Tshozoです。以前からダニに関し色々記事を書いていましたが(「ミツバチに付くダニのはなし」「飲むノミ・マダニ除虫薬のはなし」や、スポットライトリサーチ「ミツバチに付くダニに効く化学物質の研究開発のはなし」)、最近SFTSが悪い意味で話題になっている関係で、復習のためにダニ、特にマダニの生態含めて書いた「SFTSのはなし 前編」「SFTSのはなし 後編」をよく見直し最新文献を探っています。
こうしたダニに関する記事を書いてきた動機は、実はダニではなくノミに対する恨み。大学時代にお金が無く下宿は大学から自転車で20分以上のところ(築*十年 風呂なしトイレ共同4.5畳半)。それだけならいいのですが、問題はそこで大家が飼っていたネコ。こいつが運んでくるノミに毎日苛まれ、あのサイズでこの痒さかというのを未だに思い返すほどのイヤさ加減が恨みの根幹。毎日部屋に帰るとガムテープを片手に畳を舐めるように睨み、黒い粒が見えたら瞬時に叩いて貼り付ける、を30分ほど繰り返し家事に移るのが二年ほど日課になっていて、その関係で今でもフローリングに点が見えると身構えるほど。そこまで恨んでいた害虫のノミに対して敵意があるなら、マダニにも殺意が湧くのも頷けるでしょう。
ただ、ノミはマ●レモン(をはじめとした石鹸類)に弱く、テープでとっ捕まえた状態で●マレモンの原液を綿棒でつけたり希釈液にそのまま入れたりすると急速に弱るためそこまで厄介さは感じていませんでした。一方実家周りで時々目にしていた迷惑害虫のマダニも当然同じ対策が効くかと思いきや、これが動き回っているときはもちろん、一度食いつかれるとママ◎モンどころか何をやっても外れない。無理にやろうとすると化膿とか疣になったりするので皮膚科のお世話にならないと、、、というのは前回記事で書いたのですが、その原因はマダニらしく狡猾で、自分のアゴごとセメント状の物質でガチガチに固めた状態で吸血を続けるから。しかもノミよりずっとろくでもない病気を媒介する(厚労省リンク)。上記のSFTSウイルスはもちろん、特に同じダニの仲間のツツガムシだとツツガムシ病の原因になるリケッチアなども媒介したりする。ノミなんかよりずっと殺意が湧きますよね。

前回記事から再掲 本当にこの状態でずーっと固まってびた一文動かない
(後述するが、このセメントで固めないタイプのダニも一部にいる)
↑こういうものがすぐ手元にあればいいが(通販している)、
だいたい困ったときに持っていない・見つからないのが世の常
加えて最近ではひどく獣害化したシカやイノシシのせいか、静岡のこちらのカメラマン兼猟師さんが報告しているように比較的街に近い家の庭先にすらダニがゴロゴロいるような状況になっているうえ僻地などでは病院がどんどんなくなってしまっている。こういう状況のため、刺されるたびに皮膚科に駆け込むのが億劫になる人、そうそう駆け込めない人もきっといるのではと考え、何かの一助にならんかという想いでこの記事を書きます。ただ、毎回ながら(誤りがないよう、変なことを書かないよう十二分に注意して情報を収集し記載しますが)筆者は薬学、医学及び関連する資格一切を修めておりませんので、各自参考文献を含め関係資料を正しく読み、正しく解釈したうえで行動いただくようお願いいたします。
どういう話か 文献紹介と化学的な推定
母が昔から自然食品に親しんでいた関係で(注:某党等とは一切関係ありません)、筆者は様々な民間療法、例えば枇杷の葉の焼酎漬を少量飲むなどを施されていました。化学を学ぶ立場の人間としては微妙で功罪あると思いますが、その中にいまだに筆者にとって明らかに効果がある処方が5件以上存在します。まぁ漢方薬の一種だと思うとそんなに不自然ではないのですが…のちにクソニンジンの話をかなり突っ込んで調べたのもその経験があったためで。「青嵩を水に漬けた汁を飲む」なんて約2000年前の伝承でひどい言い方ですが”信仰”とみてもおかしくない話ですからね…。つまり民間療法とは誤謬も誤解も宝石もごっちゃになっている「闇鍋」であり99.9%は根拠薄弱検討無用なのでしょうが、経験的に真摯に向き合い詳細を探索すべき価値があるものも存在する、という姿勢で対しております。
そうしたスタンスに足を置いて、なんとかダニ(以下マダニ類を指します)を身の回りにある化学物質で簡単に防げる、或いは外せる方法がないのかと探っていたのですが、その結果(文献1)を見つけ更にここから芋づる式に数点の文献が出てきたのです((文献2)(文献3)(文献4)など)。これらによると必要なのは「塩(NaCl・塩化ナトリウム)」と「少量の水(H2O・水分)」のみ(ピンセットがあればなお可)。どっかの連中が言う”塩化ナトリウムが入ってない塩”とかいう狂気は完全無視し、本当にそこらへんのスーパーやコンビニに売ってる塩です。電解食塩でも自然塩でもなんでも大丈夫のようです。
やり方は下図のように、よく湿らせた状態でダニのところに「清め塩」の要領で山盛りにする形でしばらく(文献上は10~15分くらいが妥当なようです)置いておく。そののち、塩を払ってダニの首の根元を掴んで引き抜く。これだけ! これにより、高確率(後述)で口吻が残ることなくダニが引き抜けるので、あとは刺傷のところをよく洗い処置をしておくとよいでしょう、とのことです。

処置方法のイメージ 各文献をもとに筆者が作成
水だけだと盛った所から塩が落ちる可能性が高いので
アラビックヤマトノリでも混ぜて固めた方がいい気もする…
そして、これらの文献1~4が全て参考に挙げていたのが(文献5)。しかも論文ではなくエッセイ。この文章の著者は山形大学医学部外科学第二講座准 教授の大泉弘幸 先生で、登山でのご経験を含め馴染みやすい文体で書かれていました(注:この方法はある県での牧場を営む方から聞いた話としてご紹介されています)。注目すべきはあくまで大泉先生の見てきた医局内でのご経験での範疇ですが、約96%という高い確率で口器が皮膚内に残ることなく引き抜けたということ(注:本文は慎重にかつ控えめに記載されており、まだ論文にもしていない点を強調されていますので、本処置をご自身で行った際の失敗等の責は先生には一切ありません)。なおポイントとしては噛まれてからの時間で、比較的早いタイミングでの処置が功を奏するのでは、という印象があります。いずれにせよこの”よもやま話”が無かったら、今回挙げたように様々な先生方が試すことすらなかったであろうと思うと非常に貴重な記録ではないのかと思います。こういうものは電子だけではなく、どこかでリアルに紙冊子にしておきたいですね。クソニンジンの話も書きましたがたとえば近代以前の中国歴代王朝の強みは紙、漢字の発明とその連綿たる保存にあるわけで決して蔑ろにすべきではない価値を今でも持っていると信じます。
また筆者としては、この「盛り塩」は化学的にもそんなに的を外れた処置ではないのではという印象を持っています。どういうことかというとNature Chemistryに最近出た論文(文献6)。ダニがつくるセメント状物質の「吸いたいときに固まり、吸い終わったら外すことが出来る」という特殊な性質に注目した論文なのですが、これがどうやってセメント状・粘着状になっているかまで推定、解析していて非常におもしろい(意図としては接着剤などに応用したいらしい)。ステップは、著者在住のオランダ中心域にいるダニを解剖し唾液腺を集め(何匹分かは書いてないがおそらく相当な数がないと分析できないはず)超音波抽出→遠心分離→粘調液にして分子量分布を測定(下図)。これと既に発見されている(!!!)ダニ唾液内のタンパク質(文献7)、結晶部と非結晶部が明確に分かれている巨大界面活性剤のような材料(tick-GRP/Glycine-Rich-Protein)とを突き合わせ、後者をモデル材料として適用することから始めたものです。

(文献6)より引用

固まったりする機構を解明するため(文献6)でモデル的に用いた”tick-GRP77″
結晶化しやすいヘリックス部と非晶質になりやすい部分が明確に分かれている
全てのダニが必ずしもこのタンパク質を利用しているわけではないが、唾液腺中材料の
分子量分布の類似性を一番最初に確認したうえで使っている
この唾液が固まるポイントとなるのは、このダニ唾液の主成分と想定し得る上記tick-GRP77が固まるスイッチが何か、という点ですがものすごく省略して書くと「乾燥、有機物(アルギニンやアミノ酸など/特にpHが変動しうるような官能基を持つもの)、塩(濃度+おそらくイオン種類)」の3つ。このうち本記事に関わるのは一番最後の塩のところで、そこにポイントを絞って何が起きているか書くと、下図。

(文献6)より、関係するところを筆者が解釈しつなぎ合わせて引用
ただし”dried”のところは塩を含めた状態で乾燥させていないようなのであくまでイメージに留まるのに注意
つまり、極小キャピラリー内で濃塩水(NaHPO4)と上記tick-GRP77を同じ場所に流すと、大量のミニコアセルベート(脂質の多い液滴のようなもの)が出来ることを明らかにした点を上半分で述べていて、それが時間が経つと凝集傾向が強まり(下段左下)、更に乾燥させると凝集し(下段中央)、それを実際に特徴を見てみると非常に粘着性の強い物質である(下段右下)ことがわかった、という流れで説明をしていました。分析方法の選定もすごいですが完成度が非常に高い論文で、久しぶりに材料物性系の論文で引き込まれてしまいました(なおダニに関する本論とは関係ないのですがこのタンパク質の塩(NaHPO4)に触れた時のコアセルベート化のところ、以前ご紹介した相田卓三先生の研究室で開発されたこちらのプラスチック、つまり塩の作用で状態が変わるプラスチックと原理的に類似性が大きいじゃないか!と思って感動してしまいました(注:相田先生のプラスチックは塩を加えるとモノマーレベルまで分解可能になるという、今回のダニポリマーとは真逆の機構を持ちます))。
こうした分析や機構をひととおり眺めたあと(文献2)を読み直してみると、今回の塩埋め処理の結果、口器はもちろんダニが固めたセメント状物質部までもキレイに見事にズルっと抜けたケースがあるので、塩分過剰の場合には上記で発生したコアセルベートを構成する該当タンパク質の硬化バランスが狂う→柔らかくなる、ということが起きうると推定できませんでしょうか。つまり盛り塩でそのタンパク質の状態が変わっている、又は硬化最適条件を大きく外した、とみることが出来るかも。これであれば、刺されてから早めの処理でないと厳しいのでは、ということもある程度推定できましょう。更に、もしかしたらマダニは唾液を固めるときには血液の塩分を利用し、硬化を解除するときには塩分を吸い取るなどで固めたものを柔らかくしているのでは、というようなことも妄想できます。こうした、伝承や生活の中での知恵というのが最新の科学・化学と結びつくようなネタが個人的には非常に好きなのですが、今回はそれを代表するような例だという印象を受けます。
ただ、ここまで書いてきてなんですが、今回読んだ中で面白かった例のある(文献3)では、引き抜けたのはそもそも塩の有無以前に「除去しやすい」ダニだったのではないか、種類によっては結論を出すにはもう少し時間とサンプルが必要である、万能の手法ではないという慎重な示唆をされています(特にセメント状物質で固めないタイプ、つまり口器を直に肌に突き刺して自分を固定するタイプのダニにはこの塩盛法は効かないとのこと)。この点、ごもっともだと思います。ただどういう塩を使ったのか、血を吸いだしてからどのくらい経ったのか、など統計的な形でデータが集まると非常に面白いことになるのではないでしょうか。
ということで少し短いですが速報的に採り上げてみました。こうした案件は家の中で鬱々と籠っていては決して体験出来ない話がほとんどなのでしょうし、実際には文献に挙げた各先生方のご体験を前借りしているだけなのでもう少し山谷へ足を運んで色々見聞きしないとなぁと反省しきり、というのが今回のオチでありました(ダニに噛まれるのは嫌ですが…)。
おわりに
当然ですが今回ご紹介した話はあくまで「かみついてきたマダニなどを外しやすく可能性のある手段」であって「SFTSなどの疾患を(完全に)防げるミラクルメソッド」ではありません。なので、やってみても外れなかったり、ダニの口吻が体内に残ってしまったり、外れたけれども体調が悪くなってきた、熱が出てきたりした、というようなときには必ず病院を受診しましょう。今回採り上げた(文献3)にも「刺された後の感染症には注意してください。刺されて2週間以内の原因不明の発熱や、刺された部位の治癒が悪いなどおかしいと思うときは病院に行きましょう」と書いてありますのでそれが最も注意すべき事項です。ただし、気が付いた時点で外せることから(耳の裏とか**の裏とかは他人の手を借りないとだめですが)早く対応できるため病原体が体内に大量に流れ込むのを防げため疾患につながるリスクは下げられる可能性はあるわけで、知っていて損はしないでしょう。また塩単体にマダニなどダニそのものを駆除し得る機能はないため、直接畑や草藪に塩を撒いても全然効果はないですし、むしろ塩害につながり土壌がメチャクチャになってしまうだけですので、その点は十分に認識ください。
しかし、昔から盛り塩とか清めの塩とか殺菌用の塩とか色々なところで「清浄」というキーワードにつながる塩化ナトリウムが、まさか現代でもこういう形で適用し得る可能性があるとはとても思いませんでした。考えてみればナメクジ(寄生虫)とかヒル(感染症)とか、昔で言うと妖怪や天狗とかの仕業とも考えられたものに対する防除のツールとして効果があり得るものだということがあったからこそ敬われ、神事などにも使われていたのかもしれませんね。
それでは今回はこんなところで。
参考文献
1. “食塩包埋によるシュルツェマダニ咬着個体の除去”, 日本ダニ学会誌,33(1): 13–17. 2024年5月25日, リンク
2. “食塩包埋によるマダニの除去法”, 皮膚科の臨床 61巻2号 (2019年2月発行), リンク
3. “マダニのとり方”, 田中医院, 2023年9月5日, リンク
4. “虫刺されとしてのマダニ刺症あれこれ”, 第 40 回北陸病害動物研究会, 2023年7月23日, 金沢医大, リンク
5. “民間療法あれこれ” Medical Tribune, 49(16), 21., リンク
6. “Phase separation and ageing of glycine-rich protein from tick adhesive”, Nat. Chem. 17, 186–197 (2025). , リンク
→SIも非常に読みやすくてよい リンク
7. “Identification and characterization of vaccine candidates against Hyalomma anatolicum—Vector of Crimean-Congo haemorrhagic fever virus”, Transbound Emerg Dis. 2019 Jan;66(1):422-434., リンク































