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「ドイツ大学論」 ~近代大学の根本思想とは~

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Tshozoです。先日ジュンク堂を3時間ほどうろついた結果、下記の本と巡り会いました(買いました)。

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昔「Ph.D.の起源 」という某OBKTの出現を発端とする記事を書いたのですが、それ以降19世紀以降の近代大学の成り立ち、特にドイツでの大学の成立経緯とは一体どのようであったのかが気になっていたうえ、関係者で一番名前のかっこいいフリードリヒ・ダニエル・エルンスト・シュライエルマハーの言っていたことが引っかかって調べ続けていました。今回、この和訳書のおかげで雲が晴れた気がしております。また同書の解説部を見ることで、どういう背景に基づいてフィヒテやフンボルトらと共にシュライエルマハーが近代大学の成立に貢献しようとしてきたかも幾分理解できた気がしますので折角の機会に概要をご紹介します。

Friedlich Ernst Daniel Schleiermacher
ベルリン大学のHPより引用

なお訳者は東洋英和女子大の深井 智朗教授。ヴィルヘルム期~ワイマール共和国の、ざっくり19世紀~20世紀前半にあたる近代ドイツの宗教と教育の関係を論じた文献が数多くあります。同氏のご専門は宗教学で、中世以降ドイツがカトリックとプロテスタントのドンパチの狭間で成り立ってきた本当の基礎的なところを修められた方であるため、本書はシュライエルマハーの原文よりかなり読みやすくなっています。ご興味を持って頂けると有難いです。

[’19/5/12 追記:残念ながら上記深井教授が記した諸々の書記の一部に事実に基づかない案件があったことが判明しました・ですが本文(“Gelegentliche Gedanken Ueber Universitaet in Deutschen Sinn”)を見直したところ、訳文において本記事を削除する程の誤訳や訳者の意図は存在しないことを確認しましたため本記事はそのままといたします]

要点と歴史的背景、意義

本書はひとことで言うとシュライエルマハーによる大学設立に関する意見ビラです。19世紀初期プロイセン主導でベルリンに設置された大学の設立時に出されたもので、その要旨はざっくり分けると

①国家と大学の関係性
②③教育システムにおける大学の位置付け
④学部の構成に関する方向性
⑤学生への教育方針
⑥学位授与の意義

という五部構成。その中で現代でも通用しうる主張を含むのは①④のところです。

歴史禎な背景ですが、法学部、神学部、医学部という12世紀初頭から続く西洋大学学部の3大王者に対し、近代科学・工学が大学に本格的に取り込まれたのは18世紀末前後(産業革命で先行したイギリスはもっと早かったですが)。近代ドイツの中核を成すプロイセンは産業が貧弱なうえジャガイモと石炭以外にこれといった資源にも恵まれず、軍隊だけが肥大するという非常に歪な国家体制の上に成り立っていました。

それがナポレオンの快進撃で蹂躙された後、プロイセン国内でこれではイカンという雰囲気の中「その精神性により失ったものを埋め合わせ」るという根性論的な視点とともに「武器、憲法、(人財育成、特に官僚育成の場としての)大学」を国家再建の最優先事項として挙げてそれを実行に移します。その3番目に挙げた大学がどうあるべきか、という路線につき大臣、官僚、学者含めて百花斉放の主張が繰り広げられました。

その中で大きく主張が2つに分かれます。前者は国家主導の運営を真似た大学像を実現すべき(バイメ、フィヒテ、シュックマン)とするもの、後者はやや旧態然としながらも学問の自由に基礎を置いた大学像とすべき(ドーナ、フンボルト、シュライエルマハー)とするもの。前者はナポレオンが当時フランス国内で実行に移しつつあった改革でもあったため当初は前者が既定路線で進みますが、その逆境のなかシュライエルマハーは後者に軸を置いた主張を繰り広げ、とにかく『学問は自由に基づかねばならずそのためには大学の自治が必須』であり、『如何に国家との距離を保つかが学問の発展に一番貢献するはずで、その方が長期的に国家への貢献も社会への貢献にも寄与する』だと主張しました[以上本書のほか文献2,3,5より筆者が要約して引用]。

その結果、混迷した人事局面の中で「運よく」この主張に感化されたフンボルトたち文官らの尽力が実り創設され運営されたベルリン大学はその歴史の中で数々の名教授を生み出し、創立から200年以上経った今も世界トップランクの超一流大学の位置を維持し続けています。もちろん途中国家や産業界とベッタリだった時期もありますが基礎と起点がそういう経緯を経て出来たものだからこそ、混迷の時代を経てもそこに戻ることが出来ているのではないでしょうか。

①④のなかの箴言的なもの

書きたかったのはここ。同書には、今の日本でも(だからこそ?)通用しそうな名言が数多くちりばめられています(一部要約しました)。

【①国家と大学との関係について(一部②の項目に記載されていることも含む)】

・「国家は確かに学問を支援しようとするが、国家利益の限界を超えるようなことまでを実現しようとはしないものである」
・「国家と学者は…『治者は知者であらねばならない』ということを理解しているならばよい関係を保てるであろう」
・「もし統治者がこのことを理解していないならば…いちいち伝統に問合せるあわれむべき経験主義が支配することになる」
・「すなわち家は…知識の量の増加だけを推進しようとするし…努力の中のただひとつの成果であるようにみなそうとする」
・「国家と学者の結びつきが強いほど…学問団体は国家の御用機関に落ちぶれてしまうのである。特国家が言語的に一つにまとまっているような場合には…学問にとってはとりわけ不利なことである」
・「学問団体所属のほとんどの人間が有力な国家への奉仕者なのにも関わらず国家が誤解し…誤ったやりかたを行うと大学では主要な事柄よりも雑事が肥大してしまうし、学問団体では国家が直接的に有用とされていることばかりを扱うという、品の無いことを進めるようになる」

如何でしょうか。「学問団体」というのはいわゆるアカデミアのことを指しますが200年以上前に既に諸々見抜かれてますね。特に最後の点は今現に企業・大学問わずあっちこちで起きてそうなハナシですね。あとはこっち。

【④諸学部について】

・「哲学は他の全ての学部の女王である…どの学部の構成員でも、哲学にその根を持っていなければならない」
・「真の大学の精神とは、各学部内部において最大限の自由が支配していることであろう」
・「…学問の全体領域を特定の方向へ細分化してゆくようなことを規則化することは愚かな行為であり…それによってもたらされるのは停滞だけである」
・「…国家が大きくなるほど指導権を持った政治家…様々な見解に魅了され…国家の最も利益となることのために長けた政治家の友人…などを教師として選ぶようになってしまう」
・「他方で…同じ土地に同じ作物を植え続けると良い実りが期待出来なくなるように...流動性の低い大学は常に偏った方向へと進み、遂には枯渇してしまうことになるだろう。これを防ぐためにも、学問的な交流は決して妨げられてはならないのである」
・「大学の本来的な方向性というのは…支配的な国家の影響を再び境界線の向こう側に押し戻し…学者たちの共同体としての性格を取り戻すことにある

どうでしょうか。当時のドイツ観念論を色濃く反映した中身のためこちらはちょっと違和感があるかもしれません。

特にシュライエルマハーは、「哲学が全ての学問の基礎にある」というカントの流れを汲んでいることに重きを置いた学部構成を目指したため理想論に走っている気がしますが、このすべてに通用する哲学というのはディルタイを通してフッサールにも影響し近代概念のひとつの潮流を作ったことの意義もありますし、本田宗一郎氏が述べていたような「技術の前に人間を知らなければならない」ということのような科学者・技術者が持つべき重要な視点なのではないかと思います。実際この点については意見を同じくしていたフィヒテなども禅の坊さまに近いようなことを記録したりしていますので思弁を突き詰めると最終的にはそういうところに行く気はしないでもないです。

なおこのことから自然科学系のPh.D.というのはだいたいDoctor of Philosophy in the …. となっていて、あくまで「工学部門の哲学博士学位」とか「理学部門の哲学博士学位」という意義ですのでその本義は改めて心に留めておいていただけると嬉しい限りです。

うらばなしともう一つの見方

・・・とまぁこうした主張だけ書くと現代のこうした状況に至ることを200年前に見抜いていたシュライエルマハー△、なのですが実はキリスト教系(プロテスタント)の坊さまなのに貴族のサロンに出入りするわ不倫はするわ汎神論を唱えるわ、とフリーダムすぎる「なまぐさ坊主」然としていたことは否定できません[文献1, 4をはじめ多数記載あり]。特に不倫に関しちゃ一度や二度じゃない。敬虔主義のヘルンフート兄弟団に居たはずなのにあんまり宗教然としない主張を繰り返して、ややもすれば「感情論に近い宗教的主張」を行い(ヘーゲルの発言、及びシュライエルマハー本人による著作類)行く場行く場で論争を引き起こしていたなど、極端な言い方をすればトラブルをよく引き起こす某学会の個人バージョンだったという見方もできなくはない。加えてシュライエルマハー本人が本来ベルリン大学に居就く前にハレ大学の守旧派に所属していて大学関係者の権益を守る側にいたため、「自治を守る」という主張もマッチポンプではないかという疑いすらかかる立場からの発言という面もあったわけです。

とはいえ「大学は国家と決定的に距離を保ちつつ、学問の城を守っていくべき」という根性と主張と行動が一貫していたのは事実で、当時ゴロツキの集まりに近かった学生たちのトラブル(度重なる決闘、私刑、イジメ、飲酒トラブル)についても「学内の自治を守る」方針を一貫するなど、清濁併せ飲む度量を見せていました。ここらへんは評価が分かれるところですが、初代学長フィヒテのように学生から脅迫されるとか襲撃されるようなレベルに追いやられては実業務としての改革もままならないと考えてのことだったのでしょう。

こうした諸々の取組みにより自由を謳歌する大学の基礎が築かれたことから、その後ベルリン大学が発展するようになったのは歴史が示す通りな気がします。シュライエルマハーが大学組織を運営していた頃にやってきたミッシャーリッヒ(後の学長)とその弟子マグヌスが物理学の王道をベルリンに築き上げ、ヘルムホルツ、プランクにその道を繋いだことを考えると未来を見据えた学問のための足場作りが出来ていたのではないか、という見方はできませんでしょうか。

もちろん起点となったミッシャーリッヒはフランスで修業したシュトロマイヤーが師匠で、1850年以降に活躍するホフマンも同じくフランスで修業したリービッヒを師に持つことを考えるとベルリン大学の科学系はフランスからの移植組が強力に推進した事実はぬぐえない(下図)のですが、むしろシュライエルマハーらが「学問の自由」という基礎をベルリン大学で最も尊重して育てたために優秀な人材がすぐに活躍出来る場であったとみるのが正しいのでは、と感じております。とかく学問系の組織の醸成には長期間かかりますし、教育の成果というものはだいたい20年くらいかからないと真価がわからないということも、シュライエルマハーをはじめとしたベルリン大学黎明期の運営者たちの評価に対し毀誉褒貶がある一因なのかもしれません。

ドイツ化学の父 リービッヒとホフマンに繋がる系譜 おさらい
ゲイ・
リュサックと緑枠の4人はフランスの化学者 以前の記事から再掲
あとリービッヒはギーセン大学の所属なので注意

・・・こうやって諸々の良い面悪い面を書いていくと一体何が信用出来て何が信用出来んのか、書いてきた筆者にもよくわからんのですが結局フィヒテの言うように「その人がどの哲学を選ぶかは、その人がどういう人かによる」というように、シュライエルマハーにここまで筆者が入れ込むのも筆者がそういう人間だからというオチにさせていただきたく。

ともかく同氏が掲げる大学の自治に関する主張。これへの単純な回帰を現代でそのまま受け入れるのは危険でしょうし財政的に厳しい中で今更何故自由を維持しなきゃいかんのか、経済的な自立が先だ、という主張もありましょうが、国家があれこれ過度に干渉しすぎるのは「学問の自由」という近代大学の本義を損なう危険なことであるのは誰もが実感しているであろうし考慮せねばならんと思います。今の時代に何を時代錯誤なことをと言われるかもしれませんが、夏目漱石の著作『三四郎』に出てきた硝子の玉を何年もかけて磨く野々宮氏(モデルは寺田寅彦氏と聞きます)のように学問の世界で「そう』としか生きていけない人が存分に活躍してもらえる場を与え続けること」がアカデミアと学校との境界にある、近代~現代大学の意義であって、新しい価値観を生む数少ない考え方なのではなかろうかとツクヅク思うておる次第です。

それでは今回はこんなところで。

【筆者注】9/1 冒頭に本旨と無関係かつ不要な表現(「妖怪~」)がありましたため、削除・訂正しました ご指摘ありがとうございました

【参考文献・敬称等略】

1.「ドイツ大学論」 F. シュライエルマハー 深井智朗訳 未来社 リンク
2.「フィヒテの教育論1、2」 神奈川大学 小澤幸夫 リンク1 リンク2
3. 「ドイツにおける近代大学理念の形成過程」 広島大学 金子勉 リンク
4.「ブラック・ヘーゲル」東京大学 認知行動科学研究室 丹野 義彦   リンク
5.「ベルリン大学創設前後」明治大学 杉浦忠夫 リンク1 リンク2

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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