[スポンサーリンク]

ケムステしごと

「コミュニケーションスキル推し」のパラドックス?

[スポンサーリンク]

そろそろ就活シーズンですね。今回は科学とは関係ない”日常のつぶやき”を一つ。

大学教員という立場になって以来、学振の申請書やエントリーシートを添削する機会に実にたくさん恵まれています。指導力養成、アピール技術のフィードバックという観点からも、いろいろ勉強させてもらえる貴重な経験だと心から思っています。

で、学生たちの書いてくる自己アピール文を沢山読むうちに、面白い共通点があることに気がつきました。

ほとんど皆が皆、「私はコミュニケーションスキルに長けた人間です」という主旨のことを必ず書いてくるのです。必要十分なスキルが当人に備わっているかは別として。

まるで宗教的教義の一種なのでは、と感じられるほどです。

あまりに皆して同じことをやってくるのを見て気持ち悪くなって、 この現象が起きる要因をいろいろと考えてしまいました。

おそらくは

「仕事には絶対的に必要なもので、あればあるほど強いスキル」
「人事や審査員の受けが確実に良くなる、世の中で持て囃されているスキル」

だと誰しも思い込んでいる背景事情があるのではないでしょうか。確かにこの社会認識自体、さほど的外れだとは思いません。
しかし、ここでもう少し踏み込んで考えてみましょう。

能力証明に(TOEICのように)定量評価を必要としないため、アピールとして書きやすい事情もあるのではないでしょうか?

要するに、面接に進んで審査官と話をしない限りは、「コミュニケーション得意」が本当かどうかなど知りようがない現実があるわけです。「とりあえずこう書いとけば損しないし、書類審査・ESを通す助けぐらいにはなるだろう」という安直な目論見が、(意識的にしろ無意識的にしろ)書き手サイドにあるような気がするのです。まぁ、計算高いことは必ずしも悪ではありませんし、その程度の「ちょい盛り」ぐらい可愛いもんだとも思いますが。

 

しかしながらこういう過程を経て、「コミュニケーションスキル推し」の自己アピールばかりが世の中に溢れるとどうなるでしょうか。

明確な差別化要素がない限り、有象無象のアピールは玉石混交の石として扱われ、結果として響くものに仕上がりにくくなる、ということが考えられます。

つまり、よほどユニークな経験に基づく文章を上手に書けない限り、ほとんどの「コミュニケーションスキル推し」は「あーまたこんなのか・・・」という印象を抱かれ、読み飛ばされてお終い、になっていくのではないでしょうか?

何百人もの申請書・ESを読む立場からすれば、判で押したような自己アピールなど、気に留めようとは微塵も思わないからです。競合相手が多いほど、クリアな差別化は難しくなるというのは一般原則です。

 

また、もうひとつ気づいたことがあります。口頭会話が上手い人ほど、書き言葉と文章力を鍛えてきてない傾向が強いように思うのです。おそらくは、口の上手さに頼ったうえで人生の諸問題をクリアしてきた現実ゆえでしょう。

この場合、口頭コミュニケーションに強い事実は自他ともに認めるところです。しかしそれを申請書上で上手に文章表現できないため、(差別化の難しさも手伝った結果)イマイチなアピール文に堕してしまう・・・といった現実が起こりえるわけです。これはなかなかにやるせない・・・。

さらに、先ほどの「計算高い心理」が色濃く出ると、採用されたいと強く思うあまり、実際にはコミュニケーションが不得意たる自分を曲げてまで審査員に媚びたアピールを書いているケースすらありえます。こうなると、難しいアピール法に果敢に挑んだはいいが上手く書くことに失敗し、結果として陳腐な自分像の証明になってしまうことにも・・・

しかも、当人はあくまで戦略的に書いているつもりなので、この現実に自分で気づける余地がほとんどありません(一生懸命、頭を使って努力する自分に満足してしまいがちなことも手伝っています)。これはなんとも救えないですね。

 

「コミュニケーションスキル推し」は往々にして陳腐化しがちで、明確に差別化されたアピールが難しい――そこを意識しないまま、思考停止気味に「コミュニケーションスキル」を絶対視してる人は、途轍も無く多いのではないでしょうか。「コミュニケーションスキル」がこれだけ耳目を集める現状にあって、それを主軸とした自己アピール文を優れた水準に持っていくこと自体、とてもハードルが高くなっているように感じられます。

しかしご承知の通り、実際には「他の応募者を断ってでも、こいつを採用してやろうか」と審査員に思わせない限り、アピールとしては失敗なのです。

 

『俺はコミュニケーション苦手だけど、補って余りある○○という強みがあります!』

 

そういった勝負感溢れる文面のほうが、業種や場合によっては却って審査員の心を捉えるかも知れません。自分の適性を実直に見極めたうえで、安直なアピールに無理に頼らない攻め方もひとつの有効戦略だと思えます。

一応断っておきますが、この文章は「コミュニケーションスキル推し」の方針それ自体を否定するものではありません。独自エピソードや哲学を上手く交えつつ、アピールに成功している人もたくさんいます。自信のある人はどんどんアピールしてください。

ただ、そのためには安直な取り組みでいく限り難しくて、一工夫無いと目立たないもんだよね、ということが伝えたかったことです。他方では、「おれはコミュニケーション力が無いから社会ではダメなんだ・・・」みたいな考え方にしても、そこまで正しくないんじゃないかな?と思えたわけです。上述のような視点を持つ審査員がいても、別に不思議ではないわけですから。

これからES・申請書を書かれる方々は、その辺り、心の片隅にでも置いて頂ければ・・・と思います。

関連動画

 関連書籍

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 水分解反応のしくみを観測ー人工光合成触媒開発へ前進ー
  2. Glenn Gould と錠剤群
  3. 巧みに骨格構築!Daphgracilineの全合成
  4. 機能を持たせた紙製チップで化学テロに備える ―簡単な操作でサリン…
  5. 光学活性有機ホウ素化合物のカップリング反応
  6. そこまでやるか?ー不正論文驚愕の手口
  7. カブトガニの血液が人類を救う
  8. 抗体ペアが抗原分子上に反応場をつくり出す―2つの抗体エピトープを…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2023年度 第23回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内
  2. イグノーベル化学賞2018「汚れ洗浄剤としてヒトの唾液はどれほど有効か?」
  3. 日本ビュッヒ「Cartridger」:カラムを均一・高効率で作成
  4. ヘイオース・パリッシュ・エダー・ザウアー・ウィーチャート反応 Hajos-Parrish-Eder-Sauer-Wiechert Reaction
  5. マテリアルズ・インフォマティクスの導入・活用・推進におけるよくある失敗とその対策とは?
  6. 【日産化学 21卒】START your chemi-story あなたの化学を探す 研究職限定 キャリアマッチングLIVE
  7. 名大・山本名誉教授に 「テトラへドロン賞」 有機化学分野で業績
  8. 続々と提供される化学に特化したAIサービス
  9. N-カルバモイル化-脱アルキル化 N-carbamoylation-dealkylation
  10. ゾイジーンが設計した化合物をベースに新薬開発へ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP