[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

酸素を使った触媒的Dess–Martin型酸化

[スポンサーリンク]

酸素を再酸化剤として用いる触媒的Dess–Martin型酸化が報告された。豊富に存在する酸素を再酸化剤として用いることで環境調和型のプロセスが期待される。

 酸素を用いた酸化反応

酸素分子(O2)を用いて有機化合物を酸化する反応(自動酸化)は、環境調和の観点から最も理想的である。しかし安定な三重項基底状態のO2による一重項状態の有機分子の酸化は起こりにくいことから、O2を酸化剤として用いることは難しい。これまでO2を酸化剤とすべく、いくつかの酸化還元触媒を“仲介役”に用いる酸化反応が知られている。例えばニトロキシドラジカルや遷移金属、キノン類を電子移動媒体(ETM)とし自動酸化を行う手法がある[1]

ごく最近、触媒量のヨードアレーンからIII価の超原子価ヨウ素化合物を自動酸化により発生させる手法が報告された。2017年に宮本・内山らはO2とアルデヒド存在下、触媒的に超原子価ヨウ素(III)を発生させることでジオールの酸化開裂を報告した。同時期にPowersらもO2とアルデヒド存在下、触媒量の塩化コバルトを反応開始剤とし、同様に触媒量のヨードアレーンを用いた自動酸化によるスチレンのジアセトキシ化などを報告した[2,3](図1A)。両報告において、O2(と塩化コバルト)によってアルデヒドから生じる過酸が、III価のヨードシルアレーンを触媒的に生成している(図1B)。

今回Powersらはこの手法を拡張し、IBXDMPに代表されるV価の超原子価ヨウ素化合物を触媒的に発生させ、自動酸化を行うことに成功した。オルト位に配位可能な官能基をもつヨードアレーン1を用いることでV価のヨージドアレーン2が発生し、様々な酸化反応に適用できる(図1C)。

図1. (A) I(III)化合物を用いた自動酸化 (B) 自動酸化によるI(III)の生成機構 (C)今回報告したI(V)化合物を用いた自動酸化

 

“Oxidation Catalysis by an Aerobically Generated DessMartin Periodinane Analogue”
Maity, A.; Hyun, S.-M.; Wortman, A. K.; Powers, D. C. Angew. Chem., Int. Ed. 2018,57, 7205. DOI: 10.1002/anie.201804159

論文著者の紹介

研究者:David C. Powers


研究者の経歴:
2002-2006 B.A., Franklin & Marshall College, Lancaster, PA (Prof. Phyllis A. Leber)
2006-2011 Ph.D, Harvard University, Cambridge, MA (Prof. Tobias Ritter)
2011-2015 Posdoc, Massachusetts Institute of Technology and Harvard University (Prof. Daniel G. Nocera)
2015- Assistant Prof. at Texas A&M University, College Station, TX
研究内容:有機、有機金属および無機固体触媒を用いた新規反応開発

論文の概要

PowersはIII価のヨードシルアレーンによる自動酸化の報告において、スルホニルをもつヨードアレーン1を用いるとV価のヨージドアレーン2が得られることを見出している。今回、このV価ヨージドアレーン2を経由する自動酸化の条件を検討した。Powersらはまず化学量論量の2を用いて検討を行い、2の反応性を調査した。1,2-ジオール7を基質に用いた際に開裂体8が得られた[4]ことなどから、2はIBX等価体ではなくDMP等価体として振る舞うことが示唆されている(論文参照)。
次にPowersらは触媒反応へ展開すべく、O2存在下、触媒量の1と塩化コバルト、ブチルアルデヒドを用いて種々の酸化反応を行った(図2A)。その結果、第二級アルコールをケトンへと酸化できることや1,2-ジオール7では酸化的開裂が進行すること、1,4-ジオール9ではラクトン10が生成することがわかった。また、第一級アルコールでは過剰酸化をうけカルボン酸が得られる。
機構解明実験として、1から3の生成過程を1H NMRで観測した(図2B)。その結果、I(III)価種3が全く観測されなかったことから、本反応の活性種であるI(V)価種23の不均化によって生成していることが示唆された。すなわち、I価のヨードアレーン1がコバルト、O2とアルデヒドによって酸化され、まずIII価のヨードシルアレーン3が生成するが、3は瞬時に不均化を起こしヨードアレーン1とV価のヨージドベンゼン2となる。

図2. (A)自動酸化の 基質適用範囲 (B)推定機構

ヨージドアレーン2の安定性と系中で生じる過酸の爆発性が気になるものの、I(V)種を用いる触媒的な酸化反応の今後の新たな展開が期待される。

参考文献

  1. Piera, J.; Bäckvall, J.-E. Angew. Chem., Int. Ed. 2008,47, 3506. DOI: 10.1002/anie.200700604
  2. Maity, A.; Hyun, S.-M.; Powers, D. C. Nature Chem. 2018, 10, 200. DOI: 10.1038/nchem.2873
  3. Miyamoto, K.; Yamashita, J.; Narita, S.; Sakai, Y.; Hirano, K.; Saito, T.; Wang, C.; Ochiai, M.; Uchiyama, M. Nature Commun.2017, 53, 9781. DOI: 10.1039/c7cc05160c
  4. De Munari, S.; Frigerio, M.; Santagostino, M. J. Org. Chem. 1996, 61, 9272. DOI:10.1021/jo961044m
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. TMSClを使ってチタンを再生!チタン触媒を用いたケトン合成
  2. 化学者のためのエレクトロニクス講座~次世代の通信技術編~
  3. 第10回次世代を担う有機化学シンポジウムに参加してきました
  4. ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!
  5. 規則的に固定したモノマーをつないで高分子を合成する
  6. 有機アジド(4)ー芳香族アジド化合物の合成
  7. これからの理系の転職について考えてみた
  8. ボリルメタン~メタンの触媒的ホウ素化反応

注目情報

ピックアップ記事

  1. ペプチドの革新的合成
  2. Q&A型ウェビナー カーボンニュートラル実現のためのマイクロ波プロセス 〜ケミカルリサイクル・乾燥・濃縮・焼成・剥離〜
  3. 【クラリベイトウェブセミナー】 新リリース! 今までの研究開発にイノベーションをもたらす新しいソリューション Clarivate Chemistry Researchのご紹介 ー AI技術を搭載したシンプルかつインテリジェントな特許・学術文献情報の活用ツール
  4. “マブ” “ナブ” “チニブ” とかのはなし
  5. 新たな製品から未承認成分検出 大津の会社製造
  6. 大鵬薬品、米社から日本での抗癌剤「アブラキサン」の開発・販売権を取得
  7. クロロ(1,5-シクロオクタジエン)イリジウム(I) (ダイマー):Chloro(1,5-cyclooctadiene)iridium(I) Dimer
  8. 有機フォトレドックス触媒による酸化還元電位を巧みに制御した[2+2]環化付加反応
  9. 第15回 有機合成化学者からNature誌編集者へ − Andrew Mitchinson博士
  10. 来年は世界化学年:2011年は”化学の年”!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年6月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

ファンデルワールス力で分子を接着して三次元の構造体を組み上げる

第 656 回のスポットライトリサーチは、京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川…

第54回複素環化学討論会 @ 東京大学

開催概要第54回複素環化学討論会日時:2025年10月9日(木)~10月11日(土)会場…

クソニンジンのはなし ~草餅の邪魔者~

Tshozoです。昔住んでいた社宅近くの空き地の斜面に結構な数の野草があって、中でもヨモギは春に…

ジアリールエテン縮環二量体の二閉環体の合成に成功

第 655回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院松田研究室の 佐竹 来実さ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP