[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

電気化学と金属触媒をあわせ用いてアルケンのジアジド化を制す

[スポンサーリンク]

電気化学的アプローチからMn触媒を用いてアルケンをジアジド化する手法が開発された。本手法は、従来のビシナルジアミンの合成に比べより広い基質範囲に適用可能である。

アルケンのジアジド化

ビシナルジアミンは、医薬品、分子触媒など多岐にわたる有用化合物群に頻出する骨格である。

ビシナルジアミンの最も直截的な合成法として、アルケンに対し二つのアミノ基を導入する手法が挙げられる(図1A)[1][2]。しかしこの方法は、化学量論量の重金属や特殊な窒素化剤を必要とする上、基質範囲に制限があることが多い。

一方で、アルケンのジアジド化は、生じる1,2-ジアジドを容易に還元できることから、ビシナルジアミン合成における魅力的な代替経路として注目される(図1B)[3][4]

ただ、既存の方法では、ペルオキソニ硫酸塩や超原子価ヨウ素など強い酸化剤を必要とし、酸化耐性の低い官能基をもつ基質の使用が困難であること、高環境負荷な副生成物の生成、アジド化剤との反応による爆発の危険性が問題視されていた。

近年、触媒的手法が開発されてはいるものの、有毒なトリメチルシリルアジドをアジド源とし触媒の再酸化剤として超原子価ヨウ素の使用が必須である。

今回、コーネル大学のLin助教授らは、Mn触媒と電気化学的手法をあわせ用いることでアルケンをジアジド化する合成法を開発した(図1C)。入手容易なアジ化ナトリウムをアジド源として用いており、既存の方法より穏やかな条件下で進行する。さらに、本手法では、様々な官能基を持つアルケンに対してジアジド化の適用に成功したので紹介する。

図1. アルケンのビシナルジアミン合成

 

Metal-catalyzed electrochemical diazidation of alkenes

Fu, N.; Sauer, G. S.; Saha, A.; Loo, A.; Lin, S. Science2017, 357, 575.

DOI: 10.1126/science.aan6206

論文著者の紹介

研究者:Song Lin

研究者の経歴:
-2008 B.S., Peking University
2013 Ph.D., Harvard University (Prof. Eric N. Jacobsen)
2013-2016 Posdoc, University of California, Berkeley (Prof. Christopher J. Chang)
2016- Assistant Professor, Cornell University, NY
研究内容:電気化学を用いた有機合成、不斉触媒反応の開発、新規有機材料の開発

論文の概要

Lin助教授らは陽極酸化によりアジ化ナトリウムからアジドラジカルを生じさせ、これが連続的にアルケンへラジカル付加することでジアジド化が進行すると想定した(図2A)。

しかし、このような電気化学的手法のみ用いた場合、一段階目のアジドラジカルの付加は進行するが、ラジカル中間体Iへの二段階目の付加が進行せず、多くの副生成物1b1cが得られた。

種々検討を重ね、Lin助教授らは電気化学的手法にMn触媒を併用することでこの問題点を解決した。すなわち、二価のMn触媒の導入により、本反応の鍵となる三価のマンガンアジド錯体(MnIII–N3)が形成され、ラジカル中間体Iから二段階目のC–N結合形成が進行しジアジド化できることが明らかになった。

本反応の基質適用範囲は極めて広い(図2B)。末端アルケンや四置換アルケンを含む内部アルケンまで収率よくジアジド化できる。二重結合性の高いインドールやベンゾフランの脱芳香族を伴うジアジド化も示されている。

また、一部ジアステレオ比に課題は残るものの、環状アルケンを用いた際トランス体が主生成物として得られることがわかった。アルコールやアルデヒド、アミンなど酸化条件に不安定な官能基や、エポキシド、ハロゲン化アルキルなど高反応性官能基に対する高い官能基耐性をもっている。

以上のように、電気化学的手法と遷移金属触媒との併用という新規反応形式もさることながら、本手法の基質適用範囲からインパクトは大きい。今後、本手法のような電気化学と触媒的手法をあわせ用いた戦略とそれにより可能となるラジカル変換反応が、実践的な合成化学や創薬化学において広く適用されていくことに期待したい。

図2. アルケンの電気化学的ジアジド化のメカニズムと基質適用範囲

 

参考文献

  1. Chong, A. O.; Oshima, K.; Sharpless, K. B. J.Am. Chem. Soc. 1977, 99, 3420. DOI: 10.1021/ja00452a039
  2. Zhu, Y.; Cornwall, R. G.; Du, H.; Zhao, B.; Shi, Y. Chem. Res. 2014, 47, 3665. DOI: 10.1021/ar500344t
  3. Minisci, F. Chem. Res. 1975, 8, 165. DOI: 10.1021/ar50089a004
  4. Yuan, Y.-A.; Lu, D.-F.; Chen, Y.-R.; Xu, H. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 534. DOI: 10.1002/anie.201507550

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 多価不飽和脂肪酸による光合成の不活性化メカニズムの解明:脂肪酸を…
  2. それは夢から始まったーベンゼンの構造提唱から150年
  3. 【マイクロ波化学(株)医薬分野向けウェビナー】 #ペプチド #核…
  4. プロセス化学ー合成化学の限界に挑戦するー
  5. 水分子が見えた! ー原子間力顕微鏡を用いた水分子ネットワークの観…
  6. 微生物の電気でリビングラジカル重合
  7. ジンチョウゲ科アオガンピ属植物からの抗HIV活性ジテルペノイドの…
  8. \脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケ…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. アレ?アレノン使えばノンラセミ化?!
  2. NIMSの「新しいウェブサイト」が熱い!
  3. 生体内での細胞選択的治療を可能とする糖鎖付加人工金属酵素
  4. NMR化学シフト予測機能も!化学徒の便利モバイルアプリ
  5. 対称性に着目したモデルに基づいてナノ物質の周期律を発見
  6. 今度こそ目指せ!フェロモンでリア充生活
  7. 医療用酸素と工業用酸素の違い
  8. デヴィッド・クレネマン David Klenerman
  9. ノビリシチンA Nobilisitine A
  10. 「ELEMENT GIRLS 元素周期 ~聴いて萌えちゃう化学の基本~」+その他

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP