[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (3)

[スポンサーリンク]

 「有機化学反応の王道」とも呼ばれるアルドール反応。その特徴、マイルストーン的研究、最近の動向について解説していくシリーズ記事である。

第2回で紹介した金属エノラート法は、古典的条件の各種問題(交差反応化、立体制御、不可逆反応化、第1回記事参照)の解決に大きく貢献し、アルドール反応の使い勝手を飛躍的に向上させた。

この次なる課題とされたのは、立体中心を制御しつつ鏡像異性体の一方だけを選択的に作る方法、即ち不斉アルドール反応の開発である。

そこで研究者たちは、キラル補助基を持つエノラート基質を反応させ、ジアステレオ選択的に立体制御を行う方法をまず考え出した。第3回ではこの方法について紹介したい。

キラル補助基不斉アルドール反応の決定版:Evansアルドール反応

キラル補助基法における歴史的なブレイクスルーとなったのはMITの正宗悟らの報告だが、その後ハーバード大学のDavid A. Evansらによって、アミノ酸由来のオキサゾリジノン補助基を使う手法(Evansアルドール反応)が開発された。この手法は条件も穏和で信頼性が大変高く、ほぼどのような基質でもsyn-アルドール体を与えることが知られている。(図1)

図1: Evansアルドール反応 (青で示した部分がキラル補助基)

図1: Evansアルドール反応 (青で示した部分がキラル補助基)

高選択性の理由を理解するにあたって、いくつかのポイントがある。ボロントリフラート(ルイス酸)によって活性化されたイミドα位プロトンが、アミンによって引き抜かれてホウ素エノラートが生成する。この際、キラル補助基との立体反発のために、Zのホウ素エノラートが優位に生成してくる。このZ-ホウ素エノラートとアルデヒドが6員環遷移状態をとって反応し、syn体の生成物を与える。遷移状態において、キラル補助基はカルボニル基同士の双極子反発を避けるため、図2の[ ]内に示す方向を向いた状態で反応すると考えられている。アルデヒドはかさ高いイソプロピル基とは逆面から近づく。

図2:Evansアルドール反応の反応機構

図2:Evansアルドール反応の反応機構

このキラル補助基は、各種官能基に容易に変換可能であるため実用性が高い。 図3に例を示す。

図3:キラル補助基の変換例

図3:キラル補助基の変換例

Evansアルドール反応では決まった立体配置(syn体)しか得ることができないが、後に別の研究者によって変法が開発されており、現在では理論上考え得る全ての立体配置を同種の方法で生み出すことが出来るようになっている。

図4:Evansアルドール反応の各種変法

図4:Evansアルドール反応の各種変法

 

Evansアルドール反応の応用例

Evansアルドール反応は非常に信頼性が高く、大量合成にも適用可能で、立体化学の予測もしやすい。このため多くの複雑化合物合成に適用されてきた。不斉アリルホウ素化とならび、鎖状化合物の骨格構築+立体制御を行う目的には、現在でも定番的に使われる。図5はその応用例[1]であるが、ハイライトした不斉点と炭素-炭素結合は、Evansアルドール法にて構築されている。

図5:Evansアルドール反応を応用して全合成された天然物

図5:Evansアルドール反応を応用して全合成された天然物

ノバルティスのプロセス化学研究チームは、抗腫瘍活性天然物Discodermolide(13個の不斉点をもつ)の臨床試験への供給を意図し、60グラムもの量合成した[2]。この合成経路にて立体制御に強力な役割を果たしたのが、Evansアルドール反応である。最終的にはなんと25kgスケールでこの反応は実施されている。

図6:ノバルティスプロセスチームによるDiscodermolideの大スケール合成経路

図6:ノバルティスプロセスチームによるDiscodermolideの大量合成経路

本法の欠点を上げるとすれば、最終生成物に含まれないキラル補助基(これも別途合成が必要)が当量以上必要となってしまうために、トータルの原子効率や工程数の面で改善の余地があるということである。

次回はいよいよ、その問題解決を意図して研究されてきた、触媒的不斉アルドール反応について述べることにしよう。

関連文献

  1. Recent Review: Heravi, M. M.; Zadsirjan, V. Tetrahedron: Asymmetry 2013, 24, 1149. doi:10.1016/j.tetasy.2013.08.011
  2. Mickel, S. J. et al. Org. Process Res. Dev. 2004, 8, 92, 101, 107, 113 and 122.

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ラジカルonボロンでフロンのクロロをロックオン
  2. 【日産化学 23卒/Zoomウェビナー配信!】START you…
  3. 有機合成化学協会誌2021年4月号:共有結合・ゲル化剤・Hove…
  4. エルゼビアからケムステ読者に特別特典!
  5. ケムステタイムトラベル2011~忘れてはならない事~
  6. アメリカで Ph. D. を取る –希望研究室にメールを送るの巻…
  7. 不活性アルケンの分子間[2+2]環化付加反応
  8. 無機材料ーChemical Times 特集より

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 力を加えると変色するプラスチック
  2. 有機合成化学協会誌2020年3月号:電子欠損性ホウ素化合物・不斉Diels-Alder反応・ホヤの精子活性化誘引物質・選択的グリコシル化反応・固定化二元金属ナノ粒子触媒・連続フロー反応
  3. ハロルド・クロトー Harold Walter Kroto
  4. 便秘薬の話
  5. マテリアルズ・インフォマティクス活用検討・テーマ発掘の進め方 -社内促進でつまずやすいポイントや解決策を解説-
  6. ケック ラジカルアリル化反応 Keck Radicallic Allylation
  7. 樹脂コンパウンド材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  8. エマニュエル・シャルパンティエ Emmanuel Charpentie
  9. 「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン
  10. 印民間で初の17億ドル突破、リライアンスの前3月期純益

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

【速報】2023年ノーベル化学賞は「量子ドットの発見と合成」へ!

2023年のノーベル化学賞は「量子ドットの発見と合成」の業績で、マサチューセッツ工科大学のMoung…

エキモフ, アレクセイ イワノビッチ Екимов, Алексей Иванович

エキモフ, アレクセイ イワノビッチ(Екимов, Алексей Иванович, Alexe…

ルイ・E. ・ブラス Louis E. Brus

ルイ・ユージーン・ブラス (Louis Eugene Brus, 1943年8月10日-, オハイオ…

モウンジ・バウェンディ Moungi G Bawendi

モウンジ・バウェンディ (Moungi G Bawendi 1961年3月15日 パリ生まれ)はアメ…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎

開催日:2023/10/11 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

はやぶさ2が持ち帰った有機化合物

小惑星リュウグウから始原的な「塩(Salt)」と有機硫黄分子群を発見(9月18日JAMSTECプレス…

Let’s Make Wave , Make World. −マイクロ波で!プロセス革新ワークショップ −

<内容>マイクロ波のプロと次世代プロセスへの転換に向けた勘所を押さえ、未来に向けたイノベーシ…

ゲルマベンゼニルアニオンを用いた単原子ゲルマニウム導入反応の開発

第566回のスポットライトリサーチは、京都大学化学研究所 物質創成化学研究系 有機元素化学領域 (山…

韮山反射炉に行ってみた

韮山反射炉は1857年に完成した静岡県伊豆の国市にある国指定の史跡(史跡名勝記念物)で、2015年に…

超高圧合成、添加剤が選択的物質合成の決め手に -電池材料等への応用に期待-

第565回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 東・…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP