第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で本倉研究室に在籍されていた、坂井 俊一 (さかい しゅんいち) さんにお願いしました!
本倉研究室では、新しい「触媒」「触媒作用」の創出と、それに基づく「環境調和型化学反応」の開発を目指し、均一・不均一系の枠にとらわれない多様な触媒開発によってめざましい成果を挙げられています。
今回、坂井さんらの研究グループでは、極めて反応性の低い組み合わせの、単純ケトンとアリルアルコールによるアリル化反応を劇的に加速する新規固定化触媒を開発しました。本研究は、環境調和型有機合成の新たな道を切り開く成果として注目されています。
本研究結果は高く評価され、ハイインパクトジャーナル「ACS Catalysis」誌に掲載されるとともに、横浜国立大学からプレスリリースも行われました。
Heterogeneous Synergistic Acceleration of Ketone α-Allylation with Allyl Alcohol by Pd/Cu Complexes on Organomodified Mesoporous Silica
Shunichi Sakai, Shingo Hasegawa, Ken Motokura
ACS Catal. 2026, 16, 7, 6432–6442, DOI: 10.1021/acscatal.5c08230.
研究を現場で指揮された、教授の 本倉 健 先生より、坂井さんについてのコメントを頂戴しております!
坂井さんは私が横浜国立大学に着任した年に、横国大で初めての4年生として研究室に参加してくれた学生さんです。坂井さんの良いところは、何より研究にかける情熱かと思います。複数の活性点を集積した固定化触媒を設計し、固体表面での協奏的触媒作用を駆使して最も高い活性の触媒開発を目指すという、最も楽しくて最も苦しい(?)研究テーマを選択し、修士課程まで研究をやり遂げてくれました。学部・修士の在籍期間における研究内容で、筆頭著者として ACS Catalysis を2報執筆しており、坂井さんがいかに努力したかわかっていただけると思います。定期ミーティングでは、彼は毎週のように大量のデータを持参し、(データが多すぎるためか?) ああでもないこうでもないと、皆で議論させていただき、大変楽しかったです。坂井さんは基本的に強気の発言スタイルですが、これは、彼が自身の研究活動にしっかり責任もって取り組んでいることの証左であると思います。現在は企業研究者として、相変わらず大量のデータに基づいて喧々諤々の議論を繰り広げていると推定され、近い将来、社会に貢献する研究成果を挙げるのではないかと期待しております。
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
報告が数例しかない極めて難しい変換反応を、シリカ上に2種類の金属錯体と有機官能基を固定した不均一系の触媒で劇的に加速させた研究です。不均一系触媒は生成物との分離や再利用が容易で取り扱いやすいものの、一般的に触媒活性は均一系触媒に劣りがちです。本倉研究室では従来、シリカのような固体の表面に反応活性点を集積することで、均一系錯体触媒では容易につくりだせない反応環境をデザインし、高活性な不均一系触媒をつくる研究を行っています。
この研究の検証により、メソポーラスシリカ上の Cu 錯体が反応基質のケトンを、Pd 錯体がアリルアルコールをそれぞれ活性化し、さらにシリカ上の有機鎖がこれらの反応環境を最適化することで、これらが合わさって反応を促進している可能性が高いことを見出しました。
Figure 固定化触媒による協奏的反応促進の概略図 Cu 錯体が求核剤であるシクロヘキサノン、Pd 錯体が求電子剤であるアリルアルコールを活性化、シリカに修飾した Ph 基がこれらの反応環境を最適化する反応機構を提案した。 |
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
固体触媒表面での三者協奏というコンセプトに思い入れがあります。そもそもこのテーマは均一系の錯体触媒に活性面でも優位性がある不均一系の固定化触媒をつくりたいという私自身の野望を形にしたものです。反応系や三者協奏のコンセプトはすべて私が勝手に発案しています。もともとこの研究に取り組む前に、本倉先生の「Cu、Pd 錯体をシリカに固定した触媒を用いてアニリンのアリル化反応を協奏的に促進できないか」という大変面白いテーマに取り組ませていただいたのですが、一部の先行研究の均一系錯体による触媒活性が非常に高く、これを凌駕することが出来ませんでした。それが悔しくて次こそは上回りたいと思っていました。
その上で複数の論文において、メソポーラスシリカのような反応場で特異的な反応促進や細孔環境による反応性変化がみられるという報告があることや、酵素反応では基質が適切な配置となるだけで反応速度が爆発的に向上すること (学部の物理化学かなにかの講義で耳にしたもの) などの知見から、シリカに錯体を 2 種固定するだけでなく、その先の最適な環境がなにかあるのではないかと考えていました。また、Cu がアニリンを活性化して反応促進が可能であれば、Cu に配位可能で軌道が硬いケトンも活性化ができるのではないかとも考えていました。丁度ケトンとアリルアルコールの研究報告に、かのノーベル化学賞受賞者 Benjamin List 先生のグループによる均一系錯体触媒の論文があり、この研究に TON (Turnover Number: 触媒回転数、触媒活性・寿命の指標) などの面で優位性が出せれば面白いなと思ったため、この反応を試しました。条件や選択性が違うため一概に触媒の優劣を決める要素ではないものの、最終的には TON だけでなく、TOF (Turnover Frequency:触媒回転頻度、単位時間当たりの触媒活性) でも一部の均一系触媒を上回るようなデータが得られて喜んでいました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
そもそもテーマを見出すことに苦労しました。最初に取り組んでいたアニリンのアリル化反応で面白い結果が得られたのち、アニリンの研究を主軸としつつ、並行して新たなテーマとしての触媒や反応系の探索を行っていました。先行研究を把握しないとそもそも何が新規性となるか分かりませんし、触媒や反応を試す場合は反応機構や複数の仮説を元に設計を行う必要があります。そのため、当時は必死に論文を読んでアイディアを模索していました。完全にゼロから新しいものを作るのは難しいので (私が当時思いつくレベルのものはほとんど既に報告がありました)、研究室の強みを活かしつつ、他の論文の工夫や新規性を取り入れたり、それらが活かせる有用な反応系を探索するという方針で調査を行いました。
論文からアイディアを得てもいざそれを試してみると、殆どの試みは十分な新規性が得られなかったり、そもそも反応が進行しないものばかりでした (笑)。実はこのテーマについても最初 B4 の終わり頃に試したときは協奏的活性向上どころかそもそも反応が進行しませんでした。その後、試作触媒を放置していたのですが、半年程経って手持ちの触媒の整理をしていた際に発見し、「何もしないで捨てるのももったいない。本倉先生もよく反応条件は大切とか言ってるし、もっと厳しい条件で試して進行しなきゃこれも捨てるか」と思いました。そこで本筋の研究の結果待ちの時間を利用し、再度条件を変えて反応を試したら、反応が進行して協奏的活性向上効果も見出したという次第です。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
研究開発を通じ、化学の側面からモノづくりにおける環境負荷低減などを実現することで、人々の暮らしを豊かにしたいです。現在、クラサスケミカル株式会社で研究開発をさせていただいています。在学時、企業研究では自由度が下がると思っていたのですが、実際に入社してみると目的や論拠がしっかりとあれば高い自由度で研究ができました。少なくとも入社してから今まで、自分が考えたアイディアを拒絶されたことはないので、今後も自分なりの発想を活かして、企業研究から社会に貢献していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
主に学生の読者様に向けて発信させていただきます。大学での研究は自分自身で世界最先端を切り開けるせっかくの機会だと思うので、たくさん論文を読んで、自分なりに、自分でしかできないような工夫をしてみると、何か得られるものがあるかもしれません。
本倉研究室は学生が主体的に考えて研究に取り組むうえでは素晴らしい環境があります。B4 のとき、このテーマの元となる反応を試してよいか本倉先生に確認した際、「ちゃんと考えた上であれば取り敢えずやってみなさい。一々確認しなくてもどんどん試していい。難度が高いからうまくいかないかもしれんけど、だからこそたくさん試して少しでも当たればそれでええんや」と言っていただいたおかげで、この論文が書けました。
一方で主体的に研究を取り組むことは責任も伴います。手を動かして実験をすることはもちろん、論文を読んで工夫や新規性を見出したり、分からない点を自分から積極的に聞きに行く必要があるなど、様々なことを行う必要があり、簡単ではないです。論文を読むには学部レベルの基礎知識は必要であり、論文をたくさん読むこと自体もとても大変です。受け身で研究成果を出したいだけなら、本倉研究室より適した研究室もあるかと思います。それでも、大学で主体的に研究や学問に取り組むことで得た経験は、企業などの外部環境でも大いに活かされると就職後に確信しました (すみません。これはよくメーカー人事の人がよく言うやつですが、就職前は半信半疑でした)。
最後に散々突っかかっても丁寧に対応していただいた本倉先生、長谷川先生をはじめとした指導・議論を行ってくださった皆様、この研究を紹介する機会を下さった Chem-Station スタッフの皆様にこの場を借りて御礼を申し上げます。
研究者の略歴
名前: 坂井 俊一 (さかい しゅんいち)
所属 (当時): 横浜国立大学大学院 理工学府 本倉研究室
略歴:
2025年3月 横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程前期 修了
2025年4月 レゾナック株式会社入社 クラサスケミカル株式会社へ出向
~現在 クラサスケミカル株式会社で研究開発業務に従事

坂井さん、本倉先生、インタビューにご協力いただきありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
関連記事
・液相における粒子間水素移動によって加速されるアルカンとベンゼンの脱水素カップリング反応
・二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング
・スポットライトリサーチ まとめ【初回〜第200回まで】































