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化学者のつぶやき

クロう(苦労)の産物!Clionastatinsの合成

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複数の塩素原子を有する海洋性ステロイドclionastatin AおよびBの合成が報告された。安価なtestosteroneを出発原料とし、段階的に炭素骨格のクロロ化/酸化をするtwo-stageの半合成がなされた。

含塩素ステロイドclionastatinsの合成研究

海洋生物は特異なステロイドを産出することがあり、含塩素ステロイドがその一例である (図1A)(1–3)。含塩素ステロイドの多くは1のようにクロロヒドリンまたはその脱水体であり、対応するエポキシドから容易に合成できる。それに対し、2004年に海綿の一種Cliona nigricansから単離されたclionastatin AとB(2,3)は、上記の含塩素ステロイド類における例外的な化合物である[1]23が腫瘍細胞に対する毒性をもつことと、構築困難なエクアトリアル配座のビシナルジクロロ部位をもつ構造的な特徴から、合成化学的にも興味深い標的化合物とされてきた。
最近になって、Guiらが2および3の初の全合成を達成した (図 1B)[2]。市販化合物から5工程で誘導できるアシルテルリド4とエノン5をラジカルカップリングと分子内溝呂木–ヘック反応によって連結し、23の炭素骨格をもつ6を合成した。6をクロロ化してトリクロロ化体7とし、続く酸化を経て2および3の合成を完了した。
今回、厦門大学のZhang教授らは、安価($1.8/g)に入手できるtestosterone(8)を出発原料とした2および3の半合成を考えた (図1C)。82および3と同炭素骨格をもつが、C1, C2-ジクロロ基の立体選択的な導入を要し、また、酸化段階が大きく異なる。本半合成の実現に際し、彼らはクロロ化/酸化の二相合成戦略を考案した。まず、8のA環部位を変換しエポキシド9へと誘導する。9を立体選択的にジクロロ化して10とし、その後C19位のクロロ化によりトリクロロ化体11とすることでクロロ化を完了する。11を種々酸化することで2および3の合成が達成できると考えた。

図1. (A) 含塩素ステロイド (B) Guiらによる2および3の全合成 (C) 本論文における2および3の合成戦略

 

“Two-Stage Syntheses of Clionastatins A and B”
Cui, H.; Shen, Y.; Chen, Y.; Wang, R.; Wei, H.; Fu, P.; Lei, X.; Wang, H.; Bi, R.; Zhang, Y.
J. Am. Chem. Soc.2022, 144, 8938−8944. DOI: 10.1021/jacs.2c03872

論文著者の紹介

研究者:Yandong Zhang (张 延东)

研究者の経歴:

2004–2008 Ph. D., Peking University, China (Prof. Z. Yang)
2008–2010 Postdoc, Columbia University, USA (Prof. S. J. Danishefsky)
2011–2016 Associate Professor, Department of Chemistry, Xiamen University, China
2017– Professor, Department of Chemistry, Xiamen University, China
研究内容:コンフォメーションの変化を駆使した天然物合成

論文の概要

著者らは8を出発原料として、3工程でエポキシド9を合成した。9をEt4NClとoxone®を用いてジクロロ化することで高立体選択的に10を得た。本反応では、系中で生じるEt4NCl3がオレフィンのconvex面で反応しクロロニウム中間体IM1を与える。塩化物イオンがIM1の立体的に空いているC2位に求核攻撃することで望みの10が得られる[3]。本合成の次段階はC19位のクロロ化である。これに際し、10のエポキシドを開環して形成するaxialのC4–OHを足掛かりとすることでC19位クロロ化を達成した。すなわち、まず臭化水素酸で10を開環してブロモヒドリンとした。その後、生じたC4位ヒドロキシ基を活用し、四酢酸鉛/ヨウ素/光条件下C19位をC–H酸化することで12を得た。その後、亜鉛で還元してアルコール13へ誘導し、ジクロロエタン中、13にTBAIとPPh3を作用させトリクロロ化体11を合成した。これにより塩素化が完了した。

ここから、著者らは炭素骨格を酸化することで2および3の合成を目指した。11を光照射下NBSでジブロモ化し、続いて亜鉛で還元することでジエン15を得た。15を4工程でアリルアルコール16へと誘導した。次に、17を得ることを目的にLeiらが報告した青色光照射下福住触媒 (Acr+ -Mes BF4)とコバルト触媒を用いるオレフィンの酸化条件[4]16を付した。その結果、予期せぬことに17の脱離反応まで一挙に進行しエノン18が収率54%で得られた。得られた18のアリルアルコール部位のエポキシ化とDMP酸化を経てケトン19へと誘導した。LiClとAmberlyst 15を用いて18のエポキシドへのクロロ付加と脱水を経てa-クロロエノンとした後、二酸化セレンを用いてC8, C9位をオレフィンへと酸化することで3の合成を達成した。この際、酸性条件下でC14位のエピメリ化が進行し、熱力学的に安定なシス体が得られた。なお、著者らはエノン18から2工程で2の合成も達成した。

図2. Clionastatin B (3) の合成経路

 

参考文献

  1. Fattorusso, E.; Taglialatela-Scafati, O.; Petrucci, F.; Bavestrello, G.; Calcinai, B.; Cerrano, C.; Di Meglio, P.; Ianaro, A. Polychlorinated Androstanes from the Burrowing Sponge Cliona nigricans. Org.  Lett. 2004, 6, 1633−1635. DOI: 10.1021/ol049548r
  2. Ju, W.; Wang, X.; Tian, H.; Gui, J. Asymmetric Total Synthesis of Clionastatins A and B. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 13016−13021. DOI: 10.1021/jacs.1c07511
  3. (a) Denmark, S. E.; Kuester, W. E.; Burk, M. T. Catalytic, Asymmetric Halofunctionalization of Alkenes–A Critical Perspective. Angew. Chem., Int. Ed.2012, 51, 10938−10953. DOI: 10.1002/anie.201204347 (b) Cresswell, A. J.; Eey, S. T. C.; Denmark, S. E. Catalytic, Stereoselective Dihalogenation of Alkenes: Challenges and Opportunities. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 15642−15682. DOI: 10.1002/anie.201507152
  4. Zhang, G.; Hu, X.; Chiang, C.-W.; Yi, H.; Pei, P.; Singh, A. K.; Lei, A. Anti-Markovnikov Oxidation of β-Alkyl Styrenes with H2O as the Terminal Oxidant. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 12037−12040. DOI: 10.1021/jacs.6b07411

山口 研究室

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