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定番フィルム「ベルビア100」が米国で販売中止。含まれている化学薬品が有害指定に

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富士フイルムのリバーサルフィルム「フジクローム ベルビア100」が、米国で販売ストップとなりました。原因は、米国の環境保護庁(EPA)が指定する有害物質規制法(TSCA)に含まれる薬品を使用しているからだと、富士フイルムは発表しています。  (引用:GIZMODO7月8日)

自分が小さい頃はまだフイルムカメラが主流で、家族旅行や修学旅行の思い出はフイルムから現像された写真がアルバムの中に収められています。そんなフイルムもデジタルカメラやスマホの内臓カメラの普及により需要は激減してしまい、フイルムカメラとそのフイルムを見かけることは少なくなってしまいました。ただしフイルムカメラが完全になくなってしまったわけではなく、一部のプロや愛好家は、フイルムカメラだからこその写真撮影にこだわり使い続けています。そのため、富士フイルムをはじめとするメーカーもフイルムを作り続けており、カメラ屋さんでも現像サービスを続けています。

今でも販売されているインスタントカメラ(出典:Amazon

今回は、富士フイルムのリバーサルフィルム「フジクローム ベルビア100」に含まれる化学物質が米国の有害物質規制法(TSCA)によって2021年1月から規制され、販売を中止するというニュースを紹介します。

米国で販売中止となったフジクローム ベルビア100(出典:Amazon

規制対象となった化合物は、Phenol, isopropylated phosphate (3:1) (PIP (3:1))で、パラ位にイソプロピル基が結合したフェノールとリン酸のエステルです。PIP (3:1)には工業的に様々な優れた特性を有しており、例えば高い可塑性難燃性からプラスチック製品に広く使われていたり、耐摩耗性耐圧縮性から潤滑油やコーティング剤、接着剤にも使われています。

PIP (3:1)の構造式

有害物質規制法(TSCA)は人の健康または環境に有害な化学物質が及ぼすリスクを防止することを目的とする法律で、商業用に米国で製造、輸入される化学物質を規制しています。例えば、日本から米国に化学物質を商業目的で輸出する場合には、TSCAの既存化学物質リスト(TSCAインベントリー)を確認する必要があり、リストに無い化学物質は輸入開始の少なくとも90日前にEPAへ届け出る必要があります。また、日本の特化物のように原則禁止物質も指定されています。

このPIP (3:1)を含む5つの今回の規制は、EPAが2016年に5物質を特定、2019年7月に規則案を公表、2021年1月に最終化という経緯を経て今年の3月に発効されました。

PIP (3:1)以外の規制対象となった4つの化合物と日本での規制情報

実のところ、この5つの化学物質の中で、PIP (3:1)が非常に影響が強く各社が対応を迫られているようです。影響が大きい理由は規制の条件が、

  1. 許容閾値なしでいかなる含有量も禁止
  2. 混合物や成形品も規制対象(製品によっては例外か猶予期間あり)

であるからで、上記のようにプラスチック製品に広く使われているため、幅広い製品に影響があるようです。

対象 適用開始時期
PIP (3:1)およびPIP (3:1)含有製品/成形品 2021年3月8日
接着剤及び封止剤 2025年1月6日
写真印刷用品 2022年1月1日
国防総省の仕様要件を満たす油圧作動油、潤滑油及びグリース、自動車および航空宇宙機のための新規部品及び交換部品 適用除外

富士フイルムのフイルムについてもわずか3 ppm以下しかPIP (3:1)が含まれていませんが、許容閾値がないため規制の対象となってしまいます。この規制には極めて大きな影響があり、EPAは業界の懸念に応える形で3月8日に、PIP (3:1)を含む成形品の加工における商業的流通に関連した180日間の施行停止、および規制の変更につながる可能性のある追加データを業界が収集するため5つの規則について60日間の意見募集期間を発表しました。

そもそも、なぜPIP (3:1)が規制の対象になったかですが、EPAでは魚や水中植物、無脊椎動物に対して毒性があり、データは哺乳類への神経や内臓への影響も示されていることを認識していましたが、危険性としては決定的ではありませんでした。しかし2004年のTSCAワークプランでは、高い危険性(哺乳類への神経毒性と水中毒性)、高い暴露性(難燃剤としての一般製品への使用)、高い永続的な生物蓄積性が認定されて総合的にリスクが高い化学物質として認定されました。

企業として製品やその原料に使用できない化学物質が含まれる場合には、代替品を探したりしてその化学物質を使用しなくても製造できるようにするか、その製品の製造自体を止めるかの選択を迫られます。代替品・製造方法が見つかれば、製造を続けることができますが、コストと手間がかかり、見つからない、見つかっても同じ性能が出ないリスクもあります。そのためビジネスの状況によっては製造・販売を止めるという決断の方が会社にとって良い時もあります。ここからは筆者の推測ですが、現状は米国のみの影響で、リバーサルフィルムという極めてニッチな商品であり、他の製品も販売していることから米国での販売中止としたと考えられます。含有量が3 ppmと極めて少ないため、PIP (3:1)が添加されているのではなく、PIP (3:1)が添加された原料を使用しているからだと予測されます。ちなみにこちらのフイルムは日本製で、日本の富士フイルムのサイトには何も掲載されていないため製造は続け米国以外の地域では販売を続けるものとみられます。

似たような性能を持つフジクローム プロビア100F、こちらは米国向けサイトでも規制の情報は記載されていない(出典:Amazon

化学物質の規制は化学製品を製造・販売する企業にとっては極めて重要で、各国から更新される情報を確認しながら、既存製品に影響がないかチェックしつつ、規制されるリスクがある場合には代替案の探索を行います。また、開発している製品に関してもリスクが無いかチェックします。代替となる化合物の探索に関して、そもそも長年の研究によって高い性能が示されているわけであり、同じ性能で価格も同じような代替品を探すことは困難なことがあります。もちろん過去の化学物質による健康被害は二度と起きてはならないですが、どこまでのリスクを考えて規制するかは難しい問題だと思います。有害性だけでなくいろいろな規制が強化されている世の中ですが、その中でもイノベーションが止まらずに続くことを願います。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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