本稿は,少子化の影響が著しい地方私立大で学位を取得したとあるしがない博士(薬学)が、厳しい世の中を生きるためにアカデミアの世界にポロっと踏み込んでしまってから、いまだに比較的ズブズブ状態で大学教員として働いている経験談を際に自由気ままに綴るエッセイです。(都会に薬学部に増やしすぎて地方薬学志望者、減りすぎじゃない…?もくもくと実験するなら維持費に金を稼がないとかなりきつい国立より古豪私大の研究設備・環境はかなりいいぞ!)
使えるAIの出現により、さらに個々の均一化が進む中、「そのキャリアパスは,誰の「正解」ですか?」と問われる昨今で、筆者のリアリティが、将来のキャリアパスに悩むケムステユーザーに1%程度は参考になって「しんどい時にクスッと笑って研究に戻るきっかけ」となれば幸いです。
ポンコツシリーズ
ポンコツ教員の国内奮闘録
――吾輩(わがはい)はしがない博士(薬学)である。名前(立派な肩書き)はまだ無い。(この10年で希少性が超高まった薬剤師免許持ち博士が)どこで生れたかは、とんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所で(とある学会で酒を飲んでベロンベロンになって)、ニャーニャー泣いていた事だけは記憶している――
夏目漱石:「吾輩は猫である」を一部改変
前回の記事から早くも2年半。コロナ期のケムステヘビー読者から読者層が大体一周した頃である。最近の学生に「どうもケムステのポンコツです」と名乗っても、「…?はぁ…?」という反応が増えたものの、筆者は相変わらずアカデミア社会に生息している。
一方で、本連載の影響か、大学教員や企業の方と名刺交換する際に普通に挨拶するとそのまま忘れ去られるのに「どうもケムステのポンコツです」と一言添えると、「あぁ!あなたがポンコツさんで!」と認知していただけるようになった。研究職を離れたタイミングでアカデミア社会に何かしらの痕跡を残すために始めた連載であるが、結果として”珍獣枠”を確保できたことを考えると、やっておいてよかったと思う。高IF誌への掲載と同様、「認知されること」は比較的重要である(大切なのは、その後、その先派)。化学アカデミア界における「悪名は無名に勝る」を、そこそこ体現できているのではないだろうか。記事を残す選択先にケムステを選んでおいてよかったと思う。
また、本記事を知らない先生に「どうもポンコツです」と言ったときの気まずさが多少あったが、もともと失うものは大してないのだから、気まずくなる必要もないことに気がついた。引き続き、人生の底辺から手に入れたこの強メンタルは維持していきたい。このままいくとアカデミア界の炎上系になりそうで少し怖いが…。
ポンコツ助教,最近の所感を綴る
帰国してから思うのは、博士課程や国内ポスドク時代に比べて「個の実験研究者としての修羅場」が減りつつある、ということである。現ボスのデスクワークやマネジメントの手厚い手ほどきを受けつつ、自分なりに培ってきた観察眼をもとに、「こうすればいいのか、なるほど」と背中からも学びながら、日々を過ごしている。一方で、10年前のあの頃と比べてライフ・イン・ワークが重要になってきた昨今、「このままじゃ自分は数年後詰む」という焦燥感がやや薄れてきていることに、少し危機感も覚えている。今の時代はチームで物事を進める時代であるが、振り返ると、20〜30歳頃に寝食を忘れてほぼ個で物事を真っ直ぐ進めることだけに没頭していた時期こそが、一番楽しかったのかもしれない。絶賛映画放映中のプラダを着た悪魔2および、プラダを着た悪魔や前作のクリエイター系研究者に刺さる左利きのエレン(原作、ジャンプ+漫画版)で出てくる言葉、続編の左利きのエレンHYPE, DOPEを愛読する管理職は分かるかもしれない。

左ききのエレンより好きなシーンを一部抜粋した(アルより転載)。「明日死ぬつもりで作る。ただそれだけのことをこなすこと」。現在ではパラハラ・アカハラドンピシャワードだが、この言葉を体現・実現する難しさを年々実感している。
一方、時代の変化と加齢もあり、物事への「熱の注ぎ方」自体が変わってきているのでこれに対応しなければならない(個人的には、加齢とともに酒乱(特に異常酩酊)の傾向が高まっており、自身の肝臓の衰弱に対して早急に対応する必要がある、脂肪肝か?)。とりあえず、筆者はお仕事能力としてはデスクワーク能力が壊滅的なので、そのあたりはAIのサポートも活用しながら効率化・改善していく必要がある。同時に、これから取り組むすべてのことが今後のいいものを作る「ものつくり」につながっているという「臨場感」を、いかに自分で感じ、そして周囲に伝えていくかが重要なのではないかと感じている(と、チャッピー先生にここまでのプロローグを校正していただいた。もう少し知的な感じで修正しますと直してくれた)。
ポンコツ助教,あの学会に参加する。
さて、今回の記事の本題に入りたい。研究に対するインスピレーションの源泉は、やはり筆者の原点の一つである天然物化学にあるのかもしれない――そう考えた筆者は、「あの会」に参加することにした。そう、日本の天然物化学のレジェンド先生方が、天然物討論会と対をなす形で立ち上げた「あの会」である。HPでその歴史を辿ると、恩師のボッスの、さらにそのボッスが第一回に参加しているらしい。その伝統派の中では、筆者自身は某系の人間ではあるが、流派的にはその流れを汲んでいる…はずである。
奇しくも、筆者が本連載を始める前後から温めてきた研究テーマを着任後に開始し、初めて薬学会でお披露目したところ、「懐かしい化合物やってるね。昔、〇〇ラボで精力的にやってたから昔を思い出すよ」という、会の発起人で“マジックの上手い先生”研に在籍しておられた先生からなんとも味わい深いコメントをいただいた。やはり、古い良き天然物化学研究の中に新しいヒントが眠っている。歴史はきちんと紡がれていくのだな、としみじみ感じた次第である。
まとめ。
本記事を要約すると,あの会に、(研究室の財布が許す限り)ぜひ学生も参加してほしい壮大な宣伝記事だったということである。これからの天然物化学に夢や憧れを持つ学生にとって「熱」い夏になれば、幸いである(締め切りは今月末だったかな?)。有機溶媒買えなくなって研究が止まり、その結果購入資金が余ることで参加許可が増える–研究上としては最悪だが、会としてはハッピーな出来事が、ワンチャンあるかもしれない。
今回は、海外編のエピローグかつ、ポンコツJKのプロローグとして本記事を締めたい。
〜〜続く??〜〜
なお、筆者は現在
状態のため、あまり記事を書く余裕はないのだが、不定期(連休中とか)で連載したいと考えている。
関連書籍
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いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元
アル:転載可能な漫画の一コマを利用できるサイト

































