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スポットライトリサーチ

分子は基板表面で「寝返り」をうつ!「一時停止」蒸着法で自発分極の制御自在

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第613回のスポットライトリサーチは、千葉大学 石井久夫研究室の大原 正裕(おおはら まさひろ)さんにお願いしました!

石井研究室では、有機薄膜の基礎研究からデバイスに繋がる研究まで、幅広く有機エレクトロニクスに関連する研究を推進されております。今回紹介いただけるのは、有機半導体デバイス作製で第一に重要な有機薄膜の成膜方法作成に関する成果です。高品質な有機薄膜を製膜する際に、真空中に有機分子を昇華させることで基板に分子膜を生成する“真空蒸着法”という方法があります。ただ分子を飛ばして積むだけ、とシンプルに聞こえるこの技術ですが、なんと大原さんは蒸着にうまく時間変化をつけるというアイデアで、製膜された分子の並び方を今までにない形で制御できることを見出しましたJournal of American Chemcal Society誌に原著論文として採択された大注目の成果です! プレスリリースもされています!

 “Impact of Intermittent Deposition on Spontaneous Orientation Polarization of Organic Amorphous Films Revealed by Rotary Kelvin Probe”,
Masahiro Ohara*, Hokuto Hamada, Noritaka Matsuura, Yuya Tanaka, and Hisao Ishii*, ACS Appl. Mater. Interfaces. 2023, 15, 57427-57433. DOI:10.1021/acsami.3c12914

研究室主催者の石井久夫先生からは、以下のコメントをいただきました。

大原くんは、高校時代から課題研究に取り組み、17才で千葉大学へ飛び入学してきました。入学後も学部1年から研究に携わることができる”プロジェクト研究”を受講しており、学部2年生でサイエンスインカレで審査員特別賞を受賞し、3年生で国際学会にデビューしました。4年生になって私の研究室に卒研生として入ってきたときに、先輩が持て余していた回転型Kelvin probe装置の雛形をおもちゃとして渡したところ、ツボにハマったようでどんどん突っ走ってあっという間に装置を動くようにしてくれました。その装置作成を4年生の秋に応用物理学会で報告したところ講演奨励賞を受賞しました。とにかく、電気いじり、機械いじり、プログラムいじりなど、何かを組み立てて動かすことがとても大好きな学生で、おかげで他の学生さんたちも大いに影響されました。今回発見した分子配向の緩和による表面電位の変化はあまり予想していなかったのですが、彼の装置性能アップにかけた情熱と”ノイズの中に電位変化が埋もれていると信じた”センスのおかげだと思います。私が育った物理化学の分野では”世界でここにしかない装置を作ってオリジナルな研究をする”というのが合言葉でした。大原くんはこの春25歳で博士号を取得しましたが、今後もこのような独自装置・手法を活かして研究の世界で活躍してほしいと願っています。

それでは、大原さんからの熱いメッセージを含むインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

有機アモルファス薄膜中の自発配向分極が、表面のごく薄い領域において経時的に緩和することを観測し、成膜プロセスに積極的に緩和時間を取り入れる「間欠蒸着法」によって、配向分極の大きさと極性を任意に制御することに成功しました。

最近、有機半導体デバイスが急速に進化しており、特に有機EL(エレクトロルミネッセンス)素子の実用化が注目されています。有機EL素子に関連する多くの有機分子は非対称な構造を持っており、極性を持っています。さらに真空蒸着時には分子は自発的にある程度の秩序を持って並ぶことで、膜厚方向にマクロな分極が生じることがよくあります。この現象を自発的配向分極(SOPと呼び、デバイス内ではヘテロ界面に電荷を誘起するので、動作特性に大きな影響を及ぼすことが知られています。しかし、SOPのメカニズムはまだ完全に理解されているとは言い難い状況です。今までSOPが観測されている分子群を見てみると、表面(真空)側に正の電荷を誘起するように並ぶものが9割以上を占めており、対称性が破れているのも興味深い点です。また、SOPが生じるのは真空蒸着法によって作製された膜のみで、溶液塗布膜などでは生じないことが検証されています。

そこで、我々の研究はSOPを発生させる鍵となっていると思われる、「成膜プロセス中の分子の挙動」に焦点を当てています。

従来、薄膜の分子配向制御には、基板の温度や蒸着速度の調整が行われてきました。これらは成膜過程において、分子が表面を拡散する時間に影響を及ぼしていると考えることができます。しかし、通常一分子層形成までの時間は長くとも数秒程度であり、調整できる範囲は短時間のスケールに限られています。そこで本研究では、さらに長い緩和時間を利用して配向制御を行う方法を提案しました。具体的には、蒸着シャッターを間欠ワイパーのように用い、蒸着を「一時停止」させるような方法です。

実験では、蒸着が継続している状態から停止した状態への遷移前後の表面電位(配向分極によって生じる膜表面の電位)を連続的に測定する必要があったため、典型的な表面電位測定装置である”振動型Kelvin probe装置”では不十分であり、表面電位の膜厚依存性の測定に特化した”回転型Kelvin probe装置”を自身で開発し、測定に用いました。

Figure1: 開発した回転型Kelvin probe装置を用いて表面電位測定と真空蒸着を行っている様子

結果から、蒸着を一時停止した直後から、表面電位が100秒程度かけて徐々に減少することが明らかになりました。これは、動きやすい最表面の分子が熱エネルギーによって拡散し、静電的に緩和するような構造に再配置されているといった描像で説明することができます。これはあたかも、基板表面に着弾した分子が、居心地の良い場所を探して「寝返り」をうっているようなものです。ポイントは最表面分子だけが寝返りをうてるという点で、蒸着が再開されて後続の分子が降ってくると、下地の分子は埋もれてしまって寝返りをうてなくなり、配向は固定化されます。

そして、この寝返りがうてる時間を導入することで、薄膜の分極の大きさを制御することに成功しました。この方法を我々は「間欠蒸着法」と呼び、代表的な有機EL材料であるtris(8-hydroxyquinolinato)aluminum (Alq3) 分子では分極の向きを切り替えることさえも可能であることを実証しました。このように、真空蒸着プロセスの工夫でSOPが制御できれば、既存の素子の構造を変えずに分子の配向だけを変えて効率を向上させたり、膜内に複雑な電位分布を内蔵させることで、電荷の蓄積特性を利用した全く新しいデバイスの開発につながったりする可能性があります。

Figure2: Alq3膜の表面電位(青)と膜厚(橙)の経時変化。膜厚がステップ上に増えている時点でのみ蒸着を行っており、蒸着を遮ると表面電位が徐々に減衰する。

Figure3: 間欠蒸着(0-42nm)と連続蒸着(42-80nm)を組み合わせて成膜したAlq3膜の表面電位の膜厚依存性。蒸着法を変えるだけでSOPの極性が反転する。

Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。

私の研究は市販されていない新たな装置を製作することから始まったので、オリジナルな装置で驚くべき結果を得られたのが一番の悦びでした。もともと機械や電子回路は好きな方で、よく電子工作をしたり自転車や自動車の組み立てや整備をしたりしていたので、それを研究に活かすことができて満足でした。

研究に用いた回転型Kelvin probe装置においては、部品の図面の作成、測定に必要な回路の設計・製作、測定器の制御プログラムの開発まで全て自分で行いました。特に測定器制御に関しては、全て最新の測定器を使うわけにもいかなかったので、研究室に眠っていたPC-98時代のものなども扱いました。そのような古い装置は、たいていシリアル通信のメッセージプロトコルやデリミタが現代のものと違っていて、マニュアルを解読しながらそれぞれに合ったもの用意するのに苦労しました。しかし上手くいって装置からレスポンスメッセージが返ってきた時は、装置からの数十年ぶりの「声」を聞いたような気がして、えも言われぬ気持ちになりました。まさに対話を繰り返しながら組み上げてきた装置たちには深い思い入れがあります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究テーマの中で最も苦労したのは、測定データの精度の確保に関することです。とにかく混入するノイズや測定の安定性との戦いでした。測定の対象である、配向分極の緩和による電位の変化が10mV程度であるので、測定値の分解能を最低でも10mV以下に抑える必要がありました。さらに時間分解能も求められ、一回の測定に必要な時間は10秒以下である必要がありました。

装置が出来上がった当初の測定分解能は100mV以上だったため、10倍以上S/Nを向上させる必要があったと言えます。

この装置の最大のノイズ源は電極の回転に用いるステッピングモーターの輻射でした。nAオーダーの電流しか流れないハイインピーダンスな測定回路のすぐそばに、高速でスイッチングするコイルや回転する磁石があるわけですから、測定信号よりも何倍も大きな輻射ノイズが重畳することになります。

このノイズを克服するために、電線の遮蔽やフィルタの設計など、基本的なものは徹底的に行い、装置自体の設計変更も数多く行いました。また、ノイズ除去の最も極力な手段の一つとしてロックインアンプを使用していましたが、一つ勉強になったのは、マニュアルを読むと自分の知らなかった機能が意外と数多くあるということです。そして些細な設定の変更で、S/Nが大きく向上することも何度かありました。

私にとって現状打破のアイディアが思いつく瞬間は2つあります。一つは頭の片隅でいつもなんとなく考えていて、突然閃くパターンです。これは自分の無意識に任せるような方法ですが、そのために周辺の知識をできる限りインプットする必要があるのだと思います。一旦思いついたらすぐに試さずにはいられずに、深夜に大学へ来て実験するようなこともありました。二つ目は議論の中で自らの理解を言語化しようとしているうちに、考えが整理されて思いつくパターンです。他者の視点を自分の中で追体験しているうちに、問題に対して新たな見方ができるようになるのがカギなのだと思います。いずれにしても、「うまくいくかもしれない」という直感がよぎる瞬間には、何にも代え難い科学者としての悦びがあり、これを原動力に次の課題に立ち向かうことができるのではないでしょうか?

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は今年の3月で大学院博士後期課程を修了しましたが、4月から1年間は同じ研究室でポスドクとして研究を続けていくつもりです。まだ論文化できていない成果もあるため、大急ぎで執筆に取り掛かっています。

今までに測定装置を自身で作製する経験を通じて、測定の原理をより深くまで理解でき、測定した物理現象に対してどのようなアプローチをとれば良いかをフレキシブルに考えられるようになりました。これからも、既存の測定装置の組み合わせだけに留まることなく、マイコンや各種電子回路を駆使し、より基礎的な要素からアイディアを発想することで今までになかった独自の装置を作り出していきたいと思います。オリジナルな装置を用いて未知の物理現象を発見・解明し、世界に通用する研究を行うことを目指していきたいと思います。

また、願わくは、今回の研究で開発した「回転型Kelvin probe装置」に限らず、自分で開発した装置を世の中に普及させたいという気持ちもあります。Load KelvinによってKelvin probe法が提案されたのは19世紀末のことです。物理や化学の方程式のように、よくできた測定法や測定装置には時代を超えた普遍性があるのだと考えます。最終的に自分のアイディアが詰まった装置が一つでも後世に残ったら本望ですね。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Chem-Station読者の皆様、こんにちは。千葉大学の大原正裕と申します。

私は高校生の時から研究の世界に心惹かれ、千葉大学の先進科学プログラムで一年早く大学に飛び入学しました。大学には私の好奇心を後押ししてくれる先生方と知り合うことができ、科学に対する情熱が冷めることなく学生生活を送ることができたのは非常に幸運なことだったと思います。

これを読んでいる大学生や院生の皆さんは、研究生活に何を期待するでしょうか?学生の期間を経て思うのは、研究にはもちろん新たな発見や発明に対する悦楽がありますが、研究を通じた人との出会いや、それによる自身の成長に、研究そのものと同等以上の価値があるということです。尊敬できる人(先生、先輩後輩問わず)が見ている世界を追体験することで、学問を超えて人生全体に通用する哲学や、精神的な豊かさを得ることができるのだと思います。

私も貴重な体験を多くさせてもらいましたが、「義理は成果で返せても、恩は一生返せない」と申します。ですので、自分たちが指導する側に回った時には、後進に同じような成長の機会を提供できる研究者になるべく、一緒に頑張っていきましょう。

最後になりますが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導頂きました、千葉大学 石井久夫教授、群馬大学 田中有弥准教授をはじめとして、常日頃より多大なる御支援を頂いております、石井研究室メンバーの皆様に、厚く御礼申し上げます。そして、今回このような紹介の機会をくださった Chem-Station の皆様に深く感謝いたします。

関連リンク

  1. 研究室HP:千葉大学 石井久夫研究室
  2. プレスリリース:
    (日本語)有機EL素子の中の分子の向きは”待ち時間”で制御できる「一時停止」蒸着法で分子配向制御、有機ELの性能向上へ
    (英語)The Power of Pause: Controlled Deposition for Effective and Long-Lasting Organic Devices

研究者の略歴

名前: 大原 正裕(おおはら まさひろ)
所属: 千葉大学 先進科学センター (石井研究室)
専門: 有機半導体、界面物性、有機発光ダイオード
趣味: ギター、自転車・自動車いじり(たまに乗る)、電子工作、オーディオ
略歴:
2016年 私立市川高校(千葉県)中退 → 千葉大学 先進科学プログラム(飛び入学)
2020年 千葉大学工学部 卒業
2021年 千葉大学大学院融合理工学府 修士課程 修了
2024年 千葉大学大学院融合理工学府 博士課程 修了
2022年-2024年 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2024年-現在 日本学術振興会 特別研究員(PD)

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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