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スポットライトリサーチ

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

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第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川小夏 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、酵素触媒反応の数理モデル解析に関する研究です。
酸化還元酵素の中には電極と直接電気的に相互作用するものが知られており、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)はその中の1つとして知られています。今回、ALDHの変異体の特性評価より、ALDH の膜結合サブユニットが触媒活性の向上に寄与することを明らかにされました。またALDHの変異体の触媒反応の数理モデルを構築し、その膜結合サブユニットの働きを定量的に解明されました。
本成果は、ACS Catal. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されており、Supplementary Cover Artにも選出されています。

Quantitative Elucidation of Catalytic Reaction of Truncated Aldehyde Dehydrogenase Based on Linear Free Energy Relationship
Ichikawa, K.; Adachi, T.; Kitazumi, Y.; Shirai, O.; Sowa, K. ACS Catal. 2025, 15, 7283–7295. DOI: 10.1021/acscatal.4c07978

研究を指導された宋和慶盛 助教から、市川さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

市川さんとは、4回生の研究室分属から一緒に直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)に関する研究を進めてきました。DET型反応とは、酸化還元酵素が触媒反応に伴う電子を電極に直接的に伝達する稀有な反応で、バイオセンサやバイオ電池などの生体模倣技術に展開可能です。彼女の研究テーマでは、卓越したDET活性を持つアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の反応機構を解明することを目指しました。市川さんは、丁寧な実験を粘り強く遂行し、緻密な考察を繰り返すことで、ALDHのメカニズムを定量的に解析することにわずか2年で成功しました。彼女は、博士後期課程に進学予定で、研究者としてのさらなる成長だけでなく、本成果を基盤としたDET酵素の創出や生体模倣技術の社会実装を一緒に進めていけることを大変楽しみにしています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちは、Gluconobacter oxydansという酢酸菌由来のアルデヒド脱水素酵素(ALDH)に着目した研究を行い、ALDHの膜結合サブユニットが触媒活性の向上に寄与することを明らかにしました。さらに、数理モデルを用いて、ALDHの触媒反応を定量的に解明することに成功しました。

酸化還元酵素は、呼吸や光合成といった生体内電子移動において重要な役割を担う生体触媒です。一般に、酸化還元酵素反応には、2つの基質の酸化と還元が関与し、物質間の電子移動が触媒されます(図1左)。一方、一部の特殊で稀少な酸化還元酵素は、基質の酸化還元に伴う電子(e)を直接電極と授受することができます。本反応は、「直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)」と呼称され(図1右)、エネルギー変換効率や生体/環境適合性の高さから、次世代生物電気化学デバイスの基盤技術として期待されています。

図1:生体内における酸化還元酵素反応(左)とDET型反応(右)

本研究では、DET型反応が可能な酵素(DET酵素)の1つであるALDHに着目しました。ALDHは、ヘテロ3量体の呼吸鎖膜酵素であり(図2左)、生体内では、アセトアルデヒド酸化とユビキノン還元を触媒しています。一方、卓越したDET活性を有しており、アセトアルデヒド酸化に伴う電子を電極に受け渡すことができます。私たちは、触媒反応におけるALDHの膜結合サブユニットの働きを解明するため、ALDHの膜結合サブユニット欠損変異体(ΔC_ALDH)を開発しました(図2右)。

図2:rALDH(左)とΔC_ALDH(右)の構造

野生型組み換えALDH(rALDH)とΔC_ALDHの比較により、膜結合サブユニットの存在が酵素–基質間の電位差を広げることが明らかになりました。酵素–基質間の電位差は、触媒反応の熱力学的駆動力となります。本結果から、ALDHの膜結合サブユニットは、酵素活性上昇に寄与すると示唆されました。また、ΔC_ALDHのDET活性と酵素–基質間の電位差に理想的な直線自由エネルギー関係(LFER)が成立することを発見しました。DET型反応で理想的なLFERが観測されたのは初めてのことであり、本現象は、多段階かつ複雑な酵素反応が理論式に従うことを示しています。私たちは、LFERを用いた触媒反応の新規解析式を構築し、ΔC_ALDHのDET活性、溶液活性を解析しました。その結果、ΔC_ALDHの触媒反応定数(kcat)は、5000 ± 2000 s–1と算出され、種々の熱力学及び速度論パラメータを定量的に解明できました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究テーマの中で最も思い入れのある点は、DET活性と酵素–基質間の電位差との間に、理想的なLFERを見出したことです。研究開始当初は、rALDHとΔC_ALDHの定性的な違いを明らかにすることを目的とし、両酵素のDET活性におけるpH依存性を評価していました。ところが、pHが塩基性側に移行するにつれて、酵素–基質間の電位差が増加し、それに伴いDET活性も増加する傾向が見られることに気づきました。12種類の異なるpH条件を比較・検討したことがきっかけで、酵素反応に関与するさまざまなパラメータを定量的に評価することが可能となり、多くの解析式を構築するに至りました。最終的に、論文には16個の数式を含むことになりましたが、研究が当初の予想を超えて発展していった過程は非常に興味深く、貴重な経験となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究の中で最も困難だったのは、菌体培養と酵素精製です。純度と濃度が高い酵素溶液を用意するため、私の研究室では、ジャーファメンターを利用した大量培養を採用しており、1回の培養に16 Lもの培地を必要とします。このため、作業には非常に多くの労力と時間を要しました。また、rALDHに関しては、すでに精製プロトコルが確立されていましたが、ΔC_ALDHの精製ではプロトコルを1から構築する必要がありました。特に、夾雑タンパク質との分離が困難であり、使用するカラム・緩衝液・pH条件などの検討に多くの試行錯誤を重ねました。「急がば回れ」の精神で、考えられる条件を一つずつ丁寧に検証し、地道に最適化を進めた結果、最終的に安定した精製プロトコルを確立することが出来ました。

精製したΔC_ALDHを利用してDET型反応のシグナルが観測できた喜びは、今でも強く印象に残っています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

研究室に配属されて以降、生体触媒である酵素と人工材料である電極が導通をとる「DET型反応」に魅了され、今日まで研究を続けてきました。DET型反応は、バイオセンサ、バイオリアクタ、バイオ燃料電池といった次世代生物電気化学デバイスの中核を担う、非常に有望な基盤技術です。現在は、DET酵素に関する基礎研究を主軸としていますが、将来的にはこの知見を応用し、デバイス開発や社会実装へと発展させたいです。来年度からは、博士課程に進学します。今後も自分の好奇心を原動力にDET型反応を追求し、社会に還元できる研究成果の創出を目指していきます。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私の研究に興味を持ち、最後まで読んでいただきありがとうございました。今回紹介した研究成果が、皆さんの参考になれば嬉しく思います。今後も多くの方にDET型反応について知っていただき、様々な方と関わりながら、より深く研究を発展させていけたらと考えています。

最後になりますが、本研究を遂行するにあたり多大なるご支援とご助言をいただきました足立 大宜 特定研究員、北隅 優希 准教授、白井 理 教授、宋和 慶盛 助教に厚く御礼申し上げます。また、本研究のイラストを作成してくださった田中花音様に感謝申し上げます。さらに、このような素晴らしい機会を与えてくださったChem-Stationの皆様にも心より感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:市川 小夏いちかわ こなつ
所属:京都大学大学院 農学研究科 応用生命科学専攻 生体機能化学分野 修士2年
略歴:
2020年3月 愛知県立岡崎高等学校 卒業
2024年3月 京都大学 農学部 応用生命科学科 卒業
同年4月~現在 京都大学大学院 農学研究科 応用生命科学専攻 在学

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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