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アンモニアがふたたび世界を変える ~第2次世界大戦中のとある出来事~

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Tshozoです。

タイトルの件、既にSHO氏によりこちらの記事で先を越されましたが、歴史的な話で対抗することにしました。窒素固定の話も未だ終わってない(こちら)のに本論書いていいのかという指摘がありそうですが、エネルギーキャリア(こちら)の話の続きということで1トピックとして描いてみようと思います。

【アンモニアとは】

最早書くまでもなくBASFが世界で初めて大量合成に成功した、おそらく地球上で最も重要な窒素含有物です。2015年時点で世界総生産量が年間1億6千万トンを超え、これを超える生産量の化学品は硫酸くらいしかありません。そのうちざっくり8割が化学肥料に消費され、あとの2割は化成品や薬品、窒化処理やCVDにそのまま使われたりしています。

HB reaction

HB scheme

ハーバー・ボッシュ法の概要 前の記事から再掲

歴史的に見ると、人口爆発に大きな影響を及ぼしたことは下のグラフから明らかです。クルックス卿が19世紀末に警告した天然窒素固定由来の食料生産の限界がざっと十数億人だとすると、ハーバー・ボッシュ法による人工窒素固定が無かったら現在の50億人程度は生まれていなかった可能性がある、ということすら想定できます。これは悪名高いマンハッタンプロジェクトと共に、真に歴史を書き換えたと言える、科学(化学)史上最大の発明なわけです。一方で火薬による死傷者数の累計を考えると人命も大量に奪っているわけで、どこまでいっても化学は包丁であり、使うのは人間であると痛感させられますが。

n3f_01

縦軸左・・・人口(緑) 縦軸右・・・窒素系化学肥料 消費量(青) 横軸・・・西暦 年
出典:”Global Population and the Nitrogen Cycle” Vaclav Smil教授による(こちら)

ともかく、これだけインパクトのでかい材料が、今後もう一回世界を変えそうな予感がしておるのが本記事を書いている背景にあります。

【何から作るのか】

現状では、生産量の99%以上が天然ガスから合成されます。上の図で示したように、天然ガスを部分的に燃やしつつ炭素を一酸化炭素に変え、この一酸化炭素を水蒸気と共に高温に晒して水から水素を効率的に取出し、この取り出した今流行りの水素を高温高圧のまま窒素と反応させることにより、アンモニアが得られます。誰ですか、この時の水素ガスを吸い込めば健康になると思っているどあほうは。n3f_04

天然ガスを液化して封じ込めたタンカー テキサス大の公開資料(こちら)より引用
殆どの成分がメタンだが、
産地によって硫化物とかヨウ素物とかを多く含んだりしている

なんで天然ガスが原料なのか、ですが、一つにはアンモニア合成用のプラントコストを安く抑えられるから。100年間のブラッシュアップにより工法やプラントがほぼ完璧に近いレベルまで磨き上げられ、高効率でアンモニアを廉価に供給することができるからです。実際一部資料によると、最新鋭の合成プラントだとアンモニア製造コストの8割以上が天然ガスのコストだったりします。ゆえにコストをうまいこと押さえて天然ガスを調達できさえすれば、堅調な伸びを見せる化学肥料を利幅を大きくして供給できるといううまみは今でも存在するわけです。

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天然ガスとアンモニアの市場価格連動の例 FERTECON資料(こちら)から引用
2014年以降は予想価格だが、設備コストが大部分を占めてたらこうは動かない
FOBはざっくり言うと「商品価格+積込み完了手間賃」のこと

そしてもう一つの大きな理由は扱いやすく不純物が除去しやすいこと。天然ガスには硫化物などの不純物を大量に含んだものがあったりしてアンモニア合成触媒の被毒を引き起こしたりするのですが、そうしたものも技術が確立したトラップや処理プロセスで効率的に除去することが出来る。そうしたことが天然ガスがアンモニア合成に重用される理由です。

で、これらを逆に言えば、コストや効率をあんまり問わなければ、石炭などを含む化石燃料すべて、又は水とエネルギーと空気があればアンモニアは合成出来るということになります。あたりまえですが水素はどんな化石燃料からも(又は水+エネルギーからも)は取り出せますので、アンモニアもその水素から作れるわけです。下の図を見れば一目瞭然でしょう。

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IEA(International Energy Agency)の資料より こちら

ただ、コストや効率をほとんど問われない、そんな用途あるんかいと問われそうですが、あるのです。1つだけ。

 

【本題:ナチス時代のベルギーから】

コストや効率を問わずにモノを供給する狂気の状態こそ、戦争です。

ご存知のとおり第1次世界大戦の毒ガス(塩素ガス)はFritz Haberが合成しましたし、Carl Bosch率いるBASFはその時代からずっとアンモニアから大量の爆薬(硝酸塩)を合成し国家(軍隊)へて売りつけていました。このときBoschは自ら時の政府へ爆薬の合成を進言したそうですが、半分はプロイセン的な愛国心によるものだったものの、この商取引自体を「この薄汚いビジネス」と称し、自らの行動を揶揄していたそうです(“The Alchemy of Air”より引用)。

そして第2次世界大戦。BASFが発明したアンモニアを発端とする高圧合成技術に目を付けたのがナチス、そしてヒトラーです。彼の基本的な軍事的戦略は「大量物資と大量の軍隊、最新鋭の軍事技術で高速にぶったたく」というものだったのですが、この一端を支えたのが同社の高圧合成法による合成燃料。当時からドイツ国内に豊富にあった石炭をスラリー化した状態で高温高圧状態で反応させる「ベルギウス法」を用いたもので、これによって合成された人工燃料は「Leuna Benzin」と呼ばれ、アンモニア合成で培った技術に基づいて合成することが出来たのはBASFだけでした。正確な単価は筆者も調査中なのですが結構ムチャクチャな値段で売りつけていたみたいで、そのお金の出所は国民の税金だったというオチで。どっかでも見る風景ですね。このほかフィッシャー・トロプシュ法から合成された軽油類も戦線にはぶっこまれていたそうで、まったく戦争というのは何をしでかすかわかりゃしません。

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ハイデルベルグのCarl Bosch MuseumにあったLeuna Benzin 「スタンド」のレプリカ
筆者がずいぶん前に現地で撮影

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こんなかんじで供給されていたもよう

その一方で、当時ナチス支配下にあったベルギーのとある企業、「Comprigaz」が変なことをしでかします。なんと、アンモニアを直接エンジンで燃やして動力源に使うという、アタマわいてるんじゃねぇかもったいない使い方。同社に関する文献が現状1部しか見つからないため背景が正確に掴めないのが残念ですが、当時の状況を推測するに「燃えるものは何でもつかう」という、差し迫った状態だったのでしょう。連合国と海上封鎖とロシア戦線での敗戦で物資は不足するわ石油は手に入らないわ、頼みのLeuna Benzinはかなり生産性が悪かったらしく、手近にあった(?)アンモニアを見たら、燃やせるし、肥料を蒔いて作物を育てる余裕はないしそれなら燃料に使えないか・・・というリクツで手が伸びるのは当然なのでしょう。

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Comprigazによるアンモニア燃料バス写真
屋根の上に見えるタンクの中にアンモニアを積載 Comprigaz社の出した論文から引用

・・・いや、当然じゃない。やっぱり頭わいてるムチャクチャとしか思えません。

ともかく手元にあるごくわずかな資料を見るとこの試み、意外にもノートラブルで成功裏に終わったようです。燃料漏れたらどうなるかヒヤヒヤもんだったんでしょうけど、論文を見ると現代の車両と同レベル以上の160,000km(?!)走ってたみたいですし、どこにも腐食が発生せず煤が出ないのでメンテも楽ちんで(注:この時はNOxは実質ダダ流しで、過剰にNH3を流したりコンバータで還元する、ということまではComprigazは考えてなかったようです)これをさらに進化させれば適切にアンモニアを入れたら(尿素と同様の効果を示すため)NOxは還元されるし、理想的には水と窒素だけしか出てこない、「圧倒的じゃないかわが軍は」的な結果だったようです。負けましたけど。

【さらにさかのぼり】

実はこのアンモニアを燃料に使うという件、更に遡ると現Hydro(旧Norsk Hydro・こちら)というノルウェーの歴史あるエネルギー関連企業が先に使ってたということも明らかになっています。資料を見ると1933年に研究していたとのこと。当時も今もノルウェーは水力発電の賦存量が極めて豊富で、水電解技術が発達しており、そこから取り出した水素を原料にしていたとのことです。

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Norsk Hydro(現Hydro/ノルウェーの重工企業)が研究していたアンモニア燃料自動車
荷台のタンクに貯めて使っていた(同社資料・こちらより引用)

もっともこっちは直接燃やすのではなく、わざわざ水素をクラッキングして取出すという手間をかけてます。こちらも文献が極めて手薄なため理由は定かではないのですが・・・。さらに遡ると1927年にイタリアで、また1880年代にニューオーリンズで同様の車両が動いていたことが明らかになっています。こちらはちょっとウワサレベルで、しかも背景がわからず調査中なので今回は記述は控えますが(写真は見つかってます)またわかり次第書いてみようと思います。

【その後・近代の応用先】

ということで素性は非常に良かったようなのですが、結局代替燃料としては忘れ去られていくことになります。そりゃ当時は原料の天然ガスも取りにくいし石炭は実際工業的に扱いにくいし如何せん熱力学的に不利なため高い、しかも漏れたら臭いし目が痛い、ですから仕方ないかと。なお内燃機関での可燃範囲はガソリンよりも広く燃えやすいくらいなのですが、着火性が微妙でガソリン等に比べやや点火しにくいようで、それなりの工夫が必要と推定されます。

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アンモニアの理論空燃比範囲(英国Elucidare社資料より引用・こちら)
ガソリン等に比べ濃くしないと燃えないが十分使用に足る

また、現代は当時から比べりゃだいぶ天然ガスも技術革新により廉価になってきましたが、天然ガスの値段は極悪原油スライド制(石油の値段に釣られ値段が高くなったり低くなったりする)という仕組みに依存するため、2015年の時点でガソリンリッター熱量換算でみると額面30円くらい高くなってしまいそうです(筆者簡易試算)。更に税金のことも考えるとこれじゃどうにもやってけないので、普及させようと思ったらこのコストをなんとかせにゃなりませんね。

しかしコストはともかく、第2次世界大戦後にその燃料としての特徴に注目した人たちがいました。アメリカ軍とカナダのおっさん。あとロシア。

①アメリカ軍・・・飛行機飛ばしました。詳細な理由はわかりませんが、いちおうジェットロケットエンジン(液体酸素との直接燃焼)で音速レベル出してますから結構な性能を出せてたということが示されています。

結果として燃料としてのコスト性が極めてよかったため、共研先のNASAはスペースシャトル燃料に使いたかったようですが、高荷重ロケットの場合重量エネルギー密度の方が重要視されたために結局は液体水素を使うことになったとのことでした。もちろん液体水素はコストがむちゃくちゃ高いし貯めれないしキンキンに冷やし続けなきゃいかんのですが、ロケットに一番重要なペイロードの余裕分を確保しなくちゃいかんので、致し方なかったのでしょう。

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X-15 音速超えしたもよう

②カナダのGreg Vezina氏・・・アンモニアを燃料に使って改造車を公道で走らせました。これまた背景は理由不明ですが、Youtubeに上がってる動画を見ると色々わかります。面白いのは、トラックのようなデカいサイズの車両にも使えるということ。電気自動車などでは必要馬力に応じて必要とされる電池が増え、値段が上がってしまうのですが、これは基本的にタンクとエンジン排気量だけでよいという優れものなわけです。

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Greg Vezina氏と実際の改造車(Youtube動画より) Comprigazの焼き直しだったようだが、
近代のエンジンで動かせることを公道で実証したのはこの人が初めてでは?

③ロシア国立宇宙開発研究所:上に書いた、液化水素みたいな冷やすのめんどくせぇ材料使いたくないってことで、アセチレンとアンモニアぶちこんでロケット飛ばそうとしてるしてる記事が見つかりました(こちら)。来年か再来年に飛ばすみたいで、楽しみですね。ペイロードとの兼ね合いよりコストを優先する珍しいケースなため、筆者はかなり注目しています。

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Energomashロケットエンジン イメージ(まだ開発中です)
“Space Safety Magazine”サイトより引用 こちら

こういう面白い特性を持つのに応用は上記のものに留まり、結局今のところあんまり普及してないわけで。インフラ的にもそうですが、やっぱりまだ使えるに至らないのは「色々な感情論が絡み合っておるため」だというのはなんとなく理解できる気がします。しかし上記に書いた通り、原理的には炭化水素又はエネルギー、そして窒素と水とさえあればどこでも創れて、簡単に貯められて、上手く燃やせば窒素と水しか出ないなんて、アンモニアこそやっぱり究極のエネルギー媒体であり、世界を変えるポテンシャルがあると筆者は信じています。

なお色々と聞くNOxの件ですが、あまり心配するこたぁ無いと思います。ドイツ自動車工業会が商標登録をしているAdblueテクノロジー(図 こちら)、こりゃNOxを下げるために尿素((NH2)2CO)を分解して排ガスに放り込んでるのですがその分解物は何をかくそうアンモニアなのですね。要はNOxを下げる鼻薬が最初っから入ってんですから増える方向の心配は無用、ってわけです。実際にエンジンとかに入れて燃やそうとするとちょっと色々工夫が必要らしいのですが、某団体が推してる某電池とかに比べりゃずうっと技術的ハードルが低いですからなんでこっちをやんないんですか、って聞きたくなるくらい

【そこで、化学者の皆様に期待】

アンモニアは臭いだの何だの言われますし筆者もその路線で書いてますが、昔間近でアンモニアガスを嗅いだり濃厚アンモニア水を股間にぶちまけたことのある筆者にしてみればキンカンの厳しいバージョン程度にしかすぎません。だいいち、すぐ水で洗えば股間・鼠蹊部の皮も剝けませんでしたから大丈夫ですまずもって目と鼻にひどく浸みるのでやっぱり広く使用するにはなかなか苦しいところでしょう。筆者のような変態は喜んで使いたいのですが、結局漏れたらどうなるっていう話が大きなネックになることはおよそ想像できます。

もちろん確率的に十分安全だってのはデータで示すことは可能ですが、この「漏れたらどうなるのか」という恐怖が著しく優れた燃料としての特長を著しく毀損している気がするのです。本当に素は良い子なのに、性格がねぇ、っていう言葉が出てしまうくらい残念な話です。変異原性は無いし(アメリカCDCが、IARCの調査をもとに「変異原性無し」と公表してます)良いことづくめなのに。

で、化学者の皆様に是非期待したいのが、こうしたネックを解消する「アンモニアの利用価値を上げるハナグスリ」です。混ぜたら液化して使えるとか、蒸気圧が著しく減るとか臭いが減るとか、液化するけどに凍らないとか。水でガマンしとけって話はありますけどさすがに内燃機関には使えなさそうですから、有機系の材料で何か面白そうなことができる気がするのですが・・・ともかくそういう切り口で突破することでこの材料の価値がグンと上がりそうな印象を受けるのです。

という妄想はさておき。

第2次世界大戦中にヤケクソで産み出された今回の話、もちろん以前ご紹介した低温アンモニア合成の案件もそうなのですが、上記のような「実用化」に重要な技術ネタは多数転がっているような気がするのです。是非一度、関係技術調査をされてみてはいがかでしょうか。

ということで今回はこんなところで。

 

【補足・肥料との競合について】

アンモニアはよく肥料との競合について言われますが、上の図に示したように「水素発生源は全て肥料になり得る」と言えます。石炭も、石油も、原子力も、全てです。要はバイオエタノールとか持ち出すまでもなく、我々が電力を使ったり車や電車で移動してる時点で誰かの肥料を、ひいては未来の食料を奪っているとも言えるわけです。

そういう意味で石油を使う以上、人間は原罪を抱えているとも言えますかねぇ。辛気臭い話を、と思われるかもしれませんがこの点はいくら強調しても強調しきれる点でなく、かつ解決不可能な大きな問題です。ともかくアンモニアのみを取り上げて「肥料ガー」とヒステリー的な反応を示す必要は無く、結局「どういう技術が最適なのか」を追及することの方がずっと前向きな解が得られるような気がします。

 

関連書籍

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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