第694回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院理工学府(跡部・信田研究室)卒業生の瀬古達矢 さんと博士後期課程1年の長屋亮 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、可分解性バイオマスポリマーに関する研究です。
植物を原料とする精油の主成分としてフェニルプロパノイドがあります。今回、フェニルプロパノイドから得られるモノマーの[2+2]環化付加重合を介した、高いバイオマス含有率のポリマーの重合を報告されました。さらに、得られたポリマーが”Diels-Alder反応”と”Si–O結合分解”の2通りの手法で分解可能であることを明らかにされました。本成果は、Nat. Commun. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Essential oil-derived decomposable polymers via cycloaddition polymerization of silyl ether-linked phenylpropanoids”
Nagaya, R.; Seko, T.; Okamoto, K.; Ueno, K.; Atobe, M.; Shida, N., Nat. Commun., 2025, 16, 10679. DOI: 10.1038/s41467-025-65707-x
研究を指導された信田尚毅 准教授から、瀬古さんと長屋さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
この度公開された研究は、当研究室卒業生の瀬古君と長屋君が一緒に完成してくれた仕事となります。本研究で登場するスチレン類の2量化によるシクロブタン環形成は、古くはNathan L. Bauld先生が報告されており、近年では光触媒触媒や電解反応などで再注目されている反応です。この反応はラジカルカチオンを経由する点でユニークで、そのためかアネトールのような電子豊富な芳香環をもつスチレン類が最もよく研究されています。研究開始当初、学部4年生として配属された瀬古君と一緒に、分解可能なポリマーを電子移動で作ることを目指し、この反応に注目しました。特に、アネトールはバイオマス由来なので、分解可能なバイオマス由来ポリマーという、新たなコンセプトを提案できると期待しました。
研究室の先行研究がないテーマでしたので、開始当初は瀬古君が独力で、手探りで研究を進めてくれました。瀬古君は明るく裏表がない性格で、教員や先輩から積極的に多くを学び取り、昼夜問わず実験を進め、力強く研究を推進してくれました。純粋に研究を楽しむことのできる稀有な才能がある学生で、うまくいかないことには原因を考えながら忍耐強く挑戦しつづけ、うまくいった際には周囲を巻き込んで全力で喜んでいました。初めて重合がうまく行った時の嬉しそうな様子は、私にとっても忘れられない瞬間です。
モノマーの合成から重合、熱分析、分解、モデル化合物での機構解析、計算など、多種多様な実験が必要となる研究でしたので、途中から、1年後輩の長屋君にもプロジェクトに参加してもらいました。これが功を奏し、長屋君の加入により研究が飛躍的に加速し、一段と面白くなりました。長屋君は冷静かつ着実に研究を前に進めてくれる学生で、深く考えながら自律して淡々と試行を積み重ねてくれました。特に、分解生成物の構造解析や、Diels-Alder型の実現と効率向上で非常に活躍いただき、本研究の大きなハイライトを作ってくれました。長屋君のうちに秘めた情熱が、研究を1段も2段も高いレベルへと昇華してくれたと感じています。
大学院の研究は個人毎にテーマが異なるのが一般的かと思います。今回は、論文化に向けては大きな1つの仕事を協力して進めてもらったことになりますが、このような共同プロジェクトを成功裡に終えられたのは、ひとえに瀬古君と長屋君の人柄にほかなりません。二人は、お互いを尊重し、良い友人であり、高めあうライバルでもあったと思います。実験結果の考察や機構解析、背景調査、将来の展望など、さまざまなことを二人で語り合ったことが、この研究の厚みにつながったものと思います。
瀬古君は現在、化学メーカーにおいて、樹脂材料の研究開発に積極果敢に取り組んでいらっしゃると伺いました。長屋君は博士課程後期に進学し、電気化学的なバイオマスの資源化研究を発展させるサブグループを率いてくれています。この研究を通じて得られたことが、今後のお二人のご活躍の礎になればと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
地球温暖化等の環境問題が深刻化する中、化成品、特に高分子の原料を化石燃料からバイオマス資源へと転換する研究が活発化しています。バイオマス資源の中でも、精油の主成分として知られるフェニルプロパノイドは、価格や入手容易性および構造の多様性から、高分子原料として特に注目を集めています。一方でフェニルプロパノイドを利用した従来の重合手法では、バイオマス含有率や高分子の分解性に課題がありました。
そこで本研究では、化学的に分解可能なSi-O結合を導入したモノマーを合成し、それを単独重合することで、高バイオマス含有率を有する可分解性高分子を得ることに成功しました。特筆すべきは、本ポリマーが2種類の手法によって分解可能な点です。1つ目の手法はSi-O結合の分解です。この分解手法では、ビスフェノール骨格を有する分解生成物が得られ、それを利用した高分子のリサイクルやアップサイクル(元の高分子ではない高分子へと変換すること)にも成功しました。2つ目の手法は、Diels-Alder反応を利用したシクロブタン環部分での分解です。こちらの手法は高分子の分解様式としてこれまでに例がないものであったため、本研究での成果は持続可能なバイオマスポリマー開発に新たな知見を提供するものと考えています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
【瀬古】
モノマー合成が確立するまでの過程に思い入れがあります。私たちが設計したモノマーは、フェニルプロパノイド2つがシリルエーテル結合で架橋された構造をとります。この結合は外部刺激により意図的に切断可能であるため、ポリマーに分解性を付与する役割を果たします。しかし、テーマの走り出し当初は、むしろ分解というコンセプトが裏目に出てしまい、モノマー自体が安定状態を取ることができず、原料に戻ってしまう問題が生じていました。先輩の助言もあり、ケイ素上の置換基を立体的にかさ高いものに変更した結果、シリルエーテル結合が安定化し、所望のモノマーを高収率で得ることができました。私はこの経験を通して、ある種のブレークスルーは基礎知識を複合する、もしくは少し応用させることで生まれるということに気づかされました。先輩の助言に助けられた部分もかなり大きかったですが、「シリル系保護基の強さは、ケイ素上の置換基の大きさに比例する」という大学の講義で得た知識を応用し、実験を推進させるツールとして初めてアウトプットできた経験は、私の中で大きな自信につながりました。このように、自身の知見で初めてテーマを前進させられた成功体験ができたため、思い入れがあります。
【長屋】
私はDiels-Alder反応による分解に思い入れがあります。本研究で打ち出している可分解性バイオマスポリマーの設計コンセプトでは、2種類の分解手法を提案していました。その中でもDiels-Alder反応によるシクロブタン環の開裂を伴うポリマー分解は前例がない手法であったため、成功させたいという思い入れが強かったです。類似反応の条件を参考にしつつ、反応温度や光触媒、溶媒の検討を行い、収率の向上が確認できた際は、瀬古さんや先生方と一緒に喜びを共有した記憶があります。特に、反応溶媒によって分解生成物の収率が異なることがわかってからは、系中で生成するラジカルカチオンをより安定化できるような溶媒系にすることで収率も向上すると考えて実験を行い、実際に収率が向上した時は本当に嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
【瀬古】
ラジカルカチオンが触媒する[2+2]環化付加重合を利用して4員環構造をもつポリマーを得るまでに時間を要しました。当初、所望の4員環含有ポリマーを合成しようと幾度となくトライしましたが、いずれの場合も先行研究と比較して明らかに分子量分布が増大してしまう現象に見舞われていました。また本重合法は、1990年代にBauld先生のグループが発表した先行例のみの非常に特殊な手法であり、学術的知見が乏しいという背景もありました。そこで、「ものごとを細分化する」という視点を取り入れてみました。まず、「ポリマーを物理的に細分化する」という視点です。幸いなことに本ポリマーは分解できるという特徴があったため、主鎖を切断することでポリマーの繰り返し構造を観察してみました。すると、4員環構造は検出されず、別の反応により重合が進行していることが判明しました。続いて取り入れた視点は、「ポリマーの重合反応を細分化する」という視点です。ポリマーの重合反応は、言い換えると素反応の繰り返しで成り立つ反応です。本重合反応自体は特殊かもしれませんが、素反応である[2+2]環化付加反応は、先行例が多く存在する普遍的なものであるという点に着目しました。[2+2]環化付加反応にかかわる文献を片っ端から調査し、モノマーの構造や反応条件を見直すことで、副反応を抑制できる重合環境を整えました。その結果、私たちがデザインした新規のモノマーにおいても、ラジカルカチオンが触媒する[2+2]環化付加重合により4員環ポリマーを得ることに成功しました。私はこの経験から、ものごとを細分化して考える重要性を学びました。
【長屋】
分解生成物の位置および立体選択性の決定に特に苦戦しました。シクロブタン環を有する分解生成物の異性体に関する情報を収集するために、類似の構造を有する化合物の文献を数多く漁りました。その結果、1H NMRスペクトルにおけるカップリングパターンやカップリング定数が異なることに気づき、分解生成物の構造決定に繋がりました。
また、分解生成物の構造の裏付けだけでなく、そのような構造になる理論的な考察にも苦戦しました。この考察にあたっては、瀬古さんとホワイトボードで異性体や反応機構ごとの場合分けを1つ1つ丁寧に行いながら整理しました(本当にその節はお世話になりました!)。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
【瀬古】
「化学」を通じて自分のアイデアを世の中に貢献する製品に変えることができれば大変光栄です。先生方の献身的なサポートと最適な研究環境をご提供いただいたおかげで、本テーマを通じて私たちの考えを自由に表現することができました。そして、報告会や学会等でお褒めの言葉をいただいた際は、「もっといろんなことを発見し、発信したい」と探求心が掻き立てられ、私のモチベーションとなりました。このように、研究室生活3年間で化学の面白さに気づき、化学メーカーの研究開発部門で働く道を選びました。ただ、企業での研究開発は、顧客の要望や利益を目的にしている以上、大学の研究と比較してコストや時間、材料等の自由度が低く、思い通りにいかないことも多いです。しかし、制限された中でも知恵を絞って開発した供試品が顧客評価で合格基準を満たしたとき、アイデアが認められた嬉しさと顧客の期待に応えられた達成感は格別です。生活費となるお金を稼ぐためにこれからも化学と関わっていきたい、と言ったら正直それまでかもしれませんが、化学をコツコツと学ばせていただいた身としては、化学の神様にリスペクトする意味でも、もう少しポジティブに言い換えさせてください(笑)。大げさかもしれませんが、デザイナーやスポーツ選手が「作品」や「競技」を通じて自身を表現し、見る者に感動や勇気を与えるように、私は「化学」を通して自身の知識やアイデアを発信することで、結果として何かの役に立てれば、化学に関わる者として本望です。
【長屋】
私は本研究を通じて、環境問題等の解決に貢献する可能性のある新規技術を創出する経験ができたと感じています。本研究で合成したモノマーやポリマーは全て新規化合物であり、研究開始直後は合成手法の確立や構造の同定に苦労を要しました。しかしながら、実験を重ねるに連れ、コンセプトが少しずつ形になっていくという経験ができ、非常に達成感があるものでした。この経験を活かして、あらゆる困難にも忍耐強く取り組み続けることで、将来的には、研究開発を通じて社会に貢献できる技術を創出していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
【瀬古】
主に化学を学ぶ学生さんに向けてメッセージを書かせていただきます。私のお気に入りのアーティスト Hilcrhymeさんの「ルーズリーフ」という曲があります。歌詞には、人生を真っ白なルーズリーフに見立てて、「自由に自分らしく描いて(生きて)いいんだよ」というメッセージが込められています。一方で、皆さんが今取り組まれている研究も化学を使ってご自身を自由に表現できるルーズリーフであると私は考えます(ファン視点の考えを押し付けてしまい大変恐縮です笑)。また、学生時代に信田先生からかけていただいた言葉で、ずっと座右の銘にしていたものをご紹介します。「この研究テーマは、後輩に余すものがないくらい君たちの代ですべてやり尽くしていいよ。」という言葉です。先生の言葉を胸に長屋君と二人三脚でひたすら研究に没頭しました。当時は非効率で遠回りなことに手を出すことも沢山ありましたが、今振り返ってみるとそれらは何事にも代えがたい経験として、私の財産となっています。最終的には、周囲の方々の手厚いサポートのおかげで、約4年半の試行錯誤と思い出がぎゅっと詰まった私たちらしいルーズリーフが完成し、感無量です。長くなりましたが、私がお伝えしたいことは、後悔がないように自由な視点を持ってご自身の研究に没頭してみてくださいということです。一見無駄で遠回りと思えることも必ずご自身の糧になります!
【長屋】
まずは、最後までお読みいただいたことに大変感謝いたします。
私は先輩の瀬古さんと二人三脚で本研究を進めてきましたが、研究に関することも日常の些細なことも沢山話しながら実験をしてた記憶があります(実験卓が隣だったことが話しやすかった大きな理由だった気もします笑)。Q3で述べたシクロブタン環の立体については、瀬古さんと特に長い時間をかけて話し合わせていただきました。このように、実験状況や方針を定期的に話し合って研究を進めることで、効率的かつ楽しみながら研究を進めることができると感じました。研究が上手くいかない時はひとりで抱え込んでしまう場合もあると思いますが、そんな時こそ先生方や研究室メンバー等に話してみることが大事だと思います!もちろん良い結果が出た時も積極的に共有していくといいと思います!
研究者の略歴

名前:瀬古 達矢(せこ たつや)
所属(当時):横浜国立大学大学院 理工学府 跡部・信田研究室
略歴:
2022年3月 横浜国立大学 理工学部 化学・生命系学科 卒業
2024年3月 横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程前期 修了
2024年4月~現在 化学メーカー 研究開発部門で樹脂開発に従事

名前:長屋 亮(ながや りょう)
所属:横浜国立大学大学院 理工学府 跡部・信田研究室
略歴:
2023年3月 横浜国立大学 理工学部 化学・生命系学科 卒業
2025年3月 横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程前期 修了
2025年4月~現在 横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程後期 在学中





























