[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

表面酸化した銅ナノ粒子による低温焼結に成功~銀が主流のプリンテッドエレクトロニクスに、銅という選択肢を提示~

[スポンサーリンク]

第393回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院工学院 材料科学専攻 マテリアル設計講座 先進材料ハイブリッド工学研究室(米澤研)に在籍されていた戸倉 凜太郎(とくら りんたろう)さんにお願いしました。

米澤研究室では、⾦属や⾦属酸化物を主に炭素・半導体・有機分⼦・⾼分⼦などと複合化したハイブリッド材料の創製と応用について研究されております。具体的には、新しい金属ナノ粒子の合成方法の開発やその挙動の理解、電子材料をはじめとする用途開発などを行っています。プレスリリースの研究は銅ナノ粒子についてで、銅は導電性ペーストとして幅広く使われている銀より安価であるものの、自然酸化しやすいため有機分子による厚い表面の保護が必要で、その分高い導電性が得られにくい短所がありました。そこで本研究では、比較的大きな粒子径をもつ銅ナノ粒子を用いてその結晶構造・酸化状態を制御し、低温の焼成でも高い導電性が得られることを見出しました。

この研究成果は、「Materials Advances」誌およびプレスリリースに公開されています。

The role of surface oxides and stabilising carboxylic acids of copper nanoparticles during low-temperature sintering

Rintaro Tokura, Hiroki Tsukamoto, Tomoharu Tokunaga, Mai Thanh Nguyen and Tetsu Yonezawa

Mater. Adv., 2022,
DOI: 10.1039/D1MA01242H

研究室を主宰されている教授の米澤 徹先生より、戸倉さんについてコメントを頂戴いたしました!

戸倉凜太郎さんは、3年生までいわゆる「金属工学」を勉強してきました。相図や弾塑性学などを勉強していたのですが、ナノ材料に非常に興味をもち、研究室に来ました。入室してから、有機化合物の性質、コロイド科学で重要な微粒子の分散・凝集について実験をしながら自分でコツコツと勉強していきました。そして、4年生から修士課程にかけて、アルキルカルボン酸を使った安定な銅微粒子の合成、電子顕微鏡像の取得および解析を行っていきました。また、微粒子の分散安定化についても、微粒子を凝集させないでビーズの効率のよい分離法の開拓など細かい実験条件を詰めて、よいペーストづくりに成功しました。戸倉さんはその中でも電子顕微鏡による粒子解析にとても興味をもって、結晶の立体構造を頭に描きながら、写真にある原子の並びについて解析していきました。この研究は、金属微粒子ペーストづくりという一見すると応用よりの研究ですが、必ず新しいことは基礎的な部分にあると伝えていたことを実践してくれました。とても新しい材料ができたと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

Cu64Oという銅の微酸化物で覆われた銅微粒子を、被覆しているアルキルカルボン酸と相互作用させることで低温焼結を実現した研究です。

本研究の銅微粒子は、金属粒子を含むペーストを印刷し焼結することで導電回路を形成できるプリンテッドエレクトロニクス(PE)に用いられるものです。近年のメタル価格上昇によって、貴金属の金や銀より安価な銅が注目されていますが容易に安定なCu2OやCuOに酸化してしまうことが重大な懸念事項です。それに対して本研究では、一般的に聞き慣れないCu64Oという微酸化物で粒子表面が覆われています。この微酸化物は、粒子表面に存在するヘキサン酸によって不活性雰囲気である窒素下でも加熱時に金属銅に変わり粒子同士のネッキングを促します。また、Cu64Oの結晶構造は斜方晶でありCuは立方晶です。つまり、結晶構造が変化するため比較的低温でも銅原子が拡散しやすく粒子同士が繋がっていくと考えられるのです。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

自分なりに工夫したところはビーズミルのビーズの分離工程です。最初は、分離がしやすいように大きめのビーズを用いて分散をしてみたのですが凝縮を解砕できていなかったり、反対に凝集体を潰してしまってフレーク状になってしまったりなど目的のよく分散したペーストが得られませんでした。試行錯誤しているうちに30μm径のビーズにたどり着きましたが、30μmのビーズはビーズというより砂のようで、メタルメッシュに垂らしても分離するにとても時間がかかってしまいました。そこで遠心力で分離してくれるようにメッシュを加工して分離専用の治具を作製しました。今まで1時間超かかっていたのが15分程度まで短縮できたので良い発明となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

一番難しかったところは、粒子や焼結膜のSTEM像の分析です。Cu, Cu2O, Cu64Oの面間隔はとても大きく異なるわけではありません。面間隔を精度よく知るために、よりよいSTEM写真を得ることはもちろんのこと、交差している面の角度を測り、結晶のモデルから面が交差する角度を計算し照らし合わせることで相と面指数を同定しました。いくつもあるSTEM像から長さと角度を測ることなど、正しい結果を求める工夫をすることにでかなり時間をかけました。そのおかげでどのように酸化物が表面に分布しているか結論付けられた時は非常に努力が報われた気分でした。

銅ナノ粒子のTEM画像(出典:原著論文

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学分野と金属分野の様々な視点を持った研究者になりたいと考えています。私は、学部の専攻が化学というより金属の強度や合金などを扱う分野でした。しかし、研究室に入ってからは、扱うテーマが金属ナノ材料ということもあり有機物も取り扱うことが多くなりました。そこでは、金属の知識と有機化学の知識も必要となり、私自身が研究室名でもあるハイブリッドな人材であることが求められました。現在、私は一企業の人間ですが分野の垣根を超えて勉強し新材料の創成に携わっていきます。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで読んで頂きありがとうございました。本研究のCu64Oの活用はプリンテッドエレクトロニクスにおける銅ペーストが広く実用化されるための大きな一歩だと考えております。このように若い時から最先端の研究に携わり経験を積むことができるのは大学院生の特権でもあります。研究に近道はありません。とにかく実験とディスカッションを多く行い、1つの実験から知り得たことをたくさん見出すことが重要です!

研究者の略歴

名前:戸倉 凜太郎(とくら りんたろう)

所属:北海道大学大学院工学研究院 先進材料ハイブリッド工学研究室(当時)

2020年3月 北海道大学 工学部 応用理工系学科 応用マテリアル工学コース 卒業
2022年3月 北海道大学 大学院工学院 材料科学専攻 修士課程修了

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. みんなーフィラデルフィアに行きたいかー!
  2. 燃えないカーテン
  3. 元素川柳コンテスト募集中!
  4. tRNAの新たな役割:大豆と微生物のコミュニケーション
  5. 化学者のためのエレクトロニクス入門② ~電子回路の製造工程編~
  6. アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(1)
  7. マテリアルズ・インフォマティクスの導入・活用・推進におけるよくあ…
  8. 二重マグネシウム化アルケンと二重アルミニウム化アルケンをアルキン…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 実験メガネを15種類試してみた
  2. スキンケア・化粧品に含まれる有害物質を巡る騒動
  3. ヒスチジン近傍選択的なタンパク質主鎖修飾法
  4. 世界初!反転層型ダイヤMOSFETの動作実証に成功
  5. サイエンスアゴラの魅力を聞く-「iCeMS」水町先生
  6. 東芝やキヤノンが優位、微細加工技術の「ナノインプリント」
  7. 光親和性標識 photoaffinity labeling (PAL)
  8. ぬれ性・レオロジーに学ぶ! 微粒子分散系の界面化学の習得講座
  9. モリブデンのチカラでニトロ化合物から二級アミンをつくる
  10. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑨:トラックボールの巻

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年6月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP