[スポンサーリンク]

一般的な話題

水素結合の発見者は誰?

[スポンサーリンク]

 

さて化学大好きっ子の皆さんにクイズです。次のものの発見者は誰でしょう?

1、酸素

2、電子

3、ラジウム

4、中性子

5、水素結合

6、DNAの構造

電子はJ. J. Thomson、ラジウムはCurie夫妻、中性子はChadwick、DNAはWatsonCrick、それとWilkinsFranklinでしょうか。酸素は少し微妙ですがPriestlyか、ScheeleLavoisierが思い浮かんだことでしょう。

では水素結合はどうでしょうか?Paulingと答えたあなたはちょっと惜しいですね。化学結合の概念という意味ではPaulingでしょう。しかし違います。水素結合は高校の化学の教科書にも登場するほど重要な概念の発見であるにも関わらず、意外にも発見者はあまり知られていません。その名はTom Sidney MooreThomas Field Winmillです。

さて今回のポストでは今月の Nature Chemistry誌から、Nature誌のsenior editorであるPatrick Goymer氏のthesisというかessayをご紹介します。 先月のthesisはこちら

100 years of the hydrogen bond

Goymer, T. Nature Chem. 4, 863-864 (2012). doi:10.1038/nchem.1482

Goymer氏は水素結合の概念の提唱者の一人であるMooreのひ孫さんと結婚しています。その縁あっての寄稿という事もあるのでしょう。

ではそのMooreとはどんな方だったのでしょうか。Mooreはthe East London Technical College、現在のLondon大学Queen Maryでまず化学者のJ. T. Hewittと物理学者のR. A. Lehfeldtの下で18歳まで初期の科学教育を受けたようです。その後Oxford大学に移り、数学、化学で優秀な成績を修めた後、ドイツなどで研究に勤め1905年にはOxford大(Magdalen College)に戻っています。Oxfordでは研究室を主宰したというよりも今でいうところの非常勤のような職にあり、十分なポストとは言えませんでした。

丁度その時期に結婚、子供達の誕生もありお金には少し困っていたのかもしれません。Cambridge大学St John’s Collegeでも教鞭をとっていたそうです。そしてThomas Winmillは1911年にMagdalenでMooreの学生となります。しかし歳は半年ほどしか違わなかったようです。そこで行われたWinmillとMooreの共同研究の成果が1912年にJournal of Chemical Societyに掲載されることになるのです。

The state of amines in aqueous solution

Moore, T. S. and Winmill, T. F. J. Chem. Soc., Trans. 101, 1635–1676 (1912). doi:10.1039/CT9120101635

そうなんです。実は水素結合の概念が世に出てから今年は100年なんですね。

論文は主に二つの部分からなり、Winmillの行った様々なアミン塩酸塩のイオン化定数の測定と、Mooreによるその実験結果の解釈についてです。特にトリメチルアミンよりテトラメチルアンモニウム塩の方が強い塩基であるという事実の解釈によって、水素結合という概念を導き出しています。

N(CH3)3 + H2O → [N(CH3)3H]+ + OH

[N(CH3)4]OH → [N(CH3)4]+ + OH (より強い塩基)

さて、この論文のその後ですが、世の中の化学者に強烈なインパクトを与えるような一大センセーションを巻き起こしたのか?と問えば、それは残念ながらNoです。

When discussing the history of hydrogen bonding, Pauling points to a somewhat unremarkable-sounding study published in 1912.

科学上多くの重大な発見が初めひっそりとなされるのと同様に、世の化学者にはあまり反響が無かったようです。しかし、振り返ってみればこれほど大きな化学の発見はそうあるものではありません。にも関わらず現代まで続く以後の扱いは少し残念に思えます。

hydrogenbond_1.jpg

T. S. Mooreの肖像 図は文献より引用

論文の発表後、WinmillはCambridge大学に移り、その後British American Tobaccoのchairman(会長?)となります。一方のMooreは論文発表の次の年にはOxfordから十分なオファーをもらうことができず、 London大学のwomen’s collegeに移ることになり、1946年まで勤めます。

この移籍はひょっとしたら化学の世 界にとっては少し残念なことであったかもしれませんが、Mooreは尊敬される良き指導者となり、女子教育に尽力したとのことです。また、英国の化学会の副会長などを歴任するなど化学会に貢献しますが、それにしても偉大な発見を成し遂げた人物としてはあまりにも知られていなさすぎますね。DNAの二重らせんの構造だってこの水素結合の概念がなくては分からなかった訳ですし、もっとスポットライトを浴びてもいいのではと思いますが、高校の教科書に登場させるにはMooreとWinmillの実験の内容はちょっと難しすぎますか?

関連書籍

[amazonjs asin=”4797351853″ locale=”JP” title=”マンガでわかる有機化学 結合と反応のふしぎから環境にやさしい化合物まで (サイエンス・アイ新書)”][amazonjs asin=”4061550519″ locale=”JP” title=”絶対わかる化学結合 (絶対わかる化学シリーズ)”][amazonjs asin=”4022574216″ locale=”JP” title=”ポーリングの生涯―化学結合・平和運動・ビタミンC”][amazonjs asin=”0801403332″ locale=”JP” title=”The Nature of the Chemical Bond and the Structure of Molecules and Crystals; An Introduction to Modern Structural Chemistry. (George Fisher Baker Non-Resident Lec)”]

 

Avatar photo

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 科学ボランティアは縁の下の力持ち
  2. 2007年ノーベル化学賞『固体表面上の化学反応の研究』
  3. 有機合成化学協会誌2025年10月号:C–O結合切断・光学活性ア…
  4. オペレーションはイノベーションの夢を見るか? その1
  5. 標準物質ーChemical Times特集より
  6. 中国へ講演旅行へいってきました②
  7. 有機合成化学協会誌2021年8月号:ナノチューブカプセル・ナノグ…
  8. 【7/28開催】第3回TCIオンラインセミナー 「動物透明化試薬…

注目情報

ピックアップ記事

  1. サイエンス・コミュニケーションをマスターする
  2. ペンタフルオロスルファニル化合物
  3. 新車の香りは「発がん性物質」の香り、1日20分嗅ぐだけで発がんリスクが高まる可能性
  4. なぜ電子が非局在化すると安定化するの?【化学者だって数学するっつーの!: 井戸型ポテンシャルと曲率】
  5. 抗精神病薬として初めての口腔内崩壊錠が登場
  6. 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)のドナーとして利用される蛍光色素
  7. Rice cooker
  8. 酵素の動作原理を手本として細孔形状が自在に変形する多孔質結晶の開発
  9. 核酸医薬の物語1「化学と生物学が交差するとき」
  10. AIで世界最高精度のNMR化学シフト予測を達成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP