ環化反応によるグアニジン天然物の合成[4]
サキシトキシン(STX):麻痺性貝毒として有名なSTXは、TTXと同様の電位依存性ナトリウムチャネルの強力な阻害剤として知られている。また、2つのグアニジンを含む複雑な構造をもっているため、その全合成は極めて挑戦的である。当研究室では、この複雑骨格合成のために、グアニジンを含むアセチレン化合物のカスケード型ブロモ環化反応を開発し、2つの異なる合成戦略による効率的合成を実現した。[5]

カスケード型ブロモ環化反応によるSTX骨格の合成
クランべシンカルボン酸:類似のカスケード型環化反応によって海産天然物クランべシンBカルボン酸の関連化合物を網羅的に合成し、この化合物がNeuro-2A細胞を使った活性評価で、TTXに匹敵する電位依存性ナトリウムチャネルの強力な阻害活性を示すことを明らかにした。[6](共同研究:東北大、山下まり教授、此木敬一准教授)

カスケード型ブロモ環化反応によるクランべシンCOOHの合成
3. 生合成経路の推定と活用:
チャキシン: チャキシンB(Chaxine B)とその類縁体は、河岸洋和(静岡大)らによって中国産食用キノコ茶樹茸(Agrocybe chaxingu)から単離されたステロイド系天然物である。B環が酸化され失われており、A環とCD環がエステル結合している他に例のない特異な化学構造を有する。当研究室では、チャキシンの生合成経路を独自に推定し、その化学模倣によってエルゴステロールから7工程からなる合成法を開発し、併せて類縁体を合成した。この合成によって、提唱構造を修正し、新たな生物活性としてマツタケ菌糸の成長促進、チェックポイント阻害活性などを見出した。[7](共同研究:静岡大 河岸洋和教授)

生合成類似合成によるチャキシン類の網羅的合成
アプリシアトキシン類:アプリシアトキシン(ATX)は、海洋シアノバクテリアが生産するポリケチド系天然物である。ATXの示す強力な炎症作用、発ガン促進作用は、プロテインキナーゼC(PKC)の活性化によることが明らかにされた。一方で、およそ30種ある類縁体の生物活性は、ほとんど調べられていない。当研究室では、これら類縁体の大半がATXから合成されるという独自の生合成仮説に基づき、ATX関連天然物のlate-stage functionalizationによる網羅的合成を目指している。この方針に基づき、これまでにグラムスケールで合成できる共通中間体Aからマクロジオリドを有さない類縁体8種類(下記(a))を、共通中間体 Bからマクロジオリドを含む類縁体8種類(下記(b))などの合成に成功した。[8]


ホタルルシフェリン:網羅的合成ではないが、ホタルのD-ルシフェリンの生合成研究から派生した研究で、生合成と類似の原料L-システインメチルエステル,p-ベンゾキノンを使った6段階からなる実用的なone-pot合成を達成した。全ての反応が、厳密な条件を必要とせず、室温という温和な条件で進行する。また、この合成法の総収率は46%と過去に報告されたどの合成法よりも優れているだけでなく、One-pot合成のため後処理、精製によって生じる廃棄物も少なく環境負荷の少ないグリーンプロセスである。[9]

D-ホタルルシフェリンのワンポット合成
4. その他
ネコ科動物にマタタビ反応として知られる特有な反応を誘起する植物イリドイド類の機能解析の研究などがある。強力な活性物質として新たにネペタラクトールを同定し、またたび反応の生物学的意義を解明した。[10,11] この研究も、マタタビラクトンの網羅合成が出発点となっている。宮崎雅雄教授(岩手大学農学部)らとの共同研究。

マタタビ葉に含まれるマタタビラクトンと関連化合物
名言集
コメント&その他
関連動画
関連文献
[1] Nishikawa, T.; Urabe, D.; Adachi, D.; Isobe, M. Synlett 2015, 26, 1930-1939. (DOI: 10.1055/s-0034-1380781) [2] Nishikawa, T.; Isobe, M. Chem. Rec. 2013, 13, 286-302. (DOI: 10.1002/tcr.201200025) [3] 西川俊夫、安立昌篤、阿部秀樹 化学と生物 2024, Vol.62, No.2, pp 64-66. (DOI:10.1271/kagakutoseibutsu.62.64) [4] 西川俊夫、中崎敦夫「カスケード型環化反応による環状グアニジン天然物の合成」天然有機化合物の全合成 ―独創的なものづくりの反応と戦略― 日本化学会編(CSJ Current Review 27)化学同人2018年 pp86-93. [5] (a) Sawayama, Y.; Nishikawa, T. J. Synth. Org. Chem. Jpn. 2012, 70, 1178-1186. (DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.70.1178), (b) Ueno, S.; Nakazaki, A.; Nishikawa, T. Org. Lett. 2016, 18, 6368–6371. (DOI: 10.1021/acs.orglett.6b03262) [6] Nakazaki, A.; Nakane, Y.; Ishikawa, Y.; Yotsu-Yamashita, M.; Nishikawa, T. Org. Biomol. Chem. 2016, 14, 5304-5309. (DOI: 10.1039/C6OB00914J) [7] 西川俊夫:有機合成化学協会誌2020, 78, 566-5574. (DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.78.566) [8] (a) Hada, K.; Araki, Y.; Nokura, Y.; Urabe, D.; Nishikawa, T. J. Org. Chem. 2022, 87, 15618-15633. (DOI: 10.1021/acs.joc.2c02204) (b) Hada, K.; Nishikawa, T. J. Org. Chem. 2025, 90, 7786-7792. (DOI: 10.1021/acs.joc.5c00651) [9] Kato, M.; Tsuchihashi, K.; Kanie, S.; Oba, Y.; Nishikawa, T. Sci. Rep. 2024, 14, 30461 (DOI: 10.1038/s41598-024-82996-2) [10] 西川俊夫、上野山怜子、宮崎雅雄 現代化学 2021, 5月号, 20-25. [11] 上野山怜子、西川俊夫、宮崎雅雄 AROMA RESEARCH 2023, 24 (1) pp 46-52.
関連書籍
関連リンク
研究室HP (https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~organic/)
ネコがマタタビにスリスリする反応には蚊除け効果があった!:スポットライトリサーチ (上野山さん)





























