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浜松ホトニクス、ヘッド分離型テラヘルツ波分光分析装置を開発

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浜松ホトニクスは従来製品の光学設計を一から見直すことで、測定部を分離した「ハンディプローブ テラヘルツ波分光分析装置 C16356」を開発しました。光ファイバで装置本体と接続した測定部は自由に動かすことができ、これまで測定できなかった大型の試料や柔らかい固体、生体などの測定が可能となります。また、据え置き型の従来製品と比べ小型、軽量で耐振性が高いため、薬や化学品、食品などの製造現場に持ち込んでの品質管理への応用が期待されます。本製品は、10月1日(金)より国内外の製薬会社や化学、食品メーカーなどに向け販売を開始します。また、8月2日(月)よりサンプル測定の受け入れを開始します。 (引用:浜松ホトニクスプレスリリース7月20日)

今回は、光学機器を製造する浜松ホトニクスが新開発したテラヘルツ波分光分析装置について紹介します。

まず本装置で使われているテラヘルツ波とは、その名の通り0.1~10THz (波長で3mm~30μm) 、の電磁波を指します。マイクロ波と赤外線の間に位置する電磁波であることから、その性質も電波と光のどちらに近いものを持ち、電波のように紙やプラスチック,ビニール,繊維などさまざまな物質を透過するとともに,光のように直進性を持ち、レンズやミラーで自在に取り回すことができます。以前は分析目的に適したテラヘルツ波の出力には、大型の機器が必要でそれが研究の障害となっていましたが、2000年代後半から半導体での発振が可能になり装置が小型化し、様々な物質の分析やイメージングについての研究が進んでいます。

波長別電磁波の名称(出典:浜松ホトニクスプレスリリース

では、テラヘルツ波によって物質のどのような情報が得られるかですが、これは赤外吸収やラマンと同じように分子の振動に関する情報が得られます。ただし赤外吸収スペクトルからは伸縮振動や変角振動が基準振動モードとして推定されますが、テラヘルツ波では分子全体が振動する骨格変角振動やよじれ振動などが現れます。さらに分子間の相互作用として水素結合やファンデルワールス力に関係するピークが検出されることが分かってきており,高次構造を有する巨大分子など生体関連分子の構造や機能の研究に有用だと考えられています。

浜松ホトニクスでは、粉体や液体を測定できるATR型のテラヘルツ波分光分析装置を開発・販売を行ってきました。ATRとはAttenuated Total Reflection:全反射測定法の略で、光がプリズム内で全反射する際に生じる試料への光のもぐり込み(エバネッセント波)を利用した反射測定法であり、赤外分光光度計ではATRユニットをオプションとして用意された機器が多くあります。

ATR法における光路(出典:JAMSTECプレスリリース

ATR法の共通メリットは、試料成型の必要がないことで,粉体や液体の計測が簡便に行えることです。テラヘルツ波は水に吸収されやすいため、透過法で測定する場合には機器内部を窒素雰囲気下にする必要があります。しかしATRであれば試料をプリズムに密着して測定するため、環境中の水のバックグラウンドの影響を受けることはありません。また、テラヘルツ波は液体に対して吸収が強いため通常の透過法では測定困難な液体も、ATRでは測定ができるそうです。

テラヘルツ波分光分析装置: C12068-01/02(出典:浜松ホトニクス

そしてこの度、浜松ホトニクスは測定部を分離した「ハンディプローブ テラヘルツ波分光分析装置」を開発しました。これは、これまで測定できなかった大型の試料や柔らかい固体、生体などの測定が可能となるもので、据え置き型の従来製品と比べ小型、軽量で耐振性が高いため、薬や化学品、食品などの製造現場に持ち込んでの品質管理への応用が期待される分析機器です。本製品の特長は、ポータブル装置でもATR分光法を採用していることであり、測定部を分離したATR分光法は世界初だそうです。詳細なスペックは公開されていないので据え置き型の性能の比較はできませんが、少なくとも同じATR法を採用しているということでノイズは据え置き型と同様に抑えられていると予想できます。

ハンディプローブ テラヘルツ波分光分析装置 C16356前部に移っている機器が測定部(出典:浜松ホトニクスプレスリリース

テラヘルツ波分光分析の有用性が示されるのは結晶性の評価の時であり、同じ分子でも結晶の違いで異なるテラヘルツ波のスペクトルが得られることが分かっています。これにより鉱物の解析や医薬品の開発や品質管理などでの応用が考えられます。また、水に対して感度高いことを利用して水分量の測定にも応用できるそうです。

各炭酸塩鉱物のテラヘルツ波吸収スペクトル(出典:JAMSTECプレスリリース

デスロラタジンを温度別にテラヘルツ波スペクトルをスペクトルを測定した結果。温度によって結晶構造が変化することがスペクトルの変化として確認できる。(出典:Reversible, Two-Step Single-Crystal to Single-Crystal Phase Transitions between Desloratadine Forms I, II, and III

このハンディタイプの分析機器であれば、上記の応用に対してテラヘルツ波分光分析をよりいろいろな場面で活用できる可能性があります。具体的に鉱物の分析であれば、サンプルを砕かずに測定できるため、採掘した形状のままの分析や現地での分析も電源さえ確保できれば可能だと思います。医薬品においても同様で、ラボにサンプルを持ち込まずに製造現場や保管庫で測定し、品質の確認ができるようになるかもしれません。テラヘルツ波の利用方法については発展途中であり、物理的に測定できる範囲が広がることで、生体などへの調査などが広がるかもしれません。

浜松ホトニクスでは、このハンディプローブ テラヘルツ波分光分析装置に関するサンプル測定の受け入れを開始しており、10月1日より国内外の製薬会社や化学、食品メーカーなどに向け販売を開始するそうです。価格は、税込み1320万円で、初年度 5 台/年、3 年後 20 台/年を販売目標台数としています。浜松ホトニクスでは、装置だけでなく光センサや光学部品、光源を製造販売しており、光に関する研究ではお世話になっている方も多いかと思います。このテラヘルツ波に関してはモジュールの開発の段階でいくつものプレスリリースを発表しており、活発にハードウェアの開発を行っている印象を受けます。ハードウェアの進化により感度や分解能が向上し、見えなかったものが見えてくるようになりますので、今後の開発に期待します。

浜松ホトニクスが開発を進めるテラヘルツ量子カスケードレーザ素子の構造(出典:Recent progress in terahertz difference-frequency quantum cascade laser sources

この記事を執筆していく過程でテラヘルツ波を応用した分析についていろいろ知りましたが、特に結晶に関する情報が得られることに対して大きな驚きを感じました。結晶構造を調べるにはX線や熱分析などが一般的ですが、X線では線源の管理が必要で、熱分析は破壊分析となります。そのため、テラヘルツ波の分光分析では測定の容易さにおいて優位であり、その分析法がさらにハンディタイプのプローブで使用できるのであれば、活用場面が数多くあると思います。近年の機械学習の発達により、得られたスペクトルを解析して化学種の同定や混合物の存在比などを推定することが他の分光法ではしばし行われています。そのためこのテラヘルツ波の分光分析でも同様の手法が研究され、スペクトルの測定でいろいろな物理的化学的性質が判明できるようになることを期待します。

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関連リンクと浜松ホトニクスに関するケムスケ過去記事

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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