[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

化学反応を“プローブ”として用いて分子内電子移動プロセスを検出

[スポンサーリンク]

第247回のスポットライトリサーチは、東京農工大学 生物システム応用科学府(神谷研究室)・前田 尚也さんにお願いしました。

電子移動は有機合成においても重要な基盤を占めますが、多くは高度な分析化学機器を使って調べられています。これを”見える化”できる分子系となると、なかなかに設計が難しいもの。今回紹介する研究は、そのようなチャレンジの成果と言えるでしょう。Org. Lett.誌 原著論文およびCover Picture(冒頭図)・プレスリリースに公開されています。

“Probing Intramolecular Electron Transfer in Redox Tag Processes”
Maeta, N.; Kamiya, H.; Okada, Y.* Org. Lett. 2019, 21, 8519-8522. doi:10.1021/acs.orglett.9b02808

現場で研究を指揮されている岡田洋平 助教から、前田さんについて以下のコメントを頂いています。イチからの研究立ち上げに関わられていた経験は今後ともいかされていくはずですね。それではインタビューをお楽しみください!

前田君は、私が教員となってから半年後に学部四年生として研究室に配属された学生で、修士課程・博士課程と一緒に研究を進めてくれました。研究室でそれまで全く経験のなかった有機合成に関するテーマにゼロから取り組み、限られた時間にも関わらず数多くの成果を挙げてくれています。新テーマであるために教えてくれる先輩が誰もおらず、当初は私が手取り足取り実験操作を教えていた(はずな)のですが、気が付けば“この化合物はどうやって作ったの?”とこちらが聞くようになってしまいました・・・。今回取り上げて頂いた論文における基質の合成も、最初に私が提案した経路はめでたく棄却され、前田君自身がどこからともなく見付けてきた反応を活かした別ルートによって達成されています。しかも、より安価な原料から!いやはや、助かりますね。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

電子移動反応は最も基本的かつ普遍的な化学プロセスの一つであり、レーザーフラッシュフォトリシス法などによって広く研究が進められています。今回私たちは、新たに化学反応そのものを“プローブ”として用い、特に分子内の電子移動プロセスを検出する手法を報告しました。これまでに、ラジカルカチオン[2 + 2]環化付加反応において、わずかな電子移動の違いによって全く異なる生成物が得られることが見出されています。本研究ではこの反応に着目し、ドナー部位とアクセプター部位を繋ぎ合わせるリンカーの構造に応じて分子内電子移動がどのように変化するのか解析しました。スルースペースだけでなく、スルーボンド経路による電子移動が示唆されています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究を推進するにあたり、反応機構の深く正しい理解のためには厳密な基質の分子設計が重要でした。特に、電子が“どこから”“どこへ”“どのように”移動したのかを検証するためには、リンカーの長さや分子の運動性の制御が本研究を実現するカギとなる部分であったため、とてもこだわりました。また、設計した基質の多くは過去に報告例がない化合物であり、基質の合成経路の探索には苦労しましたが、目的物のきれいなNMRチャートが得られた時には、とても感動したのを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

基質 (3) の合成経路の確立です。特にテトラヒドロナフタレン骨格を有する化合物についてはこれまでに報告例がなく、一から合成経路を考える必要がありました。先生から最初に提案されたルートでは出発原料(β-テトラロン)が非常に高価かつ不安定であり、残念ながら反応も上手く進行しませんでした。そこで、鍵となる中間体 (2) を得るための反応を片っ端から検索したところ、テトラヒドロナフタレン骨格に類似のクロマン骨格を有する化合物を用いて中間体 (2) と同様の生成物を合成している例を発見しました。これを参考に合成ルートのブラッシュアップを行ったところ、喜ばしいことに安価で安定なα-テトラロン1を出発原料とし、4段階で基質 (3) を得ることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は化学という学問の面白さは、知的好奇心を満たすことができるところにあると考えています。実験をしていると日々の生活にたくさんのワクワクやドキドキがあり、時には思いがけない発見に出くわすなど、アイディアという形のないものを形にすることができる唯一無二の学問だと思っています。一方で、これまでやってきた基礎研究と応用研究の間にはいくつもの大きな隔たりがあり、自分の興味や知的好奇心を満たすだけの研究では社会や科学の発展には繋がらないと考えています。今後は他の大学や企業など幅広い分野の研究者と連携しながら、応用研究を意識した研究にも力を入れて取り組んでいきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この記事を読んでいる人の中には自分が将来どんな研究、仕事をしたいかわからない人も多いと思います。実際、博士に進学したときの私もその一人でした(本当は今も分かっていませんが)。でも、将来の自分がどうなっているかは誰にもわからないので、迷ったときはとりあえず今やっている研究に全力で取り組んでみることは決して間違いではないと思います。“自分はこれだけ一生懸命にやった”という自信は必ずプラスになります。また、私にとって人との出会いがターニングポイントとなったので、多くの人と出会い、刺激を受けることは大切なのかなと思います。最後に自分が好きな研究に没頭できる環境を作って頂いた岡田先生や家族にこの場を借りて深く感謝申し上げます。

研究者の略歴

左:岡田助教、右:前田

名前:前田 尚也
所属:東京農工大学 生物システム応用科学府 神谷研究室
研究テーマ:有機電子移動化学、有機合成化学

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. セブンシスターズについて② ~世を統べる資源会社~
  2. 鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化
  3. メーカーで反応性が違う?パラジウムカーボンの反応活性
  4. マクマリーを超えてゆけ!”カルボニルクロスメタセシス反応”
  5. アメリカで Ph.D. を取る -Visiting Weeken…
  6. 有機合成化学の豆知識botを作ってみた
  7. 「コミュニケーションスキル推し」のパラドックス?
  8. 低投資で効率的な英語学習~有用な教材は身近にある!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 十全化学株式会社ってどんな会社?
  2. 細胞集め増やす化合物…京大化学研発見、再生医療活用に期待
  3. ホーナー・ワズワース・エモンス反応 Horner-Wadsworth-Emmons (HWE) Reaction
  4. 薬の副作用2477症例、HP公開始まる
  5. ハンチュ ジヒドロピリジン合成  Hantzsch Dihydropyridine Synthesis
  6. ポンコツ博士の海外奮闘録⑩ 〜博士,中和する〜
  7. 建石寿枝 Hisae Tateishi-Karimarta
  8. 辻 二郎 Jiro Tsuji
  9. アメリカで Ph.D. を取る -Visiting Weekend 参加報告 (後編)-
  10. Angewandte Chemieの新RSSフィード

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年2月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
242526272829  

注目情報

最新記事

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

配位子が酸化??触媒サイクルに参加!!

C(sp3)–Hヒドロキシ化に効果的に働く、ヘテロレプティックなルテニウム(II)触媒が報告された。…

精密質量計算の盲点:不正確なデータ提出を防ぐために

ご存じの通り、近年では化学の世界でもデータ駆動アプローチが重要視されています。高精度質量分析(HRM…

第71回「分子制御で楽しく固体化学を開拓する」林正太郎教授

第71回目の研究者インタビューです! 今回は第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」の講演者…

第70回「ケイ素はなぜ生体組織に必要なのか?」城﨑由紀准教授

第70回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第69回「見えないものを見えるようにする」野々山貴行准教授

第69回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第68回「表面・界面の科学からバイオセラミックスの未来に輝きを」多賀谷 基博 准教授

第68回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

配座制御が鍵!(–)-Rauvomine Bの全合成

シクロプロパン環をもつインドールアルカロイド(–)-rauvomine Bの初の全合成が達成された。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP