[スポンサーリンク]

chemglossary

金属-有機構造体 / Metal-Organic Frameworks

[スポンサーリンク]

金属-有機構造体 (metal-organic framework: MOF) は、金属と有機配位子からなる結晶性の多孔質材料です。用いる金属や配位子の種類により、孔径や表面の性質を分子レベルで設計できるため、目的の応用に応じて自在に機能を調整できます。具体的には、ガス貯蔵材料、不均一触媒、導電性材料、あるいは磁性材料への応用が期待されています 。

金属-有機構造体 (Metal-Organic Frameworks) とは

典型的な金属錯体は単一の金属の周囲に有機化学物が配位していますが、もしその有機配位子が複数の配位部位を持つ場合、金属錯体が無数につながった構造を取ることができます。そのような無限多核錯体のなかでも、繋がり方の周期性が高い (結晶性が高い) 化合物群を、金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF)とよびます。多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)と呼ばれることもあります[1]

MOF(PCP)の調製例(出展:材料科学の基礎)

MOF(PCP)の調製例(出展:材料科学の基礎)

一般的な結晶は、原子やイオンが密に並んだ構造を持っているのに対して、MOF は有機分子が金属イオンを橋かけすることでナノサイズの空間を作り出します。つまり、MOF は多孔質材料であると言えます。その空間を利用して、新しいガス貯蔵材料[6,7] や触媒 [8]として注目されています。

その他の多孔質構造体との区別

従来から知られている多孔質材料として、グラファイト系の炭素材料である活性炭や、ケイ素とアルミニウムを主体とするゼオライトがあります。MOF はそれらの多孔質材料よりも高い表面積を有することが多いです。ゼオライトの BET 表面積は 100 m2/g から900 m2/g 程度ですが[5]、MOF の BET 表面積は 8000 m2/g 程度に及ぶことがあります[4]。くわえて、MOF は結晶性が高いため単結晶 X 線により構造を原子レベルでの構造解析が比較的容易です。ただし、MOF はゼオライトと比較すると耐熱性や化学的安定性に乏しいです。例えばカルボキシレート系の配位子を持つ MOF だと、300 ºC 程度で配位子の脱炭酸により分解し始める場合が多いです。

単結晶の例(出展:材料科学の基礎)

単結晶の例(出展:材料科学の基礎)

MOF の他の新しい多孔質構造体との比較

MOF 以外にも、21世紀以降、 新たな多孔質材料の開発が進んでいます。具体的には共有結合性有機構造体 (covalent organic framework, COF)[9]多孔性芳香族構造体 (porous aromatic framework, PAF)[10] が挙げられます。

COF は可逆的に形成できる有機官能基の連結により有機分子が規則正しく配列した構造体です。有機分子間の共有結合は、金属–配位子の配位結合よりも一般的に強いため、COF は MOF と比べて高い安定性を示します。ただし、結晶性が MOF よりも低く、粉末 X 線による分析はできるものの、単結晶 X 線回折にふさわしい大きさの単結晶を得ることが難しいことが難点です。“可逆的に形成できる” 官能基を連結基に用いるものの、有機分子の可逆反応は、金属–配位子間の結合形成よりも遅いため、規則的な結晶へと成長するのが難しいのです。
PAF は、官能基間の結合ではなく、カップリング反応で生成される強い炭素–炭素結合により芳香族環連結子が連結された構造体です。炭素–炭素結合の強さにより、PAF は、COF よりもさらに高い熱安定性および化学安定性を示します。しかし、結晶性は COF よりもさらに悪く、PAF は非晶質となります。
最近では、水素結合により有機分子が連結して生成される構造体である水素結合性有機構造体 (hydrogen bonded organic framework: HOF) も登場しています。

MOF が爆発的に成長している理由

従来の多孔質材料である活性炭はグラファイトをベースとしており、ゼオライトはケイ素とアルミニウムをベースにしています。したがってグラファイトは炭素材料で、ゼオライトは無機材料と言えるでしょう。一方、MOF は金属と有機分子からなることから、無機と有機のハイブリッド材料であるといえます。 そして MOF は金属の種類や有機分子の組み合わせ方によって多様な構造体を形成できます。すなわち、目的の機能に応じて様々な設計ができるのです。たとえば、孔径や官能基を精密調整することができ、孔表面の性質を自在調節する事も容易です。さらに合成後変換を利用することで、構造体の合成後にその機能を調整することもできます [11]。合成後変換は、有機化学の官能基変換や錯体の配位子交換反応のような分子化学の考え方を、固体材料にもたらした例であり、MOF の設計の自由度を増大させています。このような設計容易性により、MOF は現在爆発的な成長と研究競争を見せている材料の一つであり、基礎・応用問わず報告例は指数関数的に増加しています。

著名な MOF の研究者

カリフォルニア大学バークレー校の Omar Yaghi 教授が MOF の研究の第一人者として知られており、様々な新しい構造体を報告してきました。日本では、京都大学の北川進教授がこの材料群を扱う第一人者として知られており、東京大学の藤田誠教授は結晶スポンジ法というMOFの応用例を確立しました。それ以外にも、Northwestern 大学の Omar Farha 教授はMOFを用いた毒物/汚染物質の分解やマシーンラーニングなどを利用したガス貯蔵の開発に取り組んでおり、 MIT の Mircea Dinca 教授やシカゴ大学の Wenbin Lin 教授などは触媒開発に取り組んでいるなど、MOF の研究は世界中で活発に行われています。

代表的な MOF

代表的な MOF の結晶構造. グレーは炭素、赤は酸素、水色は亜鉛、茶色は銅、黄色はジルコニウム、紫はコバルトを表す.

関連記事

関連文献

  1. Batten, S. R.; Champness, N. R.: Chen, X. M.; Garcia-Martinez, J.; Kitagawa, S.; Ohrstrom, L.; O’Keeffe, M.; Suh, M. P.; Reedijk, J. Crystengcomm 2012, 14, 3001.
  2. (a) Kondo, M.; Yoshitomi, T.;  Seki, K.; Matsuzaka, H.; Kitagawa, S. Angew. Chem. Int. Ed. 1997, 36, 1725; (b) Li, H.; Eddaoudi, M.;  Groy, T. L.; Yaghi, O. M. J. Am. Chem. Soc. 1998120, 8571.
  3. Yaghi, O. M.; O’Keeffe, M.; Ockwig, N. W.; Chae, H. K.; Eddaoudi, M.; Kim, J. Nature 2003423, 705. DOI: 10.1038/nature01650
  4. Furukawa, H.; Kordova, K. E.; O’Keeffe, M.; Yaghi, O. M. Science 2013341, 1230444. DOI: 10.1126/science.1230444
  5. Galarneau, A; Mehlhorn, D.; Guenneau, F.; Coasne, B.; Villemot, F.; Minoux, D.; Aquino, C.; Dath, J.-P. Langmuir 201834, 14134. DOI: 10.1021/acs.langmuir.8b02144
  6. Kapelewski, M. T.; Runčevski, T.; Tarver, J. D.; Jiang, H. Z. H.; Hurst, K. E.; Parilla, P. A.; Ayala, A.; Gennett, T.; FitzGerald, S. A.; Brown, C. M.; Long, J. R. Chem. Mater. 201830, 8179−8189. DOI: 10.1021/acs.chemmater.8b03276
  7. Mason, J. A.; Veenstra, M.; Long, J. R. Chem. Sci. 20145, 32-51. DOI: 10.1039/c3sc52633j
  8. Wei, Y.-S.; Zhang, M.; Zou, R.; Xu, Q. Chem. Rev. 2020120, 12089. DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00757
  9. Geng, K.; He, T.; Liu, R.; Dalapati, S.; Tan, K. T.; Li, Z.; Tao, S.; Gong, Y.; Jiang, Q.; Jiang, D. Chem. Rev. 2020120, 8814. DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00550
  10. Tian, Y.; Zhu, G. Chem. Rev. 2020120, 8934. DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00687
  11. Cohen, S. M. J. Am. Chem. Soc. 2017139, 2855. DOI: 10.1021/jacs.6b11259

関連書籍

外部リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. 逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR; reverse tr…
  2. クロスカップリング反応 cross coupling react…
  3. 蛍光異方性 Fluorescence Anisotropy
  4. 生物学的等価体 Bioisostere
  5. 指向性進化法 Directed Evolution
  6. 固体NMR
  7. 薄層クロマトグラフィ / thin-layer chromato…
  8. カール・フィッシャー滴定~滴定による含水率測定~

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2009年8月人気化学書籍ランキング
  2. 200MHzのNMRが持ち歩けるって本当!?
  3. KISTECおもちゃレスキュー こども救急隊・こども鑑識隊
  4. 品川硝子製造所跡(近代硝子工業発祥の碑)
  5. 化学系ラボの3Dプリンター導入ガイド
  6. “Wakati Project” 低コストで農作物を保存する技術とは
  7. 科学カレンダー:学会情報に関するお役立ちサイト
  8. 新海征治 Seiji Shinkai
  9. リピトール /Lipitor (Atorvastatin)
  10. キャロライン・ベルトッツィ Carolyn R. Bertozzi

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年2月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
232425262728  

注目情報

注目情報

最新記事

材料開発の変革をリードするスタートアップのデータサイエンティストとは?

開催日:2023/06/08  申し込みはこちら■開催概要MI-6はこの度シリーズAラウ…

世界で初めて有機半導体の”伝導帯バンド構造”の測定に成功!

第523回のスポットライトリサーチは、千葉大学 吉田研究室で博士課程を修了された佐藤 晴輝(さとう …

第3回「Matlantis User Conference」

株式会社Preferred Computational Chemistryは、7月21日(金)に第3…

第38回ケムステVシンポ「多様なキャリアに目を向ける:化学分野のAltac」を開催します!

本格的な夏はまだまだ先ですが、毎日かなり暖かくなってきました。皆様お変わりございませんでしょうか。…

フラノクマリン -グレープフルーツジュースと薬の飲み合わせ-

2023年2月に実施された第108回薬剤師国家試験において、スウィーティーという単語…

構造の多様性で変幻自在な色調変化を示す分子を開発!

第522回のスポットライトリサーチは、北海道大学 有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)で博士課程を…

マテリアルズ・インフォマティクス適用のためのテーマ検討の進め方とは?

開催日:2023/05/31 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

リングサイズで性質が変わる蛍光性芳香族ナノベルトの合成に成功

第521回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域 有機化…

材料開発の変革をリードするスタートアップのプロダクト開発ポジションとは?

開催日:2023/06/01 申し込みはこちら■開催概要MI-6はこの度シリーズAラウン…

種子島沖海底泥火山における表層堆積物中の希ガスを用いた流体の起源深度の推定

第520回のスポットライトリサーチは、琉球大学大学院 理工学研究科海洋自然科学専攻 地殻内部水圏地化…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP