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抗体-薬物複合体 Antibody-Drug Conjugate

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抗体-薬物複合体(Antibody-Drug Conugate, ADC)とは、モノクローナル抗体(mAb)と低分子医薬(payload)を適切なリンカーを介して生体共役反応(bioconjugation)によって結合した構造を有する医薬群である。

低分子医薬、抗体医薬の良いところを併せ持つ次世代医薬群として、世界中から注目を集めている。

ADCとは何か

低分子医薬に続いて台頭した抗体医薬群は、その有効性から医薬品のトップセールスを席巻するに至った。しかし抗体医薬も万能では無く、数々の欠点を抱えている。たとえば製造に時間と費用がかかること、膜透過性に乏しいため細胞内標的を狙いにくいことなどが代表的問題点である。一方、従来型の低分子医薬はこういった問題が無い一方で標的選択性が低く、副作用や体内動態などが読みづらいなどの問題がある。
ADCはこの問題を解決しうるハイブリッド医薬品である。すなわち、抗体を標的の精密認識・デリバリー機能部位として使い、実質的な薬効(抗ガン作用が多い)は低分子医薬に担わせるというコンセプトで設計されている。

ADCは主に4つの要素から構成される。

①モノクローナル抗体(mAb)
②低分子医薬 (payload)
③リンカー (linker)
④修飾法 (conjugation)

これらは投与~血中循環の間、安定に存在することが求められる。細胞表面の抗原に結合した後は、エンドサイトーシスや輸送過程によってリソソームに取り込まれ、抗体およびリンカーの切断を伴って低分子医薬が放出される。

市場性

2020年8月までに上市されたADCは9種存在(下記)し、およそ70以上のADCが臨床試験段階にある。がん治療目的で開発されているものがほとんどである。2019年現在、50以上の製薬会社がADC開発に関わっており、次世代医薬群としては最も大きな注目を集める一つである。

商品名 メーカー 抗体 薬物 修飾法 承認 適用
マイロターグ(Mylotarg) ファイザー/ワイス ゲンツズマブ(抗CD33、IgG4) オゾガマイシン リジン修飾法(平均DAR=2~3) 2001(2010撤退)、2017(再承認) 再発AML
アドセトリス(Adcetris) シアトルジェネティクス、ミレニアム/武田 ブレンツキシマブ(抗CD30、IgG1) モノメチルオーリスタチンE(MMAE) システイン修飾法(平均DAR=~4) 2011 再発HLおよび再発sALCL
カドサイラ(Kadcyla) ジェネンック、ロシュ トラスツズマブ(抗HER2、IgG1) エムタンシン(DM1) リジン修飾法(DAR=3.5) 2013 HER2+転移性乳がん
ベスポンサ(Besponsa) ファイザー/ワイス イノツズマブ(抗CD22、IgG4) オゾガマイシン リジン修飾法(DAR=~4) 2017 再発または難治性CD22+ B-ALL
ポリヴィ(Polivy) ジェ年テック、ロシュ ポラツズマブ(抗CD79b、IgG1) モノメチルオーリスタチンE(MMAE) システイン修飾法(DAR=3.5) 2019 再発または難治性DLBCL
エンハーツ(Enhertu) アストラゼネカ/第一三共 トラスツズマブ(抗HER2、IgG1) エキサテカン誘導体(Dxd) システイン修飾法(DAR=7~8) 2019 HER2+ 切除不能転移性乳がん
パドセヴ(Padcev) アステラス/シアトルジェネティクス エンフォルツマブ(抗Nectin-4) モノメチルオーリスタチンE(MMAE) 2019 局所進行または転移性尿路上皮がん
トロデルヴィ(Trodelvy) イミュノメディクス サシツズマブ(抗Trop-2) イリノテカン誘導体(SN-38) システイン修飾法(DAR=7.6) 2020 転移性トリプルネガティブ乳がん
ブレンレプ(Blenrep) グラクソスミスクライン ベランタマブ(抗CD269、IgG1) モノメチルオーリスタチンF(MMAF) システイン修飾法 2020 再発または難治性多発性骨髄腫

 

ADC開発における課題

①モノクローナル抗体

原理上、抗体はデリバリー分子としての役割を果たすが、認可されたADCは抗体そのものにも抗がん作用をもつものが多い。たとえば抗体依存性細胞毒性(ADCC)や相補体依存性細胞毒性(CDC)などの抗体Fc介在型エフェクター機能は、抗体医薬そのものの薬理作用を担う。しかしADCの薬効についてこれがどのように寄与しているかはよく分かっていない。ADCC能を欠くIgG4抗体を用いて製造されるADCでも優れた効能を発揮し、承認された例はある。

②低分子医薬

現行の汎用修飾法に依る限り、担持可能な薬物量は限られる(DAR<8に留まる)。この事情を反映して、ADCには非常に強力(sub-nM活性)な低分子薬(ペイロード)が使われる[2]。ペイロードの構造は複雑であるため、リンカー結合部位の同定やその薬効向上を意図した構造展開には、天然物合成研究で培われた技術と知見を活かすことが可能である[3]。

抗ガン剤を担持させたADCは結合したがん細胞のみ殺すが、そのまわりにもダメージを与えることができればより治療効果が高くなる。また間質バリアの存在や固形腫瘍への適用は、抗体のサイズが大きいため浸透が難しく困難を極める。放射性元素を担持させることによる「クロスファイアー効果」が解決策の一つとなるが、抗体複合体は体内滞留期間が長いため、投与~標的集積までに生じる非選択的被曝が問題となる。

抗体に色素を結合させたものを投与し、近赤外光を照射することで細胞を破壊するという光免疫療法と呼ばれる手法も台頭しつつある。

③リンカー

リンカー構造は薬効に大きく影響を与える。体内還流時には結合が保たれるが、標的到達後には速やかに切断され小分子医薬を放出する程度の結合力で無くては成らない。またリンカーの物性はADC全体の物性にも大きな影響を与え、特に抗DAR型のADCの製造にクリティカルな要素となる。この事情からリンカー構造の最適化がADC開発における重要なポイントとなる[4]。たとえばジスルフィド型リンカーの場合、その周りの立体障害を適度に調節することで、切断されやすさ(薬物放出速度)を制御することができる。マイロターグのジスルフィド隣接位にあるgem-ジメチル基は、還元的環境における切断速度を立体障害により適度に抑える働きをしている。

ヒドラゾンリンカーはがん細胞のエンドソームやリソソームなどの酸性条件下に切断されるが、立体障害などの考え方はジスルフィド型と同様である。特定の加水分解酵素によって切断されるリンカーの設計も成されている。たとえばバリン-シトルリン(Val-Cit)構造を組み込んだリンカーはがん細胞内で発現上昇しているカテプシンによって切断される。

DARを高めると一般に薬効は向上するが、凝集体の形成、低い許容量、速い全身クリアランスなどに悩まされる。薬物動態に影響を与えずに、より多数の小分子医薬を担持できる方法論は、薬効の縛りを越えることが可能である。たとえばデンドリマー型リンカーを用いることで解決を意図した研究例も存在する。

④修飾法

品質管理の観点から、医薬/抗体比(Drug-Antibody Ratio, DAR)を制御しつつペイロードを位置選択的に結合できるような化学反応の使用が求められている。抗体に低分子医薬が結合する場所次第で、ADCの薬物動力学が変化しうることが示されている。たとえば溶媒接触度の低い領域に低分子医薬を結合させると、リンカー切断速度が遅くなるため、応じて薬物放出速度も遅くなる。

既存のADCは、リジンやシステインを標的とした共役反応を用いて製造されている。この技術ではDARが制御されない不均質なものしか作れないが、DAR分布を一定範囲に収めることでADCの品質を担保している。たとえばカドサイラは表面リジン残基に対して平均3.5個、アドセトリスは表面システイン残基に対して平均4つの低分子医薬を結合させた構造を取っている。

より均質性の高いADC創製を目的とした技術[5]として、非天然アミノ酸の組み込みによる選択的生体共役反応、配列改変による遊離システインの導入、酵素ライゲーション、糖鎖リモデリング、Fcバインダーを使ったリガンド配向修飾法などが提案されている。システイン修飾法に汎用されるマレイミド構造はレトロ反応を起こしやすく安定性が懸念される。これを半加水分解することで安定性を向上させた事例が存在する。

がん以外の疾患領域への応用

核酸医薬の多くは細胞内送達および体内半減期の短さに課題を生じるが、抗体-オリゴヌクレオチド複合体[6]の形にすることでこれらの解決をもたらし、遺伝子治療へと応用することを目指した研究が存在する。また表面糖鎖を認識する抗体をもちいて抗菌活性を示すADCや、免疫抑制剤を担持させたADCの開発事例も存在する。

ADCに関するケムステ記事

関連動画

関連文献

  1. Representative reviews for ADCs: (a) “Antibody−Drug Conjugates: Linking Cytotoxic Payloads to Monoclonal Antibodies” Ducry, L.; Stump, B. Bioconjugate Chem. 2010, 21, 5. DOI: 10.1021/bc9002019 (b) “Chemistry of Antibody–Small Molecule Drug Conjugates” Garbaccio, R. M. Comp. Org. Syn. II, Vol 9, Capter 9.17 doi:10.1016/B978-0-08-097742-3.00942-3 (c) “Antibody-Drug Conjugates: An Emerging Concept in Cancer Therapy” Chari, R. V. J.; Miller, M. L.; Widdison, W. C. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 3796. DOI: 10.1002/anie.201307628 (d) ”Strategies and challenges for the next generation of antibody–drug conjugates” Beck, A.; Goetsch, L.; Dumontet, C.; Corvaïa, N. Nat. Rev. Drug Discov. 2017, 16, 315. doi:10.1038/nrd.2016.268 (e) “Antibody Conjugates-Recent Advances and Future Innovations” Leung, D.; Wurst, J. M.; Liu, T.; Martinez, R. M.; Datta-Mannan, A.; Feng. Y. Antibodies 2020, 9, 2. doi:10.3390/antib9010002 (f) “抗体-薬物複合体開発の発展と現状” 眞鍋史乃、Drug Delivery System 2019, 34-1, 10. [PDF] 
  2. ”Natural Products as Exquisitely Potent Cytotoxic Payloads for Antibody- Drug Conjugates” Gromek, S. M.; Balunas, M. J. Curr. Top. Med. Chem. 2014, 14, 2822. DOI : 10.2174/1568026615666141208111253
  3. (a) “The Role of Organic Synthesis in the Emergence and Development of Antibody–Drug Conjugates as Targeted Cancer Therapies” Nicolaou, K. C.; Rigol, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 11206. doi:10.1002/anie.201903498 (b) “Total Synthesis in Search of Potent Antibody–Drug Conjugate Payloads. From the Fundamentals to the Translational” Nicolaou, K. C.; Rigol, S. Acc. Chem. Res. 2019, 52, 127. doi:10.1021/acs.accounts.8b00537
  4. “抗体-抗ガン剤複合体におけるリンカーテクノロジー” 眞鍋史乃、Drug Delivery System 2013, 28-5, 406. [PDF]
  5. (a) “Site-Specific Antibody−Drug Conjugates: The Nexus of Bioorthogonal Chemistry, Protein Engineering, and Drug Development” Agarwal, P.; Bertozzi, C. R. Bioconjugate Chem. 2015, 26, 176. DOI: 10.1021/bc5004982 (b) “Construction of Homogeneous Antibody-drug Conjugates using Site-selective Protein Chemistry” Akkapeddi, P.; Azizi,S.-A.; Freedy, A.; Cal, P, M, S, D.; Gois, P.M.P.; Bernardes, G. J. L. Chem. Sci. 2016, 7, 2954. DOI: 10.1039/C6SC00170J (c) “Recent advances in the construction of antibody–drug conjugates” Chudasama, V.; Maruani, A.; Caddick, S. Nat. Chem. 2016, 8, 114. doi:10.1038/nchem.2415 (d) “Recent Chemical Approaches for Site‐Specific Conjugation of Native Antibodies: Technologies toward Next‐Generation Antibody–Drug Conjugates” Yamada, K.; Ito, Y. ChemBioChem 2019, 20, 2729. doi:10.1002/cbic.201900178
  6. “Antibody–Oligonucleotide Conjugates as Therapeutic, Imaging, and Detection Agents”. Dovgan, I.; Koniev, O.; Kolodych, S.; Wagner, A. Bioconjugate Chem. 2019, 30, 2483. doi:10.1021/acs.bioconjchem.9b00306

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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