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化学者のつぶやき

武装抗体―化学者が貢献できるポイントとは?

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武装抗体(armed antibodyもしくはantibody-drug conjugate, ADC)とは、疾病細胞を認識する抗体と、活性本体である薬剤を、適切なリンカーでつないで作られる医薬品であり、その多くはがん治療を目的に開発が進められています(画像:http://www.dddmag.com/)。「生物由来のものを化学の力でより良いものに」という思想に基づくため、最先端化学の話抜きには成り立たない医薬でもあります(概要はこちらのケムステ記事もご覧ください)。

ごく最近、武装抗体の発展をまとめた総説[1]がAngew. Chem. Int. Ed.誌に登場しました。これ、化学総合誌に掲載されているのがポイントだと思えます。おそらくは、読者(=化学者)ならではの視点から武装抗体の発展に貢献してほしい、という執筆意図があるのでしょう。

「ものづくり」に専念しがちな化学者は、生物が作り出したものを加工する作業にある種の「取っつきにくさ」を感じているのかも?もしくは、周りからそういう存在だと思われてしまっているのかも知れません。

ならば化学者が武装抗体の発展に寄与できることとは、一体何なのでしょうか?

今回の記事では総説[1]をもとに武装抗体研究の流れをおさえつつ、それを探ってみたいと思います。

①薬剤部位

一般論として薬剤の効果は、抗体と結合させることでどうしても落ちてしまいます。しかし武装抗体は標的特異性が高いため、正常細胞への影響を最小限にすることができます。

こういう事情から、できる限り強力な薬剤を結合させることが望ましいとされています。適度な水溶性と安定性を有していることも、薬剤として働くためには必要です。

たとえば有名な武装抗体の一つに、メイタンシノイド類と呼ばれる薬剤を結合させたものがあります。

メイタンシノイド類は自体はあまりに強すぎる作用を持つため、単独では実用に堪えません。しかし武装抗体においては有望な選択肢となり得ます。同じ事情で「強すぎて使えない」とされていたカリチェアミシンなどのエンジイン類も選択肢として上がっています。

calicheamicin_1.pngつまり武装抗体という考え方が登場したことにより、薬剤として使える力価の幅が大きく広がったと考えることができます。化学薬剤の代わりに、放射性物質をくっつけるなどの手段も合理的な選択肢となっています。

力価が高く多様な機能を持つ薬剤部位の探索については、天然物化学者や創薬化学者が力を発揮できるポイントと言えるでしょう。

 

②リンカー部位

武装抗体は細胞に取り込まれたのち、そのリンカー部位が除去・切断され、活性な薬剤が放出されることで薬効を発揮します。実際に”効く”のは抗体ではなく薬剤というわけです。

しかし標的細胞へと到達するまでの前段階=体内を還流している間(数日間)は、リンカーは安定に保たれなくてはなりません。それでいながら、目的細胞では速やかに除去されるという、甚だ都合の良い性質が必要なのです。もちろんリンカーの残骸が毒性を示さないことも重要です。

切断部位としては、ジスルフィド結合が良く用いられています。立体障害を調節することにより、切断放出速度をコントロールできることが利点です。

また周りにあるがん細胞もついでに殺せる薬剤(bystander-killer)がより好ましいという思想から、リンカー構造を工夫することで近傍のがん細胞への薬剤拡散効率を上げ、より高い治療効果を発揮させる工夫も考えられています。

ADC_2

(画像:総説[1]より)

また①で述べた通り、抗体と薬剤を結合させることにより、薬剤活性は大きく影響を受けてしまいます。結合箇所と結合法、リンカーの構成成分は注意深く選択しなければなりません。

しかし実際には抗体のどこにどういった様式で結合させればよいかについては、いまだに不明な点が多いとされています。

網羅的に調べることが難しい理由として、抗体と薬剤を結合させる手法=Bioconjugation法のバリエーションがごく限られていることが一つの根源にあるようです。

現在のところはリジン残基のアシル化に加え、特殊な非天然アミノ酸やシステインを遺伝子操作で導入する手法が汎用されています。しかしアシル化法は表面に出ているリジンの数が大変多いため、結合位置と個数の正確なコントロールが難しい事情があります。遺伝子操作に頼る方法は手間がかかり、導入された非天然型残基は免疫応答の抗原として働いてしまうなども問題も考えられます。

疾病と武装抗体に応じた最適リンカー構造、それに付随する諸々の課題をクリアできる優れたBioconjugation法の開発は、有機合成サイドから抗体医薬の発展に直接貢献できる、重要な研究課題といえるでしょう。

 

③抗体部位

標的認識を担う抗体部位の改良は生物学者の領分であり、正直言って化学者の手には負えません。しかし全体像を把握しておくためにも、概観しておいて損はないでしょう。

初期の臨床試験結果から、免疫応答による迅速な排出が抗体医薬全般に関わる問題であることが分かっていました。モノクローナル抗体をマウスに作らせていたために、その抗体配列が異物(抗原)として認識されてしまうためです。

そこで近年では遺伝子工学の手法を用いて、認識部位以外の抗体配列をヒト由来のものに置き換える「ヒト化(humanized)抗体」を作り出す研究が発展しています。こうすると免疫応答→排出の過程が抑えられ、効き目が長持ちするようになります(半減期が3週間に及ぶものもある)。

現在では抗原認識部位を残し、ほぼ大部分が「ヒト化」された抗体が作り出されるまでになっています。

ADC_1

中外製薬のサイトより引用)

また実効性のある治療につなげていくには、細胞表面になるべく沢山発現している抗原(マーカー)を標的として選ぶ必要があります。マーカーは主に糖鎖になります。

抗原-抗体間の結合能については、強ければ強いほど良いようにも思えますが、実はそうでもありません。結合能が適度に低い方が、より深部のがんにまで到達しやすく、良い治療効果をもたらすことが分かっています。

細胞内移行の効率も重要で、これも標的とする抗原マーカーに大きく依存します。

こういった特性を適切に兼ね備える抗原マーカーは、現在のところ種類がごく限られているようです。

新たな抗原-抗体ペアを見つけだす基礎研究については、生物学の立場からまだまだやれることがありそうな印象です。またこの目的に沿う、人工的な糖鎖加工も一つの魅力的な方向性といえます。

 

まとめ

ADC_3

典型的な武装抗体の一例(総説[1]の図を改変)

以上見てきたように、とりわけリンカー部位の改良とその結合法の開拓については、多くの改善余地が残されている箇所のように思えます。特に後者は化学反応開発における最先端課題の一つ[2]でもあります。

バイオ医薬・抗体医療といえども、効果的な治療を行うには低分子部分の最適化を行うことが必要不可欠というわけですね。反応や分子構造を設計し、望みの変換をうまく進めることに長けている有機合成化学者の力が必要とされる局面は多そうです。

 

関連文献

  1. “Antibody-Drug Conjugates: An Emerging Concept in Cancer Therapy” Chari, R. V. J.; Miller, M. L.; Widdison, W. C. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 3796. DOI: 10.1002/anie.201307628
  2. “Protein Organic Chemistry and Applications for Labeling and Engineering in Live-Cell Systems” Takaoka, Y.; Ojida, A.; Hamachi, I. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 4088. DOI: 10.1002/anie.201207089

 

関連書籍

 

cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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