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2-プロパノールに潜む過酸化物生成の危険

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実験室や製造現場で頻繁に使用される2-プロパノール(2-propanol, isopropyl alcohol, iPrOH, IPA)。化学合成の反応剤や反応溶媒、HPLC などの溶出溶媒としてもお馴染みです。しかし過酸化物が生成するリスクについてはしばしば見過ごされがちです。実際、昔から近年に至るまで複数の実験室で爆発事故やヒヤリ・ハット事例が報告されています。2022年には 2-プロパノールの見過ごされがちな危険性に改めて光を当て、注意喚起を行っている論文が報告されており、2024年にもハイライトされています。要点をみておきましょう。

  • “Reconsidering the Safety Hazards Associated with Peroxide Formation in 2-Propanol”
    Megan A. Cismesia and Suhelen Vásquez Céspedes, Org. Process Res. Dev. 2022, 26, 1731–1737. https://doi.org/10.1021/acs.oprd.2c00112

  • “Peroxide Formation in 2-Propanol and Learning from Incidents and Near Misses,”
    Lauren Goulding, ACS Chem. Health Saf. 2024, 31 (3), 179. https://doi.org/10.1021/acs.chas.4c00033

注:本記事は文献に報告された内容を紹介するもので、その正誤について責任を負うものではありません。各人の責任で正書を参考に、各研究機関の安全ガイドラインに従って行動ください。

1. なぜ 2-プロパノールで爆発事故が起こるの?

ジエチルエーテル、THF、ジイソプロピルエーテルなどのエーテル類が、空気中の酸素と(特に光照射下)反応して過酸化物が生成する反応は有名なので、合成化学のみなさんはよく気をつけて実験されていると思います(古いエーテル類は使わない、エーテル溶媒での酸化条件反応後は過酸化物の有無を試験紙でチェックする、など)。2-プロパノールも例外ではありません。

2-プロパノールは通常、比較的安全な溶媒ですが、長期保存したり、特に開封済みで空気や光にさらされた状態や、繰り返しの加熱・濃縮操作を伴う条件では、過酸化物が蓄積します。生成された過酸化物は反応性が高いため、濃縮や蒸留といった操作で予期せぬ爆発的反応を引き起こします。場合によっては長期保存によって過酸化アセトンの一種であるトリアセトントリペルオキシドが生成してしまうことも報告されています。

2. 実際のヒヤリハット&事故例

  • 古くなった 2-プロパノールを使った時に異臭がしたため、試験紙でチェックをしたら 100 mg/L の過酸化物が検出された(原著内記載)。
  • 数年間保存された 2-プロパノールから爆発性のトリアセトントリペルオキシドが生成し、爆破処理が必要となった(原著内記載)。
  • 4年間放置されていた 2-ブタノン 0.5%を不純物として含む 2-プロパノールを蒸留していたら、終わり近くになって激しい爆発が起こり、ガラスの破片で負傷者がでた[1]。

3. どういうときに、どのくらい2-プロパノールの過酸化物が生成するの?

Cismesia らはラボに実際にあったさまざまな容器と保存条件における2-プロパノール中の過酸化物生成量を実測しています。一部を表1に抜粋します。

表1:保存中に2-プロパノール中に生成する過酸化物の濃度(実測データ、上記 Cismesia らの論文 Table 1 から抜粋して作成)

容器 保存環境 保存期間 過酸化物濃度 (mg/L)
無色透明のガラス瓶 HPLC上・常に空気下・たまに光曝露 数ヶ月 100
褐色ガラス瓶 HPLC上・常に空気下・たまに光曝露 1年 <0.5
白色プラボトル ドラフト内・常に光曝露 7か月 10–25
白色プラボトル 試薬保管キャビネット内 11か月 1–2
白色プラ洗浄瓶 ドラフト内・常に光曝露 2日 2

実験室中での安全濃度は 50 mg/L 未満とされています。さまざまな条件で検討した結果は原著をご覧ください。

その結果、遮光が最も重要な要素であることが結論づけられています。2-プロパノールを無色透明なガラス瓶に移し替えてしまうと数ヶ月でかなりの濃度の過酸化物が発生してしまうことがわかります。2-プロパノールはHPLC の上に展開溶媒として置くことが多いですが、無色透明なガラスボトル中では 100 mg/L もの過酸化物が入っていたということです。これは褐色のガラス瓶で遮光することでかなり防ぐことができています。また、白濁したプラボトルでも室内光にさらしておくとそれなりの量の過酸化物が発生しています。使うとき蓋を開けるたびに容器の上部に入った空気中の酸素で過酸化物が生成したものと考察されています(10-25 mg/L)。こちらも試薬保管キャビネットの中だと遮光されているためか生成量は抑えられています。プラスチックの洗浄瓶も入れてドラフト内に2日おくだけで有意な量の過酸化物が発生してしまっていることがわかります。なお開けたばかりのボトルもいくつかみたところ、1 mg/L 以下(バックグラウンドと区別できない値)となっていました。著者らは同一条件で各種のボトルを比較したところ、褐色の遮光ボトル中では有意な過酸化物の生成がみられないとしています(原著中 Figure 2)。

なおHPLC上の 2-プロパノールに過酸化物が含まれると HPLC で分析するサンプルが酸化されて分析結果に影響がある場合も知られています。分取の場合はその後溶出したサンプルを濃縮操作を伴うため濃縮中に爆発の恐れがあります。

4. どうやって過酸化物があるかわかるの?

ヨウ化カリウム溶液を用いた定性分析(たとえば2% KI 希塩酸による呈色検出[2])や、滴定実験や分析機器による定量分析も可能ですが、試験紙を用いた検出が最も簡便で実用的です。様々な会社から試験紙が市販されています。ヨウ化カリウム試験紙は最も安価で簡単に手に入ります。原理は高校化学でお馴染みのヨウ素でんぷん反応と同じです。もう少し高価な試験紙は色見本と照らしてある程度濃度を算出できます。上述の表は QUANTOFIX というブランドの製品の試験紙でだいたいの濃度を算出した結果です。

5. ではどうやって安全対策をすればよいの?

  • 過酸化物の生成を防ぐ
    • 光にさらさない。保存するときは遮光容器を使用し、防火キャビネット内に保存する。HPLC装置の上でも光を遮る工夫を。
    • 空気にさらさない。保存するときは密閉保存する。
    • 使用するときは速やかに使い、放置したり繰り返し使用せずに処理する。
  • 爆発事故を防ぐ
    • 古い2-プロパノールは使用せず破棄する。
    • 濃縮や蒸留、加熱をする前に過酸化物の有無を試験紙で確認する。蒸留ではカラカラになるまで蒸留しない。
    • 過酸化物が検出されたら濃縮や蒸留、加熱はせずに、専門家の指導のもと過酸化物を除去する。

6. 過酸化物ができてしまっていたら、どうやって除去するの?

過酸化物の除去方法については正書をご覧ください。例えば固体塩化スズあるいは水素化ホウ素ナトリウムを加えて還元する方法があります[2]。Cismesia らは硫化鉄(II)水溶液を用いて処理してから破棄しています。過酸化物の除去は発熱的な酸化還元反応で危険を伴います。専門家の指導のもと実施しましょう。

おわりに:慣れた溶媒にこそリスクがある。

濃縮:過酸化物の濃度は低くても、減圧濃縮するとその濃度は高まります。無色透明のフラスコ内で再結晶を仕込んだ溶液をそのまま遮光せずにドラフト内で放置…数週間置いておいても結晶がでてこないからフラスコをエバポに繋げて濃縮して….とか、再結晶を二番晶、三番晶と繰り返すぞ…とか、ありがちな状況ですが、2-プロパノールで何が起こるか上のデータを見た後なら想像は難しくないと思います。やめましょう。

酸化反応:これは 2-プロパノールに限った話ではありませんが、過酸化物が生成するリスクがある酸化反応では、酸化反応後に溶液を濃縮する必要がある場合は濃縮前にヨウ化カリウム試験紙で必ずチェックします[3]。過酸化物が検出される場合は濃縮操作を避けた方法に実験方法を変えるか、検出されなくなるまで還元剤で潰してから濃縮します。

慣れた溶媒だからこそ:実際、ラボではより深刻なエーテルの過酸化物の危険性が強調されますが、2-プロパノールは意外と見落としやすいリスクのある溶媒です。2-プロパノールはTHF より沸点が高く揮発しにくいため比較的過酸化物が自然濃縮されにくいため、あまり過酸化物濃縮の危険性が意識されてこなかったのだろうとCismesia らは議論しています。これは実験室での火災原因がエーテルなどよりエタノールに多いことにも似ています(エタノールは「燃える」イメージが薄いため油断しやすいらしいです)。

なお(本文も含めて)ブログやAIの情報だけを鵜呑みにせず、原著論文や正書などから信頼のおける一次情報に基づき実験しましょう。皆さま、ご安全に。

関連文献・リンク

  1. 化学実験の事故事例・事故防止ハンドブック P. 168, 鈴木 仁美 (著), 丸善出版(2014).
  2. Armarego, W. L. F.; Chai, C. L. L. Purification of Laboratory Chemicals, 7th ed,「Isoporopanol(propan-2-ol)」(Elsevier).
  3. Peroxide forming solvents (Merck website) https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/chemistry-and-synthesis/reaction-design-and-optimization/peroxide-formation

関連製品

  • ヨウ化カリウムでんぷん紙
  • 半定量過酸化物試験紙
  • 安全本&事故例
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(「イソプロパノール」は誤用です。2-プロパノールか、イソプロピルアルコールと言いましょう。)

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