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化学者のつぶやき

Micro Flow Reactorで瞬間的変換を達成する

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Tshozoです。

前回、フロー合成の入門的側面を紹介したわけですが、その先端事例として、京都大学・吉田潤一先生(研究室HP)による成果が先日Science誌に登場しました。吉田先生はフロー合成の権威であり、筆者は2010年の万有財団名古屋メダル記念講演でその研究内容を初めて知ったのですが、大変興味深く聞かせて頂いたことを覚えております。今回その縁もあり、紹介記事を書かせていただきます。

“Submillisecond organic synthesis: Outpacing Fries rearrangement through microfluidic rapid mixing”
Heejin Kim, Kyoung-Ik Min, Keita Inoue, Do Jin Im, Dong-Pyo Kim, Jun-ichi Yoshida, Science 2016, 352,691-694. DOI: 10.1126/science.aaf1389

標的反応:Fries転位

まずは基礎知識としてのFries転位について。100年前、Karl Theophil Fries博士(ドイツのブラウンシュヴァイク工科大教授)によって発見された反応です。

fries_rearr

Wikipediaより引用)

ルイス酸AlCl3を使ってベンゼン環上のエステル基を一旦外して転位させ、ケトンを与える反応です。対象となるベンゼン環にエステル1個が結合するのみだと、上図のとおりOrthoとParaの位置異性体が発生します(条件次第でOrthoとParaの比率が色々変わります)。古典的条件よろしく、これはこれで制御の難しい反応でした。

一方、芳香族ハロゲン化物を有機金属試薬(リチウム試薬など)で処理する方法でも進行します。これは反応位置の制御が容易ではあるのですが、求電子官能基を次ステップの反応にそのまま使いたい場合、こらまた困ったことになります。どういうことかと言うと、下図の右上のものが目的物だとした場合、

yoshida_science_1

このように、PhLiで処理して付けた官能基に「お座り!」しておいてもらいたいのに勝手に転位してしまい、目的物が得られない。通常モードだと色々グルグル保護基つけて外してまた付けて嫌になって諦めてばっくれるのが筆者のレベルです。

しかし今回の論文はそのレベルを遥かに超えており、「お座り!」を言う間もなく別の反応(上の図の実線矢印の反応)を起こさせるという、誤解を恐れずに言うならば転位自体を無効にしてしまう反応器を創ることに成功したわけです。

 

今回の成果のポイント

ようやく今回の成果について。

上で述べたとおり、「求電子部がやらかして(Fries転位を起こして)しまう極めて短い時間の前に、別の反応を完了させるリアクターを実現させた」ことがポイントとなります。その時間、じつに330μs!ここまで制御しようとすると、ステンレスの板やガラスに精密加工で溝を掘ったレベルのものだとやっぱり難しかった模様。これまでに同研究室で開発してきた、熱可塑性のポリイミドに紫外光レーザでパターニング(abrasion/やきとばし)して流路を形成・積層溶着した結果のCMR(Chip Micro Reactor)を使っておられます。

yoshida_science_2

筆者が興味深々のポリイミドマイクロ流路
流路がパターニングで簡単に作れるうえ、積層数を変えることで滞留時間も制御できる

yoshida_science_3

上記の装置(CMR)の位置付けと高い制御性を示す図

転位反応をここまでバッキリ「時短」のみによって、ある意味「力づくで」反応を制御したという、あまり前例がみられない今回の論文。上記に挙げた材料だけでなく、様々な組み合わせでも実証されております(下図)。

yoshida_science_4

最終的には実際に使用される薬剤、2-(acetyloxy)-5-chloro-N-(2-chloronitrophenyl)-benzamide (商品名Afesal)も短時間で1ステップ合成できることを示してあります。

yoshida_science_5

こうして狭い空間を連続的に作ったチップの中で、反応温度はもちろん、反応時間・反応空間をも制御(25nL!)して狙い通り進めることが出来たのは驚嘆に値します。成果の凄さもさることながら、今回成功したリアクターのポリイミド内パターンを組みかえて、滞留時間を設計すれば他の様々な反応へも適用できるという、その将来性も評価されたものと思われます。

なお吉田先生の研究室からは過去にもこうした凄まじい成果が産み出されており(これまでの論文はこちら)、今回の論文は「道具立てがすべてそろった」流れの中での大きな要石のひとつであるという印象をうけます。今後も同研究室の勢いを是非とも継続していただきとうございます。

(※画像は著者より提供いただいたものを加工のうえ使用いたしました)

著者からのコメント

最後に、本研究を指揮されました吉田先生、金先生からコメントを頂きましたので紹介させて頂きます。

分子レベルのミクロな世界での反応時間とマクロな有機合成での反応時間には大きなギャップがあります。これまで有機合成のための混合・反応などの実験操作は人の感覚・行動の時間範囲内で行われてきました。しかし、有機合成では寿命の短い反応中間体を経由する反応がたくさんあります。中間体の寿命が非常に短い場合には、原料の混合が完結する前に、すなわち、すべての原料分子が完全に反応して中間体分子になる前に、中間体の分解が始まる、あるいはより安定な異なる反応中間体への異性化が始まることがあります。このような場合には、通常のフラスコを使った方法では、短寿命中間体を活用した合成を行うことが困難です。そこで、原料の混合を速くし、中間体を瞬時に発生させるとともに、発生させた中間体に次の基質を素早く加えて分解や異性化が起こる前に反応させる必要があります。そのためにはフローマイクロリアクターが必要で、このような合成化学をフラッシュケミストリーとよんでいます。

フローマイクロリアクターは、高速混合ができ滞留時間を短く制御できるという特徴をもっていますが、今までの技術では反応時間をミリ秒以下にすることは困難でした。この問題を解決するため、数値流体力学に基づき微細な流路構造での混合効率を解析し、そのデータを基に極めて短い時間内で混合できる三次元ヘビ状構造を設計しました。そして、耐久性・耐熱性をもつ6つのポリイミドフィルムに特殊レーザーで細い溝を掘りそれらを重ねて接着する方法で、ミリ秒以下で反応可能なフローマイクロリアクターを製作しました。

本研究で注目したのは分子内転位反応の一つであるフリース転位反応です。今回製作したリアクターを用い、反応時間を1万分の3秒に制御すると、短寿命中間体が転位を起こす前に捕捉することができました。反応時間を0.6秒にすると分子内転位反応が進行してより安定な中間体になり、それが捕捉された生成物のみが選択的に得られました。また、この方法を利用して駆虫活性のあるアフェサルという生理活性物質を合成することができました。片手で持てるほど小さなリアクターですが、生産性は高く、1時間当たり5グラム以上のアフェサルが合成可能です。

本手法を用いると、今までフラスコではできなかった極めて速い反応の制御が可能になり、それを活用した様々な合成化学が開拓できると期待されます。現在の制御できる時間の限界は330マイクロ秒です。このような短い時間でもまだ制御できない速い反応がたくさんあります。これから反応時間をさらに短くすることによって、有機合成化学の未踏領域への展開を行いたいと思っています。

吉田潤一、金 熙珍

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吉田研究室

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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