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スポットライトリサーチ

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

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第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究室 博士後期課程の板垣 廉(いたがき れん)さんにお願いしました。

阿部竜研究室では、太陽光をはじめとするクリーンエネルギーである光エネルギーを活用する光触媒を基盤にエネルギー需要や環境問題の解決を目指した研究を展開しています。特に、光エネルギーを利用した水分解やCO2還元といったエネルギー変換、および有害物質の分解などによる環境浄化に活用できる新規機能材料(光触媒)の研究開発を推進されています。さらに、光触媒反応メカニズムの基礎研究や、光触媒と電気化学の組み合わせによるクリーンエネルギーサイクルの実現も目指し、とても精力的に研究を展開されています。

反応に必要な触媒や光増感剤が同じ溶媒に溶解しない場合、それらを組み合わせて反応を起こさせることは困難を極めます。しかし、今回紹介いただけるのは電荷の授受で相間を移動するメディエーターをうまく活用することで反応空間を実空間で分離させ、水相と有機相両方を使ってトータルで人工光合成に重要な光による水の酸化反応を達成したという素晴らしい成果です! 本成果はJ. Am. Chem. Soc. 誌 に原著論文として公開され、京都大学からプレスリリースもされています。

“Phase-Migrating Z-Scheme Charge Transportation Enables Photoredox Catalysis Harnessing Water as an Electron Source”
Ren Itagaki, Akinobu Nakada*, Hajime Suzuki, Osamu Tomita, Ho-Chol Chang*, Ryu Abe*
J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 15567–15577   DOI:10.1021/jacs.5c02276

本研究を主導された中田明伸(なかだ あきのぶ)講師より、板垣さんへのメッセージをいただいています。

板垣くんは、私(中田)が中央大学助教時代に張研究室に4年生として配属され、そのときにスタートさせたこのテーマを続けるために(?)京大博士課程に進学し、これまで二人三脚で頑張ってきました。普段はおちゃらけていて余計なひと言が多いですが(笑)、配属当初から極めて優秀で、中田チームの絶対的エースであり私の相棒とも言える存在です。本論文の肝である、水の酸化と有機化合物の還元変換を連結する実験には3年くらい前には成功していたのですが、研究の位置付けと主張を確固たるものにするために議論を重ね(中田の思いつきに応えるため)数多くの検討を行ってくれました。50以上の図表を含むSIも含めて、板垣くんの超大作に仕上がっていますので、ぜひみなさまSIもダウンロードしてご覧になってください!

それでは、板垣さんのインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の報告では、「水に溶けない有機物」を「水を反応剤」として光エネルギーで還元変換する新しい光触媒システムを開発しました
緑色植物の光合成を模倣し、水を電子・プロトン源として用いて光エネルギーから有価化合物を合成する「人工光合成」の研究は半世紀以上にわたり進められてきました。人工光合成は、クリーンで豊富な水を原料とし、太陽光などの再生可能エネルギーを化学結合に変換できる点で、大きな期待を集める技術です。しかし従来は主に「水の光分解による水素生成」や「CO2の還元による燃料や化学原料の生成」という限られた反応に応用されるにとどまっていました。
そこで本研究では、水と混和しない有機溶媒(油)を反応場とする二相系システムを構築し、水相で水を酸化する半導体光触媒と、有機相で有機化合物を還元する金属錯体光触媒を組み合わせました。さらに、光エネルギーにより自発的に二相間を移動し電子を運搬するフェロセニウム/フェロセン分子が、異なる溶液相で分離された酸化と還元反応を結びつけることにより、「水に溶けない有機化合物」を「水を反応剤として変換する」ことに世界で初めて成功しました。

Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。

本研究では、フェロセニウム/フェロセン分子を光エネルギーにより二液相間を自発的に移動させる現象を初めて報告しました。その光触媒反応の高効率化に向けて、反応推定機構を詳細に検討し、ボトルネックを解消するための実験を実施しました。フェロセニウムが特徴的な青色を示すので、試行錯誤を重ねるごとに反応後の水相が濃くなる様子は、研究過程を盛り上げてくれました。ボトルネックとなる「逆反応」に抗いながらも、最終的にはフェロセンを用いた光有機反応収率を0から100%へと飛躍的に向上させることに成功しています。後述するO2生成の達成と相まって、実験結果のほぼ全てが新規現象であったため、一つひとつの成果が高いモチベーションの維持につながりました

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究で最も困難だったのは、本系の土台となるフェロセニウムを用いたO2生成反応の実現です。従来の光触媒(WO3、BiVO4、TaONなど)を用いた場合は、フェロセニウムを分解してしまい、O2生成を阻害する結果が得られました。そこで、当研究室で開発された層状酸ハロゲン化物半導体に酸化鉄および酸化ルテニウムを助触媒として担持した光触媒を用いたところ、最終的にはフェロセニウムを分解することなくO2を100%の収率で生成することに成功しました。この前例のない反応を実証できたことに大きな誇りを感じています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

将来は、光触媒や人工光合成の知見を活かし、有機合成化学と持続可能エネルギー技術を融合させた研究に取り組みたいです。具体的には、クリーンな水資源と太陽光を利用した分子合成プラットフォームの実現を目指し、材料設計、反応工学、システム開発を横断的に展開していきたいと考えています。その過程で、多様な研究領域との共同研究を推進し、社会課題の解決に貢献する化学技術の創出を志しています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究は予想外の結果や失敗の連続ですが、その中にこそ新しい発見の種があります。好奇心を大切に、粘り強く検証と改善を重ねてください。また、異分野の知識や技術を取り入れることで視野が広がります。チームや共同研究を通じたコミュニケーションも研究成果を飛躍させる鍵です。皆さんの挑戦が未来の化学を切り拓きます。積極的に新しいテーマに飛び込んでいきましょう!

最後になりましたが、本研究は中央大学の張浩徹教授ならびに京都大学阿部竜教授、中田明伸講師のご指導のもと、東京大学滝沢進也助教と共同で行われました。日々のご指導に厚く御礼申し上げます。また、本記事執筆の機会を賜りましたChem-Station編集者の方々に、深甚なる感謝の意を表します。

関連リンク

  1. 京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究室
  2. 中央大学 分子機能化学(張浩徹)研究室
  3. プレスリリース:“水に溶けない有機物”を”水により還元変換”する光触媒系の開発 ―人工光合成の適用範囲拡張に向けて―

関連論文

  1. Mimicking Natural Photosynthesis: Solar to Renewable H2 Fuel Synthesis by Z-Scheme Water Splitting Systems
    Yiou Wang, Hajime Suzuki, Jijia Xie, Osamu Tomita, David James Martin, Masanobu Higashi, Dan Kong, Ryu Abe, Junwang Tang
    Chem. Rev. 2018, 118, 5201-5241.
  2. Light-induced electron transfer/phase migration of a redox mediator for photocatalytic C–C coupling in a biphasic solution
    Itagaki, R.; Takizawa, S.; Chang, H.-C.; Nakada, A., Dalton Trans. 2022, 51, 9467-9476. (DOI: 10.1039/D2DT01334G)

研究者の略歴

名前: 板垣 廉(いたがき れん)
所属: 京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻
専門: 光触媒化学(半導体光触媒、錯体光触媒)
略歴:
2021/03 中央大学 理工学部 応用化学科 卒業 (張 浩徹 教授)
2023/03 中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 博士前期課程 修了(張 浩徹 教授)
2023/04- 京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー 博士後期課程 在学 (阿部 竜 教授)
2023/04- 日本学術振興会特別研究員(DC1)

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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