[スポンサーリンク]

一般的な話題

宇宙に漂うエキゾチックな星間分子

[スポンサーリンク]

 

Eテレのアニメ「宇宙なんちゃら こてつくん」で、「宇宙はどんな匂いがするのか?」というお話をやっていました。なんでも、宇宙ステーションに戻った飛行士の宇宙服からは、付着した星間分子である「ギ酸エチル」の芳香と、各種イオンによる「焦げたような」においがするそうで、ラズベリーを焼くとちょうどそんな香りになるのだとか。

そう、宇宙空間には原子や素粒子だけではなく、星間分子と呼ばれる化学種が存在しているのです。2022年2月現在で、実に257種の星間分子が発見されているとのことです。大きいものではベンゼンやシアノナフタレン、フラーレンなどもあるそうです。そのような分子は有機合成化学を生業としている私にも合点のいくものですが、発見された星間分子のリストを見ていると、結構な確率で地上ではマトモに存在できない分子種が記載されています。

宇宙空間は高真空状態のため、星間分子どうしの衝突確率は地上に比べてごくごく僅かとなります。そのため、超絶不安定とも思えるような分子が安定に漂っていることがままあるそうです。そこで、筆者がピックアップしたいくつかのエキゾチックな星間分子を紹介したいと思います。

H3+ (プロトン化水素分子)

星間分子としても、地上で観測可能な分子としても比較的有名です。1911年、ジョゼフ・ジョン・トムソンが水素ガス中での放電実験により発見し、1990年代後半に星間分子としての観測がなされました。形式上プロトン化水素分子と呼ばれていますが、その構造は正三角形であり、3個の水素分子は完全に等価で、いわゆる三中心二電子結合を形成しています。詳しい解説は Wikipedia に譲りますが、これが多量に存在しているという宇宙空間、恐るべしです。

•OH (ヒドロキシルラジカル)

非常に高い反応性を有する活性酸素・フリーラジカルの一種で、生体内で生じた場合は周りの分子と即座に反応し傷害を引き起こす、ある意味悪名高い分子です。本分子種は水が三電子還元されたものにあたり、実験室的には Fenton 反応により過酸化水素から発生させることができます。地上での単離はほぼ不可能ですが ESR を用いたスピントラップ法などにより間接的に定量が可能です。一方、超低密度・高真空の宇宙空間では反応する相手にまず出会わないため、ヒドロキシルラジカルでさえも安定に存在が可能となります。活性酸素研究者でもある筆者からするとかなり違和感を覚える事実です。

HCCS+ (thioketenylium)

2022 年に報告された最新の星間分子です。冷たい暗黒星雲に存在し、形式としては、多量に存在する •C=C=S ラジカルがプロトン化された分子種だとか。ちなみに分子型のチオケテン H2CCS も星間分子として報告されています。単純なチオケテン自体、地上では超不安定でマトモに存在できない分子です。じゃあ HCCS+ なんてましてや…となりますが、–4Kの極低温を誇る暗黒星雲では普通に存在できてしまうのでした。

CF+ (fluoromethylidynium)

分子式からしてどうみても異常に見えますが、以下の式により発生するそうです。

なんかいろんな合成に利用できそうとも思ってしまいますが、それどころの反応性じゃなさそうですね。

フッ素でなく水素原子を有する CH+ (methylidinium) は古くに発見された星間分子の一つで、天文学上は今現在も注目すべき分子のようです。

「CH+は特殊な分子です。CH+は特殊な分子で、生成するのに多くのエネルギーを必要とし、反応性が高いため、寿命が短く、遠くへ移動することができないのです。このため、CH+は銀河とその周辺におけるエネルギーの流れを追跡しているのです」と、ESOの天文学者マーティン・ズワーン氏はこの論文に寄稿しています。

https://www.eso.org/public/news/eso1727/ の一文を DeepL翻訳し引用

CH3C7N (Methylcyanotriacetylene)

星間分子として観測され、その後地上で合成に成功したとする報告のある分子です。めっちゃ真っ直ぐです

“Low Temperature Synthesis and Phosphorescence of Methylcyanotriacetylene”, Urszula Szczepaniak et al., J. Phys. Chem. A, 2018, 122, 1, 89–99, DOI: 10.1021/acs.jpca.7b09728

 HeH+ (水素化ヘリウムイオン)

ビッグバン直後の宇宙から存在する、宇宙最初のイオンとされる物質です。ヘリウム化合物はさすがの宇宙空間でも本イオンしか発見されていないようです。

ビッグバン直後の宇宙に存在した原子は、ほとんどが水素とヘリウムだけだった。ビッグバンから約10万年後、この2種類が結合し、宇宙で最初の分子(イオン)である「水素化ヘリウムイオン」が形成されたと考えられている。その後、水素化ヘリウムイオンと水素原子が結合して水素分子が作られ、宇宙で最初に誕生した恒星の主要な材料となった。

水素化ヘリウムイオンは現在の宇宙にも存在するはずだとみられ、1925 年には実験室でこのイオンを合成することにも成功したが、これまで実際に検出されたことはなく、数十年にわたって探されてきた。その候補天体の一つが、はくちょう座の方向約 3000 光年彼方に位置する惑星状星雲「NGC 7027」である。星雲中に存在する年老いた星からの紫外線放射や熱が、イオン形成に適した環境を作り出していると考えられたからだ。

(中略)

研究チームでは、水素化ヘリウムイオンを検出できるようにテラへルツ波受信器「GREAT」をアップグレードして、2016年に NGC 7027 を観測した。そして見事に、水素化ヘリウムイオンの存在を示すシグナルをはっきりととらえることに成功した。「水素化ヘリウムイオンを見つけるには、正しい場所を適切な機器を使って観測する必要があったのです。SOFIAは完璧にミッションをこなしました」(米・SOFIA 科学センター Harold Yorkeさん)。

今回の発見によって、水素化ヘリウムイオンが実際に宇宙に存在する証拠が得られ、初期宇宙から現在まで進んできた複雑な化学に関する、基本的な理解における重要な部分が裏付けられた。「あの場に居合わせ、水素化ヘリウムイオンの存在を示す初のデータを目にしたことは、実にエキサイティングでした。長きにわたったイオン探しはハッピーエンドに終わり、初期宇宙における基本的な化学に関する疑問が取り除かれました」(Güstenさん)。

AstroArts様の記事より引用 https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10606_heh

おわりに

かなり雑多に紹介しましたが、地上で有機化学をやってる人間からは考えも及ばないような奇っ怪な分子種がウヨウヨ (ただし低密度) しているのが宇宙空間です。宇宙ってすごい!カテゴリを「身の回りにない分子」にしたかった筆者のつぶやきでした。

外部リンク

これまでに発見された星間分子のリスト (東京理科大学 築山研究室)

関連書籍

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. アブノーマルNHC
  2. 留学生がおすすめする「大学院生と考える日本のアカデミアの将来20…
  3. 第28回Vシンポ「電子顕微鏡で分子を見る!」を開催します!
  4. Mestre NovaでNMRを解析してみよう
  5. 「世界最小の元素周期表」が登場!?
  6. 【速報】2015年ノーベル生理学・医学賞ー医薬品につながる天然物…
  7. なんと!アルカリ金属触媒で進む直接シリル化反応
  8. テストには書けない? カルボキシル化反応の話

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ヘテロアレーンカルボニル化キナアルカロイド触媒を用いたアジリジンの亜リン酸によるエナンチオ選択的非対称化反応
  2. なぜクロスカップリングは日本で発展したのか?
  3. 究極の脱水溶媒 Super2(スーパー スクエア):関東化学
  4. ウコンの成分「クルクミン」自体に効果はない?
  5. ヘム獲得系のハイジャックによる緑膿菌の選択的殺菌法
  6. 可視光光触媒でツルツルのベンゼン環をアミノ化する
  7. 貴金属に取って代わる半導体触媒
  8. 三次元アクアナノシートの創製! 〜ジャイロイド構造が生み出す高速プロトン輸送〜
  9. 中国へ講演旅行へいってきました②
  10. 2021年ノーベル化学賞は「不斉有機触媒の開発」に!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年6月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

注目情報

最新記事

原子状炭素等価体を利用してα,β-不飽和アミドに一炭素挿入する新反応

第495回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 鳶巣研究室の仲保 文太…

【書評】現場で役に立つ!臨床医薬品化学

「現場で役に立つ!臨床医薬品化学」は、2021年3月に化学同人より発行された、医…

環状ペプチドの効率的な化学-酵素ハイブリッド合成法の開発

第494回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院生命科学院 天然物化学研究室(脇本研究室) 博…

薬学会一般シンポジウム『異分野融合で切り込む!膜タンパク質の世界』

3月に入って2022年度も終わりが近づき、いよいよ学会年会シーズンになってきました。コロナ禍も終わり…

【ナード研究所】新卒採用情報(2024年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代…と、…

株式会社ナード研究所ってどんな会社?

株式会社ナード研究所(NARD)は、化学物質の受託合成、受託製造、受託研究を通じ…

マテリアルズ・インフォマティクスを実践するためのベイズ最適化入門 -デモンストレーションで解説-

開催日:2023/04/05 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング

第493回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 材料系 早水研究室の本間 千柊(ほ…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年3月号がオンライン公開されました。早…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP