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スポットライトリサーチ

電気化学的にスイッチングする相互作用を備えた新たな電解触媒分子(メディエーター)の開発

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第700回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院理工学府(跡部・信田研究室)の平間暁月 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、ハロゲン原子を含むメディエーター(電解触媒分子)に関する研究です。

メディエーターは、電極と反応させたい分子の間の電子移動を仲介する分子であり、電解反応の選択性や効率に寄与します。今回、電気化学的に「ハロゲン結合性相互作用」を活性化するメディエーターの開発を報告されました。開発したメディエーターを用いて分子内C-N結合形成反応へ応用し、電気化学測定と理論計算による詳細な反応メカニズムの解析も報告されています。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されており、Supplementary coverにも選出されています。

Redox-Switchable Halogen Bonding in Haloanthracene Mediators Enables Efficient Electrocatalytic C–N Coupling
Hirama, A.; Suda, K.; Yoshinaga, S.; Kikuchi, M.; Chong, S.-G.; Kikuchi, A.; Ishigaki, Y.; Yokogawa, D.; Atobe, M.; Shida, N. J. Am. Chem. Soc. 2026, 148, 6249–6257. DOI: 10.1021/jacs.5c18175

研究を指導されている信田尚毅 准教授から、平間さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

今回発表させていただいた研究は、研究室としては2020年頃に開始したものです。当初は、電気化学的に超原子価ヨウ素種を発生させる新たなメディエータの開発を目指し、卒業生の吉永君が本研究を精力的に進めてくれていました。しかし、検討を重ねても、超原子価ヨウ素種を経由していることを直接示す決定的な証拠を得ることができず、研究は一時、暗礁に乗り上げてしまいました。その後、吉永君の研究を引き継ぐ形で、今回の論文の筆頭著者である平間君が研究を大きく発展させてくれました。ちょうど同じ頃、学術変革領域研究(A)「グリーン触媒化学」でご一緒している東京大学の横川先生、須田先生に、計算化学の観点から機構解析に加わっていただけることとなり、反応機構を根本から見直すことができました。その結果、本反応は当初想定していた超原子価ヨウ素型の機構ではなく、ハロゲン結合型の作用機序によって駆動しているという、新たな理解にたどり着くことができました。さらに、中間体であるラジカルカチオンの同定においては、北海道大学の石垣先生、菊池モトさんにご協力いただき、卓越したカチオン合成技術によって、すべてのハロアントラセン由来ラジカルカチオンの単離・結晶化を実現していただきました。また、in situ EPR解析では本学の菊地先生にも多大なご協力をいただきました。このように、多くの共同研究者の皆さまの専門性に支えられて、本研究を完成させることができました。

その中でも、研究の方向性を改めて見つめ直し、膨大な実験結果や解析データを整理しながら、論文としてのストーリーを丁寧に組み上げていくうえで、中心的な役割を果たしてくれたのが平間君です。特に印象的だったのは、Foot-of-the-wave解析(FOWA)の適用と、その解析結果を実際の電解合成の結果とどのように結びつけて理解するか、という難しい部分に真摯に取り組んでくれたことです。数学的な理解力に優れており、単に解析を行うだけでなく、その結果が反応機構や合成化学的な挙動に対して何を意味しているのかを、自分なりに考え抜いて議論できる点は、平間君の大きな強みだと感じています。また、平間君は研究室内の幅広いテーマにも日頃から関心を持ち、それぞれの研究を自分の言葉で理解しようとする姿勢を持っています。ゼミでも、受け身で話を聞くだけではなく、自分なりの視点から意見や問いを投げかけることができる学生であり、そのような姿勢が本研究のように複雑な機構解析を含むテーマにおいても生きていたように思います。

平間君は現在、博士課程後期への進学を決め、新たなトピックの研究に着手しています。平間君の今後の益々の成長と、平間君らしさに溢れる研究が益々出てくることを、とても楽しみにしています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

近年、電気化学を用いた分子変換技術(有機電解合成)が、持続可能な合成手法として注目を集めています。有機電解合成は電気を使用して分子を活性化することで、有害な試薬を用いず、穏やかな条件での反応を実現することができます。一方で、有機分子と電極の間の電子移動がしばしば遅いことや、これにより化学選択的な反応が難しいことが課題の一つとして挙げられていました。

そこで、本研究ではこれらの課題を解決可能なメディエーター分子に着目し、電気化学的に活性化される相互作用を取り入れた新しい電解触媒分子(メディエーター)の開発に取り組みました。さらに、合成したメディエーターを用いて触媒的な分子内C-N結合形成反応への応用に成功しました。本研究で特筆すべきは、メディエーター分子にアントラセン骨格を採用することで、通常は不安定な一電子酸化状態を安定化している点です。この反応では、電極上でメディエーター分子を一電子酸化し、電子不足な状態へと変換することでハロゲン原子が持つ相互作用(ハロゲン結合性相互作用)を活性化します。通常、一電子酸化状態は非常に不安定ですが、アントラセン骨格が持つ大きなπ共役系でこれを安定化させることにより、あくまで電子不足な母骨格として相互作用を活性化し、さらに一電子酸化剤の役割を担わせることに成功しました。さらに、理論計算や電気化学測定を組み合わせて反応メカニズムを解析し、相互作用を介してプロトンと電子が協奏的に移動するPCETにより反応が促進されていることを明らかにしました。本研究成果は、相互作用を有するメディエーター分子という新たな設計指針を提示するものであり、メディエーター開発をはじめとした有機電解合成へのさらなる応用拡大が期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究テーマの思い入れの部分について、少し私の先輩の話をさせてください。この研究は私の偉大な先輩である吉永さんが研究の基盤を築き上げ、それを発展させることで論文化させることが出来ました。当初鈴木・宮浦カップリングで行っていたメディエーター分子の合成は精製操作が非常に難航し、何度再結晶やカラムを行っても純粋な生成物が得られない代物でした。久しぶりに吉永さんに会って話を伺っても、再現良く精製できないとのことで、焼き肉屋で肉を焼きながら共感し合った思い出があります。(合成方法の変更で事なきを得ました。) このアントラセン骨格を有する分子構造は、構造自体に愛着があり、先輩から後輩へと引き継いだ大変思い入れのある分子です。

また、Q3でもお話しますが、ハロゲン結合性相互作用へと方針を転換してからは文献調査をさらに進め、ハロゲン結合への知見を深め、これを実証するための計算手法等を習得しました。新しい解析手法を習得して実践し、それを共同研究によってさらに発展させていただいた経験は、研究をアピールする上での自身の創意工夫が現れた点だと感じています。加えて、論文全体の図の作成についても工夫を凝らし、多くの人の目に留まるよう丁寧な図の作成を心がけました。この図で伝えたい要素は何か、どのような図なら読者に伝わりやすいかを考えることが、改めて自身の研究と向き合ってアピールすべき価値を再認識する良い機会になったと実感しています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究の機構解析には特に苦心しました。研究開始当初は全く違う反応機構を想定しており、それに基づいて研究を展開していましたが、機構に関わる検討で想定反応機構を支持する結果が全く得られずにいました。超原子価ヨウ素種の単離や分光学的解析、電気化学的解析などなど…。反応が想定している機構で進行していないのか、それとも検討対象が不安定すぎるあまり望む成果が得られずにいるのか、研究を前進させることができずに腐心していました。実験の合間や帰りの電車、学会発表に際して自身の研究と向き合う中で、想定している反応機構は本当に正しいのか、より化学的に確かだと思われる現象で説明できないかを考え、指導教員の跡部先生、信田先生と議論を重ね、時間をかけて「ハロゲン結合性相互作用」という結論にたどり着きました。指導してくださった先生方、論文執筆に際して多大な貢献をしてくださった共同研究先の皆さま、この研究テーマの基盤を築いてくださった先輩の吉永さん、そして毎日実験室で温かく接してくれる研究室メンバーの協力と支えがあって、このような苦難を乗り越えることが出来ました。自身の研究テーマをこのような大きな成果として結実させることができ、携わってくださった全ての方へ感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私はこの春から進学し、博士課程学生として研究を続けていきます。勉強も研究もすればするほど、自身が浅学で未熟であることを痛感します。これからの博士課程の期間においてはさらに知識を深め、実験技術を練磨し、化学という学問を修めたいと考えています。この自己研鑽の過程で学問の発展に貢献しつつ、俯瞰的な視座に立って課題を探求し、自身が解決のための一助となれたら幸いです。将来は未だ漠然としか考えてはいませんが、自身が胸を張って修めたといえる学問で社会に貢献できたら最上の喜びです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

私はM1の頃に研究をうまく前進させることが出来ずに悩んでいたことがありました。個人の性格もあるかとは思いますが、私は当時視野狭窄に陥っていて「何をやってもうまくいかない」と悲観的になってしまうことがありました。そのようなとき、自分が一番自分の研究について思考を巡らせていなければならないところを、気づけば自分の頭は研究のことから無意識にも離れていて、周囲の人の方がよっぽど自分の研究のことを前向きに考えてくれていたことに気づいたのです。難しいことに挑戦しているのだから、きっと誰しもがある程度の大きさの壁にぶつかるときが来るかと思います。そんなときに、もし自分の能力がうまく発揮できていないと感じたなら、一歩立ち止まってみるといいかもしれません。うまくいっている実験事実は何だろうか、ここまでで言えることは何だろうか、どういうことが実現できたら心が弾むか、自分は何に挑戦したいか、などなど。そうして自分自身を勇気づけ、存分に研究室の仲間に寄りかかり、前向きな気持ちで目の前の学問に向き合っていきましょう。私は後輩たちが目を輝かせながら実験の報告をしてくれたり、反応液の色の変化に感動したりしているのが大好きです。純粋な心で化学を楽しんでいると思うからです。学年が上がり忙しくなるにつれて、こういう気持ちは薄れていってしまうのかもしれませんが、いつまでも真摯に学問に向き合う姿勢を忘れずにいたいです。

最後に、ご指導いただきました跡部先生、信田先生、鄭博士、富山大学の岡本助教、エネルギー計算をはじめとしたメカニズムに関する議論で大きな助力をいただきました東京大学の横川准教授、須田特任研究員、単結晶X線結晶構造解析でお世話になりました北海道大学の石垣侑祐准教授、菊池さん、EPR測定でお世話になりました横浜国立大学の菊地准教授、そしてこのような貴重な機会を与えてくださった Chem-Station スタッフの方々にこの場を借りて御礼申し上げます。

研究者の略歴


名前:平間 暁月 (ひらま あつき)
所属:横浜国立大学大学院 理工学府 跡部・信田研究室
略歴:
2024年3月 横浜国立大学理工学部 化学・生命系学科 卒業
2026年3月 横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程前期修了

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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