[スポンサーリンク]

一般的な話題

光で脳/神経科学に革命を起こす「オプトジェネティクス」

[スポンサーリンク]

「脳」は21世紀のサイエンスを代表するキーワードとして名高い対象ですが、分子・細胞間の関係性をもとにした機能解明はほとんど進んでいません。先進諸国で対策すべき疾病は、肉体的なものから精神/神経疾患へとシフトしつつあるにも関わらずその病理解明は遅れており、治療法開拓へもなかなか手が伸びていきません。

最大の問題はとにもかくにも、生きている動物を使って、脳・神経機能を細胞レベルと関連づけて調べる技術の欠如にありました。

しかし最近、とある革命的技術によってこれががらりと様変わりを見せました。本記事のタイトルでもある「オプトジェネティクス(光遺伝学)」です[1-3]。

将来のノーベル賞間違いなしとの確信すら覚える技術であり、お世辞抜きに生命研究界に革命をもたらしました。

凄さを何回かに分けて紹介してみたく思いますが、主に遺伝子操作に頼る側面が多く「え、これって化学なの?」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。

しかしこれは実に化学の言葉で語りうる技術なのです。読み進むうち分かって頂けると思いますので、しばらくおつきあいくださいませ。(冒頭画像はmedicalxpress.comより引用)

 

オプトジェネティクスってどんな技術?

一言で述べるならば【遺伝子導入によって光応答タンパクを発現させ、細胞を光制御できる形に変えてしまう技術】です。Nature提供のビデオをご覧頂くのが手っ取り早いでしょう(英語ですが・・・)。

実験手順をざっくりと説明すれば以下の通り。とっても簡単です。

①遺伝子導入によって光応答性タンパク(チャネルロドプシン)を目的細胞で発現させる
②目的細胞に光を当て、細胞応答を変化させる
③生命機能との関連を追跡する

たとえばある脳細胞が担う機能を調べたければ、ウィルスベクターなどを使って脳細胞に光応答性タンパクを発現させ、マウスの頭蓋にLED光源を埋め込んで光で脳機能のON/OFFを行う、という実験法が典型です。これは見た目にも大変インパクトがあるので、オプトジェネティクスを象徴するアイコンにもなっています。

optogenetics_2

(画像はこちらのページより引用)

なにが凄いのか?

既存技術よりも圧倒的に優れる点は以下の通りです。

①生きたままの動物に使える
②細胞(群)レベル・ミリ秒タイムスケールでの解析ができる
③可逆的・即時的・生体直交的に細胞機能を操作/制御できる

かつては電極刺激やfMRIから、脳-神経活動の関連性を見積もる実験方法が一般的でした。しかしこれは神経応答-機能の因果を厳密に決定できるわけではなく、分解能も高くありません。個々の神経細胞が脳機能に果たす役割を調べるには、甚だ不十分だったのです。

オプトジェネティクスの登場により、生命活動下にある特定細胞がどう働いているのかを、遺伝学の文脈で調べることが可能になりました。

思想的にはあらゆる細胞/機能性タンパク質に応用可能ですが、とりわけ応用先として有望視されているのが脳科学分野というわけです。

見方を変えれば特定の脳細胞に外部から影響を与えることが出来る技術でもあるため、生きたままの脳を人為操作できる可能性を秘めた手法でもあります。

光応答性タンパクも、応答波長やレスポンス速度が異なるものが種々開発されてきています。発現パターンの工夫と多色光源の活用によって、かなり複雑な脳操作も可能になりつつあります。

光応答性タンパクの種類・特性(論文[2])

光応答性タンパクの種類・特性(論文[2])

最近では様々な企業から導入ツールが多く市販されるまでに至り、爆発的な普及を見せています。そのインパクトゆえ、Nature Method誌が科学全分野の中から選ぶ“Method of the Year 2010”にも選定されているほどです。(ちなみにMethod of the Year 2008には今年のノーベル化学賞を授与された超解像蛍光顕微鏡が選定されています)

Pubmedの論文数推移

Pubmedの論文数推移

どんな成果がでているのか?

日本国内で話題を攫った一部だけ取りあげても、以下のごとくとんでもない研究成果が報告済みです(詳細は各リンク先をご覧ください)。これらは全て、オプトジェネティクス無しでは実施不可能な研究です。現代、光+脳というキーワードから語られる研究成果は、ほぼ全てオプトジェネティクスによって達成されたものと見て間違いないと思います。

記憶のオン・オフが可能に
光でサルを操作する技術
記憶の曖昧さに光をあてる-誤りの記憶を形成できることを、光と遺伝子操作を使って証明-
光で記憶を書き換える-「嫌な出来事の記憶」と「楽しい出来事の記憶」をスイッチさせることに成功-
怖い体験が記憶として脳に刻まれるメカニズムの解明へ-扁桃体ニューロンの活動とノルアドレナリンの活性が鍵-
『パブロフの犬』の脳内の仕組み解明

 

次回はオプトジェネティクスの開発経緯について触れてみたいと思います。これもまた面白いのです。

 

参考文献

[1] “Control the Brain with Light” Disseroth, K. Scientific American 2010, 11, 49. [PDF] [日経サイエンス(日本語版)]
[2] “Optogenetic investigation of neural circuits underlying brain disease in animal models” Tye, K. M.; Deisseroth, K. Nat. Rev. Neurosci. 2012, 13, 251. doi:10.1038/nrn3171
[3] “Optogenetics” Deisseroth, K. Nat. Method 2011, 8, 26. doi:10.1038/nmeth.f.324

 

関連書籍

 

外部リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2018年9月号:キラルバナジウム触媒・ナフタ…
  2. 貴金属に取って代わる半導体触媒
  3. メカノクロミズムの空間分解能の定量的測定に成功
  4. 高専の化学科ってどんなところ? -その 2-
  5. 【ワイリー】日本プロセス化学会シンポジウム特典!
  6. リンだ!リンだ!ホスフィン触媒を用いたメチルアミノ化だ!
  7. 研究助成情報サイト:コラボリー/Grants
  8. 原子状炭素等価体を利用してα,β-不飽和アミドに一炭素挿入する新…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第一回ケムステVプレミアレクチャー「光化学のこれから ~ 未来を照らす光反応・光機能 ~」を開催します!
  2. 周期表の形はこれでいいのか? –その 2: s ブロックの位置 編–
  3. 錯体と有機化合物、触媒はどっち?
  4. ジャクリン・バートン Jacqueline K. Barton
  5. ダイエット食から未承認薬
  6. 酸窒化物合成の最前線:低温合成法の開発
  7. ワークアップの悪夢 反応後の後処理で困った場合の解決策
  8. 未来切り拓くゼロ次元物質量子ドット
  9. 三井化学が進める異業種との協業
  10. 京大融合研、産学連携で有機発光トランジスタを開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年12月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP