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スポットライトリサーチ

ミツバチに付くダニに効く化学物質の研究開発のはなし

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今回は東京大学大学院有機化学研究室 滝川 浩郷先生小倉 由資先生が主導されている研究内容につき、スポットライトリサーチ(第618回)という形でご紹介いたします。
きっかけはミツバチヘギイタダニ(Varror Destructor)の記事作成後、美味しい蜂蜜が継続的に喰えんようになるのは困るなぁ、何とかこの分野の研究が進んでいないかと思って調査をしていたところ、一昨年に小倉先生が関連論文を発表されていたのを見つけスタッフ内でのご関係をたどり、ヒアリングさせていただいたわけです。そこで今回は小倉先生のご承諾を得たうえで、先生の研究背景と位置づけについて私が簡単に記載したのちに、スポットライトリサーチ形式でご紹介してまいります。

“Syntheses of (+)-costic acid and structurally related eudesmane sesquiterpenoids and their biological evaluations as
acaricidal agents against Varroa destructor”,

J. Pestic. Sci. 48(3), 111–115 (2023), Kenji Nemoto, Hirosato Takikawa and Yusuke Ogura  論文リンク

ミツバチヘギイタダニ(Varror Destructor : 以下V.D.)について おさらいと研究の意義について思うところ

前回の記事の通り、ミツバチの卵~幼虫~成虫の全ての生活環につきまとって寄生し、条件によっては巣全体のパフォーマンスを激減・壊滅させる極めて厄介なダニ V.D.は養蜂家の方々への大きな脅威なのですが、そのV.D.駆除薬の候補材料が今回ご紹介する研究対象です。V.D.は本来はどこかの国で狭く分布していたに留まっていたはずですが、物流や人流が拡大するにつれ世界中に広まってしまったのでしょう。2010年前後から蜂の巣からハチが忽然として消え去る”蜂群崩壊症群”が問題になりまして、その際は一部の農薬が犯人のレッテルを貼られていたのですが、実はコイツらの方が大きな原因だったのではないか、という見解すらかなり前から出ていた(参考リンク/2013年時点)のに気づいた次第で。

ミツバチヘギイタダニ 外観 だいたいゴマツブくらいの大きさ 前回記事より再掲
寄生するだけでなくネジレバネウイルスなども伝染させる本当にろくでもない害虫

なお一般社団法人日本養蜂協会殿が発行されているこちらの手引きは、V.D.の種類、国タイプ、新種、また実はダニのくせに脂肪を食っている可能性がある、等の貴重な情報が相当詳しく記載されていてオススメです。またV.D.そのものの研究では国立研究開発法人国立環境研究所の坂本佳子博士が作成されたこちらの論文が非常にオススメです。

で、V.D.は本当にミツバチだけにしか寄生しないらしくここ(巣箱内)で仕留めてやればおそらく命運が尽きる。なのでその方法が様々に探索されていますが、駆除が非常に難しい。こちらの動画のように結構素早いし除去が難しいし、なんせ同じ節足動物なだけにピレスロイドなどの強い殺虫剤だとミツバチまで共倒れになる。まことに困った害虫でございます。

とは言え一応ミツバチと駆除スペクトルが辛うじてズレていて使用できる材料群はあるはあります(↓表)。しかし相当気を遣って使わないとダメですし、根本解決策は見当たらず結局養蜂家さんの負担が増える形での対応になっている。また産業界からもめぼしい提案が出てきておらず、じっさい農薬会社がこうした相当限定的な生物をターゲットにした製品を企画するのは商売上リスクがあるのではと推定されます。

ミツバチヘギイタダニ駆除のために使用されている(いた)化学物質類 前回の記事から再掲
色々あるが、ギ酸などは臭いでハチミツが商品にならなくなったりするほか、薬効も特効というレベルではない模様

その観点からも、大学、国立研究機関などが本件に係る手掛かりを探っていくのは非常に大きな意義があるでしょう。特に今回のケースは”大きな社会的意義あり、やや商売リスクあり、難易度非常に大(長年解決出来ていない)” という、実は裾野の広い大きな成果に繋がりやすい要素が全部揃ってるんですよね。こうした本質的な課題・難問の解決を狙ってこその先端研究開発だと信じます。

一方海外ではこの問題に対しては日本以上に危機感が高く、アメリカではEPAがV.D.に対するガイダンス等を提案するワーキンググループを作っている(リンク)ほか、100年以上の伝統があるアメリカ微生物学会(American Society for Microbilogy)が2020年に檄文っぽい特集を出していて(リンク)、つまりは世界的な問題として改めて認識する必要があるでしょう。

実際欧米の取り組みの着手はかなり早く、たとえば2012年時点で上記以外の防ダニ(殺ダニ)剤として、ビールの原料の一つである植物のホップから抽出される”ホップβ酸(lupulone)”がV.D.に使用し得ることを見出し実証・商品化している例があるほか、2018年にはカナダの研究者がV.D.の足とかを捕食するというヘヴィーなちょっかいを出せるさらに小さなダニを天敵候補として見出すなどしていますし、またV.D.の遺伝子解析を利用した殺ダニ成分の探索などもやったりしていて、活動として先行しているだけでなく何というか懐が広いという印象を受けます(↓表)。

各大学が多様な手法で検討を進めているのがわかる
そもそもミツバチのグルーミングなどの行動を見出したのも海外研究機関らしい
またエトキサゾール(以前の記事)が効き得るというのも、ダニの方がミツバチより脱皮回数が多いという
特徴に焦点をあてた面白い観点と思われる

もちろんまだ著しい成果が出ているわけではなさそうですが、食の確保に繋がる大事な問題に対し還元主義的な選択にならないよう様々な手法を探していく姿勢は素晴らしいと思います。また抵抗種が生まれやすいダニだからこそ、有効な手法はあればあるだけいいのです。特に今回ご紹介する研究による成果物は天然物に準拠した構造を持ち、かつシンプルな構造でもV.D.に強く効き得る事を見出したからこそ注目すべきでしょう。

ということで、現在も同研究室でご活躍されている本件論文の1st Author 根本 健司さんに研究背景と狙い、エピソード含めてお伺いしました。まずは小倉先生、そして滝川先生からの愛情溢れる根本さんのキャラクターご紹介からどうぞ!

【著者 根本 健司さん ご紹介・小倉先生より】

修士から当研究室に来た根本君は、有機合成の初学者でした。どんな有機合成のテーマをやってもらおうか、2年間で修士号を取ってもらわなくてはと考えを巡らせた結果、農学っぽく安易に立案した(笑)のが本テーマです。単離論文を読み漁っていたところ、ミツバチヘギイタダニ=Varroa Destructorといういかにも凶悪そうな生物の名前とそれに効く単純な構造のセスキテルペンが目に止まったのは全くの偶然で、単離者に感謝です(笑)。研究開始後に理解したという点で恥ずかしいのですが、恐怖の寄生ダニ、ミツバチの消滅危機は世界的大問題、防除対策は大遅延等々、本研究の背景は農学分野で有機合成化学に携わる身としては捨て置けないものでした。人生も研究もわからないものですね。
当初は合成初学者だった根本君ですが、七転八起を貫き早々に合成を仕上げてくれました。お陰でアッセイ実施への執念を燃やす時間が取れました。そんな彼は日進月”走”で成長し現在は頼れるD2です。別の複雑な天然物の合成にも成功しており、今後の発展が楽しみです。

【著者 根本 健司さん ご紹介・滝川先生より】

根本君は、修士課程から当研究室に来てくれた大学院生(現在D2)で、いわゆる体育会系(サッカー歴が長い)のメンタリティーをもつ好漢です。小倉准教授の指導で本研究に従事してきましたが、彼自身が「自分はバカですから手を動かします!」と発言したように、体育会系らしい馬力と抜群の実験量が持ち味です。一方、彼の学力・思考力の成長速度も水準以上であり、少なくとも現時点では決してバカではなく優秀です(笑)。当研究室の中心選手へと成長を遂げた根本君ですが、まだまだ伸びしろ充分!今後の更なる成長に期待しています。ちなみに、オッサンの飲みにいつも付き合ってくれる心優しいビール好きです。

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください

本研究は、ミツバチヘギイタダニ(V.D.)に対して殺ダニ活性を示す天然物 (+)-costic acid とその類縁体の合成、そしてダニへの構造活性相関研究です。V.D.は世界中でセイヨウミツバチに対し猛威をふるっており、未だ長期的に有効かつ環境にもユーザーにもフレンドリーな殺ダニ剤は開発されていません。そこで、量的供給法の開発が新たな殺ダニ剤開発の一助となることを期待し、殺ダニ活性を示すとの報告がありしかもキク科植物(Asteraceae)であるモッコウ(Saussurea lappa CLARKE)やゴボウ(Arctium lappa LINN)の抽出液から単離出来るセスキテルペン(+)-costic acid(文献1)の合成研究に着手しました。

今回合成されたCostic Acid 類体含む一覧 冒頭論文より引用
(モッコウとかゴボウと聞くと森を歩くときの香りを連想するが
セスキテルペン類は精油などには含まれているらしい)

また、その合成段階で別の天然物を含むいくつかの類縁化合物も合成したので、それらを用いてV.D.に対する構造活性相関研究へと展開しました。実際の活性試験の結果は、既知である(+)-costic acidを含めいくつかの類縁化合物でも殺ダニ活性が示されました。現在ではこの実験結果をもとにフィールドでの小規模実証実験が計画されています

本材料の代表的な全合成ルート 冒頭論文より筆者が図を繋ぎ合わせて引用

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

特に思い入れがあることは、実際に自分の手で合成した化合物を使って自分自身が活性試験を行った点です。私が所属する研究室では生物活性天然物を合成し、活性試験は外部で評価するケースがほとんどです。今回もその方向で進める予定でしたが、意外にも企業でアッセイ系を持っているところが見つかりませんでした。ミツバチの蜂群が世界規模で崩壊する問題の大きさは甚大なものであると認識していましたので、新薬の開発が停滞している状況に驚くとともに一時は落胆しました。(V.D.に限定しているという点で市場規模が小さかったからかもしれません)。しかし小倉先生の執念で企業の「お問い合わせフォーム」から連絡してくださった甲斐もあり(笑)、ある養蜂家の方をご紹介いただきました。

そこから養蜂場まで足を運び、実際のV.D.の採取を体験しました。その後ダニを十分量入手できる段取りとなり、自らの手で活性試験を行う事ができました。実際に、一人で数百匹のダニをルーペで24時間観察するのは骨の折れる作業でしたが、化合物ごとに結果が顕著にみられたときは、驚きと共に自分の手で作った化合物がきちんと活性を示したことの喜びも同時に感じました。

根本さんが夜昼構わず観察を続け殺ダニ効果を調査された結果の表 
冒頭論文より筆者が一部編集して引用 データから、青枠の材料は遅効性である可能性も考えられる
またかなり似た化合物でもなぜここまでMortalityが変わるのかが不思議

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

難しかったというよりも大変だった点になるのですが、こちらもアッセイに関してで、ダニの生死の判断が特に大変でした。活性試験序盤ではダニがウロウロと動き回っているので観察しやすかったのですが、だんだんと化合物の影響により弱ってくると動きが鈍くなりました。そうすると、脚や触角の動きを注意深く観察する必要がありましたが、そこは目薬と気合いで乗り越えました(笑)。また、学部時代に所属した研究室でも合成は少し行っていたのですが、現在所属する研究室に入り、天然物の全合成というものを本格的に始めました。そのため、初めの頃は合成実験の操作に慣れるまで苦労しました。しかし多様な反応に触れる事ができ、合成が完了する頃にはだいぶ実験の腕も上達したことを実感しました。卒論学生が取り組むテーマにも思えるくらいシンプルな研究課題でも、これほど面白い研究成果が得られるのだという体験ができて、天然物化学の面白さを認識しました

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

有機合成化学は幅広い領域(理学・工学・薬学など)で研究されていますが、農学に属する身として、天然有機化合物を合成するだけにとどまらず、それらを用いて興味深い生命現象を解明するような研究に参画し、問題解決の一助となるような研究を行うことが重要であると考えています。もちろん難解な天然物の合成も魅力的で挑戦したいと思っているのですが、今回の研究を通して、より活性ベースの研究方針の面白さと意義を感じました。今後も構造が単純であるけれども、有用性のある天然物にアンテナを貼ることを忘れず、合成後の展開を踏まえた研究もやりたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします

最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。今回、合成したものを自ら活性試験を行う事ができ、また面白い生物活性試験の結果を得ることができて満足しています。ただ、作用機序等のより詳細な解析は我々だけでは進める事ができておりません。つまり、この天然物やその類縁体がどうしてV.D.に効くのかというのが全く明らかになっていません。ですので、本記事を読んで興味を持っていただけた昆虫や節足動物に関する専門知識をお持ち方がいましたら、是非ともお話をお聞きしたいです。

最後に、今回の研究を進めるにあたり、ご指導くださった小倉由資准教授、滝川浩郷教授、岡村仁則助教には深く感謝申し上げます。

著者近影とご経歴

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氏名: 根本 健司(ねもと けんじ)
所属: 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 有機化学研究室
研究テーマ: 有用な生物活性を示す天然有機化合物の合成と構造活性相関研究
略歴:
2021.3              東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 卒業
2023.3                東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士前期課程 修了
2024.4–現在      同上 博士後期課程 在学中
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

参考文献

 “Use of costic acid, a natural extract from Dittrichia viscosa, for the control of Varroa destructor, a parasite of the European honey bee.”, Sofou K, Isaakidis D, Spyros A, Giannis A, Katerinopoulos HE.  Beilstein J. Org. Chem. 2017, 13, 952-959., リンク

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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