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スポットライトリサーチ

含フッ素カルボアニオン構造の導入による有機色素の溶解性・分配特性の制御

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第305回のスポットライトリサーチは、東京薬科大学大学院 薬学研究科(松本・矢内研究室)・干川翔貴さんにお願いしました。

有機色素は、特にケミカルバイオロジー研究に欠かせないツールです。筆者(副代表)もたびたびお世話になることが増えてきていますが、扱う度に悩ましいのはその水溶性の低さ。もともと有機溶媒を使って合成されていますし、なおかつ生体に害のない波長で駆動させようとすると、π系と分子サイズがともに大きくなりがちです。どうにかして簡単な加工で水溶性色素に変えられないものか・・・ただ脂溶性が乏しくなりすぎると膜も通らないよなぁ・・・などと悩ましく思っていたのですが、今回の研究成果はそれを実現する画期的手法になり得るかも知れません。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“A Fluorinated Carbanionic Substituent for Improving Water Solubility and Lipophilicity of Fluorescent Dyes”
Yanai, H.; Hoshikawa, S.; Moriiwa, Y.; Shoji, A.; Yanagida, A.; Matsumoto, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 5168-5172. doi:10.1002/anie.202012764

研究を指揮された矢内光 准教授・松本隆司 教授から、干川さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

松本先生より
干川君は6年制薬学部を卒業(もちろん薬剤師資格を取得)して大学院に進学しました。研究室では数少ない大学院生の一人で,温厚で実直な人柄もあり,後輩から慕われ,頼りにされる“お兄さん”的な存在です。矢内准教授のもと難しいテーマに取り組み,頭を抱えて苦悩しつつも,楽しそうに前に向かっていく姿は,とても微笑ましく,また,頼もしいかぎりです。

矢内先生より
小職のデスクの背後からは実験にまつわる色々な『音』が聞こえてきます。ガラス器具のぶつかる音,真空ポンプの吸気音とモーター音,TLCやNMRデータを議論する声。

干川君の実験台は,小職のすぐ後ろ―絶好の位置とも最悪な位置とも呼べる場所です。実験がうまくいくと,「あーよかった」という,いつもの控えめな口癖が聞こえてきますが,ダメなときは「聞いてくれるな」とばかりに静か…。そんな調子で,卒論生として彼が研究室に配属されてから約3年が経ちました。一貫して,フッ素原子によって高度に安定化されたカルボアニオンをどう作り,どう使うかを模索してきました。今回のプレスリリースの対象となった蛍光色素の物性制御も,そんな泥臭い実験室での日常から生まれた成果です。

自分が扱っている化合物の性質を見極め,それに応じた使い方を見つけるには,化合物をみる確かな『目』が必要です。そして,豊かな学識と論理性がなければ不可思議な現象に合理的な説明を与えていくことはできません。柔らかな物腰からちょっと頼りなそうに見えた卒論生は,今や研究室の仲間と共に自らの化学を切り拓こうとする逞しさを得たようです。次の「あーよかった」の後には,一体,どんな化学が飛び出してくるのでしょう?今から楽しみにしています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

有機蛍光色素の中には,優れた発光特性を示すにも関わらず,水に溶け難いために生化学実験や生細胞への適用が難しいものがあります。今回,私たちは,既知の有機蛍光色素に,複数のフッ素原子で置換されたカルボアニオン構造を導入する手法を開発し,この置換基が化合物の水溶性改善に利用できることを示しました(式1,Tf = CF3SO2)。例えば,水には全く溶けないボロン-ジピロメテン色素2に,求電子アルケンTf2C=CH2の系内発生試薬として開発したピリジニウム塩1を作用させると,強酸性炭素酸3-Hが得られます。これを炭酸水素ナトリウムで中和し,カルボアニオン修飾色素3-Naを得ました。この構造修飾により,水への溶解度は1万倍以上も改善しました。驚くべきことに,両化合物のlog D値(オクタン-1-オール/pH 7.4リン酸緩衝液間での分配係数Dの常用対数)から,カルボアニオン修飾色素3-Naの親油性が未修飾体2よりも高まっていることが判明しました。一般に,水溶性化合物の親油性は小さく,水溶性と親油性は二律背反の関係にある物性だとみなされています。カルボアニオン性置換基によるユニークな物性制御が,有機色素の利用法の飛躍的な拡大に繋がるのではないかと期待しています。

(図1)(A) pH 7.4リン酸緩衝液に未修飾色素2を加えても,水面に浮かぶのみであり,水相に着色はみられない。 (B) カルボアニオン修飾色素3-NaをpH 7.4 リン酸緩衝液に加えると溶液が得られる。 (C) 油–水二相系における2の分配。ここでは,オクタン-1-オール・アセトニトリル・pH 7.4 リン酸緩衝液からなる二相系溶媒を用いている。 (D) 同二相系における3-Naの分配。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

有機化学の講義では,カルボアニオンは反応性が高く,水を加えると容易にプロトン化されてしまうということを習います。ですから,カルボアニオン性置換基を水溶性付与のための置換基として利用しようというちょっと常識はずれな発想自体に,思い入れがあります。カルボアニオン修飾体3-Naに恐る恐る水を加えてみると,みるみる溶けて液相が着色した時には感動しました。フッ素のユニークな特性に精通した研究室に所属しているからこその発見だと思っています。
また,カルボアニオンによる水溶性の向上という現象は興味深いのですが,フッ素の疎水的な性質を考えると分配特性にも興味がもたれました。実験そのものはシンプルなものですが,結果として類例のない嬉しい発見に繋がりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

強酸性炭素酸やその塩の単離法の確立とlog D値の実測です。我々の炭素酸を通常のクロマトグラフィーなどで精密に精製することは困難でした。今回のケースでは,得られた塩を有機溶媒で洗浄するなどの精製法をあみ出しました。また,ガラス器具を事前に酸処理しておくことが純度よく目的物を得るために重要でした。化合物を取り扱うためのノウハウ確立に多くの時間を費やしています。
得られた化合物の親油性評価でも問題が浮上しました。通常のlog D測定法は求められる値の範囲が狭く(±2程度),親油性が劇的に変化する今回の構造修飾への適用が困難だったのです。幸いにして,矢内先生の悪友(?)である東海林先生のラボで開発された測定法が有用であることが分かりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

構造式という言語を使って,化合物がもつ反応性や性質に関して議論できる点が化学の特に面白いところだと思っています。実は,大学に入るまで,化学に特別な関心を寄せていませんでした。現在の指導教授である松本先生の講義を学部で聞き,魅力に引き込まれました。そして,化合物が醸し出す不思議な現象を追いながら,多くの研究者に出会い,現在に至ります。「出会いが人生を変える」ということを実感しています。研究者として,化学(ひいては科学)の進展を通じて社会に貢献したいと思うと同時に,その楽しさを周りに伝えていける人間になりたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

日々の研究生活の中で度々拝見していたケムステから寄稿の機会をいただき,大変光栄に感じております!研究者としては未熟ですが,目の前に立ちはだかる課題を乗り越えながら,一人前の研究者となれるよう精進していきたいと思います。学会などでもお声がけいただけると幸いです。

最後に,研究面から日頃の出来事までいつも親身に相談に乗ってくれる矢内光准教授と松本隆司教授,そして物性測定に関して的確なアドバイスを下さった東京薬科大学薬学部生体分析化学教室の守岩友紀子助教,東海林敦准教授,柳田顕郎教授にこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:干川 翔貴(ほしかわ しょうき)
所属:東京薬科大学大学院 薬学研究科 薬品製造学教室
研究テーマ:強酸性炭素酸の合成と利用法の探究

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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