第685回のスポットライトリサーチは、産業技術総合研究所 触媒化学研究部門 フロー化学研究グループ 主任研究員の小林 貴範 (こばやし きはん)さんにお願いしました!
学術と産業の架け橋を担う産業技術総合研究所のフロー化学研究グループでは「連続精密生産プロセス技術及びデータ駆動型反応開発」を目標に掲げ、実用的プロセスの開発に取り組んでいます。
本研究では、パーキンソン病治療薬であるサフィナミドメシル酸塩を、なんと一度も反応溶液を取り出すことなく、一気貫通したフローリアクターで市販の原料から合成し、1度の晶析操作のみで合成する手法を確立しました。研究成果は、プレスリリースおよびACS Sustainable Chemistry & Engineering誌に報告されています。
“Continuous Synthesis of Safinamide Mesylate using Flow Reactions, Inline Extraction, and Crystallization”
Kwihwan Kobayashi*, Takenori Kimura, Takuya Tsubaki, Shingo Komatsuzaki, Akira Yada
ACS Sustainable Chem. Eng. 2025, 13 (36), 15233–15241
DOI: 10.1021/acssuschemeng.5c07441
プレスリリース「パーキンソン病治療薬の連続フロー合成を実現」
小林さんについて、産総研 フロー・デジタル駆動化学チームのチーム長である矢田陽 先生から以下のコメントをいただいています。
小林さんは2022年に産総研に入所され、NEDO PJ「機能性化学品の連続精密製造プロセス技術の開発」を中心に研究開発に従事されてきました。NEDO PJ研究では着実に研究成果を積み重ね、2025年10月に異例の速さで主任研究員に昇格されました。触媒化学研究部門の若手研究員の中でも著しい成長が見られ、今後さらなる成長と活躍が期待される人材です。
小林さんは複数の研究テーマを同時に進めながらも、それぞれを確実に成果へと結びつける高い実行力を持っています。研究に対して常に真摯な姿勢で臨み、課題の本質を見極めながら粘り強く取り組む姿勢が印象的です。また、明るく活発な性格でグループ内の雰囲気を明るくし、周囲のメンバーからも厚く信頼されています。
小林さんは観察力にも非常に長けており、その力は研究だけでなく、よく披露してくれる産総研メンバーのモノマネにも表れています。もしかすると、私のモノマネもどこかで披露されているのかもしれません。小林さんにお会いする機会がありましたら、ぜひモノマネをリクエストしてみてください。
今回の研究成果はNEDO PJに関するもので、ターゲット化合物の連続精密生産を実証することに成功した内容です。ターゲット化合物の選定からプロセス開発、そしてスケールアップまでを小林さん自身が計画・立案し、周囲のスタッフと協力して研究を推進しました。小林さんにとって初めてプレスリリースにつながった研究であり、熱い想いが詰まった成果になっています。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。
最後に、小林さんは大きな成果を挙げることに強い意欲を持っておられます。これからさらに大きな研究課題に挑戦し、素晴らしい成果を創出してくれることを期待しています。皆さんもぜひ小林さんを応援してください。
それでは、スポットライトリサーチインタビューをお楽しみください!
【Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?】
パーキンソン病治療薬であるサフィナミドメシル酸塩(商品名: エクフィナ)の連続フロー合成法に関する研究です。高齢化社会が進行する中、神経変性疾患であるパーキンソン病患者数も増加し続けています。パーキンソン病は医薬品による治療が第一選択であり、サフィナミドメシル酸塩も需要が高まっている医薬品です。我々は、NEDOの委託事業「機能性化学品の連続精密生産プロセス技術の開発」という研究プロジェクトを推進し、複数工程を必要とするサフィナミドメシル酸塩の一気通貫した連続合成法の開発にチャレンジしました。

【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください】
本研究で工夫したところは、単離精製を挟まずに一気通貫したプロセスでサフィナミドメシル酸塩の晶析まで実施したことです。従来のバッチ法での製造は各反応後に単離精製を挟み、また反応に用いる溶媒もその反応に適した溶媒を使用していました。フロー法では単離精製や溶媒置換を導入することは容易ではないため、統一した溶媒(4-メチルテトラヒドロピラン: 4-MTHP)をメインで使用し、抽出工程もインラインで実施する必要があります。また、各反応や抽出の処理速度を揃えないと一気通貫した連続プロセスは困難です。詳細なプロセスデータを収集することで、統一した溶媒で高い反応成績、揃った処理速度、晶析での純度コントロールを可能にしました。

【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】
第二工程の還元的アミノ化(反応II)から晶析への接続と一気通貫したプロセスのスケールアップが難しかったです。還元的アミノ化に使用するアラニンアミド塩酸塩は溶解度と反応性の都合上MeOHに溶解させる必要がありました。しかしMeOHを含む4-MTHP溶液では、造塩晶析(連続バッチ式)時にメタンスルホン酸(MsOH)を加えても目的物はMeOHへの溶解性が高いため析出しませんでした。そのため溶媒量使用しているMeOHをインラインで連続的に除去する必要があり、抽出条件の設定などに苦労しました。また本フロー法はスケールアップも実施しており、連続バッチ式の造塩晶析は写真にあるように6Lのリアクターを使用するスケール感で検証を行いました。このスケールでの実験はこれまで行ってこなかったので、装置を運転させるだけでも苦労しました。
【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】
将来的には、化学において基礎から応用まで幅広く対応できるオールラウンドな研究者を目指しています。基礎研究は応用研究の土台であり不可欠であり、とても楽しいです。一方でニッチすぎるテーマの場合、実用化には相当な時間がかかることもあります。産総研の立場からは、大学や企業との連携を通じて、得意分野を深掘りしつつ、社会実装を意識した幅広い研究に取り組み、実用化への橋渡しを担っていきたいと考えています。
【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします】
何事も楽しく過ごせることが大事だと思っています。やったことのないことや難しいことにチャレンジすることはハードルの高さを感じてなかなか手を付けにくいことも多々あるかと思いますが、なんやかんや終わった時に「楽しかったな」と思えると次のことにチャレンジしやすくなると、とくに現職についてからは感じています。
この研究は多くのスタッフさんに助けられて進められたので、この場を借りて感謝申し上げます。
最後に、今年度から弊所のリクルーターとしても活動しておりますので、見学や相談などがありましたが、下記のメールアドレスまで気軽にご連絡ください。
小林貴範:kobayashi-kwihwan@aist.go.jp
研究者の略歴
名前: 小林 貴範 (こばやし きはん)
所属: 産業技術総合研究所 触媒化学研究部門 フロー化学研究グループ 主任研究員
略歴:
2019年より日本学術振興会特別研究員DC1
2021年岐阜薬科大学大学院薬学研究科薬学専攻修了(博士(薬学), 佐治木弘尚教授)
同年同研究室博士研究員(PD)
2022年産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター
2025年より現職

関連リンク
・AIST:産業技術総合研究所
・フロー・デジタル駆動化学チーム
・第16回Vシンポ「マテリアルズインフォマティクス?なにそれおいしいの?」矢田陽先生講演動画





























