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スポットライトリサーチ

金属イオン捕捉とタンパク質フォールディング促進の二刀流でストレスに立ち向かえ!

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第668回のスポットライトリサーチは、 東京農工大学大学院工学研究院(村岡研究室)にて特任助教をされており、現在はJSPS海外特別研究員CPDとしてMassachusetts Institute of Technology (Prof. Ronald Raines group)にて研鑽を積まれている森 圭太 先生にお願いしました。

今回ご紹介するのは、タンパク質のフォールディングに関する研究です。

タンパク質はフォールディング(折り畳み)を経て、特定の3次元構造のときにその機能を発揮します。過剰な金属イオン存在下といった金属ストレスはミスフォールディングを引き起こし、神経変性疾患との関連が報告されています。今回、金属ストレスに応答し、「ミスフォールディングの抑制」と「フォールディングの促進」という二つの機能を持つ人工分子「cyclam-SS」の開発を報告されました。Cu(Ⅱ)存在下での機能性タンパク質の天然構造形成促進や疾患関連タンパク質のミスフォールディング抑制といったcyclam-SSの機能を実証されています。
本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

Metal-Responsive Up-Regulation of Bifunctional Disulfides for Suppressing Protein Misfolding and Promoting Oxidative Folding
Mori, K.; Kuramochi, T.; Matsusaki, M.; Hashiguchi, Y.; Okumura, M.; Saio, T.; Furukawa, Y.; Arai, K.; Muraoka, Angew. Chem. Int. Ed., 2025, e202502187. DOI: 10.1002/anie.202502187

研究室を主宰されている村岡貴博 教授から、森先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

森圭太さんは東京大学の塩谷光彦先生の下で博士の学位を取得された後、日本学術振興会特別研究員PDとして私の研究室に加わりました。我々の研究室では以前からタンパク質フォールディングを促進する人工分子の開発に取り組んできましたが、森さんはその研究テーマと自身の錯体化学のバックグラウンドをうまく融合し、金属ストレス下で活性化されるタンパク質フォールディング促進分子という新しい研究を切り拓いてくれました。本研究は複数のグループでの共同研究となりましたが、森さんが柔軟な発想力と巧みなコミュニケーション能力で研究を推進してくれたおかげで一つの成果としてまとめることができました。また、学生さんの指導も積極的に行い、研究室の運営にも貢献してくれました。研究に対する取り組みはもちろんですが、国内外の研究者同士の交流に積極的な点も森さんの印象的なところです。昨年はCAS Future Leaders Programに選出され、現在は学振CPDの海外渡航でアメリカ・ボストンのMITに滞在しています。実は今回の論文のピアレビューが返ってきたとき森さんは既にMITにいたのですが、追加実験のために一時帰国し、1週間で全て終わらせて颯爽とアメリカへ帰って行きました。そのバイタリティーを活かして、これからも新天地で面白い研究を展開してくれることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

金属ストレス下でタンパク質のフォールディングを効率的に促進する人工分子cyclam-SSを開発しました。

タンパク質はアミノ酸が連なったポリペプチド鎖として合成され、鎖が伸び切った状態(変性状態)から特定の三次元構造(天然構造)へと折り畳まる「フォールディング」を経て固有の機能を獲得します。この過程においてシステイン残基間のジスルフィド(S–S)結合形成が重要な役割を果たすことも多く、S–S結合形成を伴う反応は酸化的フォールディングと呼ばれます。生体内では分子シャペロンや酸化還元酵素の働きによってタンパク質のフォールディングが精密に制御されています。しかし細胞内の化学的環境が変化した細胞内ストレス下では、タンパク質が天然構造と異なる形に折り畳まるミスフォールディングが進行し、様々な疾患の原因となります。特に、過剰な金属イオンの蓄積によって生じる「金属ストレス」はタンパク質のミスフォールディングや凝集体形成を促進することが知られています。

本研究では、金属ストレス下でのタンパク質のミスフォールディング抑制と天然構造へのフォールディング促進を目的として、ストレス因子である金属イオンとの結合によって活性化するフォールディング促進分子cyclam-SSを設計・合成しました。cyclam-SSは金属イオンを捕捉する金属配位部位(cyclam配位子)酸化的タンパク質フォールディングを促進する酸化還元活性部位(S–S結合)を連結した分子です。酸化還元電位(化合物の酸化力の指標)の測定結果から、cyclam-SSの酸化力が特定の金属イオン存在下で向上する、つまりcyclam-SSは金属イオンとの結合によって活性化することが示されました。実際にウシ膵臓トリプシンインヒビター(BPTI)のフォールディング反応を行ったところ、cyclam-SSは細胞内の酸化還元活性分子であるグルタチオンよりも優れた反応促進効果を示すだけでなく、CuIIイオンに応答してフォールディングを加速することがわかりました。また、リボヌクレアーゼ(RNase A)のフォールディングにおいても、グルタチオンはCuIIイオンによるRNase Aのミスフォールディングを防げないのに対し、cyclam-SSはCuII存在下でも天然構造への酸化的フォールディングを可能にしました。さらに我々は、cyclam-SSが医薬品ペプチド(プロインスリン)や疾患関連タンパク質(スーパーオキシドディスムターゼ、SOD1)の天然構造形成を促進することや、CuIIイオンの細胞毒性を軽減することも実証しました。

このように、cyclam-SSは(i)金属イオン捕捉によるタンパク質ミスフォールディング抑制(ii)酸化力向上による酸化的タンパク質フォールディング促進の二刀流によって金属ストレス下でのタンパク質の天然構造形成を促します。このような双機能性(bifunctional)分子の開発は、細胞内ストレスやそれに伴う生体分子の損傷・非天然構造形成に対処するための人工材料創成に向けた新しい分子設計戦略になります。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で開発した分子、cyclam-SSの分子設計には思い入れがあります。

私は東京大学大学院理学系研究科化学専攻の塩谷光彦教授の研究室で学位を取得しました。博士2年の終わり頃、学振PDの申請先を考えているときに、東京農工大学の村岡貴博教授が取り組まれていたタンパク質フォールディングを促進する人工分子開発の研究に出会いました。比較的シンプルな人工分子で複雑なタンパク質フォールディング過程を制御する研究に惹かれ、村岡先生を受入教員として学振PDに応募した結果、運良く採用していただくことができました。実はcyclam-SSの分子設計のベースは村岡先生のアイディアで、酸化的フォールディングの促進に有用なジスルフィド化合物と多様な分子認識能を持つアザクラウンエーテルを組み合わせると面白いことができるんじゃないか、という考えでした。興味深い分子設計に感じたのと同時に、塩谷研で錯体化学に関する様々な研究に触れてきた自分としては本能的に遷移金属イオンを入れてみたくなる分子構造でした。そこで骨格として様々な遷移金属イオンとの錯体形成が知られているcyclam配位子を採用し、複数のcyclamをジスルフィド結合で連結したcyclam-SSを設計・合成しました。実際にcyclam-SSを使ってタンパク質のフォールディングを試してみると、金属イオンに応答してフォールディング効率が向上するという面白い結果が得られ、最終的にはユニークな研究に仕上げることができました。

実はcyclamなどのアザクラウンエーテルの金属錯体形成や生体分子認識は、私の指導教官だった塩谷先生がまだ独立される前に精力的に研究されていたテーマです。自分の学生時代を思い返してみると、塩谷先生とのディスカッションでcyclamに関連するお話を聞く機会があったような気もするのですが、特に気に留めていなかった自分の鈍感さと不勉強を恥じつつ、塩谷先生の論文で一から勉強させていただきました。正直なところ、今回の研究は錯体化学の観点からは評価が十分とは言えず、塩谷先生からは学生時代と変わらない厳しいご指摘をいただく覚悟をしているのですが、古くから積み重ねられてきた大環状金属錯体の化学にタンパク質フォールディング制御という新しい研究の方向性を提案することができたと思っています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

金属イオンに応答するフォールディング促進という現象の学術的な意義をどのように見出すかを考えるのに苦労しました。cyclam-SSを使うと特定の金属イオン存在下でフォールディング効率が向上するのは良いものの、単なる刺激応答性分子ではあまり面白くありません。そんなことを考えながら実験を続けていたところ、「金属ストレス」という概念を導入することで、生体内のフォールディングシステムと関連づけて本研究のコンセプトを説明できる気がしてきました。生体内ではフォールディングを阻害する細胞内ストレスに応答してフォールディング促進酵素や分子シャペロンが活性化されますが、本研究のcyclam-SSも金属ストレスに応答して活性化するフォールディング促進分子と言えます。これまで、タンパク質フォールディングを促進する様々な人工分子材料が開発されてきたものの、細胞内ストレスのような環境変化に応答してその機能を変調する分子はありませんでした。結果として、生体内システムのような「ストレス応答性フォールディング促進」を実現する人工分子として、本研究で開発したcyclam-SSの独自性をアピールすることができました。

また、cyclam-SSの作用機序や応用可能性をどのように実証するかも難しい点でした。幸運なことに東北大・奥村正樹准教授、徳島大・齋尾智英教授、慶應義塾大・古川良明教授といった構造生物学・生物無機化学のプロフェッショナルの先生方と共同研究をさせていただき、フォールディング促進のメカニズムという基礎的な面と疾患関連タンパク質への応用という発展的な面の双方でcyclam-SSを特徴づける貴重なデータを得ることができました。お手伝いいただいた先生方にはもちろん、圧倒的なスピード感で共同研究者の方々と繋いでいただいた村岡先生にも感謝の気持ちでいっぱいです。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

昨年10月から学振CPDの海外渡航でアメリカ・ボストンのMassachusetts Institute of Technology (Prof. Ronald Raines group)にてPostdoctoral Fellowとして勤務しています。同世代の化学者の方々が続々と日本のアカデミックポストに就くのを見て焦りを感じることもありますが、ボストンでの生活(特にプライベートの部分)は気に入っています。とはいえ、(職が見つかれば)数年以内には日本に戻って化学の研究を続けたいと思っています。

正直なところ、学生時代から今まで「これを研究したい!」という熱い思いがないまま時が過ぎてしまい、未だに自分の研究者としての将来像をイメージできていません。スポットライトリサーチの素晴らしい過去記事の数々を見ながら、自分のビジョンの無さを嘆いているところです。ただ、わりと何でも面白いと思える性分なので、今までと違う環境で新しい研究に取り組むことをいつも楽しんでいます。今回ご紹介した研究でも、学生時代とは少し分野を変えて、ちょっとした興味で飛び込んだ環境で面白い成果を出すことができました。現在もポスドク二箇所目ですが、学会でずっと他人事のように眺めていたケミカルバイオロジーのど真ん中に飛び込み、四苦八苦しながらも有意義な時間を過ごせています。これからも、自分の研究の軸を見つけた上で、色々な分野を飛びまわりながら自分だけの化学を築いていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

積極的に新しい環境に飛び込みましょう!一つの場所で何かを究めることも大切ですが、環境や分野を変えることで今までにない景色が見えてきます。私も今回ご紹介した国内外でのポスドクとしての時間だけでなく、様々な分野の学会への参加や学生時代の海外留学、ポスドクになってからの国際交流プログラムへの参加などで、成功も挫折も含めて何度も自分の価値観が変わる経験をしてきました。

ところで、高校の卒業式でとある先生がおっしゃっていた有名な言葉、「置かれた場所で咲きなさい」がずっと心に残っていて、今でも大切にしています。この言葉を聞くと、「今の現状を受け入れてここで頑張るしかない」という、ある種の諦めのようなニュアンスを感じるかもしれません。ただ私はもう少し前向きに解釈していて、「とりあえず自分を新しい場所に置いてみて、あとは頑張って咲けばいいや!」と自分を一歩前進させるための言葉として胸に刻んでいます。皆さんもどんどん新しい環境に身を置いて、自分だけの大きな花を咲かせてください!

本研究を進めるにあたって大変お世話になりました、東京農工大学の村岡貴博先生と村岡研の皆様に心から感謝申し上げます。新しい場所で一から研究を始めるにあたって村岡先生には何度も背中を押していただき、村岡研のスタッフ、学生さん、補佐員さん達のおかげで自分の心を若く、そして温かく保つことができました。また、共同研究などでお世話になりました東北大学・奥村正樹先生、徳島大学・齋尾智英先生、慶應義塾大学・古川良明先生、東海大学・荒井堅太先生にもこの場を借りて改めて御礼申し上げます。最後に、このような貴重な機会を与えてくださったケムステスタッフの皆様にも厚く御礼申し上げます。

研究者の略歴


名前:森 圭太もり けいた
所属:Postdoctoral Fellow (Ronald Raines group), Department of Chemistry, Massachusetts Institute of Technology; 東京農工大学大学院工学研究院応用化学専攻 村岡研究室 特任助教(JSPS-CPD)
略歴:
2017年2月– 2017年3月 Visiting Student, University of Cambridge (Prof. Jonathan Nitschke)
2018年3月 東京大学理学部化学科 卒業(塩谷光彦 教授)
2020年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程修了(塩谷光彦 教授)
2021年4月– 2023年3月 日本学術振興会特別研究員DC2
2022年1月– 2022年4月 Visiting Researcher, McGill University (Prof. Hanadi Sleiman)
2023年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程修了(博士(理学)、塩谷光彦 教授)
2023年4月– 2023年9月 東京農工大学大学院工学研究院応用化学専攻 日本学術振興会特別研究員PD(村岡貴博 教授)
2023年10月– 2024年3月 東京農工大学大学院工学研究院応用化学専攻 日本学術振興会特別研究員CPD(村岡貴博 教授)
2024年4月–現在 東京農工大学大学院工学研究院応用化学専攻 特任助教(JSPS-CPD)
2024年10月–現在 Postdoctoral Fellow, Department of Chemistry, Massachusetts Institute of Technology (Prof. Ronald Raines)

関連リンク

  1. 2024 CAS Future Leaders Program 参加者インタビュー (ケムステ記事)
  2. 森 圭太 (Keita Mori) researchmap
  3. Keita Mori Xアカウント

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