[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

芳香族求核置換反応で18Fを導入する

[スポンサーリンク]

~SNArの知られざる一面~

芳香族求核置換反応は、芳香環上の脱離基が求核剤によって置換される反応であり、古くから汎用される信頼性の高い有機反応の1つです。いくつか存在する反応機構の中で代表的な付加−脱離(SNAr)機構は、

  1. 求核剤と芳香環の結合形成段階
  2. 脱離基と芳香環の結合開裂段階

の2つの遷移状態を有します。最近、ドイツマックスプランク研究所のRitter教授らは、独自に開発した脱酸素的フッ素化剤PhenoFluorを用いた芳香族フッ素化反応が、1つの遷移状態を経由する協奏的付加−脱離(CSNAr)機構で進行することを明らかにしました。また、本反応の特長を活かして従来法では困難な18Fの導入も達成し、PETイメージング技術の発展に大きく貢献しました。論文は以下。

 

Concerted nucleophilic aromatic substitution with 19F and 18F

Neumann, C. N.; Hooker, J. M.; Ritter, T. Nature 2016, 534, 369. DOI: 10.1038/nature17667

 

今回はこの論文について簡単に紹介したいと思います。

 

SNAr機構とCSNAr機構

一般的に芳香族求核置換反応は、ニトロ基のような電子求引性基によって活性化された芳香環の場合において、SNAr機構で進行しやすいことが知られています。SNAr機構は「求核種の付加段階」と「脱離基の解離段階」の2つの遷移状態を有しており、両者の間には芳香環にアニオンが非局在化したMeisenheimer錯体と呼ばれる反応中間体が存在します。

一方で、遷移状態が1つのCSNAr機構も存在する[1]。CSNAr機構では求核種の付加と脱離基の解離が協奏的に進行し、電子求引性置換基の有無に関わらず求核置換が進行します(図 1, a)。例えば、O-チオカーバメートが高温下においてS-チオカーバメートへと転位するNewman-Kwart転位反応[2]は、CSNAr機構で進行することが知られており、実際電子求引性基をもたない芳香環も本反応に適用可能です(図 1, b)。

 

2016-08-15_04-17-52

図1. (a) SNAr反応とCSNAR反応の活性化エネルギー (b) Neman-Kwart転位

 

PhenoFluor

2011年Ritter教授らによって開発されたPhenoFluor[3]は、種々のフェノール誘導体を1段階でフルオロアレーンへと変換するフッ素化剤として知られています。

PhenoFluorを使ったフッ素化は官能基許容性に優れており、水酸基部位を特異的にフッ素化することが可能です。また、フェノール以外にも脂肪族アルコールも適用可能であり、合成終盤でのフッ素化も実現されています[4]

 

2016-08-15_04-18-13

図2 PhenoFluorを使った脱酸素的フッ素化反応

反応機構

Ritter教授らはPhenoFluorによるフッ素化反応について図 3に示す反応機構を想定しています。

最初にフェノールとの反応によりウロニウムイオン1が形成し、CsFの添加によってイミダゾリウム種へフッ素原子が付加した四面体中間体2を生成します。この四面体中間体2から、協奏的なC–O結合の切断とC–F結合の形成を伴う遷移状態TSを経て目的のフルオロアレーンとウレア3が得られる機構です。

 

2016-08-15_04-20-33

図3. 推定反応機構

 

本論文において彼らは遷移状態理論モデルに基づいたDFT計算、およびHammet Plot、16O/18Oの速度論的同位体効果、Eyring Plot、種々の対照実験を行い、本反応の詳細な機構を調べました。要点を以下にまとめます。

 

  • 四面体中間体2と生成物間の遷移状態TS(活性化障壁が最大)は1つであり、TSは分子内4員環構造になる。
  • SNAr機構と同様の傾向として電子求引性置換基による反応速度の増大が観測されたが、その影響はSNArの場合と比較して非常に小さい(Hammet Plotの傾きr)。
  • C–O結合の切断は律速段階に含まれる(16O/18Oの速度論的同位体効果)。
  • フッ素化がイプソ置換で進行するため、ラジカル機構やベンザイン機構は該当しない。
  • 反応進行にはCsFの添加が必須である。CsFはウロニウムイオン1のカウンターアニオンHF2からHFを取り除く働きをしており、生じたFがイミダゾリウム種へと求核攻撃することで四面体中間体2が生じる。最終的に導入されるF原子は四面体中間体2の分子内F原子である。

 

これらの結果から、本反応が協奏的なC–O結合の切断とC–F結合の形成を伴うCSNAr機構で進行することが明らかになりました。中性分子ウレア3の脱離が発エルゴン的であることから、協奏的な求核置換反応の実現には優秀な脱離基の選択が必須であると考えています。

 

簡便な18F導入法への応用

18Fは陽電子放出によるb崩壊を引き起こすため、ポジトロン断層法(PET)の放射性トレーサーとして非常に重要な同位体です。その半減期も他の同位体元素と比較して110分と長いことが特長であり、医薬品製造段階から医療現場への迅速供給が可能です。今回Ritter教授らは本反応の応用展開としてフェノール誘導体への18F導入法を開発し、従来法では合成困難な様々な芳香環への18F導入に成功しました。

2016-09-06_11-12-32

 

参考文献

  1. Williams, A. et al. J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1993, 2, 1703. DOI: 10.1039/P29930001703
  2. Lloyd-Jones, G. C. et al. Synthesis 2008, 5, 661. DOI: 10.1055/s-1973-22279
  3. Ritter, T. et al. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11482. DOI: 10.1021/ja2048072
  4. Ritter, T. et al. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 2470. DOI: 10.1021/ja3125405
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 光で形を変える結晶
  2. カメレオン変色のひみつ 最新の研究より
  3. ヘリウムガスのはなし
  4. 光触媒を用いるスピロ環合成法が創薬の未来を明るく照らす
  5. いつも研究室で何をしているの?【一問一答】
  6. ベンゼン環記法マニアックス
  7. 第八回ケムステVシンポジウム「有機無機ハイブリッド」を開催します…
  8. 君はPHOZONを知っているか?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 米で処方せん不要の「やせ薬」発売、売り切れ続出
  2. アルキンの水和反応 Hydration of Alkyne
  3. バートン トリフルオロメチル化 Burton Trifluoromethylation
  4. 私立武蔵高 の川崎さんが「銀」 国際化学オリンピック
  5. 合成化学者のための固体DNP-NMR
  6. キノコから見いだされた新規生物活性物質「ヒトヨポディンA」
  7. 海洋エアロゾル成分の真の光吸収効率の決定
  8. 既存の石油設備を活用してCO2フリー水素を製造、ENEOSが実証へ
  9. 毛染めでのアレルギー大幅低減へ ~日華化学がヘアカラー用染料開発~
  10. マテリアルズ・インフォマティクスにおけるデータの前処理-データ整理・把握や化学構造のSMILES変換のやり方を解説-

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年9月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

岩田浩明 Hiroaki IWATA

岩田浩明(いわたひろあき)は、日本のデータサイエンティスト・計算科学者である。鳥取大学医学部 教授。…

人羅勇気 Yuki HITORA

人羅 勇気(ひとら ゆうき, 1987年5月3日-)は、日本の化学者である。熊本大学大学院生命科学研…

榊原康文 Yasubumi SAKAKIBARA

榊原康文(Yasubumi Sakakibara, 1960年5月13日-)は、日本の生命情報科学者…

遺伝子の転写調節因子LmrRの疎水性ポケットを利用した有機触媒反応

こんにちは,熊葛です!研究の面白さの一つに,異なる分野の研究結果を利用することが挙げられるかと思いま…

新規チオ酢酸カリウム基を利用した高速エポキシ開環反応のはなし

Tshozoです。最近エポキシ系材料を使うことになり色々勉強しておりましたところ、これまで関連記…

第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り拓く次世代型材料機能」を開催します!

続けてのケムステVシンポの会告です! 本記事は、第52回ケムステVシンポジウムの開催告知です!…

2024年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!

大変長らくお待たせしました! 2024年ノーベル化学賞予想の結果発表です!2…

“試薬の安全な取り扱い”講習動画 のご紹介

日常の試験・研究活動でご使用いただいている試薬は、取り扱い方を誤ると重大な事故や被害を引き起こす原因…

ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects

縮退した電子状態にある非線形の分子は通常不安定で、分子の対称性を落とすことで縮退を解いた構造が安定で…

鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化

鉄とキラルなエナミンの協働触媒を用いたアルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化が開発された。可視光照…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP