[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

非対称化合成戦略:レセルピン合成

[スポンサーリンク]

非対称化戦略を用いたレセルピン合成が達成された。今までの全合成と比べても構造的に簡単な中間体を用いて合成することができる。

レセルピン

天然物合成は希少化合物の合成的供給を可能にするだけでなく、複雑構造物質を作り上げる新規合成戦略の提示の両面から重要である。インドジャボクの根・根茎から単離、構造決定されたレセルピン(1: 1A)の合成を通じてWoodwardは環状立体制御法を提示し、これは現代の有機合成においてもスタンダードとなっている。1は高度に官能基化されたシクロヘキサン環(E)を含む五環式骨格をもつ。1956Woodwardらは、環状構造を活用する巧みな立体制御を用いて1を合成した(1B)[1]。この報告以降多くの名だたる合成化学者が[4+2]付加環化反応、分子内ラジカル環化やコープ転位などを用いて1を合成している。やや古いが、レセルピン合成の詳細は2005年の総説を参考にしてほしい[2]

 今回、ソウル大学のChen教授らは、彼らが注力している非対称化を鍵とする合成戦略[3]を用いてレセルピンの合成を達成した。逆合成解析の結果、彼らはレセルピンのもつE環は対称シクロヘキサノン8から合成できると考えた(1C)。すなわち、8に対してトリプタミン骨格を導入した後、合成中盤で分子内非対称化を行った。最後にE環を官能基変換することで1を合成した。非対称化を用いることで過去の合成と比較して構造的に単純なE環前駆体を用いて1の全合成を達成した。

図1. (A) レセルピンの構造 (B) Woodwardによる全合成  (C) 今回の合成戦略

“A Desymmetrization-Based Total Synthesis of Reserpine”

Park, J.; Chen, D. Y. -K. Angew. Chem.,Int. Ed.2018, 57, 16152.

DOI: 10.1002/anie.201810974

論文著者の紹介

研究者:David Yu-Kai Chen 

研究者の経歴:

1998-2001 Ph.D. Cambridge University, UK. (Prof. I. Paterson)
2002-2003 Postdoctoral Research Associate, The Scripps Research Institute, San Diego, USA (Prof. K. C. Nicolaou)
2004-2005 Senior Research Chemist, Merck Research Laboratories, Rahway, New Jersey, USA
2005-2011 Principal Investigator, Chemical Synthesis Laboratory @Biopolis, A*STAR, Singapore
2005-2011 Adjunct Associate Professor, Nanyang Technological University, Singapore
2011- Professor, Seoul National University, South Korea

研究内容:天然物の全合成

論文の概要

Chen教授らは、E環前駆体として対称かつ合成が容易な11に着目した。酸性条件下、対称シクロヘキサノン116-メトキシトリプタミン12とのPictet–Spengler反応、続く保護により13を合成した。その後オスミウム酸化Criegeeグリコール開裂の二工程により13の二重結合を酸化開裂しジアール体15a(およびビスヘミアセタール体15との混合物)へと導いた。この混合物に対してPd/Cを用いた接触還元をすることでCbz基の除去、続くイミニウムの形成とそれの還元反応(タンデム反応)によって非対称化を行うことで18を合成し、1がもつ炭素骨格の形成を完了した。その後、数工程を経て合成した19に対してLプロリン触媒存在下ニトロソベンゼンを用いるC17位の位置および立体選択的な酸化を含むE環の官能基変換と脱保護などを経てレセルピン(1)の合成を達成した。詳細は論文を参照されたい。

図2. 非対称化戦略を用いるレセルピンの合成

以上のように、非対称化というアプローチを用いることで過去の合成に比べて単純な構造の化合物を出発物質に用いてレセルピンの合成が可能となった。今後、さらに複雑な骨格を有する天然物への適用が期待される。

参考文献

  1. Woodward, R. B.; Bader, F. E.; Bickel, H., Frey, A. J.; Kierstead, R. W. Tetrahedron1958, 2, DOI: 10.1016/0040-4020(58)88022-9
  2. Chen, F.-E.; Huang, J. Chem. Rev. 2005,105, 4671. DOI:10.1021/cr050521a]
  3. Selected examples of desymmetrization-based total synthesis, see: (a) Inoue, M.; Sato, T.; Hirama, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 10772. DOI: 10.1021/ja036587+(b) Malinowski, J. T.; Sharpe, R. J.; Johnson, J. S. Science 2013, 340, 180. 10.1126/science.1234756(c) Nagatomo, M.; Koshimizu, M.; Masuda, K.; Tabuchi, T.; Urabe, D.; Inoue, M. J. Am. Chem. Soc.2014, 136, 5916. 10.1021/ja502770n(d) Yoshii, Y.; Tokuyama, H.; Chen, D. Y.-K.; Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 12277. DOI: 10.1002/anie.201706312
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 臭素もすごいぞ!環状ジアリール-λ3-ブロマンの化学
  2. タンパク質リン酸化による液-液相分離制御のしくみを解明 -細胞内…
  3. アメリカで Ph.D. を取る -Visiting Weeken…
  4. ケムステも出ます!サイエンスアゴラ2013
  5. 学部生にオススメ:「CSJ カレントレビュー」で最新研究をチェッ…
  6. 不安定さが取り柄!1,2,3-シクロヘキサトリエンの多彩な反応
  7. “マイクロプラスチック”が海をただよう …
  8. 荷電π電子系が発現するジラジカル性をイオンペア形成によって制御

注目情報

ピックアップ記事

  1. 世界の最新科学ニュース雑誌を日本語で読めるーNature ダイジェストまとめ
  2. ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン / Hexanitrohexaazaisowurtzitane (HNIW)
  3. 日本最大の化学物質データーベース無料公開へ
  4. イグノーベル賞2021が発表:今年は化学賞あり!
  5. エリック・フェレイラ Eric M. Ferreira
  6. 仙台の高校生だって負けてません!
  7. パッションフルーツに「体内時計」遅らせる働き?
  8. 動的な軸不斉を有する大環状ホスト分子
  9. 武田薬、糖尿病治療剤「アクトス」の効能を追加申請
  10. 創薬人育成サマースクール2019(関東地区) ~くすりを創る研究の醍醐味を知る!~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年1月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP