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スポットライトリサーチ

私達の時間スケールでみても、ガラスは固体ではなかった − 7年前に分からなかった問題を解決 −

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第288回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院総合文化研究科(池田研究室)・水野英如先生にお願いしました。水野さんは、2017年に第11回日本物理学会若手奨励賞も受賞されています。

 

「物質は気体・液体・固体の三態に分けられる」という概念ではうまく分類できない物質が、実は我々の身の回りにはあふれています。水野先生が研究している「ガラス」は、まさにその典型例です。ガラスは、21世紀に入ってから幅広い分野の研究者によって急速に研究が進められ、現代物理のフロンティアの一つとなっています。その中でも水野さんは、力学・連続体力学・統計力学をベースにガラスの研究を行い、ガラス中の分子の振動運動に関して革新的な発見をしました。

本成果は、The Journal of Chemical Physics 誌 原著論文およびプレスリリースとして公開されています。

Hideyuki Mizuno*, Hua Tong, Atsushi Ikeda*, Stefano Mossa,

“Intermittent rearrangements accompanying thermal fluctuations distinguish glasses from crystals,” J. Chem. Phys. 2020153, 154501.

doi:10.1063/5.0021228.

それでは、水野さんのインタビューをお楽しみください!

 

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

ガラスのコップ、プラスティックのペットボトル、道路のアスファルトと、ガラスは私達の生活の至るところにあります。「ガラスは粘度が極端に大きい液体」とよく言われます。実際にガラスは途方も無い時間をかけて、物凄くゆっくりと流動していることが報告されています。しかしながら、このような見方は、ガラスをもの凄く長い時間スケールでみたときのものです。例えば、1分、1時間、1日、あるいは1年という、私達の生活における、私達の時間スケールでみたときは、ガラスは明らかに硬くて固まったものなので、固体と考える方が自然でしょう。ところが本研究では、「私達の時間スケールでみたとしても、ガラスを固体とは言えない」ことが分かりました。

物理学で固体といえば、通常は結晶を指します。結晶では分子は規則的・周期的に配置して、その配置のまわりを振動しています。一方で、ガラスの場合は、分子は不規則・ランダムに配置しています。ガラスが固体ならば、分子はその不規則・ランダムな配置のまわりを振動しているはずです。

ところが、「分子シミュレーション」と呼ばれる計算機シミュレーションを用いて、ガラス中の分子の熱運動を詳細に解析してみると、ガラスの分子は振動に加えて、「再配置運動」を絶えず行っていることが分かりました。すなわち、ガラスの分子は一つの配置のまわりを振動しているのではなく、配置を時々刻々と変えながら振動していることが分かったのです。この発見は、「ガラスは、結晶のように振動する固体ではない」ことを如実に示しています。実際にガラスは、分子の振動では説明しきれない力学的・熱的な性質を示すことが報告されています。本研究によって、「ガラスは振動する固体と、流動する液体の中間的な状態である」ことが明らかになりました。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究では、実際に手を動かして結果を得た期間は数ヶ月と短いですが、研究の発端は今から7年前の2013年にまで遡ります。当時、私はフランスでポスドクをしていましたが、どうしても理解できない結果に悪戦苦闘していました。結局、フランスにいたときは解決できず、その後も、頭の片隅にはありましたが、この問題に取り組むことはなく、時間が過ぎて行きました。

ところが、2020年になって、解決案がふっと頭に浮かびました。実は近年、ガラスの理解は急速に進展しています。これを受けて私は、ガラスの分子は振動以外の運動をしているかもしれないと思うようになりました。このことが、「再配置運動」という今回の発見に繋がりました。そして、この再配置運動こそが、2013年の結果を理解できなかった原因だったのです。実に7年という時を経て問題を解決できたときは、大きな幸福感・達成感を感じることができました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

今回の研究は、2013年に得た結果が理解できずにいたところから出発しています。理解できずにいた原因は、「ガラスの分子は一つの配置のまわりを振動している」という「思い込み」でした。そして、この思い込みは、「私達の時間スケールに限定すれば、ガラスを固体とみてよい」という「思い込み」からきていました。

これを解決したのが、世界中の研究者によるガラス研究の進展です。ガラスの理解が進んでいくに連れて、「例え私達の時間スケールに限定しても、ガラスを固体とみることは間違いなのではないか」と考え始めました。これがブレークスルーになり、通常の固体(結晶)では決してあり得ない、分子の「再配置運動」をガラスの中に見出すことに成功しました。

問題を解決できたポイントは、日々進展している研究をフォローしていたことです。そこから、自分の思い込みを疑うきっかけを得て、それが問題解決に繋がりました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は現在、「物理学」に携わっています。物理学は「普遍性」を追求する学問です。分子の個性に依存しない、普遍的な物性を理解しようとします。ガラス研究では、分子が「不規則・ランダム」に凝縮していることに起因した普遍的な物性を調べています。そのため、現実の物性を緻密に再現するというよりは、「不規則・ランダム」というものの本質を掴むためにできるだけ簡単な理論モデルを考えて議論します。

それに対して、「化学」は、分子の個性が生み出す「多様性」に焦点をあてる学問です。当然、ガラスにも多様性が存在し、例えば、ケイ酸塩ガラスは、傷をつけると割れやすいという脆性的な性質をもつのに対して、ホウ酸塩ガラスは、傷をつけても割れにくいという独特な延性的な性質をもつことが分かっています。私はこのような多様性にも大きな関心をもっており、将来的には現実のガラス材料について、それぞれに固有な物性を研究する方向に進みたいと思っています。

物理学と化学にまたがって、ガラスの物性に関して「普遍性」と「多様性」の両観点から理解を深めていく研究を行っていきたいです。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究では7年越しに問題が解決し、その結果を論文として発表できました。しかしながら、7年間その問題を考え続けたわけではなく、むしろ、基本的には考えずに放置しておいて、たまにふとした瞬間に思い出す程度でした。この経験から、問題の全部を解決できなくてもよく、解決できない部分は放置してみるのも良いと思いました。「7年」というのは極端かもしれませんが、頭の片隅に置いておくだけでも、ある時に思いがけなく解決案が浮かんで、あっけないほど簡単に問題が解決できることがあります。このことは研究に限らず、会社での仕事といった社会活動一般について、当てはまることだと思います。

最後に、ガラスは広義には、不規則・ランダムな状態で凝集した系と言えます。したがって、窓ガラスのような、いわゆるガラス以外にも、砂山の粉体、細胞内の生体分子、あるいは交通渋滞にある車といったものも、ガラスと言えます。そのため、ガラス研究は、物理学、化学、地学、生物学、そして工学にまでまたがった、学際的な研究分野と言えます。皆さんの中から、ガラス研究に挑戦する方がでてくることを楽しみにしています。

 

関連リンク

  1. 池田研究室のホームページ
  2. プレスリリース(東京大学), 2020.10.16:ガラスは固体と液体の中間状態 -ガラスでは分子の再配置が絶えず起こっている-
  3. ナゾロジー 地球の謎をワクワク探検!, 2020.10.19:ガラスでは分子の再配置が絶えず起こっている。分子の“固体的な振動”と“液体的な流動”の中間的な状態が明らかに
  4. 日本経済新聞, 2020.10.25, 26面:ガラスの物性 固体液体の中間 東大など解析
  5. Research Outreach, Vol.111, p.134-137 (4pages), December 2019:Insights into the complex world of amorphous solids
  6. 日本経済新聞, 2018.3.4, 30面:ガラスは「固体」ではない? 流動・振動を観察、正体探る
  7. academist journal(オンラインジャーナル), 2017.12.7:ガラスは通常の固体とは違う − 分子振動からみるガラスの特異性

 

研究者の略歴

 

名前: 水野 英如(みずの ひでゆき)

所属: 東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻

専門: 化学物理、ソフトマター物理、固体物理。連続体力学、統計力学をベースとして、計算機シミュレーションを用いて、物質の液体的・固体的な性質の研究を行っている。

略歴:  2012年、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。グルノーブル大学(フランス)物理学研究所・博士研究員、ドイツ航空宇宙センター材料物理学研究所・博士研究員、京都大学福井謙一記念センター・特定助教を経て、2016年から現職。

 

Monica

Monica

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大学院進学予定。高分子の研究をしていて、科学技術コミュニケーションに興味があります。

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