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一般的な話題

忍者はお茶から毒をつくったのか

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Tshozoです。また過去に出版されていた学研のまんがシリーズの話です。この齢になるとどうしても昔のことを思い出す頻度が高まるので許してください。

【きっかけ】

画像はAmazonの同書リンク(こちら)より引用
今読んでも新しい発見がある名著で、是非小学生向けにもこのレベルの書籍を出し続けてほしい

上記、学研ひみつシリーズ「忍術・手品のひみつ」が今回の発端です。忍者が多様な薬草を様々な用途に使っていた事は三重大 忍者学専攻の山田好男教授により詳細に調べられているのですが(参考リンク)(山田教授が監修された本はこちら)、この学研の本は現代と同レベルに詳しくまとめている印象でした。

特に「毒薬」については子供が興味を持つよううまく説明してあり、そのおかげでワライダケはもちろんトリカブト(アルカロイド類)とかフグ(テトロドトキシン)とかハンミョウ(カンタリジン)とかは子供心に残当で、チョウセンアサガオも華岡青洲が麻酔薬に使ってたのは小学2年の時点で知ってましたし、キンポウゲも身をもって食あたりを経験していたので把握していました。・・・が、その中にまったくピンとこなかった「玉露の煎じ汁から毒薬」という項目があったのです(下図円の中)。

今考えてもかなりマニアックな内容
他にも「飛び加藤」とか「穴九衛門」とか…推奨の一冊

筆者は玉露のような高級茶を飲む上流階級には属しませんが「宵越しの茶は飲んだらアカン」と祖母に言われていたのは事実。しかし大人になってから、かなり濃くした緑茶・番茶を飲んでみても大して腹をこわすようなことも体調が悪くなるようなことも起きませんでしたし、この本は一体何を以って毒薬としていたのだろうか、と今回化学的に調べようと思い立ったわけです。皆さんも不思議に思いますよね? 調べてみました!

【本件に関わる一般的な話】

(文献1,2)で書かれているように、「玉露の煎じ汁から毒薬」作り方と使い方(!!!)は「宿茶の毒」という名で知られています。つまり

濃く入れた玉露を竹筒に入れて地面に埋め、1ヶ月放置する。
これを毎日2滴ずつ飲ませると、1ヶ月程で病気になり2ヶ月で確実に死ぬ

・・・医療や薬が進歩した現代では死ぬこたぁ無いでしょうが、ご自宅の宿六とかに悪用しちゃいけませんよ。この処理で玉露の何がどう変わって悪影響を示すのか、についてもこちら(富山 田尻虎蔵商店殿 筆者が昔に訪問)に記載があり、文章をそのまま引用させていただくと、

カテキンは酸化がすすむと「タンニン」という渋味成分に変化していきます。通常の茶葉に含まれる適量のタンニンは、胃の細胞を刺激し消化を助けますが、過剰なタンニンは胃の粘膜を荒らし、消化液の分泌を妨げ、胃腸の弱い人には、吐き気や下痢を引き起こす原因となってしまいます。」

とあり、マイルドに内臓疾患を起こすようで、体が弱った人に使うには効果的だったのかも。(注:最近は「タンニン」という言葉があまり使われなくなっているとのことですが、今回は筆者の都合上適宜使用させてもらいます) 豆知識ならばこれで完了ですが、化学的にどう解釈すればよいのか。それにはまず歴史経緯などから。

お茶は中国(正確にはチベット付近)にその源流を持つ多年草の植物で、あまりにもあちこちで取り上げられていますので詳細は略。渋みとうま味を同時に持つその煎じ汁は様々な形態において世界中で愛されています。

お茶文化の伝搬の経路 中国南西部~チベットが源流 数字は伝来世紀を示す(文献3)

今回採り上げる煎茶(緑茶)は紀元前に現在の中国南西部で生まれましたが(文献4)、その後乱世が続いたこと「など」の影響で文化の源流であるはずの国には茶葉をそのまま使うような緑茶・煎茶文化は実質残らず、「発酵」させた烏龍茶のようなものが中心となり、いっぽうで中国文化の宝物庫みたいな役割になっている日本で抹茶や煎茶の文化が一部形を変えて残りました。今回は緑色も鮮やかな煎茶・玉露グループにポイントを絞って成分を整理してみます。

茶の分類 (文献4)より引用 特に今回ポイントになるのは玉露

煎茶及び玉露に主に含まれているのは渋みを出すカテキン類とその派生物質タンニン類、うま味を出すアミノ酸類(後述)、糖類が中心で、これ以外にもカフェイン、ビタミン類(ビタミンB, C, 複数のE)、色素類をはじめとした成分が含まれていますが、今回は対象をカテキン類、タンニン類、アミノ酸類(+糖類)の3つに絞ります。ついでに発見者を書いておきますと、世界で初めてカテキン類やタンニン類を単離して発見したのは鈴木梅太郎博士門下、日本初の女性農学博士である「辻村みちよ」博士でした(お茶の水女子大の説明ページ・世界初ではないもののビタミン類の単離にも成功されている模様)。(文献5)でその発見の経緯がわかるほか、強いご発言をされており頭の下がる思いです。

筆者は左の方の「大したことはないんですよ」以降を見て猛省しました (文献5)より引用

ただカテキン・タンニンとひとくちに言ってもその種類は多く、発見から100年以上経った現在も基礎研究・応用研究が続けられる奥深いもので、全貌を一記事の中で述べるには無理があるため、下記は一般論ということでお考えください。次にこうしたお茶に入っている成分の概論について。

カテキンとタンニンとポリフェノールと

分類的なイメージ (文献6)より引用
後述するが一般にカテキンが縮合などで多量化すると非カテキン→タンニングループになる

ここではカテキン類、タンニン類、アミノ酸類(+糖類)の前者二つについて。

(文献6)にあるようにカテキン類とタンニン類は「ポリフェノール」という大きなグループに属し、上図のようにその中にタンニン類というグループがあって、さらにそのグループに属する形でカテキン類という集団が存在すると考えられます。この分類に倣い以下カテキン類は「カテキン」タンニンは「タンニンポリフェノール」と表現します。なお上記で辻村博士がどの成分を単離されたのか文献が見つからないのですが、化学研究黎明期の単純操作でも結晶化し得る低分子カテキン類であったのではないかと推測されます。

このうち茶葉に含まれるカテキンの分子構造の代表的なものは下図(文献6)で、水酸基を持つフェノール構造を基本とした分子。実際には下記以外にも多数のカテキン類が見つかっており、葡萄の葉などにも含まれるプロアントシアニジンなどはその一例、どれも人体の健康に貢献し得る材料であることがわかっています。

代表的なカテキンの分子構造 正式名称はエピガロカテキンである
お茶の中に多く含まれるのは一番最後のEGCG(没食子酸エピガロカテキン)だが
どれも高い抗菌性を持つといわれる

一方タンニンポリフェノールは「分子量デカめのカテキン」的な性質をもつことから構造は実に多様なのですが、今回採り上げる煎茶・玉露類には(文献7)にもあるように縮合型タンニンポリフェノールはほとんどなく、やや少量の加水分解型タンニンポリフェノールしか含まれていないようなので以下後者の加水分解型タンニンポリフェノールを出発点に話を進めます(ラフに言うと加水分解型タンニンポリフェノールはゆるい結合をして多量化していて、縮合型タンニンポリフェノールはキッチリ共有結合で多量化しているものになります)。

タンニンも多岐にわたっており、植物ごとによっても異なる分子構造がある
今回はお茶に含まれると考えられるものに絞ります(文献7を筆者が編集して引用)

同じく(文献7)よりお茶の中のカテキン・タンニンポリフェノール類一覧
なお縮合型タンニンポリフェノールはこの表には含まれていないので注意

ということで冒頭の問いに戻りまして、田尻虎蔵商店殿が書いていた「カテキンが酸化されて人体に良くなさそうなタンニンポリフェノールグループになる」というようなことは果たして正しいのでしょうか。

この点、①カテキンやタンニンポリフェノールがそもそも有害材料なのか・その作用の詳細はどのようなものか、また②カテキンからの変化は起きうるのか、を考えてみます。

まず①。これは(文献8)のとおり、カテキンもタンニンポリフェノールも量によってはやや有害性が見受けられる(もちろん有益性もあります)ようです。じっさい辻村みちよ博士の共同研究者であった三浦政太郎博士による当時の寄稿に下記のような表現がありました。

緑茶を飲んで体に好いというも悪いというも、一つに分量次第で、度を過ごしてはいけない。(中略)コフェイン(ママ)の外にタンニン※を含んでいて(紅茶には少く、緑茶には多い)これが滑皮をつくるのと同じ理屈で腸の粘膜の表面を荒し蛋白質を凝固し消化器を害する恐れがある。だから、紅茶にミルクという風に蛋白質を混ぜて用いたら好い。(中略)モルモットに適当のお茶を与えると…少量のお茶でも食慾を無くし、消化器の吸収を悪くして死ぬる、それを解剖して見るとタンニン※のこの害が腸に現われている。所がお茶の前に牛乳を飲ませると、この命が助かるのである。」(※ここでの”タンニン”が何を指すかは後述)

・・・ということで、ポリフェノール類は生物に害になり得るのは当時から認識されていました。またこうしたカテキン・タンニンポリフェノール類による作用は「収れん作用」、英語で”astringent“と呼ばれる作用であることが知られています。この収れん作用とは苦いお薬によくみられる「(小腸・大腸などを)ひきしめる」作用で、下痢などでゆるくなっているお腹を引き締める整腸作用の一種と考えられます。この作用を発揮する成分は適量であれば有用ですが、分量を超えて使うと有害になるタイプの材料で、毒と薬はなんとやら、というアレですね。(文献9)などを見ると反芻動物である牛やげっ歯類、鳥類などに結構よろしくない影響があるようで。なお三浦博士が述べている”タンニン”とは、本記事で言う「カテキン」(特にEGCG・エピガロカテキン)と、加水分解型タンニン両方を含むと思われます。人間には大した量でなくても体重比・面積比でラットなどにはおそらく毒薬レベルでしょう。

ではどういう化学的な反応がはたらいているのか。ここでポイントになるのが上記「なめし皮(滑皮)をつくるのと同じで」と記載している点。

そもそもタンニンという言葉はフランス語のTanningという、皮に防水・保存を持たせる処理、が原義(文献10)。牛などの動物皮を利用するにあたり、皮脂を取り除いた後に皮内のたんぱく質を腐らないようにしつつ使用に耐えられる防水性と強さを持たせる作業が必要なわけですが、Tanningとはこの処理。昔の人はこれにタンパク質への湿潤性と変成性が強い、樫などの広葉樹を中心とした植物の皮や葉などから採れるタンニンポリフェノールが有効である、と経験的にわかっていて、そのための材料に”タンニン”という言葉をあてた、ということが言えます(注:樫以外にも原料は色々あるそうですがまたの機会に)。

タンニンによる半工業的皮なめし処理イメージ(3:16くらいまでが該当)
茶色い粉がタンニンポリフェノール 工業的クロム処理の台頭で衰退したが、
最近は環境負荷が低いことが見直され復活の機運がある(事例:東京 カナメ殿)(事例:山口産業殿)

ではこうした動物の皮を変成する力のあるカテキンやタンニンポリフェノールが大過剰に人体などに入った場合、どうなるのか。小腸とか大腸が防腐・防水機能とか機械的強度を持っても何もうれしくなさそうなのは直感的にわかりますが、知りたいのは化学的な面。そこで確認したところ長年お茶の成分について調査を続けておられる長崎大学大学院の田中教授による(文献12)にそのヒントがあり、下図の通りになるかと思います。

図は(文献12)より引用 (文献11)ではプロリンに結合し得ると書いてあるが
フェノールがプロトン供与性であることから、アミン部に作用する点は変わらないと考えられる

このようにカテキンやタンニンポリフェノールが、コラーゲンなどのアミノ基をもつ体内タンパク質と強く架橋し過剰な収れん作用を発揮することでその機能・動作を阻害してしまうのが茶による有害性の反応原理のひとつと考えることができます。適量なら整腸剤としての機能を果たすのでしょうが、多量では機能不全に至る、というわけでしょう。なおこの架橋安定性は収れん作用の大小とも関連し、一般には分子量が大きく水酸基が多く化学的に安定であるほどたんぱく質と架橋しやすく収れん作用が強いと言われています。つまりカテキンもそれなりに影響を示しますが、分子量の大きい加水分解型タンニンポリフェノールの方がより影響が大きく、また化学的に分解されにくい縮合型タンニンポリフェノールの方がさらに強く影響し得ると推定できます。蛇足ですがタンニンポリフェノールは植物の防御物質としての意味合いがあり、その点からも「Toxic」として認識されていました(文献9,10,13)。たとえば渋柿には鳥類に有害となりうる縮合型の柿ポリフェノールが含まれていることがわかっていますが、あれも実が成熟するまで鳥などに食べられないようにしているのではないか、という空想もできます。

ということで、収斂作用の強さ・長さを想像するとカテキン<<加水分解型ポリフェノール<<縮合型タンニンポリフェノールであることは容易に想像でき、つまり宿茶の毒に大量に入っていてほしいのは縮合型タンニンポリフェノールということになります。

では次に、②果たしてカテキンや加水分解型ポリフェノールは土の中で縮合型タンニンポリフェノール類に変わりうるのか。あくまで筆者意見ですが「変わり得る」と考えられます。

まず、何のためなのか全くわからないのですが、お茶の中には一般的にポリフェノールオキシダーゼ(PPO)という、酸素存在下でフェノール類を酸化できる酵素が含まれています。ただ煎茶・玉露などは摘み取り後、高温で蒸す処理を行うためこれらの酵素は失活するのが普通です。つまり玉露の煎じ汁の中では勝手に酸化は進まない状態。ところがなんの因果かこのPPOには下図のように銅原子が含まれていてこれが後でポイントになります。

ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の一種、カテコールオキシダーゼの活性中心構造
英語版wikiより(リンク) 矢印部はCu原子 様々な種類があるがだいたいCu原子を複数含む

ではこの後、このように原子状態の銅を微量に含む玉露の煎じ汁をそのまま置いておけばカテキンや加水分解型ポリフェノールは重合し得るのか。これも「重合し得る」と言えます。

たとえば2-6, ジヒドロキシナフタレンをCuCl(OH)TMEDA触媒存在下、室温空気中で重合させると下記のような直線性の高い非常に特徴的なポリマーが出来ることがわかっています(文献14)。フェノールの隣の炭素が酸素と触媒によって活性化し酸化カップリング重合が起きるというイメージですね。

(文献14)より引用 常温で進むが塩基下である必要があるはず…

ここで偶然にも上記のポリフェノールオキシダーゼに存在した銅原子が液内に残っており、加えて下記に示すようにアミノ酸が大量にあり条件次第(後述)でアミン類が発生し得る状態になり得るわけで、この結果(文献14)のCuCl(OH)-TMEDAに相当する酸化重合触媒が煎じ汁の中に出来得ることが推測されます。つまり上記の重合するフェノール類、アミン類、銅が微量で、しかもほぼ単原子状態で存在している。以上から酸素が存在すれば上図と同様の反応、つまりカテキンのような低分子量フェノールや加水分解型でフラフラしているタイプのポリフェノールが縮重合しタンニンポリフェノールに十分なり得るのでは、と言えます。

で、残った問題は「なぜ土中に埋めるのか」という点。これについては残念ながらどこにも記載が無く、追求を諦めざるを得ませんでした。

そのため以下は完全に筆者の推測なのですが、たとえば土中に埋めず空気中に蓋だけして置いておくと酸素がすぐ入って重合が進みすぎ、ワインのように澱(オリ)になって沈殿してしまうからなのでは、という点。これではせっかくの有効毒成分がターゲットに飲ませることのできる液中から分離してしまう。そこでオリの発生対策として、酸素をほどほどに遮断出来る土中に埋めたのではないか、というのが推定される理由です。こうした様々な要因により、もともと茶葉に含まれたカテキン類は竹筒の中で縮合型タンニンポリフェノールポリマーとなり、かつ大半のポリマーが水溶性のまま留まることでその有害性を保って活用されたと推定されます。

以上、ツッコミどころはありますがそれなりに蓋然性がある推測になったのではないでしょうか。なので冒頭で上げていた「カテキンが酸化されてタンニンポリフェノールになる」という表現は部分的には正しいのですが僭越ながら不十分で、「カテキンや加水分解型ポリフェノールが酸化重合されて、架橋性が高く体内タンパク質への影響も高い水溶性の縮合型タンニンポリフェノールになる」というのが妥当ではないかと考えます(繰り返しになりますが、これは”加水分解型タンニンはエステル部が切れやすいため地中での放置による作用増大は示しにくく、今回の宿茶の毒にはあまり影響していない”という前提に基づいております)。

あと、この項の最後になりますが、日本で唯一のタンニン酸製造メーカ”富士化学工業”殿HPにはこうしたタンニン酸の用途などが豊富に記載されており、非常に勉強になりました(同社HP、及びタンニン酸商品リンク)。色々眺めていて面白かったのでぜひ。

ということで「宿茶の毒」内の下手人のひとつは見つかりました。しかしこれでは普通の煎茶でも別に構わないので、何故玉露なのか、については不十分。ということで下手人はもう一つ考えられまして、それが次の「アミノ酸分解物」の方です。

アミノ酸がなぜ有害性を示し得るのか

玉露などをはじめとした煎茶を飲んだ方、「味の素が入ってる」と思ったことがありませんか? それは味の素が入っていると感じるくらいのうまみ成分であるアミノ酸類が含まれるケースがあるからです。なお筆者はこのうまみが強いのが苦手で、小学校時代お中元で頂いた茶の味があまりにも舌に残るのでお茶漬けに使ったら「アンタ高い茶になんてことを!」と母親に怒られた経緯があるくらいです。おいしかったです。

で、茶の中に含まれるアミノ酸はどういったものがあるのか。これも(文献4)に詳しく書かれています。

左の2列が玉露系だが、茶葉の中でも突出したアミノ酸の量を示す(文献4)

玉露と呼ばれるクラスの茶葉はその育成期間中に日光を遮る処理を行いますが、これによりうまみ成分であるアミノ酸類が分解されず葉の中に大量に残留したまま消費者へ届くことになります。この大量のアミノ酸類を有毒材料として活用しない手はない。そこでこれらが長時間保存後「腐ったら」どうなるか、ということで諸々調べてみますと、二つ懸念されるようなことが推測されます。一つは食中毒関連、特にA.「腐敗性アミン」と呼ばれる化学物質の話(文献15)。そしてもう一つはB.「アクリルアミド」の生成です。

左側のアミノ酸が脱炭酸すると右側の「腐敗アミン」と呼ばれるものに変化する (文献15) より引用

A.についてはまぁ簡単で、上の表のテアニン~バリンくらいまではともかく、リジン以降は上図のように脱炭酸が進めば食中毒の原因になり得る材料に化ける可能性があり、それらを摂取すると短期的な症状に見舞われることがわかっています(参考リンク)。その症状は一過性の食あたりなのですが、体の弱った人が飲むような苦い薬に混ぜればボデーブロー気味に効果があったのではないかと。また腐敗アミン類は実はほとんどアンモニア臭がしないらしく、この点は毒としてうってつけだったのでしょう。またタンニンポリフェノール類はアミン類と仲がよくタンパク質のアミン類と架橋部を作るくらいには強い相互作用があるわけで、加水分解などで腐敗アミン類が放出されるという作用順序を持つということが有り得るなら、徐放性も考えたかなり高度な有毒成分かもしれません、完全に憶測ですが。

ただこれらの腐敗アミン類は上の表からわかるように分量がさほど多くなく、これだけでは有毒性は大きいとは考えにくい。

そこでもう一つのB。これについては、アスパラギン酸が大量に含まれている点がポイント。これだけだと何も問題にならないのですが、ここに同じくお茶に含まれる大量の還元糖(グルコース類・ここまで述べてきませんでしたが入っています・参考リンク)が存在すると困った話になります。つまりメイラード反応が起き、脱水と脱炭酸反応で急性・慢性毒性の高いアクリルアミドが出来る可能性があるからです。

このメイラード反応は一般的に脱炭酸時に120℃以上の高温が必要と言われていますが、(文献16)によると30℃台でもアスパラギン酸と還元糖類を混合するだけで僅かながら精製することが明らかになっており、特に脱炭酸さえうまく進めばアクリルアミドが大量に液内に存在することになり、有毒性を高めることが出来ると考えられます。

アスパラギン酸と還元糖からメイラード反応によりアクリルアミドが出来るケース
東京農業大学 矢島先生よりご指摘・ご提供いただきました

ただA,Bとも色々書いてきましたが正直なところ仮説にしか過ぎず、実はどちらも雑菌や酵素があまり無い煎茶の煎じ汁の中で、しかも土中で温度も高くない中、果たして脱炭酸反応が進みうるのか、がこの推定についての大きな弱点です。乳酸菌などが存在すればカルボキシラーゼのような酵素で比較的容易にアミノ酸の脱炭酸は進みうるのですがカテキンのような抗菌成分が液中に存在する今回のケースでは酵素による反応は考えにくい点、どうにも心残りなところです。

一応、上記に述べた縮合反応と同様に銅触媒存在下、有機溶媒中で下図のような反応が進むうえ、これはキノンのような酸化性物質があると促進される(文献17)ということはわかったので進みうるとも推測できますがこの例は有機溶媒中ですし、今回のように水存在下でも進み得ると断言するには間接的すぎますね。ここらへんは継続して調べたいと思っております。

(文献17)より引用 塩基存在下60℃前後でも十分に進むもよう

以上、お茶に含まれる成分から有毒材料が出来てしまう、という点についての推論でした。筆者の婆様が言っていた「宵越しの茶は飲んじゃなんねぇ」という言葉もそれなりに意義があり、胃腸が弱い方はダメージを喰らうものかもしれませんので気を遣われたほうがよいのでは、ということを支える知見が手に入ったことになるわけで筆者としてはぼちぼちスッキリした次第です。

(注:(文献18)のように「お茶の煎じ汁の中に残留する雑菌がアミノ酸をエサに大量に増殖」し発生した毒素が毒になる、ということもあり得ると思います。たとえば嫌気性のボツリヌス菌が土中で繁殖しだして毒素を大量に作り出すとか、ボツリヌス菌をはじめとした雑菌混合汁を飲ませて腹の中に住み着かせるとか、ではないのかと。筆者も最初はそう思っていましたが、だとするとかなり即効性の毒素(8時間後とかに発症)になり毒を入れたことがバレていますし、茶でなくても昆布出汁とか鰹出汁を空気中に放置するのでもいいわけで、なぜわざわざ抗菌性が高いと言われるカテキン(文献19)を大量に含む茶を使用したのか、なぜ玉露でなければならないのか、なぜ土中に埋めるのかに対してはどうにもうまく説明出来なかったため、上記のような推定に至った次第です。この辺り、ご意見いただきたいところでもあります)

おわりに

ということでン十年抱えていた疑問が一応の説明をみました。いかがでしたか?

ただ、ここまで書いておいてなんですが、実際の有毒性については疑問符がつくらしく、冒頭の山田教授のセミナーに参加した方のこちらのページによると「まだ忍術書にあるような効果は出てきていない」とのこと。筆者が立てた上記の推測が正しければ上記のような二種類の反応制御を行っていたと考えられるので、実際のところそれなりに難易度は高いのではないでしょうか。おそらく、フタが酸素透過性かどうか(おそらくある程度酸素を通すほうが毒性が高まる)、銅イオンの量はどうか、アミン類の量はどうか、お茶の鮮度はどうかなどで決まるのではないかと無責任ながら考えています。

不思議なのはこうした素材の有効性をどうやって忍者たちが知りえたのか、です。基本、自分らで食って試すしかなかったのだと思いますがこれはある意味セルフ治験。一番効率がよかったのかもしれません。またその土地の独特の知識として根付いていたことを背景としてか、現在も甲賀・伊賀付近には多数の製薬会社の工場があるという点も、それなりの関連性があるのだと思います。なお筆者が痔になったときに注入したヘモポリゾン軟膏を作られているジェイドルフ製薬殿の工場も実は甲賀の近くにあるのです(リンク)。このあたりの地域には他にも製薬会社が工場を作っており、興味深いですね。

甲賀の「大原薬品」の工場写真(リンク:こちら)
このほかにも様々な製薬メーカが工場を連ねる

今回は学研のひみつシリーズに含まれた小さな欠片を紐解いてみたわけですが、ほかにも筆者が持つ小学生からの疑問はくだらないものが色々あるんですよ。植物の種はなんで種の形になったのかとか、紅茶にレモン汁を入れると薄くなるのなんでだろうとか、小学3年生くらいからガラスのコップに熱湯を入れても割れなくなったけどなんでだろう、とか、社宅敷地内の野草を食べて腹を壊していたのは実は除草剤とかを一緒に食っていたせいじゃないか、じゃあ当時の除草剤はどんなもんだったのだろうとか、ウルトラマン怪獣消しゴムをよく口に含んで長時間咬んでいたけれど不妊以外は現在でも健康だな、とか、傷を舐めると治りが早くなるから唾液から薬が作れないのか、とか、瓶から飲むスコールとかスプライトはどうしてこんなに美味しいのか、とか、重力を考慮に入れてもエントロピーは増大するのか、とか。

何個か嘘が混じってますがこうした個人的体験というのはそれだけで孤立で独自のものであり、だからこそ逆に広範なものになる可能性を持っているという気がしております(1000個あるうちの997個はどうでもいいことに帰結しますが)。たとえば有機化学美術館の佐藤健太郎さんの、折り紙や酷道に対する知識や愛情は比類なきものがあり、一般の人には追い付けない深みを持っていると思わされます。今後もいろいろなスタッフやメンバによるそうした独特な技術や知見が公開され広がっていくことを楽しみにしています。

それでは今回はこんなところで。

参考文献

  1. “歴史の陰に忍者あり 忍者の実態を解明する!!”, OKB総研 2017年, リンク
  2. “忍者・忍術と本草学”,  三重大学社会連携研究センター 山本好男教授 伊賀連フィールド2016前期市民講座 忍者・忍術学講座資料 平成28年9月10日
  3. “The Origin of Tea”, 世界緑茶協会資料, リンク
  4. “お茶の話”, 梶田武俊, 調理科学 Vol.25 No.1 (1992), リンク
  5. “結婚など忘れる実験成功の喜び つつましやかに語る女史”, 神戸大学電子図書館システムアーカイブ リンク
  6. “第43回 身近な薬草勉強会 公開講座 ~薬茶の種類と化学成分”, 金沢大学「角間の里山自然学校」2009年資料,  リンク
  7. “タンニンの化学-最近の研究”, 化学と生物, 1986年 24巻 7号 p.428-439 , リンク
  8. “世界に独歩する日本の緑茶 (上・下)”, 国民新聞 1927.10.27-1927.10.28 (昭和2), 理化学研究所 医学博士 三浦政太郎, リンク
  9. Department of Animal Science – Plants Poisonous to Livestock, Cornell Colledge of  Agricultural and Life Science,  リンク
  10. “タンニンの効用”, 日本釀造協會雜誌, 1983年 78巻 10号 p. 728-732, リンク
  11. “化学構造と機能性”, 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・天然物化学研究室 田中隆教授 講義資料, リンク 及び研究室ページ
  12. “The synergy between natural polyphenol-inspired catechol moieties and plant protein-derived bio-adhesive enhances the wet bonding strength”, Scientific Reports volume 7, Article number: 9664 (2017) , リンク
  13. “Tannins and Human Health: A Review”, Critical Reviews in Food Science and Nutrition, 38(6):421–464 (1998)
  14. “Convenient synthesis of poly(2,6-dihydroxy-1,5-naphthylene) by Cu(II)-amine catalyzed oxidative coupling polymerization”, Polymer, Volume 44, Issue 2, January 2003, Pages 355-360, リンク
  15. “食品に含まれるアミン類”, 日本調理科学会誌 Vol.47 No.6 341~347 (2014), リンク
  16. “アスパラギンと還元糖溶液の 37°Cでの長期間インキュベーションによるアクリルアミドの生成”, 日本補完代替医療学会誌 第9巻 第1号 43-48, 2012年3月, リンク
  17. “Copper-catalyzed aerobic decarboxylative coupling between cyclic α-amino acids and diverse C–H nucleophiles with low catalyst loading”, RSC Adv., 2018, 8, 16202-16206, リンク
  18. “宵越しのお茶の成分変化に関する研究”, 北陸学院短期大学紀要. 北陸学院短期大学紀要 (32), 65-71, 2000, リンク
  19. “茶ポリフェノール類のボツリヌス菌に対する抗菌作用”, 日本食品工業学会誌, 1989年 36巻 12号 p.951-955 , リンク
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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

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