[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

キラルアニオン相間移動-パラジウム触媒系による触媒的不斉1,1-ジアリール化反応

[スポンサーリンク]

2016年、ユタ大学・Matthew S. Sigmanらは、電子不足末端アルケンのエナンチオ選択的な1,1-ジアリール化に成功した。キラルアニオン相間移動触媒 (chiral anion phase-transfer, CAPT)を用いることで、パラジウム触媒とキラル配位子との組み合わせのみでは実現困難な不斉反応を高エナンチオ選択的に進行させることに成功した。また分子構造特性を多変量解析することにより、高い不斉収率の発現に寄与するパラメータを特定した。

“Development and Analysis of Pd(0) Catalyzed Enantioselective 1,1-Diarylation of Acrylates Enabled by Chiral Anion Phase Transfer”
Yamamoto, E.; Hilton, M. J.; Orlandi, M.; Saini, V.; Toste, F. D.; Sigman, M. S.* J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 15877. DOI: 10.1021/jacs.6b11367

問題設定と解決した点

 1,1-ジアリールアルカンは各種生物活性物質に存在する重要構造単位の一つである。末端アルケンとアリール供与体2種を3成分反応に付すことでその構造単位は簡便に得られる。そのような反応を著者らは過去に報告している[1]が、エナンチオ選択性の発現は困難であった。窒素もしくはリン不斉配位子を用いると反応性が顕著に下がってしまう特徴があるため、不斉配位子を検討できない。

 そこで別戦略としてCAPT[2]を用いることにより、選択性発現の難しい本反応形式においても、高い不斉収率のもとに反応を進行させることができた。

技術や手法の肝

 パラジウム触媒とCAPTの組み合わせが有効であることは、2015年にTosteらによって報告された1,1-アリールホウ素化反応[3]において、すでに実証済みである。不溶性のジアゾニウム塩はCAPTリン酸アニオンとのイオンペアを形成することで溶解性が高まり、キラルなイオンペアとして系内には存在する。これとPd(0)から生じたCAPTアニオンを備えるアリールPd(II)種がアルケンへの転位挿入/β脱離/π-ベンジル種への転位を経て、ボリル化が進行する。ジアリール化反応も同様の機構で進行することを期待して研究を行っている。

主張の有効性の検証

①溶媒の最適化

ベンジルアクリレート、フェニルジアゾニウム塩、4-ヒドロキシフェニルボロン酸を基質として条件を検討した。ヘキサン溶媒のときは反応が全く進行せず、ジアゾニウム塩の溶解するTHFを溶媒するときは、エナンチオ選択性が低下した。このことから、CAPTが期待通り働いていることが示唆される。

②CAPT構造の最適化

CAPT構造とerの関連について調べている。3,3’位芳香環上の置換様式は2-置換もしくは2,6-置換の場合、またそれが嵩高いほどエナンチオ選択性が向上する。CAPTリン酸アニオンのモデル構造(下図)について著者らの得意とする多変量パラメータ解析を行うと、以下の3つのパラメーターがエナンチオ選択性に関与していることが明らかになった。

  1. C3のアリール基との二面角(α)
  2. P=Oの伸張振動数(νPOsy
  3. C3アリール基のメタ位置換基(B1meta)

③基質構造の最適化

 最適なCAPT(冒頭図の構造)を用いた系で、アクリレートのベンジル基置換様式を変え、エナンチオ選択性との関係を評価した。その結果、電子求引置換基、特に3,5-置換パタンが良い結果を与えることが分かった。また②と同じく多変量パラメータ解析を行った結果、2,6位水素原子の電子不足さが選択性と良い相関を示すことが示された。

 ベンジル基は反応点から十分に離れているため、CAPT上の9-アントラセニル基と基質のベンジル基の間に存在する非共有結合性相互作用が、エナンチオ選択性の向上に寄与していると考察している。

④基質一般性

 3,5-ジクロロベンジルアクリレートに対する様々なジアリール化を検討した(下図)。電子豊富・不足な芳香環ともに反応が進行するものの、電子不足なアリール化は若干エナンチオ選択性が下がる。また、ボロン酸側の一般性はフェノールなどの電子豊富な芳香環を持つものに限られる。これはHeck反応で止まる経路が競合するためである。そのため、パラジウムとボロン酸間のトランスメタル化が速い基質の使用が要請される。ボロン酸がリン酸と直接相互作用することで、トランスメタル化が起こりづらくなっていることも一因である。

冒頭論文より引用

議論すべき点

  • 基質がベンジルエステルに限られてしまっている印象がある。以前の報告[3]では、エステル・ニトリル・単純アルケンなどにもアリールホウ素化が達成されていた。ジアリール化とアリールホウ素化ではハードルが違いそうだが、これもトランスメタル化能の違いと解釈できるか。

次に読むべき論文は?

参考文献

  1. (a) Liao, L.; Jana, R.; Urkalan, K. B.; Sigman, M. S. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 5784. DOI: 10.1021/ja201358b (b) Saini, V.; Sigman, M. S. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 11372. DOI: 10.1021/ja304344h (c) Saini, V.; Liao, L.; Wang, Q.; Jana, R.; Sigman, M. S. Org. Lett. 2013, 15, 5008. DOI: 10.1021/ol4023358
  2. キラルイオンペア触媒の総説: (a) Phipps, R. J.; Hamilton, G. L.; Toste, F. D. Nat. Chem. 2012, 4, 603. doi:10.1038/nchem.1405 (b) Brak, K.; Jacobsen, E. N. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 534. DOI: 10.1002/anie.201205449
  3. Nelson, H. M.; Williams, B. D.; Miró, J.; Toste, F. D. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 3213. DOI: 10.1021/jacs.5b00344
  4. (a) Ohmatsu, K.; Ito, M.; Kunieda, T.; Ooi, T. Nat. Chem. 2012, 4, 473. doi:10.1038/nchem.1311 b) Ohmatsu, K.; Ito, M.; Kunieda, T.; Ooi, T. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 590. DOI: 10.1021/ja312125a
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 648個の誘導体を合成!ペプチド創薬の新手法を開発
  2. インフルエンザ対策最前線
  3. DNAを人工的につくる-生体内での転写・翻訳に成功!
  4. ゴードン会議に参加して:ボストン周辺滞在記 Part II
  5. 有機反応を俯瞰する ーリンの化学 その 2 (光延型置換反応)
  6. 第16回次世代を担う有機化学シンポジウム
  7. 論説フォーラム「研究の潮目が変わったSDGsは化学が主役にーさあ…
  8. カルベンで挟む!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学者のためのエレクトロニクス講座~半導体の歴史編~
  2. ケムステV年末ライブ2022開催報告! 〜今年の分子 and 人気記事 Top 10〜
  3. 核酸医薬の物語1「化学と生物学が交差するとき」
  4. ポンコツ博士の海外奮闘録XXII ~博士,海外学会を視察する~
  5. 分子の対称性が高いってどういうこと ?【化学者だって数学するっつーの!: 対称操作】
  6. ビニグロールの全合成
  7. 鍛冶屋はなぜ「鉄を熱いうちに」打つのか?
  8. サブフタロシアニン SubPhthalocyanine
  9. 光学分割 / optical resolution
  10. 【Spiber】タンパク質 素材化への挑戦

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年5月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP