[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

微少試料(1 mg)に含まれる極微量レベル(1 アトグラム)の放射性ストロンチウムを正確に定量する分析技術開発!

[スポンサーリンク]

第527回のスポットライトリサーチは、福島大学大学院 共生システム理工学研究科 分析化学研究室(高貝研究室)の青木 譲(あおき じょう)さんにお願いしました。

高貝研究室では、環境や生体中に存在する超微量成分を分析(分離・定量)するための新しい分析システムを開発しています。具体的には放射性ストロンチウムの迅速分析技術や自動で多段階の分離(Srの単離)と濃縮を行う測定システムの開発などに取り組んでいます。

本プレスリリースの研究は、微量の放射性ストロンチウム定量に関する内容です。放射性ストロンチウム90は、放射性物質の中でも特に分析することが難しいものの一つです。そのため、サンプル量が現実的に少量しか採取できないもの(例えば、涙、粘膜、歯、貴重な環境試料など)については、これまで極微量な放射性ストロンチウムを測定することができませんでした。そこで本研究グループでは表面電離型質量分析装置を用いる計測技術で、1 mg 程度の試料に含まれる極微量レベル(1 アトグラム)の放射性ストロンチウムを正確に定量する分析技術を開発しました。

この研究成果は、「Analytical Chemistry」誌に掲載され、ACS Editors’ choiceにも選定されました。またプレスリリースに成果の概要が公開されています。

Direct Quantification of Attogram Levels of Strontium-90 in Microscale Biosamples Using Isotope Dilution-Thermal Ionization Mass Spectrometry Assisted by Quadrupole Energy Filtering

Aoki Jo, Wakaki Shigeyuki, Ishiniwa Hiroko, Kawakami Tomohiko, Miyazaki Takashi, Suzuki Katsuhiko, and Takagai Yoshitaka

Anal. Chem. 2023, 95, 11, 4932–4939

DOI: doi.org/10.1021/acs.analchem.2c04844

研究室を主宰されている高貝慶隆 教授より青木さんについてコメントを頂戴いたしました!

青木譲さんの研究のバックグランドは、分析化学の「新しい分析方法の開発」にあります。これに放射化学や環境動態、物理化学など学際的・分野横断的に取り入れる柔軟さと、極微量な物質量を高精度に取り扱わなければならないテクニカルな精密さの両面を必要とします。まさに、コツコツと仕事を行いつつ中長期的な広い視野を必要とする領域です。昨今の目新しい分野などに傾倒しがちな風潮に流されず、職人芸のような手芸からオリジナリティを発揮し、フロンティアを築く姿は芸術家にさえ感じます。是非とも、青木さんのスタイルを崩さず、これからも頑張って欲しいと思います。

この表面電離型質量分析による90Sr分析は、豊田(旧姓・伊藤)千尋さん(現:日本原子力研究開発機構)、下出凌也さん(現:三菱マテリアル)からスタートし、今回、青木さんの力で一気に実用化レベルまで羽ばたきました。この方法は、放射化学分析にとどまらず、様々な環境動態を明らかにし、また、今後、多くの原子力発電所が廃炉作業に取り掛かりますがその安全管理・被ばく管理の一助になります。今後、更なる研究展開や波及効果が期待できます。青木さんの今後の展開に大きな期待を寄せています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、小動物の歯や涙等の微少生体試料中に含まれる極微量な放射性ストロンチウム(90Sr)を正確に定量する分析技術の開発に成功しました。

90Srはβ線のみを放出する人工放射性核種であり、カルシウムと似た化学的特性から骨や歯などの硬組織に蓄積する特徴を持ちます。しかし放射線を計測する一般的な90Srの分析法では、90Srの蓄積を評価するために、少なくとも数g~数百グラムの試料が必要でした。そのため、サンプル量の確保が難しい涙・唾液などの生体成分や小動物の歯などの生態試料を分析できないという課題がありました。

そこで私たちは、同位体希釈-エネルギーフィルター搭載表面電離型質量分析計(ID-RPQ-TIMS)を利用して、試料のマトリックスによって変化する測定干渉ノイズを簡単な四則演算で除去する補正方法を構築しました。これにより、ミリグラム(mg)レベルのわずかな量の試料に含まれるアトグラム(ag: 10-18 g)レベルの90Srを正確に定量することができるようになりました。

ID-RPQ-TIMSでは、Srスパイク(天然Srと同位体比が異なるSr)を利用することで試料に含まれる天然Srの含有量を決定し、同時に90Sr/Srの同位体比を計測することができます。しかしこの方法では、試料の種類によって何故か90Srを計測する際に測定干渉ノイズが生じて、微量な90Srを計測することができませんでした。私たちはこの測定干渉ノイズの原因が、天然Sr(主に88Sr)によるピークテーリングではないかと考えました。その過程で、“88Sr量”と“測定干渉ノイズ”に高い相関性があることに気づき、ノイズ補正式を導き出すことに成功しました。その結果、試料の種類に依らず、測定干渉ノイズを除去して正確な90Sr量を測定することが可能となりました。これにより、微少な試料を一回の測定で分析し、試料に含まれるagレベルの90Srと天然Srを同時に定量することができるようになりました。

Analytical Chemistry

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で工夫したポイントは、試料によって変動する微少な測定干渉ノイズを簡単に除去することです。研究を進めていくなか、干渉ノイズの主な要因は、88Srのピークテーリングであることが分かりました。従来のやり方でノイズを除去するためには、測定に使用する天然Sr量を一定量に固定することが最も容易なやり方でした。しかし分析対象である生体試料は試料量が少なく、Sr濃度が多様ですし、放射性濃度だけでなく、天然Srの濃度も同時に測定できた方がより活用の範囲が広がると思いました。そのため私は、様々な試料組成に適応できる、より簡単なノイズの低減方法を模索しました。検証実験において、様々な濃度の天然Srの測定干渉ノイズを単調で地味な作業でしたが半年間計測し続けました。その結果、測定干渉ノイズは天然Sr量と高い相関があることが統計的に明確になり、非常に微量な90Srの正確な定量値を導き出すことができるようになりました。蓄積したデータから相関を確認した時、非常にうれしかったことを覚えております。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究において難しさを感じた点は、本分析技術の性能を証明することです。本分析法は、今までの分析方法で達成できなかった微少な生体試料中の90Srを定量します。しかし、その分析を他の方法でクロスチェックしようと思っても、既存の方法は他にありません。この方法が正しいことを証明するための検証が非常に難しかった点です。同様に、この分析性能の証明に有用である標準物質(低濃度な90Sr濃度が値付けされた歯など)がありませんでした。そこで、イノシシなどの大型動物の歯牙であれば試料量を確保することができたので、地元も皆様の協力を得てイノシシを捕獲、解体しました。またイノシシの歯牙の収集は、獣医さんや東北大学の歯学部の先生に抜歯の作法を教えて頂き、実施いたしました。そして、このイノシシの歯牙を用いて放射線分析法(既存法)とのクロスチェックも実施し、本分析法の性能を証明することができました。私は、このイノシシの歯牙分析するにあたり大変貴重な体験ができました。協力いただきました皆様に大変感謝しております。ありがとうございました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

博士後期課程修了後は、国立研究開発法人で研究職に就きたいと考えております。そして現在学んでいる分析化学を軸に、地球科学、考古学、原子力など様々な分野に研究を展開したいと考えております。今後は、様々な分野の方々と交流を深め、知識の蓄積や技術の習得に励みたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は修士2年生のときからこの研究に取り組んでおります。本成果が出るまでに約3年間かかりました。そのため、周りの学生が研究成果を上げるたびに、内心焦りを感じておりました。ですが、焦らず直面した課題について先生方に相談し、頂いたアドバイスを信じて、コツコツとデータの蓄積を進めてよかったです。学生の方へのメッセージとなりますが、課題をあまり抱え込まず先生方に相談すること、そして簡単にあきらめないことが大事かと思います。現在、私は、TIMSこそが90Srを分析する最良の手段であり、自分の相棒であると感じております。皆様の研究における最高の相棒は何でしょうか?

最後に、本研究についてご指導いただきました高貝慶隆先生、鈴木勝彦先生宮崎隆先生若木重行先生石庭寛子先生、川上智彦先生にこの場を借りて感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:青木 譲(あおき じょう)

所属:福島大学大学院 共生システム理工学研究科 分析化学研究室(高貝研究室)

研究テーマ:表面電離型質量分析計を利用した放射性核種分析法の開発

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. アルミニウムで水素分子を活性化する
  2. 電化で実現する脱炭素化ソリューション 〜蒸留・焼成・ケミカルリ…
  3. BASF International Summer Course…
  4. アメリカで医者にかかる
  5. 電池で空を飛ぶ
  6. 論説フォーラム「研究の潮目が変わったSDGsは化学が主役にーさあ…
  7. 混合原子価による芳香族性
  8. 銅触媒によるアニリン類からの直接的芳香族アゾ化合物生成反応

注目情報

ピックアップ記事

  1. アミン存在下にエステル交換を進行させる触媒
  2. タミフルの新規合成法・その3
  3. 岩田忠久 Tadahisa Iwata
  4. 2018年1月20日:ケムステ主催「化学業界 企業研究セミナー」
  5. ジョナス・ピータース Jonas C. Peters
  6. 岩田浩明 Hiroaki IWATA
  7. 固体なのに動くシャトリング分子
  8. REACH規則の最新動向と対応方法【終了】
  9. 有機合成化学協会誌2018年9月号:キラルバナジウム触媒・ナフタレン多量体・バイオインスパイアード物質変換・エラジタンニン・モルヒナン骨格・ドナー・アクセプター置換シクロプロパン・フッ素化多環式芳香族炭化水素
  10. 芳香族化合物のニトロ化 Nitration of Aromatic Compounds

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP