[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

シクロファン+ペリレンビスイミドで芳香環を認識

[スポンサーリンク]

 

シクロファンは芳香環の2ヶ所以上が炭素鎖等によって架橋された化合物群であり、分子認識化学分野で最重要分子の一つです。一方、ペリレンビスイミド(Perylene Bisimide: PBI)は優れた光耐久性、高い蛍光量子収率、そして強い分子間スタッキングを有する分子として知られており、絵の具[1]から蛍光イメージング[2]まで幅広い分野で応用されています。

これまで、ペリレンビスイミドをシクロファンの「芳香環」としたPBIシクロファンの合成・物性研究は数多く行われてきましたが[1,2]、平面性の高い芳香環を高認識で取り込めた例は報告されていませんでした。そこで、PBI研究の第一人者であるWürthnerらは、二つのPBIを適切な距離に固定させることで、芳香環を高認識に取り込ませることが可能な、剛直なPBIシクロファンを合成することに成功しました。また、それが顕著な蛍光スイッチ挙動を示すことを見いだしました(図1)。

“A Perylene Bisimide Cyclophane as a “Turn-On” and “Turn-Off” Fluorescence Probe”

Spenst, P.; Würthner, F.;Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 10165. DOI: 10.1002/anie.201503542

2015-10-08_17-17-25

図1. 今回合成したPBIシクロファン

合成および性質

Würthnerらは、剛直なPBIシクロファンとしてパラキシレンで架橋された2を設計し、その合成を行いました(図 2)。PBI-1 とパラキシレンジアミンをイミダゾールとピリジン存在下、トルエン中で20時間加熱還流することにより、目的の2を得ました(収率7%)。

Scheme 1: 剛直なシクロファン2の合成

図2 剛直なシクロファン2の合成

 

合成した2のクロロホルム溶液における蛍光量子収率はΦ=0.21でした。これはモノマーのPBIの蛍光量子収率(Φ=0.97)と比較し非常に低い値でした。一方トルエンを溶媒とした場合、2の蛍光量子収率はΦ=0.64まで向上しました。これは、2にトルエン分子(ゲスト分子)が内包されることで2つのPBI間π−π相互作用が弱くなったことが想定されます。

次に2のホスト分子としての機能を評価するため、2のクロロホルム溶液に様々な芳香族炭化水素を加え、その際の発光変化を観測しました。その結果、電子豊富な芳香環状が2に内包された場合、大幅な発光強度の減少が確認されました(図 3a)。一方、電子不足な芳香環が2に内包されると、生成した2の錯体の発光強度が劇的に向上しています(図3b)。つまり、電子豊富な芳香環により、2の蛍光が”off”になり、電子不足な芳香環により、蛍光が”on”になるという蛍光スイッチ挙動がみられました。

 

Figure 1: (a)アントラセンおよび (b)フェニルナフタレンの発光スペクトル変化

図3: (a)アントラセンおよび (b)フェニルナフタレンの発光スペクトル変化

 

この蛍光スイッチ挙動を示す理由を解明するため、著者らはゲスト分子とホスト分子それぞれのHOMO準位に着目しました。まず、ゲスト分子のHOMO−LUMO準位についてのDFT計算を行いました(図 4a)。さらにゲスト分子を内包した際の錯体の蛍光量子収率をプロットしてます(図 4b)。

Figure 2: (a) DFT計算により見積もられたゲスト分子のHOMO−LUMO準位(B3LYP/6-31G(d))(b) ホスト−ゲスト錯体の蛍光量子収率Φのプロット

図 4: (a) DFT計算により見積もられたゲスト分子のHOMO−LUMO準位(B3LYP/6-31G(d))(b) ホスト−ゲスト錯体の蛍光量子収率Φのプロット

 

Figure2の相関関係より、著者らは、2の光励起された後、ゲスト分子からの電子移動の有無が、この蛍光スイッチ挙動に関与していると考えました。つまり、電子不足のゲスト分子が内包された場合は2の光励起されたHOMOにゲスト分子のHOMOからの電子移動が起こりません。そのため2の発光強度が、ゲスト分子がない場合よりも大きくなります。一方で、電子豊富なゲスト分子を挿入した場合はゲスト分子からの電子移動が起こるため、蛍光が妨げられ2の発光強度が小さくなると結論付けました(図5)。

Figure 3: (中央図)蛍光スイッチ挙動のメカニズム。光を照射した際に電子不足な(a)群のゲスト分子が内包されている場合は上図赤色の挙動を、電子豊富な(b)群のゲスト分子が内包されている際は青色の挙動を示す

図5: (中央図)蛍光スイッチ挙動のメカニズム。光を照射した際に電子不足な(a)群のゲスト分子が内包されている場合は上図赤色の挙動を、電子豊富な(b)群のゲスト分子が内包されている際は青色の挙動を示す

 

まとめ

今回著者らは、様々な芳香環を取り込むことが出来るペリレンビスイミドを主骨格とするシクロファン2の合成に初めて成功しました。また、内包するゲスト分子の電子的性質による2の蛍光スイッチング挙動を見出し、このメカニズムがゲスト分子のHOMO準位に依存していることを明らかにしました。最近では”Ex-box”など高い芳香環認識能をもつ新しいホスト分子は報告されているものの[3]、本研究は、既知のPBIの強いスタッキング能力を活用するだけで、うまく芳香環を”捕らえた”のみでなく、それを蛍光で可視化することにも成功した興味深い例であるといえると思います。

 

参考文献

  1. Würthner, F.; Saha-Möller, R. C.; Fimmel, B.; Ogi, S.; Leowanawat, P.; Schmidt, D. Chem. Rev. 2015, ASAP. DOI: 1021/acs.chemrev.5b00188
  2. Soh, N.; Ueda, T. Talanta. 2011, 85, 1233–1237. DOI: 1016/j.talanta.2011.06.010
  3. Dale, E. J.; Vermeulen, N. A.; Thomas, A. A.; Barnes, J. C.; Juricek, M.; Blackburn, A. K.; Strutt, N. L.; Sarjeant, A. A.; Stern, C. L.; Denmark, S. E.; Stoddart, J. F. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 10669−10682. DOI: 1021/ja5041557

 

関連書籍

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 二段励起型可視光レドックス触媒を用いる還元反応
  2. 立体特異的アジリジン化:人名反応エポキシ化の窒素バージョン
  3. 論文チェックと文献管理にお困りの方へ:私が実際に行っている方法を…
  4. 美術品保存と高分子
  5. 天然バナジウム化合物アマバジンの奇妙な冒険
  6. これからの研究開発状況下を生き抜くための3つの資質
  7. 女性化学賞と私の歩み【世界化学年 女性化学賞受賞 特別イベント】…
  8. 有機合成化学協会誌2019年12月号:サルコフィトノライド・アミ…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 掃除してますか?FTIR-DRIFTチャンバー
  2. キノリンをLED光でホップさせてインドールに
  3. 有機反応を俯瞰する ー挿入的 [1,2] 転位
  4. 米FDA、塩野義の高脂血症薬で副作用警告
  5. ソニー、新型リチウムイオン充電池「Nexelion」発売
  6. 二酸化炭素 (carbon dioxide)
  7. 福山透 Tohru Fukuyama
  8. 2009年6月人気化学書籍ランキング
  9. イライアス・コーリー E. J. Corey
  10. 2008年イグノーベル賞決定!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年10月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

注目情報

最新記事

薬学会一般シンポジウム『異分野融合で切り込む!膜タンパク質の世界』

3月に入って2022年度も終わりが近づき、いよいよ学会年会シーズンになってきました。コロナ禍も終わり…

【ナード研究所】新卒採用情報(2024年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代…と、…

株式会社ナード研究所ってどんな会社?

株式会社ナード研究所(NARD)は、化学物質の受託合成、受託製造、受託研究を通じ…

マテリアルズ・インフォマティクスを実践するためのベイズ最適化入門 -デモンストレーションで解説-

開催日:2023/04/05 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング

第493回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 材料系 早水研究室の本間 千柊(ほ…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年3月号がオンライン公開されました。早…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 1

さて、日本化学会春季年会の付設展示会ケムステキャンペーンを3回にわたり紹介しましたが、ほぼ同時期に行…

推進者・企画者のためのマテリアルズ・インフォマティクスの組織推進の進め方 -組織で利活用するための実施例を紹介-

開催日:2023/03/22 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

Part 1・Part2に引き続き第三弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP