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スポットライトリサーチ

電気化学的一炭素挿入反応でピロールからピリジンを合成~電気化学的酸化により、従来と異なる位置への炭素挿入を可能に~

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第669回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院理工学府(跡部・信田研究室)に所属されていた森本達也 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、電気化学的手法による環拡大反応です。

多置換ベンゼンを合成する手法として、五員環骨格に一炭素を挿入して六員環へと変換する手法が注目を集めています。今回、電解反応によって五員環のピロールから六員環のピリジンを合成する環拡大反応を報告されました。電子求引性の保護基を導入することにより、これまで報告のなかったパラ位への一炭素導入を達成しました。実験及び計算から、電気化学的酸化によって生成するラジカルカチオン中間体が炭素挿入位置に影響を与えることを明らかにされています。
本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

Electrochemical Single-Carbon Insertion via Distonic Radical Cation Intermediates
Morimoto, T.; Nishimoto, Y.; Suzuki-Osborne, T.; Chong, S.-G.; Okamoto, K.; Yoneda, T.; Kikuchi, A.; Yokogawa, D.; Atobe, M.; Shida, N. J. Am. Chem. Soc., 2025, 147, 25635–25641. DOI: 10.1021/jacs.5c06798

研究を指導された跡部真人 教授信田尚毅 准教授から森本さんついて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

跡部先生

森本君は、2021年10月に卒業研究生として、わたくしの研究室に入室し、2025年3月に修士課程を修了されるまでの3年半の間、電気化学的環拡大反応による種々の多置換芳香族化合物の合成ならびに反応機構解析に従事してくれました。具体的な研究計画や手法は森本君の考案に委ねていたため、研究の初期段階では期待通りの結果が得られずに大変苦労しておりました。しかしながらそのような状況下においても森本君は辛抱強く問題解決にあたり、最終的にはこのたびのJACS誌での公表内容をはじめ、多くの成果をもたらしてくれました。このような輝かしい成果は、粘り強い精神力や柔軟な思考力は勿論のこと、確かな実験技術および方法論が備わっていること、加えて常に自身の資質を高めようとする森本君の強い研究意欲のあらわれであります。本人の希望もあり、修士課程修了後は高機能性材料メーカーに就職しましたが、会社でも持ち前の能力を発揮し、今後も大いに活躍されることを期待しております。

信田先生

森本君は3年生の10月に研究室に配属されました。医薬品や生理活性物質のような複雑な有機化合物の合成に興味があるということで、インドールの電解反応というざっくりとしたテーマで研究を開始しました。指導教員として、なかなか新規性のある分子変換をデザインすることができず、成果の出ない苦しい探索期間を半年以上過ごさせてしまいました。そんな中でも森本君はめげることなく実験を続け、実験結果が出るたびに相談を持ちかけてくれました。そのような繰り返しの中で、ジアゾ酢酸エチルを使った炭素挿入というアイディアが生まれ、卒研発表までにインドールへの炭素挿入によるキノリン合成を達成してくれました。修士課程では、さらにインパクトある成果へ昇華するためターゲットをピロール→ピリジンの変換に取り組みました。ピロールの反応はさらに困難を極めましたが、森本君が地道にかつ大胆に条件検討を続け、収率3%で炭素挿入体(ピリジン)を単離してくれたことは、今でも忘れられません。さらに、得られた様々な炭素挿入体の構造決定のために2次元NMR解析に一人で取り組み、パズルを解くようにパラ挿入体が得られていることを明らかとしました。この頃にはすでに研究者として立派に成長しており、以降は私がとやかくいう必要もなく、自立してプロジェクトを推進してくれました。森本君が最初から最後までやり遂げたこの仕事が論文となり(SIは200ページ超!)、このたびJACS誌に掲載され非常に多くの皆様に読んでいただけていること、とても嬉しく感じています。

森本君は明るく朗らかな性格で、実験に一喜一憂する甲高い声が実験室の外からもよく聞こえていました。人懐こい性格で先輩にはよくいじられ、同期には友人としていじられ、後輩からは敬意を持っていじられていたと思います。一方で、いつも研究室を見渡し、困っている人に対してさりげないサポートをしてくれていました。さらに、森本君は趣味で気象予報士試験にも合格してしまう一面も有しており、ここから彼の頭脳明晰さと、目標に向けて努力の積み重ねを惜しまない姿勢が伺えるかと思います。

私個人としても、森本君と3年半一緒に研究させてもらえたことをとても幸運に思っています。バランス感覚に優れ、高いコミュニケーション能力と突破力を有し、さらに負けず嫌いで秘めた闘志をもつ森本君は、研究開発を中心として、どんな部門でも傑出した成果を出せる人材だと確信しています。4月より化学メーカーに勤務されていますが、新たな世界で今後益々ご活躍されることを祈念し、応援しております。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

電気を使って五員環のピロールに新たな炭素原子を“挿入”し、六員環のピリジンへと変換する新しい分子変換法を開発しました。

芳香族化合物は、有機化学における基本構造のひとつであり、中でも、複数の置換基を持つ“多置換芳香族化合物”は、医薬品や機能性材料など、幅広い分野で重要な役割を果たしています。従来、こうした六員環の多置換芳香族化合物を合成するには、既存の六員環骨格に対して段階的に置換基を導入する方法(例:カップリング反応など)が主流でした。一方、近年では、五員環の骨格に原子を“挿入”して六員環へと変換する“環拡大反応”が新しいアプローチとして注目されています(Figure 1 参照)。しかしながら、これまでに報告されている環拡大反応では、特に“メタ位”にしか炭素原子を挿入できないという制限がありました。

本研究では、電気を駆動力とする反応(電解反応)により、これまでに報告のなかった“パラ位”への炭素挿入を実現する新たな環拡大反応を開発しました。電気を用いて、ディストニックラジカルカチオンという従来法とは異なる中間体を経由することにより、選択的なパラ位への炭素挿入が可能となりました(Figure 2 参照)。さらに、理論計算や電気化学的測定を通じて、パラ位に炭素が挿入されるメカニズムを解明するとともに、ラジカルカチオンの安定性や基質の電子密度が反応の鍵を握ることも明らかにしました。

Figure 1. 多置換芳香族化合物の合成法

Figure 2. 本研究の概略

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

特に力を入れたのは、イントロダクションの作成です。イントロは論文の最初に読まれる部分であり、読者を自身の研究に惹きつけられるかを大きく左右します。そのため、本論文を作成するにあたっては、どのようなイントロが良いのか、先生方と何度もディスカッションを重ねました。

中でも時間をかけたのが、イントロに掲載した図の作成です。限られたスペースの中で、何をどう図示すれば初めて見た読者にも研究の背景やポイントが的確に伝わるかを意識し、他の論文の図も参考にしながら、できるだけシンプルかつ直感的に理解できるものを目指しました。提出直前まで修正を重ねた結果、自分としても納得のいくイントロと図を仕上げることができました。また、イントロを考えることにより、自分の研究の「強み」や「本当に伝えたいこと」が明確になり、その後の研究の方向性も見えやすくなったように感じています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究を進める中で直面した課題は、収率の向上、反応機構の解明、生成物の構造決定など、多岐にわたりましたが、どの課題も一筋縄ではいかず、それぞれが大きな壁だったと感じています。
一方、それらの課題を乗り越えた方法はどれも共通しており、それは「他者の意見や視点を積極的に取り入れること」でした。私はもともと人と話すことが好きな性格ということもあり、日頃から研究室内のメンバーと活発にコミュニケーションを取っていました。その中で、自分の悩みや課題を率直に共有することで、思いもよらない視点からヒントやアドバイスを得ることができ、課題解決の糸口見つけることができました。
さらに、指導教員のご紹介により他研究室の先生方と共同研究を行い、当研究室では扱っていない技術や知見を取り入れることで乗り越えられた課題もありました。
このように、私が研究で直面したさまざまな課題は、決して自分一人の力だけで解決できたわけではなく、多くの方々の支えや協力があって初めて乗り越えることができました。研究活動を通じて、「他者と協力し、異なる視点を取り入れることの大切さ」を実感できたことは、大きな学びとなりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は今年の春から化学メーカーで研究開発職に従事しており、主に新製品の開発に取り組んでいます。中でも、現在携わっている製品は外部から刺激を与えると性質が大きく変化するという特性を持つものであり、化学とそれが作り出す製品面白さを実感しております。現在は研修の一環で開発業務を行っておりますが、今後は少し基礎研究に近い部署へ配属予定ですので、将来的には「こんなことが本当にできるのか」と思われるような次世代型製品の実用化を目指し、社会に新たな価値と驚きを提供できるような研究開発に挑戦していきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

読者の多くは学生の方々と伺っておりますので、僭越ながら、私から皆さんにメッセージをお伝えするとすれば、それは、大学生活・研究室生活を存分に活用して欲しいということです。
私自身、学生時代の研究室での経験を通して、化学の専門知識だけでなく、資料作成や発表の組み立て方、論理的思考力といった、社会に出てからも役立つさまざまなスキルを身につけることができました。また、先輩や後輩との関わり、小規模ながらも組織の中で自分の役割を考え行動する経験は、社会人としての土台になっていると今まさに感じています。
研究活動がとても楽しいと感じている方は、その「楽しい」という気持ちを大切に、自分のアイデアを形にできる環境を存分に活かして、研究室生活を思いきり楽しんでください。一方で、もし今は研究に前向きになれないと感じている方がいたとしたら、研究室という場所を自分の将来に必要なスキルを磨く“舞台”ととらえてみるのも、ひとつの考え方だと思います。
皆様の貴重な学生生活が、実り多きものとなることを心より願っています。

最後に、ご指導いただきました跡部先生、信田先生、鄭さん、富山大学 岡本助教、エネルギー計算等メカニズムに関する議論でお世話になりました東京大学 横川准教授 京都大学 西本助教、EPR測定でお世話になりました横浜国立大学 菊地准教授、基質合成・検討でお世話になりました国際医療福祉大学 米田講師、Bath大学 Suzuki-Osborne君、そしてこのような貴重な機会を与えてくださった Chem-Station スタッフの方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。

研究者の略歴


名前:森本 達也もりもと たつや
所属(当時):横浜国立大学大学院理工学府 跡部・信田研究室
略歴:
2023年3月 横浜国立大学 理工学部 化学・生命系学科 卒業
2025年3月 横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程前期修了

関連リンク

  1. Jurczyk, J.; Woo, J.; Kim, S. F.; Dherange, B. D.; Sarpong,R.; Levin, M. D. Single-Atom Logic for Heterocycle Editing. Nat. Synth. 2022, 1 (5), 352–364. DOI: 10.1038/s44160-022-00052-1

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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