第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中慧悟 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、超分子メカノフォアに関する研究です。力に対してさまざまな応答を示す分子骨格はメカノフォアと呼ばれます。また、円偏光発光は右回りと左回りの偏光のどちらかに強度が偏った発光現象です。そのため、単純な蛍光の2倍の情報量を持つ光機能とも言えます。今回、力に応答して円偏光発光特性が切り替わる超分子メカノフォアを開発し、超分子メカノフォアを導入したゲルの膨潤・収縮による円偏光発光の可逆的な制御を報告されました。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Force-Induced Control of Circularly Polarized Luminescence With Rotaxane Architecture”
Nonaka, K.; Kuroda, T.; Masuda, K.; Nishitani, T.; Enokido, M.; Tsurui, M.; Kitagawa, Y.; Hasegawa, Y.; Noguchi, K.; Nakano, K.; Sagara, Y., Angew. Chem. Int. Ed., 2026, e9590374. DOI: 10.1002/anie.9590374
研究を指導されている相良剛光 准教授から、野中さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
野中君は相良研の第二期生として研究室に配属されて以来、新しいことに果敢に挑戦する好奇心旺盛な学生の一人です。今回の研究は初期構想から論文出版まで7年以上の歳月を費やしていますが、野中君が最後にキレイにまとめてくれました。複雑なロタキサン合成・精製から、DNゲルの調整、CPL測定や、計算科学など、多岐に渡る知識を修得し、今後が期待できる研究者の卵です。なぜか靴に硬貨を忍ばせていたりする面白い人なので、学会で見かけたら声をかけてみると、きっと斬新な反応をしてくれることでしょう。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
円偏光発光(CPL)のon/off状態を、単一分子のスケールにおいて、「力」によって制御しました。CPLは左右の円偏光の強度が異なる発光現象で、キラルな蛍光性分子のもつ発光特性としてよく知られています。CPLは3Dディスプレイや偽造防止インクなどへの応用が期待されており、近年ではpH変化や光、力といった外部刺激によってCPL特性を制御する研究が盛んにおこなわれています。しかし、これまでの研究では、「力」を用いたCPL特性の制御は結晶や分子集合体といったバルク材料中での分子の集合構造変化に依存しており、単一分子レベルで制御した例はありませんでした。
単一分子レベルでの制御を実現するカギとなるのが「メカノフォア」です。メカノフォアとは、力に応答して光学特性変化を含む様々なアウトプットを示す分子骨格のことです。メカノフォアをポリマー材料に共有結合を介して導入すると、材料が変形するときにポリマー鎖にかかる力を1分子レベルで検知・可視化する微小なメカノセンサーとして機能します。
私の所属研究室では、蛍光団や消光団の集積構造を力によって1分子レベルで変化させることで蛍光特性変化を示す「超分子メカノフォア」を開発してきました。最初に報告したロタキサン型超分子メカノフォアは、蛍光団を持つ環状分子と消光団を持つ軸分子の2分子から構成されています(図1)。力の印加前では、蛍光団からの蛍光が消光団によって消されています。しかし、ロタキサン導入フィルムを引っ張るなどして、ポリマー鎖を介して力がロタキサンに伝達されると、環状分子がスライドして消光団から離れ、蛍光がon状態となります。
図1. 先行研究のロタキサン型超分子メカノフォアの分子設計と動作機構
本研究では、CPLを示す「ヘリセン」と呼ばれるらせん状の骨格を有したキラルな蛍光団をロタキサンに組み込みました(図2)。ロタキサン型超分子メカノフォアの動作機構を考えれば、蛍光団をCPL活性なものに置き換えることで、単純な蛍光のみならず、CPLのon/off制御も可能になるだろうというのが本研究の出発点です。本研究で最も重要となったのが、いかにCPL測定のノイズを抑えて、分子に力をかけるかという点です。従来のようにメカノフォアを導入したポリマーフィルムを延伸して蛍光特性変化を評価しようとすると、延伸時に試料に生じる配向性がヘリセン由来のCPLを検出する上で致命的なノイズの原因となります。そこで本研究では、フィルムの延伸ではなく、ダブルネットワーク(DN)ゲルの架橋点にメカノフォアを導入し、ゲルの等方的な膨潤を利用して力をかける戦略をとりました。DNゲルはファーストとセカンドの二つのネットワークからなるゲルで、膨潤によってファーストネットワークに力がかかりやすいことが知られています。
貧溶媒中ではゲルの膨潤が不十分なため、ファーストネットワークが弛緩しており、ロタキサンに力がかからず、CPLを示しません(図3)。しかし、溶媒を良溶媒へと置換し、より大きく膨潤させると、伸ばされたポリマー鎖によりロタキサンが引っ張られて、ヘリセンと消光団が離れ、ヘリセンのらせんの向きに対応したCPLを示します。このon/off挙動は、ゲルの膨潤に用いる溶媒を繰り返し変更することで可逆的に制御できました。
今回報告した、ゲルの等方的な膨潤・収縮を利用したCPLの評価法は、力がかかっている分子のCPL特性評価法として汎用性が高く、力によって1分子レベルでCPL特性が変化する機能性分子の研究分野が、これから大きく進展するのではと考えています。

図2. 本研究で開発したロタキサン型超分子メカノフォアの分子設計と動作機構
図3. 貧溶媒および良溶媒で膨潤させたDNゲルのCPL特性評価と可逆的なスイッチング特性
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
なんといっても分子構造がいかつくて、かっこいいという点が個人的に気に入っています。学部時代にはじめて「ロタキサン」や「ヘリセン」という分子の存在を知りましたが、当初は「こんな分子どうやって作るのだろう?」と疑問に思っていたりしました。その二つが合わさるという夢のコラボレーションといった印象です。
しかし、ここまでの複雑分子となると、様々な問題が発生します。まず、一つ目は明々白々ですが、合成ステップ数が多くなります。目的分子を得るのに要するステップ数は30までに達してしまいます。加えて、CPLを評価するために、ラセミ体だけでなく、光学分割したP体とM体のヘリセンを用意する必要があり、それぞれのキャラクタリゼーションのために通常の3倍近くの量を合成しなければなりませんでした。ロタキサン×ヘリセンの研究ゆえに生じる二つ目の問題は、異性体が複数生じることです。ロタキサンに用いている環状分子と軸分子が非対称であるため、互いの相対的な向きによってCo-conformational regioisomerが生じます。これとヘリセンの不斉が組み合わさり、1H NMR上で4種類の異性体が観察され、スペクトルが非常に複雑化します。頑張って合成した後に、難解な1H NMRチャートとにらめっこしてピークを帰属できた時の爽快感は、非常に難解なパズルを解き切った後のように格別で、大変思い入れがあります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
Q1でも少し触れましたが、CPLの測定における、試料の配向性が生み出すノイズにとても悩まされました。研究の初期段階では、これまで我々がメカノフォアのアクティベーション手法として利用してきた「ポリウレタンエラストマーフィルムの延伸」によりCPL特性を評価しようとしていましたが、延伸前でさえフィルムの不均一性や光の散乱によって、きれいなシグナルを得ることが困難でした。ノイズを抑えるためには、均一で、かつ透明度の高いフィルムの作製と、サンプルを等方的に引っ張る手法の確立の両方が必要となりました。そこで着目したのがDNゲルの等方的な膨潤なのですが、DNゲルを作製するノウハウは研究室にほとんどなく、完全に手探り状態でした。モノマーの種類や組み合わせ、ゲルの調整方法を数多く検討した結果、溶媒に依存して膨潤率が大きく変わり、かつ均一・透明なDNゲルの作製が叶いました。実は、ここまでやっても最初にCPLを測った時はほとんどノイズしか見えなくて落胆もしたのですが、共同研究先である北海道大学の北川裕一先生から「分光器側のスリットを広げてみてはどうか」というアドバイスをいただき、再度測定しなおしたところ、S/N比が改善し、無事ヘリセンに由来するCPLを検出できました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学を、まわりの研究者たちと「新しいこと」をシェアし、共に探求するための共有ツールにしていきたいです。私は研究室内の学生の中でも、共同研究の機会に多く恵まれ、研究分野の異なる方々と多くディスカッションを重ねながら、研究を推進してきました。研究を進めていく上で、周りの方々からもらえるアドバイスは自身では決して思いつかない新鮮なものばかりです。一緒にディスカッションしてくれる向上心の高い仲間とともにこれまでになかったものを作り上げる喜びは格別なものです。今回合成した分子も、世界初どころか、おそらく宇宙で初めて作りだされた分子かもしれないわけです。そういった新しいものから得られる、新しい物性・現象を周りの人とともに生み出して、達成感を分かち合いながら、化学を楽しんでいきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
自分のやったことのないこと、特に研究室内で誰もやっていないことを積極的にやって、楽しんでみてください。うれしいことに、大学の研究室は新しいことにすぐに挑戦しやすい恵まれた環境です。もちろん安全第一ですが、未経験の新しい反応に挑戦してみたり、自分の使ったことのない手法・装置を使って、分子を精製したり、物性を評価したりなど、やれることは多岐にわたります。まわりに経験者がいなければ、それぞれの実験操作・測定において何に気を付け、うまくいかないときはどうすればよいのか、責任を持って考えるのは自分自身です。この過程を経ることで、研究者としていろいろ考える力がつくと思っています。
余談で、研究とはまた違いますが、だれも直し方がわからない測定装置の調子が悪いときに全部分解して原因の特定を試みるというのは、装置が高価なほどスリル満点ですよね。
最後になりますが、本研究の遂行にあたり、多大なるご指導をいただきました相良剛光先生、相良研の先輩である黒田拓海さん、CPL測定に関してご助言いただいた北海道大学の榎戸雅基さん、鶴井真さん、北川裕一先生、長谷川靖哉先生、ヘリセンの合成や評価法についてご指導いただきました東京農工大学の中野幸司先生に深く御礼申しあげます。また、本記事執筆の機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの皆様に感謝いたします。
研究者の略歴

名前:野中 慧悟(のなか けいご)
所属:東京科学大学 物質理工学院 材料系 物質・情報卓越コース
略歴:
2023年 東京工業大学 物質理工学院 材料系 卒業
2025年 東京科学大学 物質理工学院 材料系 材料コース 修士課程修了
2025年~現在 東京科学大学 物質理工学院 材料系 物質・情報卓越コース 博士課程
2025年~現在 JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム 採用学生
関連リンク
- Y. Sagara, M. Karman, E. Verde-Sesto, K. Matsuo, Y. Kim, N. Tamaoki, C. Weder, Rotaxanes as Mechanochromic Fluorescent Force Transducers in Polymers, J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 1584–1587. DOI: 10.1021/jacs.7b12405
- Y. Sagara, H. Traeger, J. Li, Y. Okado, S. Schrettl, N. Tamaoki, C. Weder, Mechanically Responsive Luminescent Polymers Based on Supramolecular Cyclophane Mechanophores, J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5519–5525. DOI: 10.1021/jacs.1c01328
- S. Shimizu, J. M. Clough, C. Weder, Y. Sagara, Hinge-Like Mechanochromic Mechanophores Based on [2.2]Paracyclophane, Angew. Chem. Int. Ed. 2025, 64, e202510114. DOI: 10.1002/anie.202510114
- 引っ張ると白色蛍光を示すゴム材料(ケムステスポットライトリサーチ)
- シャープな蛍光色変化を示すメカノフォアの開発(ケムステスポットライトリサーチ)





























