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梶 弘典 Hironori KAJI

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梶 弘典(かじ ひろのり)は、日本の化学者・材料科学者である。京都大学化学研究所教授。固体NMR・DNP-NMRによる非晶質材料の構造解析、量子化学計算、マルチスケールシミュレーションを基盤として、有機ELをはじめとする有機エレクトロニクス材料・デバイスの研究を展開している。第63回ケムステVシンポ講師

経歴

1989年 京都大学 工学部 工業化学科 卒業
1994年 京都大学大学院 工学研究科 工業化学専攻 博士後期課程修了、博士(工学)
1994年 京都大学 化学研究所 助手
1998–1999年 University of Massachusetts, Visiting Scientist
2002–2006年 科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員
2003年 京都大学 化学研究所 助教授(准教授)
2009年 京都大学 化学研究所 教授
2026年– 学術変革領域研究(A)「フォトキネティシズム:励起現象のマルチスケール速度論と革新的光機能」領域代表

受賞歴

1998年 高分子学会 高分子研究奨励賞 「固体NMR法による高分子の構造・ダイナミクス解析法の開発とガラス状高分子への応用」
2014年 有機EL討論会 第7回業績賞 「量子化学計算を用いた有機エレクトロニクス材料の理論的研究」
2016年 IDW/AD ’16 Best Paper Award
2019年 BIOVIA and DASSAULT SYSTÈMES Hackathon Award

研究業績

梶教授は、非晶質有機材料の構造・ダイナミクスを分子レベルで理解し、それを電子状態、励起状態、電荷輸送、さらにはデバイス特性へと結びつける研究を行っている。その方法論は、固体NMRなどによる精密計測から、量子化学計算、分子動力学、kinetic Monte Carlo法を含むマルチスケールシミュレーションまで幅広い。現在の研究テーマにも、固体NMR/DNP-NMR、有機EL、量子化学計算、マルチスケールシミュレーション、高スループット材料探索が掲げられている。

1. 固体NMRによる「非晶質材料の科学」

梶教授の研究の原点は、結晶のような周期構造をもたない非晶質材料を、分子レベルでどこまで精密に理解できるかという問題にある。

京都大学化学研究所着任後、高分子材料の構造・分子運動を固体NMRによって解析する研究を進め、その後、この方法論を有機ELに用いられる非晶質有機半導体へと展開した。通常の回折法では詳細な構造決定が難しい非晶質膜についても、固体NMRを用いることで局所構造や分子配向を直接評価することを目指している。

近年では、動的核偏極(Dynamic Nuclear Polarization; DNP)によって感度を増強した固体NMRを有機半導体に導入している。例えば2023年には、高効率TADF分子DACT-IIについて、非晶質状態における分子内ねじれ角をDNP増感固体NMRから解析した。発光材料の性能を議論する際に通常計算構造として扱われてきた「分子構造」を、実際の非晶質薄膜中で実験的に決定しようとする研究である。[1]

2. TADF材料と高速逆項間交差

有機ELでは、電気励起によって生成する一重項励起子だけでなく、三重項励起子をいかに発光へ利用するかが高効率化の鍵となる。

梶教授らは2015年、熱活性化遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence; TADF)材料において、三重項励起状態から一重項励起状態への効率的な逆項間交差(RISC)と高い蛍光量子収率を同時に実現する分子設計を報告した。この系では三重項から一重項へのアップコンバージョンおよび一重項からの発光がほぼ定量的となり、有機EL素子として40%を超える外部量子効率が達成された。[2]

さらに2020年には、TpAT-tFFOをはじめとする分子設計により、10^7 s^−1を超える非常に高速なRISCを示す有機発光材料を報告した。TADF材料ではRISCが遅いほど長寿命三重項励起子が蓄積し、高輝度領域での効率低下や劣化につながるため、RISC速度そのものを分子設計によって制御するという方向性を示した研究である。[3]

また、2015年にはSato、Uejima、Tanaka、Kaji、Adachiらにより、通常とは逆の**一重項–三重項エネルギー準位構造(inverted singlet–triplet structure; iST)**を利用する発光分子設計について理論的研究が報告されており、励起状態エネルギー構造そのものを設計する研究も早くから進めている。[4]

3. 「測る」から「予測する」有機エレクトロニクスへ

梶研究室のもう一つの特徴は、実験による材料解析にとどまらず、分子構造から物性やデバイス機能を定量的に予測することを目指している点にある。

2018年には、量子化学計算、分子動力学(MD)計算、kinetic Monte Carlo(kMC)計算を組み合わせたマルチスケールシミュレーションにより、非晶質有機半導体中の正孔および電子移動度をフィッティングパラメータなしに定量的に再現した。また、電荷輸送にはHOMOやLUMOだけでなく、エネルギー的に近接する複数の分子軌道が寄与し得ることを示し、「multiple frontier orbitals」という考え方を提案した。[5]

さらに2024年には、発光分子について放射失活、無放射失活、項間交差、逆項間交差などの複数の速度定数を量子化学計算から定量的に予測し、それらから発光量子収率まで一貫して記述する方法論を報告した。単一の物性値だけを計算するのではなく、競合する複数の素過程を同時に扱い、実際に観測される発光特性を予測することを目指している。[6]

この「個々の素過程の速度を定量化し、それらを組み合わせて巨視的な機能を理解・予測する」という考え方は、2026年度に発足した学術変革領域研究(A) 「フォトキネティシズム:励起現象のマルチスケール速度論と革新的光機能」へと展開している。梶教授は同領域の領域代表を務めている。

関連論文

  1. Suzuki, K.; Kaji, H. “Torsion Angle Analysis of a Thermally Activated Delayed Fluorescence Emitter in an Amorphous State Using Dynamic Nuclear Polarization Enhanced Solid-State NMR.” J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 16324–16329.
  2. Kaji, H.; Suzuki, H.; Fukushima, T.; et al. “Purely Organic Electroluminescent Material Realizing 100% Conversion from Electricity to Light.” Nat. Commun. 2015, 6, 8476.
  3. Wada, Y.; Nakagawa, H.; Matsumoto, S.; Wakisaka, Y.; Kaji, H. “Organic Light Emitters Exhibiting Very Fast Reverse Intersystem Crossing.” Nat. Photonics 2020, 14, 643–649.
  4. Sato, T.; Uejima, M.; Tanaka, K.; Kaji, H.; Adachi, C. “A Light-emitting Mechanism for Organic Light-emitting Diodes: Molecular Design for Inverted Singlet–Triplet Structure and Symmetry-Controlled Thermally Activated Delayed Fluorescence.” J. Mater. Chem. C 2015, 3, 870–878.
  5. Kubo, S.; Kaji, H. “Parameter-Free Multiscale Simulation Realising Quantitative Prediction of Hole and Electron Mobilities in Organic Amorphous System with Multiple Frontier Orbitals.” Sci. Rep. 2018, 8, 13462.
  6. Shizu, K.; Kaji, H. “Quantitative Prediction of Rate Constants and Its Application to Organic Emitters.” Nat. Commun. 2024, 15, 4723.

関連リンク

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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