第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室)に所属されていた玉木健太 先生にお願いしました。現在は、名古屋大学大学院 理学研究科(生体分子動態機能研究室)にて助教をされています。
今回ご紹介するのは、非平衡超分子集合体の制御に関する研究です。
様々な入力に応じた非平衡状態を形成する分子集合体は、環境刺激に柔軟かつ多様な応答が可能な材料設計の有用な基盤となります。今回、照射する光の強度によって異なる次元性の非平衡状態を構築する現象を報告されました。この構造変化について、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)によるリアルタイム観察により、詳細なメカニズムを明らかにされています。本成果は、Chem 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Light-intensity-dependent out-of-equilibrium processes toward dimensionally distinct nanopolymorphs”
Tamaki, K.; Hanayama, H.; Datta, S.; Silly, F.; Wada, Y.; Hashizume, D.; Adachi, K.; Uchihashi, T.; Kawano, M.; Ganser, C.; Yagai, S., Chem, 2025. DOI: 10.1016/j.chempr.2025.102818
研究を指導された矢貝史樹 教授から、玉木先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
玉木さんは学業面でも研究力でも、お世辞じゃなくめちゃくちゃ優秀です。矢貝研に入ると、まずは教員や先輩が妄想力全開で設計した(打率3割?程度の)分子を合成してもらうのですが、完遂力が高い学生さんはそれを作りきってしまうんです。玉木さんはまさにその典型例でした。そのため当初は、なかなかインパクトのある分子に出会えず、苦戦していました。しかし玉木さんは、驚くようなスピードで矢貝研のこれまでの歴史を俯瞰し、こちらの新たな提案を軽やかにこなしながら、光応答性湾曲超分子ポリマーを与えるモノマーを軸に新規分子を2つ設計しました。ビフェニル部位を導入した分子は、設計通りの非常に美しい結果を出してくれました(JACS 2024)。一方、今回のChem論文の主役となったフェニレンを有する分子に関しては、かなり予想外の結果が得られました。我々の湾曲超分子ポリマーは、光を当てても分子間の結合が切れることなく、主鎖の高次構造が直接変化するのが特徴なのですが、フェニレン分子の場合は光により全く違う多形が現れました。当初はベンゼン環一つの違いで全く異なる現象を示すことが我々にとっては興味深く、同じ論文としてまとめるかどうか二人で論文キャッチボールをやりながら悩んでいました。玉木さんはその迷いの期間も実験を着実に積み上げ、次第に両分子が示す自己集合システムの本質が見えてきたので、独立して論文化することにしました。振り返れば、これらの2つの系を論文一本にまとめようなんて、とてもじゃないけど無理ゲーってくらいにそれぞれの系が上位概念を主張しています。こんな芸当をこなせるのが、玉木さんの研究力の高さの証です。これから名古屋大学の内橋先生の元で、高速AFMを駆使したオリジナルな研究を展開してくれることと思います。余談ですが、玉木さんはとっても仕事が早いので、一緒に仕事をされる方はご注意ください。この原稿も爆速で出来上がってきて、ビビりました。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私たちの体内で働く生体分子は、周囲の環境とエネルギーをやり取りしながら、熱力学的に安定な平衡状態から外れた「非平衡状態」で機能しています。今回私たちは光をエネルギー源とし、その”強度”に応じて異なる次元性を持つ非平衡構造を作り分けられる人工の自己集合システムを開発しました(図1)。

図1. 今回開発したアゾベンゼンを有するバルビツール酸型メロシアニン分子(A)およびその自己集合におけるエネルギーランドスケープ(B)
本研究では、光応答性ユニットであるアゾベンゼンと、水素結合により多様な超分子多形を示すバルビツール酸型メロシアニンを組み合わせた分子を利用しました(図1A)。この分子を有機溶媒中で集合させると、矢貝研究室で長年研究されてきた湾曲構造を有する超分子ポリマー(ナノコイル)[1] を形成しました。しかし、この分子にとってナノコイルは熱力学的に最も安定な集合状態ではなく、より安定な二次元ナノシートへと自発的に変化しました。
ナノシートに紫外光を照射してアゾベンゼンを異性化させると、強度に応じて異なる非平衡状態へと変化しました。強い紫外光を照射すると、アゾベンゼンが露出した面で選択的にシートが分解し、放出された分子が再集合することで一次元ナノファイバーを形成しました。一方、弱い紫外光照射下では、小さなシートの分解と大きなシートの成長が競合する「オストワルド熟成」が進行し、三次元ナノクリスタルへと変化しました。高速AFMを用いたリアルタイム観察により、これらのダイナミクスの詳細なメカニズムが明らかになりました(図2)。

図2. 高速AFMにより可視化された面選択的な「二次元ナノシート → 一次元ナノファイバー」構造転移(左)およびオストワルド熟成による「二次元ナノシート → 三次元ナノクリスタル」構造転移(右)
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究で最も思い入れがあるのは、この分子との出会いとコンセプト設定の過程です。修士2年の秋、私は「光による主鎖のアンフォールディングと鎖間凝集を誘起できる湾曲超分子ポリマー」について研究しており(2024年JACS誌に掲載)[2,3]、その類縁体として合成したのが今回の分子でした。初めは先行研究と同様に湾曲超分子ポリマーを形成し、その後沈殿したので、「同じ結果か」と落胆しました。しかし、よくよく観察すると沈殿の様子がJACSの分子とは違って結晶性が高そうでした。AFMで観察し、美しい二次元ナノシートが確認できた時、新たな研究に発展できると強く感じました。さらに研究を進める中で、光強度に応じて異なる次元性をもつ非平衡ナノ構造へと分岐し、その動態を高速AFMで直接観察できた瞬間は大きな感動でした。一方で、どのようなコンセプトでまとめるべきかは最後まで非常に悩みました。光による多形制御で押すか、高速AFMによる直接観察を全面に押し出すか、、、他にも色々あったと思います。指導教員である矢貝先生との論文のやり取りの中であーでもないこーでもないと悩み抜いた末、最終的に論文の査読プロセスで「光による二状態の制御はあっても複数の非平衡状態を制御した例が見当たらない」と気付いた時、「これだ!」と確信することができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究で特に難しかったのは、ナノシートの構造解析でした。分子には溶解性を高めるためにかさ高いアルキル鎖が導入されており、大きな結晶を得ることが困難でした。そんな折、東京大学で開催された超分子化学の国際会議「CEMSupra2024」で東京科学大学の河野正規先生と議論する機会があり、単結晶X線構造解析に本格的に挑戦する後押しをいただきました。最終的に、この相反する特性を乗り越えて単結晶構造を解明できたときには、非常に感動しました。得られた結晶構造とAFM画像との関連づけも難題でしたが、東京科学大学の福井智也先生と議論する中で、古典的な結晶成長の理論を学び、解析を完遂することができました。困難に直面したとき、専門家との議論が次の道を切り開く大きな糸口になることを強く実感しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来は、幅広い分野に興味を持ちながら、人と人との繋がりを大切にしつつ、オリジナリティ溢れるサイエンスを展開していきたいと考えています。本研究を進める中で、学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」の支援のもと、結晶構造解析や顕微鏡観察に携わる多くの専門家と議論する機会に恵まれ、その度に自分の視野が広がり、大きな成長を実感しました。この経験から、自分とは異なるバックグラウンドをもつ研究者と積極的に議論し、新たな知見を生み出せる研究者になりたいと強く思うようになりました。現在は生体分子のダイナミクスを高速AFMで観察し、そのメカニズムを解明する生物物理の研究室に身を置き、化学・生物・物理の枠にとらわれない分野横断的な研究に挑戦しています。超分子化学のバックグラウンドを持つ自分だからこそ切り開ける新しい領域を追求していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。私自身そうでしたが、研究を進めていると思うように結果が出なかったり、行き詰まったりすることが少なくないかと思います。そんな時は一度立ち止まり、ストーリーを意識して自分の研究を整理してみることをおすすめします。その過程で指導教員や共同研究者と議論したり、学会発表を通じて外部の研究者からフィードバックを得たりすることで、現状を打破する新たな視点が生まれ、次の展開へと繋がっていきます。将来、この記事を読んでくださった皆様と研究について議論できる日を楽しみにしつつ、私自身も新たな環境でさらに研鑽を積んでいきたいと思っています。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたり多大なご指導を賜りました矢貝先生、共同研究者の皆様、そしてこのような機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの皆様に、心より御礼申し上げます。
研究者の略歴

名前:玉木 健太(たまき けんた)
所属:
千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 分子集合体化学研究室(当時)
名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物理科学領域 助教(現在)
略歴:
2020年3月 千葉大学 工学部 共生応用化学科 卒業
2022年3月 千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 博士前期課程 修了
2025年3月 千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 博士後期課程 修了
2022年4月~2025年3月 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2025年4月~ 名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物理科学領域 助教
関連リンク
- S. Datta, S. Takahashi and S. Yagai. Nanoengineering of Curved Supramolecular Polymers: Toward Single-Chain Mesoscale Materials. Acc. Mater. Res. 2022, 3, 259–271. doi: 10.1021/accountsmr.1c00241.
- K. Tamaki, S. Datta, H. Hanayama, C. Ganser, T. Uchihashi and S. Yagai. Photoresponsive Supramolecular Polymers Capable of Intrachain Folding and Interchain Aggregation. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 22166–22171. doi: 10.1021/jacs.4c07878.
- タンパク質のようなフォールディングと凝集の両方を引き起こす光応答性超分子ポリマーの開発に成功〜メゾ領域へのスケールアップで顕微鏡による直接観察が可能に〜:千葉大学プレスリリース





























