[スポンサーリンク]

chemglossary

わざと失敗する実験【プロセス化学者のつぶやき】

[スポンサーリンク]

前回まで
1. 設定温度と系内の実温度のお話
2. 温度値をどう判断するか
3.反応操作をしなくても、化合物は変化する

皆さんはわざと失敗する条件で実験したことはありますか?
意味もなくする人は少ないと思います。合成研究では成功条件に価値があり、その再現性が高いとより価値が上がります
「チャンピオンデータを採用すること」は一般的で、収率低下したデータは「ノイズ」として扱われ、積極的に記録に残されることは多くありません。
しかし、スケールアップではそのノイズが実験対象になります。

失敗条件を把握する

エジソンの格言に

私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ
(I have not failed. I’ve just found 10,000 ways that won’t work.)

というものがあります。

実験とはまさしくその通りで

  • 何が原因でうまくいくのか
  • 何が原因でうまくいかないのか

の両方が重要です。

特に製造レシピを作る際は「何が原因でうまくいかないのか」を把握することが極めて重要になります。
面白いことですが先端技術とプロセス化学の研究目的は大きく異なり、正反対と言っても良いかもしれません。

  • 先端技術は成功を探すことが目的
  • プロセス化学は失敗を把握することが目的です。

プロセス化学は成功した事象を扱うことを前提としており、それを確実に成功させることが目的だからです。
失敗の把握とはつまり、失敗する実験をあえてするということになります。
この実験データをネガティブデータ(ネガデータ)と言います。

ネガティブデータをとる理由

「失敗条件で実験する」と言われてもピンと来る人は少ないかもしれません。
ネガティブデータは単なる失敗記録ではなく、成功条件の幅を把握するための測定点です。
これは「絶対に失敗できない一回」があるとき、極めて重要な情報になります。

例えば

  • 高価な原料を消費する場合
  • 操作者や装置が変わる場合

などです。
工場製造やスケールアップがまさにその対象になります。
スケールアップをする前段階として、最適条件の幅を把握するのがネガティブデータ取りの実験になります。
前述した系内温度などの環境要因やmol比率などの設定要素の情報がこの「幅」を知る上で重要になります。

最適条件で反応が管理できるか

ネガティブデータを取得して最適条件の幅を決めると同時に、最適条件を保持し続けれる環境(機器)であるかも確認が必要です。
例えば反応剤の滴下速度の管理幅がある場合、手押しによる滴下は不適であり、シリンジポンプなどの滴下装置が推奨されます。
同じように製造設備でも設定した滴下速度に合うポンプの選定が必要になります。
条件幅が決まっても、その条件を行う人間や設備が再現できなければ、その条件の価値は無くなります。

その場合、

  • 操作者や設備に即した条件へ再設定する
  • 再現できる設備を導入する

といった対応が必要になります。
したがって反応の再現性と共に、操作の再現性も確認することが必要になります。

ネガティブデータ取りの例

試薬Aを滴下する反応のネガティブデータを取るとします。
現在判明している最適条件は以下の通りです。

  • 設定温度  :-20℃
  • 固体試薬A    :原料に対し1.2mol倍
  • 反応熱   :無視できる程度
  • 目標収率      :90%

また、実運転では以下の振れが予想されるとします。

  • 装置温度  :設定温度に対して±5℃
  • 試薬A添加量 :±0.2mol倍

この場合は以下の条件で収率に変動がないか確認します。

  • 設定温度
    ①-15℃、②-25℃ (場合によって③-30℃、④-10℃)
  • 試薬投入量
    ①1.0mol倍、②1.4mol倍 (場合によって③1.6mol倍、④0.8mol倍)

ここで①、②の条件で目標の収率が確認されれば、予想される振れは許容範囲と判断できます。
この場合、本製造レシピの設計範囲は①~②の範囲と確定できます。
確認する条件は場合によって③、④の条件のように広めに取る場合もあります。
もし再現が取れない場合は、最適条件の幅はより狭いということが分かり、更に狭めた条件で確認する必要があります。
また、現予定の装置と投入法は不適である可能性があるため、再検討が必要という結論になります。

図 ネガティブデータを用いた製造レシピの設計範囲の確定

まとめ

プロセス化学では失敗を把握することが重要です。そのためには様々な要素の情報が必要です。
ネガティブデータを取得することで

  • 最適条件(反応の再現性)の幅を決定し、
  • それを実現できる操作方法の選定できます。

このようにして確実な成功を作り出すことがプロセス化学の目的となります。

 

関連記事

関連書籍

joe

投稿者の記事一覧

化学メーカーで研究、生産技術を経験。
現在は製造スケールのプロセス条件設計を行っています。カメを飼っています。

関連記事

  1. ペプチド縮合を加速する生体模倣型有機触媒
  2. シュレンクフラスコ(Schlenk flask)
  3. 赤絵磁器を彩る絵具:その特性解明と改良
  4. ニトリル手袋は有機溶媒に弱い?
  5. 世界最高の耐久性を示すプロパン脱水素触媒
  6. 研究者へのインタビュー
  7. 「MI×データ科学」コース実施要綱~データ科学を利用した材料研究…
  8. 2023年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「マイクロリアクター」装置化に成功
  2. Amazonを上手く使って書籍代を節約する方法
  3. 事故を未然に防ごう~確認しておきたい心構えと対策~
  4. 産業界のニーズをいかにして感じとるか
  5. マッテソン増炭反応 Matteson Homologation
  6. 世界の化学企業いくつ知っていますか?
  7. 今さら聞けないカラムクロマト
  8. トランジスタの三本足を使ってsp2骨格の分子模型をつくる
  9. 2つの結合回転を熱と光によって操る、ベンズアミド構造の新たな性質を発見
  10. ステファン・カスケル Stefan Kaskel

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

水分はどこにあるのか【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

「MI×データ科学」コース 〜LLM・自動実験・計算・画像とベイズ最適化ハンズオン〜

1 開講期間2026年5月26日(火)、29日(金) 計2日間2 コースのねらい、特色近…

材料の数理モデリング – マルチスケール材料シミュレーション –

材料の数理モデリング概要材料科学分野におけるシミュレーションを「マルチスケール」で理解するた…

第59回天然物化学談話会@宮崎(7/8~10)

ごあいさつ天然物化学談話会は、全国の天然物化学および有機合成化学を研究する大学生…

トッド・ハイスター Todd K. Hyster

トッド・カート・ハイスター(Todd Kurt Hyster、1985年10月10日–)はアメリカ出…

“最難関アリル化”を劇的に加速する固定化触媒の開発

第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で…

「ニューモダリティと有機合成化学」 第5回公開講演会

従来の低分子、抗体だけでなく、核酸、ペプチド、あるいはその複合体(例えばADC(抗体薬物複合体))、…

溶融する半導体配位高分子の開発に成功!~MOFの成形加工性の向上に期待~

第702回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理学部(田中研究室)にて助教をされていた秋吉亮平 …

ミン・ユー・ガイ Ming-Yu Ngai

魏明宇(Ming-Yu Ngai、1981年X月XX日–)は米国の有機化学者である。米国パデュー大学…

第55回複素環化学討論会

複素環化学討論会は、「複素環の合成、反応、構造および物性」をテーマとして、化学・薬学・農芸化学など幅…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP