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スポットライトリサーチ

理論化学と実験科学の協奏で解き明かしたブラシラン型骨格生合成の謎

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第298回のスポットライトリサーチは、最近 山梨大学 工学部応用化学科でPI助教(JSPS卓越研究員)になられた佐藤玄(さとうはじめ)さんにお願いしました。

佐藤さんは、東京大学の内山先生のもとで博士号を取得され、計算科学による様々な反応メカニズムの解明に取り組んでいます。
今回取り上げる研究は、セスキテルペン類によく見られるブラシラン型骨格の生合成メカニズムの解明です。本研究は、Journal of American Chemical Society誌の表紙に採用されています。

“DFT Study of a Missing Piece in Brasilane-Type Structure Biosynthesis: An Unusual Skeltal Rearrangement”
J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 19830–19834. DOI: 10.1021/jacs.0c09616

実は佐藤さんは以前にも第9回スポットライトリサーチで取り上げられた事があり今回が2回目の登場となります。

内山先生より佐藤んについて以下のコメントを頂いています。

本研究(天然物の生合成に関する理論研究)は、佐藤博士が当研究室の博士課程在籍中に私と2人で“ひっそりと”スタートしたものです。しかもサブテーマとして。しかし、主テーマはさておき(笑)、このテーマに没頭した佐藤くんはあっという間にテルペン系の反応経路理論解析のシステムを確立させました。当研究室では、有機反応に関する理論研究を長年行ってきましたが、私自身新たな挑戦をしてみたくなった、ちょうどそんな時期でした。通常の有機反応と異なり、生合成は酵素内部といった言わば“ブラックボックス”内にて、複雑・多段階・連続反応によって多種多様な天然物の骨格が形成されます。しかも、生合成過程では、準安定構造がいくつも生じることが少なくなく、その配座解析だけでも、当初は困難を極めました。佐藤博士は、持ち前のガッツと計算化学・天然物に対する「愛」で、困難の一つひとつを見事にクリアしていきました。また、天然物化学のズブの素人であった私たちは、千葉大院薬/理研・斉藤先生、北大院理・及川先生、東大生物生産工学研究セ・葛山先生、東大院薬・阿部先生など数多くの実験科学者の先生方を訪ね、様々なことを教えて頂き、共同研究として数多くの成果をあげることができました。こうした貴重な機会に恵まれたことこそ、私たちにとって本研究をはじめた一番の成果となりました。新しいことへの挑戦は、こうした素敵な出会いがまた嬉しいですね!そして、もう一つの成果が、本年より佐藤研究室が開設されたことです。今後のさらなる展開を見守りたいと思います。ご支援の程どうぞよろしくお願い申し上げます。

本研究の概要は、既に記事として紹介しましたが、今回は本人にインタビューしてみました。それではインタビューお楽しみください&佐藤研に興味のある読者の方は是非連絡を取ってみてください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

我々は、理論化学と実験科学を組み合わせることによって、天然物の生合成経路・反応機構を明らかにする研究に取り組んでいます。

今回の研究では、セスキテルペン類によく見られる「ブラシラン型骨格」が生合成されるメカニズムを初めて明らかにしました。この bicyclo[4.3.0]nonane 構造は、40 年以上前に発見・報告されたにも関わらず、その生合成メカニズムはずっと謎のままでした。2020年に東京大学の葛山先生らにより、1,3-水素移動反応、3 箇所の C–C 結合の開裂、π結合の生成、水和反応という 6 個の化学反応が進行することが緻密な標識実験によって示されましたが、この複雑骨格合成のための反応機構にはいくつかの疑問が残ったままでした。

本研究では、我々が独自に開発した様々な理論的手法を駆使することで、ブラシラン型骨格の新たな生成メカニズムの提案に成功しました。この反応機構は、標識実験の結果とも完全に合致し、また類縁体天然物の生合成も説明できる非常に合理的なものでした。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

論文中の Figure 3 の 電荷解析や、実際に論文には採用されなかった結合長解析(下図)など様々な観点から理論解析を行いました。

Gaussian は非常に使いやすいインターフェイスのため、計算化学を専門にしない人でも簡単に動かすことが出来ます。しかし、構造最適化や電荷の偏りを求めるだけでは、“ただ計算機を回すだけの人”になってしまいます。計算化学は、どのような計算手法で解析を行うか、適切な化学モデルの設定、得られた結果の妥当性の評価などがとても重要です。我々は、チーム内で様々な角度から何度となくディスカッションを行い、計算結果を化学の目で確認し、何か新しい科学(叡智)を化学の言葉で見出すことを大切にしています。

一般に、フェムト(千兆分の一)秒という超短時間に起こることが多い化学反応の実(験的観)測は極めて困難です。計算化学では、反応過程における分子の動きをスナップショットのように取りだし、立体構造を正確に確認しながらスローモーションのように反応解析ができることです。今回の生合成経路も最初から最後までの反応動画を作成しましたのでご覧ください。全ての反応が多段階に渡って複雑に絡み合い、ブラシラン型骨格がきれいに合成されていくことが確認いただけると思います。あらためて、自然の力(天然)ってすごいですね!

(Movie)

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

一般に、こうした理論研究では、「理論解析」によって新たな知見が得られてくるか、がとても重要です。実験科学によって得られている機構を“なぞる”だけでは「後付け」研究と見なされてしまうからです。すなわち、どの研究に「手を出すか」がいつも難しく、その題材探しがとても楽しく、また重要になってきます。今回の研究対象となったブラシラン型骨格生合成研究では、可能性ある経路のうち、二級カチオンが生じるものは除外されて考えられてきました。しかし、我々は有機化学的な目でその一つひとつを検証していきました。そして、そのいくつかは単なる二級カチオンではなく、“ホモアリルカチオン”であることに気づき、“シクロプロピルカルビニルカチオン”との平衡から高度に安定化されているのではないかと考えました。これは、以前我々が発表したシクロオクタチンの生合成研究(シクロプロピルカルビニルカチオンの生成と転位反応が鍵)での経験が活かされました。こうして真の生合成経路を見つけ出し、解明することができました。このように、理論化学と有機化学の両輪で考えることが生合成経路の研究にはとても大切です。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本年1月より、卓越研究員として山梨大学大学院総合研究部の助教(PI)に着任し、新しく研究室を立ち上げる機会に恵まれました。山梨大学では有機化学実験・生化学実験・理論化学の3つを柱とした新たな天然物化学研究を展開していきたいと考えております。既存の反応や生合成経路を解析する基礎化学から、望みの反応を触媒する未知酵素を自在に設計するといった応用化学まで取り組んでいきたいと考えております!

天然物の生合成経路に関する理論計算を専門的に行っているのは、国内ではほぼ我々のグループだけです。天然物化学に興味のある方、生合成や全合成、反応機構解析などの実験科学に取り組んできた方で計算にも手を広げたい方など、一緒に研究をして頂ける学生さん・研究員の方を募集しております!また、共同研究も積極的に行っていきたいと考えておりますので、お気軽にご連絡ください。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は東京大学の博士課程在籍時に、理論計算を用いた生合成研究に取り組み始めました。最初の頃は、研究の面白さをあまり周囲に理解してもらうことができませんでした。というのも、生合成に関する実験科学研究者には理論計算は取っつきづらいものであり、計算化学者には天然物化学は馴染みの薄いものであったため、両方を正しく評価できる人が極めて少なく、論文を投稿しても査読者もなかなか決まらないということが続きました。

それでも根気強く研究を続け、様々な先生方との共同研究の機会にも恵まれ、ようやく J. Am. Chem. Soc.Angew. Chem. Int. Ed. など一般化学誌に論文が掲載される様になってきました。新しい研究分野は理解されるまでに時間がかかるものですね。最初のうちは華やかな結果が出なくても、自分を信じて辛抱強く続けることが大切だと感じました。

また、研究は一人ではできないものです。周囲の協力があって、素晴らしい研究を行うことができるのだと最近改めて感じております。最後になってしまいましたが、本研究を進めて行く上で、ご指導とご協力を頂きました内山真伸教授(東大院薬・理研・信大 RISM)、宮本和範准教授(東大院薬)、金澤純一朗助教(東大院薬)、橋新崇広修士(東大院薬)にこの場を借りて御礼申し上げます。

ブラシラン型骨格生合成機構動画

研究者の略歴

名前: 佐藤玄(さとうはじめ)
所属: 山梨大学 工学部応用化学科
研究テーマ: 実験と計算の協奏による天然物の生合成研究
研究室HP

略歴:
1987 年 山梨県甲府市生まれ
2016 年 東京大学大学院 薬学系研究科 博士課程修了(内山真伸教授)
2016 年 千葉大学薬学系研究院 特任助教 (斉藤和季教授・山崎真巳准教授研究室)
2021 年 JSPS 卓越研究員 山梨大学工学部応用化学科 助教(PI)

Macy

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有機合成を専門とする教員。将来取り組む研究分野を探し求める「なんでも屋」。若いうちに色々なケミストリーに触れようと邁進中。

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