[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

燃えないカーテン

[スポンサーリンク]

木材、ゴム、繊維、紙に代表されるように簡単に燃えてしまう高分子材料。通常リン化合物や臭素化合物といった難燃剤をコーティングすることで延焼を防ぎます。

しかし、その燃えやすいはずの高分子を使ったナノコーティングで防火性能を引き出してしまった論文をご紹介します(画像は集英社グランドジャンプ・漫画防災研究室より転載)。

日本では平成17年以降、火災出火件数及びそれによる死者数は減少傾向にありますが、毎年2000人近くの方が亡くなっており[1]、科学的な対処法としてこれまで数多くの難燃剤の研究が行われてきました。難燃剤の研究には火災のリスクを減らすことはもちろんのことですが、それに加えて環境や人体に対して無害であることが求められます。特に繊維製品は延焼を起こしやすく、また何度も洗濯されるため、容易に防火機能を付与できなければなりません。?

最近、Texus A&M UniversityのGrunlanらはLayer-by-Layer(LbL)法という超簡単な方法を用いて生地への防火コーティングの作製にチャレンジしました。[2]

LbL法とはプラスに帯電したポリマー溶液とマイナスに帯電したポリマー溶液に交互に基材を浸漬させることでナノオーダーの薄膜を作製する技術です(ポリマー以外にも帯電する物質であれば製膜可能で、他にも水素結合を利用したLbLなども存在します)。

LbLの特徴は膜厚や表面構造をpHや濃度といったパラメータにより制御することができ、容易に均質なナノコーティングを実現できる点です。

 

2.jpgFig. 1 LbL法の模式図[3]

今回の研究で著者らは、カチオンポリマーとしてpoly(allylamine)を、アニオンポリマーとしてpoly(sodium phosphate)を用い、これらで構成されるコーティングの厚さによって防火性能がどのように変化するかを調査しました。

すると、Fig. 2の結果が示すとおり、層数が増えるにつれ防火性能が高くなり、20 BL(bilayer)では完全に鎮火していることがわかります。

3.jpg

Fig. 2 防火試験中の布の様子(BL = bilayer)[2]

しかしながら、著者らはその後の研究により、膜厚が大き過ぎる場合にはかえって燃焼を引き起こしやすいことを示しています(Fig. 3)。[4]

4.jpg

Fig. 3 ChitosanとPhytic acidによるコーティング(pH 4、pH 5、pH 6のときそれぞれ膜厚は約5 nm、20nm、50nm)[4]

防火試験後の表面構造を観察してみると、高い防火性能をもつコーティングでは表面に無数の気泡が生まれており、これが生地への熱伝導を防ぎ、かつ可燃性ガスの発生を抑制していることがわかりました(Fig. 4)。

すなわち、コーティングが厚すぎる場合には、高分子膜自体が燃焼媒体になってしまうため防火性能を発揮できないが、適切な厚さにコントロールされた均質な膜はナノオーダーであっても高い防火性能を有することが示されました。またナノコーティングで繊維一本一本を覆うことができるため、質感を損なわないという点も強調しています。

 

5.jpgFig. 4 ChitosanとPhytic acidによるコーティングの防火試験前後の表面構造[4]

 

ここで紹介した高分子水溶液に白衣(または割烹着)を浸漬させれば、もしものとき(炎上?)にあなたの命を救ってくれるかもしれません。ぜひお試しを!

 

参考文献

[1] 総務省統計局61 火災出火件数・死者数

[2] “Intumescent All-Polymer Multilayer Nanocoating Capable of Extinguishing Flame on Fabric”, Y-C Li et al. Adv. Mater. 2011, 23, 3926-3931. DOI: 10.1002/adma.201101871

[3] Polyelectrolyte multilayers and nano-organized multimaterials

[4] “Intumescent Multilayer Nanocoating, Made with Renewable Polyelectrolytes, for Flame-Retardant Cotton”, G Laufer et al. Biomacromolecules 2012, 13, 2843?2848. DOI: dx.doi.org/10.1021/bm300873b

 

関連リンク

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4781302319″ locale=”JP” title=”難燃剤・難燃材料の活用技術 (CMCテクニカルライブラリー―ファインケミカルシリーズ)”][amazonjs asin=”4769341733″ locale=”JP” title=”これでわかる難燃化技術”]
Avatar photo

tanuki

投稿者の記事一覧

出身は応用物理で大学院から材料化学に移籍した博士課程学生。生物の優れた機能を模倣するバイオミメティクスに魅了され研究中。化学と物理両方の視点から見た記事を執筆したいと思います。以前はヨーロッパで研究していました。ハイパーマテリアルクリエイター目指してます。

関連記事

  1. アルミニウムで水素分子を活性化する
  2. NMRの化学シフト値予測の実力はいかに
  3. メタルフリー C-H活性化~触媒的ホウ素化
  4. オキソニウムカチオンを飼いならす
  5. 三中心四電子結合とは?
  6. 水が決め手!構造が変わる超分子ケージ
  7. 環状ペプチドの効率的な化学-酵素ハイブリッド合成法の開発
  8. 植物毒素の全合成と細胞死におけるオルガネラの現象発見

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「無保護アルコールの直截的なカップリング反応」-Caltech Fu研より
  2. 製薬各社 2010年度 第2四半期決算を発表
  3. オーストラリア国境警備で大活躍の”あの”機器
  4. ダイセル発、にんにく由来の機能性表示食品「S-アリルシステイン」
  5. 荒木飛呂彦のイラストがCell誌の表紙を飾る
  6. SHIPS uniform worksとのコラボ!話題の白衣「WHITECOAT」を試してみた
  7. 相次ぐ海外化学企業の合併
  8. ワークアップの悪夢 反応後の後処理で困った場合の解決策
  9. 有機・高分子関連技術が一堂に会す「オルガテクノ2005」開催へ
  10. メソポーラスシリカ(2)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年4月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP