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ケムステしごと

有機化学者の仕事:製薬会社

 

M1, D2のみなさんは夏を過ぎるまでに進路を決めておきたいところですね。もし、将来の進路に製薬会社を頭の片隅に描いている方がいらっしゃるなら、具体的なイメージを掴んでもらうため、有機化学者がどのような現場で働いているか、紹介してみたいと思います。

 

仕事内容

薬は小分子薬とバイオ医薬品(抗体薬、ホルモン製剤、ワクチン等)の2つに大別することができます。有機化学者は基本的に小分子を対象にしますす。しかし、近年バイオ医薬品の修飾やDrug delivery systemsまで有機化学者が必要とされる状況となっており、受け持つ仕事の内容が少し変わりつつあります。以下に紹介します。

 

①メディシナルケミストMedicinal Chemists:

皆さんが製薬会社の研究と聞いて、パッと頭に浮かぶ仕事はHTSのhitsをlead化合物にして臨床試験を通して薬にする仕事ではないでしょうか。これがMedicinal Chemistsの代表的な仕事ですが、イメージとは裏腹に泥臭く辛抱が必要な仕事です。臨床試験に入れる化合物を創り続けることが任務です。「薬」ではなく「臨床試験に入れる化合物」と言ってるところがポイントです。臨床試験に入った化合物が薬になる確率は今でも30%を切ります。ドロップする理由は臨床試験に入ってからわかることがほとんどです。

ご存知の通り、この分野でリーダーとして薬を世に出せる機会に恵まれる人はほんの一握りです。実は同じ人が複数個の薬に貢献することがしばしばあるのも事実です。つまり、薬を創出できる能力と資質を兼ね備えた人物は非常に限られており、そういう人材を育成できる環境を保ち続け、人材を確保し続けることが自社開発型製薬会社の使命です。先輩等、実際に働いている方が身近にいる場合、雰囲気を聞いておくのは重要かもしれません。勿論、薬を世に出せればその達成感は他では味わえぬものだと思います。

Med. Chem.の仕事分担は会社によって大きく違います。前半のHit to Leadを担当するチームとLead から clinicalを担当するチームを分けている会社もあるようです。一つのチームが最後まで面倒をみるのがオーソドックスなスタイルです。最近は、各疾患や、疾患領域に応じて縦割りに配置したり社内ベンチャー等を置いたりする組織形態が流行っているようです。

ちなみに全合成出身者を多めに配置する企業が多いようですが、分子認識の詳細な理解という観点から反応開発出身者もこの分野に向いていると個人的に思っています。勿論全合成出身者の化合物を展開する力が求められるのは言うまでもありませんが。

 

②プロセスケミストProcess Chemists:

もう一つの柱は、Process Chemistsといわれる研究者です。彼らの任務は、目的の化合物を安全に安定的に供給することです。会社の利益に直結するため、いかに安く効率的に生産するかという経済性も頭に入れる必要があります。最終化合物は粉体でkg以上のスケールです。活性の高い化合物だとごく微量で毒性域に達するものも珍しくありません。某会社のある薬では宇宙服のような格好で最終工程をしたと耳にしたこともあります。

有機化学の知識をフルに仕事で活用できるため欧米では人気が高く、有名ラボの優秀な人材がこの分野で働きたいと思っているようです。会社への貢献度が高いため、外資系の成功者は栄光を手に入れることができると聞きます。日本では欧米と比較し、Process Chemistsに対する評価が高くない企業が存在する気がするのは私だけでしょうか。最近ではProcess Chemistsが早期から研究開発に深く関与する傾向があります。そのため創薬工程における重要性は今まで以上に高まっています。言うまでもなく、Med.Chem.とProcess Chem.間の意思疎通は開発速度を決めるため重要です。反応開発者に向いている部署であることは確かですが、私はむしろ天然物合成経験者の経験がかなり活かされる部署だと感じています。一つの反応の最適化することは反応開発者に分がありますが、全く異なる短段階の合成ルートを引き直す作業は全合成研究者に分があると思うためです。

 

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図. 小分子薬研究開発の流れ

 

③ドラッグデリバリー関連 Drug delivery systems:

近年この分野で有機化学者が活躍しています。所属研究所は薬物動態研究所、もしくは製剤研究所にあったり、独立していたり様々ですが、その重要性は日に日に増しているように思います。仕事内容を一言で言い切れない広い分野です。簡単な例をあげます。創薬の種の中で細胞内に入れば効くのに入れないもの、生体内で分解されやすいもの等を、目的の臓器・組織に運ぶことなどの研究があります。一部限られた臓器での応用例を聞きましたが、まだまだの感があります。

技術は多岐にわたります。各社どの技術に注力するかで差があるようです。一部、限られた場合の成功例は報告されていますが、各社ともまだ本格的に技術をお披露目する時期でないため、外部からはどこがどのように動いているのが掴めません。そのため、紹介が短くなり申し訳ないのですが、配属先がこの分野であった君は、期待されてると思って頑張って下さい。若い力が生きる分野です。

 

④バイオ医薬品等への修飾:

最近抗体薬の糖鎖部位を修飾したり、抗体の小型化したものを薬にする研究などが活発に行われるようになってきています。そのため、バイオ医薬品をよりよく改良するために、タンパクやペプチドや核酸などの巨大分子への位置選択的修飾が有機化学者に求められるようになっています。

この分野に新人が配属させる企業もあるのではないでしょうか。この分野もまだ試行段階で社外からはほぼ何も見えません。これも紹介が十分できず申し訳なく思います。③④は共に創薬研究でこれから有機化学者が開拓し活躍していく分野だと感じています。

 

⑤代謝解析:

この分野に初めから配属される方は少ないと思います。なぜなら、創薬全体の広い知識が必要なためです。

薬にするには、代謝物を同定し、その化合物を実際に合成し毒性を評価しなければなりません。推定された化合物を実際に合成・同定し、誤りがあれば正しい代謝物を合成する必要があります。

代謝は、酸化や還元、求電子反応や求核反応が複雑に絡まり生体外に異物を排除する過程でおきるため生体内で必要なシステムです。しかし、代謝物の多くは、極性が上がった化合物に糖だのアミノ酸やグルタチオンなどがくっついています。そのため、合成が難しく精製も困難を極めるものが多く厄介な仕事が多いのです。しかし、この段階まで到達できれば化合物が臨床試験まで進む可能性が高いので、嬉しい合成仕事とも言えます。

 

⑤化合物ライブラリー関連:

甘くみられ、嫌われがちな任務ですが実はその会社の創薬の源を司る肝になる部署です。ほとんど知られていない仕事ですので、少し長めに書いてみます。

自社ライブラリーデザインに成功している企業は世界的に少ないといえます。仕事は大きく2つに分かれます。一つは全体(購入品、自社ライブラリー等)をみながらライブラリー全体や自社ライブラリーをデザインする方です。もう一つは、実務的にLibrary合成・精製を担当する方です。

ライブラリー関係者は、その任務の特殊性のため、他の部署より厳しく秘密を保持し続ける必要があります。権利獲得よりノウハウの蓄積を重要視します。自社の所有ライブラリーの全容を知り担当できる人はほんの一握りの研究者のみです。そのため有効な自社ライブラリーをもつ企業において、ライブラリーデザインを担当する人も、実務の全てを知る人も常時各2-3人ではないでしょうか。

デザインを担当する人は臨床に化合物を上げた経験を持ちMed.Chem.の仕事を理解した人で新しい技術・概念・知識に貪欲で未来の展開に敏感でありかつ慎重な人が理想です。勿論、すべてを備えた人がライブラリー部署にくることは稀です。なぜ未来の展開を読む必要があるのでしょう。デザインてからHTSができる状態までに3年以上、その後Hitsを得て臨床に上げるまで早くて3年、つまり、最速で6年です。つまり、未来の標的のタイプに敏感である必要があります。なぜ実務で臨床にあげた経験が必要なんでしょう。それはHit化合物が薬につながるようデザインする必要があるからです。なぜ慎重か?それはデザインが走り出すと止まらないからです。相当の経済的負担になります。

一方、実務面を担当する人は、緻密で正確な仕事を日々続ける忍耐力と体力のある人が向いています。正確性と堅実性を兼ね備え、デザイン担当者にブレーキをかける冷静さも必要です。考えてみてください。数十万に上る化合物を把握し、毎年数万の化合物が新規に合成・購入されてくるのを交通整理し、HTSに供給できるよう維持し続ける仕事の大変さを。ライブラリー実務では、ライブラリー合成よりデータ管理と化合物管理と精製技術が肝になります。なぜ精製が重要か?これは実験系有機化学者ならよくわかるはず。反応を仕込むだけなら一日5個の異なる反応を同時に仕込めますが、それを副生成物の中から精製することまでを一日でこなすことは至難です。イメージすればわかると思いますが、精製が律速になります。

 

⑥特許関連:

この分野は生物系と化学系と文系分野の方が同じ部署にいます。いわゆる、弁理士のお仕事全般が任務です。部署内では、資格を取得しようと格闘している人が多くいます。化学担当者は専ら特許権が対象ですが、文系の方は意匠、商標、著作権などを扱います。実用新案はまれでしょう。①-④の経験をしてから自ら希望して移られる方がいるのも特徴です。

パテント戦略は企業にとって重要度が高く、緻密かつ巧妙に練られています。ライバル会社に本命がバレないように、かつ、自社の権利を最大限活かすための戦略を立てる必要があります。

例えば、簡単な例として、権利範囲を広くとるのか狭くとるのかだけで、その後の方針が大きく異なってきます。全ての化学系実務者は他社情報の交換や自社戦略などで、特許部署と親密な関係で結ばれているのが通常です。

 

⑦戦略系:

呼び方や仕事内容は様々ですが、創薬全体を俯瞰し、各研究所と開発研究を統括的に管理したり、基本戦略を立てたりする部署が存在する企業が多いのではないでしょうか。そういった部署に化学系の人も多くいます。配属されるのは他の実務を経験した人達です。カッコいいので憧れるでしょうが、大変なハードワークと重責が待っている部署です。新人が行くことはまずないので、知識として知っていれば十分です。

 

⑧天然物化学関係:

以前は全盛を極めた生理活性物質の創薬利用は大村先生のノーベル賞の受賞とは逆に下火であることは事実です。

企業は営利を追求するため、費用や労力に対して薬に結びつく確立が低いという判断でしょう。多くの企業がこの分野から一時期撤退していました。

しかし、最近、生物の産生する全ての化合物を利用できていないという事実や、天然物の持つ多様性が再評価されにわかに注目されています。合成や反応面から天然物っぽい様々な構造を効率的に作るという多様性の意味ではなく、天然物が持つ構造面や生理活性面での多様性という意味です。

天然物ファンとして、今後この分野に大きな技術的ブレークスルーが来ることを願ってやみません。

 

以上、簡潔にとはいきませんでしたが、有機化学者が創薬企業で活躍する場を箇条書きしてみました。自分でも驚いてますが少なくともこれくらいはあります。有機化学の知識・実験の力が十分あった上で創薬の生きた知識を身につける必要があるのが創薬実務の特徴です。そのため、化学系に限っていうと入社試験で薬学系が有利ということはなく、理学工学農学薬学と広く門戸が開かれてます。興味を持った学生、ポスドクの皆さん、創薬の門をノックしてみてはいかがでしょうか。

以上。

 

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