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化学者のつぶやき

センチメートルサイズで均一の有機分子薄膜をつくる!”シンプル イズ ザ ベスト”の極意

化学好きならば、分子の大きさはどのくらいなのか想像がつきますよね。そうです、大体の分子はナノメートル(10–9 m)サイズ以下であり、途方もなく小さいのです。

では、

『分子を”キレイに整列”させてセンチメートル(10-2 m)サイズの大きさの物質をつくる』

ということが可能であると思いますか?

これは例えると、バラバラの方向を向いた一畳の畳を、向きを揃えてユーラシア大陸の大きさすべてに並べるということ。とんでもないことです。

 

このような到底実現不可能に思える現象を可能にする分子が、このほど東京工業大学の福島孝典先生らによって開発されました。その分子はベンゼン環3枚がプロペラ状につながった分子であるトリプチセンの誘導体(図1)。その分子が集まってできるものが、センチメートルスケールで欠陥(ドメイン境界)のない高性能な有機分子薄膜であることを見出し、Scienceに報告したのです。

“Rational synthesis of organic thin films with exceptional long-range structural integrity”

Seiki, K.; Shoji, Y.; Kajitani, T.; Ishiwari, F.; Kosaka, A.; Hikima, T.; Takata, M.; Someya, T.; Fukushima, T. Science2015348, 1122.

DOI: 10.1126/science.aab1391

 

今回はこの研究結果の概要と、福島先生に本研究に関してインタビューをしましたので紹介したいと思います。

 

図1

図1 均一センチメートル薄膜を可能にした分子

 

「欠陥」のない有機分子薄膜作成の難しさ

高性能な有機薄膜を得るためには高い構造秩序を達成することが要される一方で、構造が均一な薄膜を大面積で作製することは極めて困難です。薄膜は分子集合体の形態のひとつですが、集合体の核形成というのは分子があればそこかしこで起こります。結果、分子の配向が揃った領域であるドメインを数多く含むことになり、ドメイン間の溝であるドメイン境界ができてしまうのです。ドメイン境界は、いわゆる『欠陥』となり、電気伝導度の低下など性質の悪化をもたらします(図2)。この有機分子薄膜は、有機半導体としてもちいられるため、ドメイン境界のない薄膜を如何にしてつくるかということが重要となります。

 

図2

図2

 

では、そのような有機分子薄膜をいかにつくるのか。原理的には不可能に近い現象を今回実現することができたわけですが、その開発秘話は記事後半のインタビューを参照し、ここでは上述した分子「トリプチセン誘導体」がなぜ広範囲に渡ってドメイン境界をつくらず薄膜となることができたのかを説明したいと思います。

 

トリプチセン誘導体の集合による薄膜形成

福島らは、独自に設計・合成したトリプチセン誘導体を加熱溶融状態にした後、非常にゆっくり(0.5 °C/min)冷却しました。すると、全体のどこにもドメイン境界をもたない、これまでになく規則的かつ大面積な薄膜(平方センチメートルスケール)が形成されることを発見しました(図3)。トリプチセン誘導体は3枚の羽(ベンゼン環)をもつプロペラに似た形状をしており、歯車を噛み合わせるように二次元に並ぶことで、ハニカム構造といわれる構造をとります。この構造は高い充填度および整列性をもつことから、規則的な分子配列をもつ薄膜が形成されたのだと考えられます。

 

図3

図3

 

なぜドメイン境界ができないのか?

トリプチセン誘導体のつくる薄膜の規則性の高さはわかったとして、なぜドメイン境界ができないのか?ここが、この分子のすごいところ。結晶相において生成しているドメイン同士が、境界を埋め、規則性をもつように融合するのだそうです。このようなドメイン同士のダイナミックな融合という現象はこれまでになく、現象論としてもとても興味深いものです。プロペラ同士がかみあって規則正しく並ぶことによってドメインが大きく安定化されるのでしょうか。詳しいところはまだわかっていないようですが、核形成・成長・融合のプロセスが平方センチメートルにまで滞りなく起こるとは驚きです。

 

最後に

筆者には到底カバーしきれない特別な解析法が随所に用いられていることはもちろんですが、ポイントとなる『欠陥のない薄膜形成』に必要だったのは、トリプチセン誘導体の構造的性質そのものです。つまり、今回の報告はまさに『分子そのものがもつ力』をうまく使った物質合成であるといえます。

1ヶ月ほど前、筆者の大学に福島先生が来てくださり本稿の内容を講演していただきました。そのとき福島先生が、『本当に機能をもつ分子はシンプルな構造であるはずである』と仰っていたことに深く共感したのを覚えています。今回の報告の主役であるトリプチセンは、ベンゼンがプロペラ状につながった非常にシンプルな分子です。信条とする化学を実際に形にして表現されているところに尊敬の念を抱きます。

最後に、福島先生からお話を頂くことができました。福島先生の明るく素敵なお人柄が滲み出ています。成功秘話や夢を大いに語って頂きましたので、ぜひご一読ください!

 

 

私たちは「空間をどのように充填すれば構造規則性の高い薄膜が得られるか」という、根本的な考察から研究をスタートしました。

過去の研究から[1-3]、「2次元的に分子が集まるように工夫すれば、大面積で構造秩序の高い薄膜が得られるであろう」という発想はありました。ただし、「あまり分子が強い分子間力でガチガチにくっつき合っても良い結果は得られないであろう」ということで考案したのが、三枚羽プロペラユニットが歯車のようにかみ合った単純な2次元のハニカム構造です。ハニカム構造は平面を隙間なく敷き詰めるうえで、最も都合の良いモチーフです。高い構造秩序を持った2次元シートができれば、あとはそれらが1次元に積み重なることで、3次元空間を規則的に充填することができます。グラファイトの構造を彷彿とさせる構造です。この「2次元 + 1次元」の空間充填デザインを実現する分子として、長鎖アルコキシ基を位置特異的に導入した三脚型のトリプチセン分子を設計したところ、期待通り、このトリプチセン分子は「2次元 + 1次元」の層状構造を形成しました。さらに、基板上での集合化により、平方センチメートルを超えるサイズで高秩序な薄膜が得られることもわかりました。例えば、サファイア基板で分子の粉末をサンドイッチしたあと加熱溶融状態からゆっくり冷却したり、分子を真空蒸着したりするだけで、大面積でドメイン境界のない有機薄膜を得ることができます。この薄膜ができる過程は、基板上のある一点からのみ核生成・成長が起こってできたわけではなく、どうやら、途中でできた構造が融合する過程があることが後でわかってきました。

これらの研究過程で、実は多くの苦労がありました。また、今回行った実験のなかには、「普通はやらないよね」というものがいくつもあります。例えば、偏光顕微鏡で、分子膜の加熱溶融状態からの冷却過程を観察したときのことです。最初に毎分5 ℃で冷却したときは、層状構造に由来する両刃状の顕微鏡像が観測されました。そこで今度はより大きなドメインができないかと、加熱溶融状態から非常にゆっくり(毎分0.5 ℃)冷却したところ、驚くべきことに最初から最後までずっと暗視野のままでした。これは、冷却速度を遅くすることで、ドメインが大きくなるどころか、層状構造の配向まで完璧にそろってしまったことを意味します。普通ならば、最初の検討で顕微鏡像が見えた時点で満足してしまうかもしれません。常に「もう一歩深く踏み込んだら何か見えてこないか」を追求することで、物質の新しい可能性を見出すことができたのだと思います。

また、播磨の放射光実験施設SPring-8でこの結晶薄膜の透過X線回折測定を行ったときのことです。他にもたくさんの試料測定を行った後のことで、時間も明け方(4時ころ)にさしかかり、体力の限界を迎えつつありました。しかし、結晶薄膜の透過X線回折像で、きれいに六角形状に並んだ反射スポットだけが現れた時、目が覚めるほどびっくりしました。なぜなら、この観測結果は、放射光X線のビーム径内で結晶膜中にドメイン境界がないことを意味しているからです。普通ではありえません。興奮しながら、結晶膜上の測定位置を少しずつ変え、その座標を紙に一点一点プロットしながら、即席で地図を作りました。本当に驚くべきことに、30点以上で測定を行った結果、結晶膜のどの場所についても、全く同一配向で六角形状に配列した反射スポットのみが観測されました。この実験により、三脚型トリプチセンの分子集積膜が、平方センチメートル規模で単結晶のような構造規則性をもっていることを初めて実証することができました。このとき作製した「地図」は、私たちの感動をよりリアルに読者に共有してもらうために、Supplementary Figureとして論文に記載しました。

論文の査読結果が返ってきて、レフェリーコメントとして、意訳すると「三脚型トリプチセンの集合化挙動の過程はどうなっているのか?」という、答えるのが難しい質問を受けました。幸運なことに、修正原稿を投稿するまでのごく短い期間に、SPring-8の測定時間を頂くことができました。しかし、限られた測定時間のなかでいくつかの実験を行いましたが、このコメントに対する明確な回答ができる結果がなかなか得られませんでした。最後の最後まで粘って(測定時間終了まであと2時間程度のところ)、トリプチセンのバルク試料を加熱溶融状態からゆっくり冷却し、結晶相への相転移温度よりもわずかに低い温度に保った状態で透過X線回折像の経時変化を1分ごとに1時間にわたって観察するという「普通はやらない」実験を行ったところ、一つの答えを見出すことができました。この実験で明らかになったことは、トリプチセン分子が、等方相から結晶相への相転移点よりも低い温度にもかかわらず、いったん生成した「2次元 + 1次元」の集合体のドメインが大きく配向を変えたり、ドメイン同士が融合したりするという非常に動的な性質を持っているということです。すなわち、トリプチセンが通常の「核生成・成長」だけではなく、「核生成・成長・融合」ともいうべきプロセスで集合化していることが示唆されます。その過程で、三枚羽プロペラ同士がかみ合うことで、構造秩序がセンチメートル規模にわたって伝搬していると考えられます。普通の結晶性の物質であれば、このような挙動はありません。このときの透過X線回折像の経時変化の様子は、ムービーとしてSupplementary Materialに追加しました。

以上のように、分子集合体の空間充填構造を合理的にデザインすることで、分子が一様に並んだ高秩序な有機薄膜を大面積で作製することができました。トリプチセンの3枚羽には、多様な機能性ユニットを導入できるため、様々な機能を分子膜に組み込むことが可能となります。本成果は「分子薄膜工学」という、有機機能材料開発の新しい視点を与えるものと考えています。昨年度発足した新学術領域「π造形科学」では、参画している様々な分析のスペシャリストと共同で有機薄膜の機能評価を行っており、とてもワクワクしているところです。

東京工業大学資源化学研究所 福島 孝典

福島教授と今回の研究に関わった研究者

福島教授と今回の研究に関わった研究者

 

参考文献

  1.  Hosono, N.; Kajitani, T.; Fukushima, T.; Ito, K.; Sasaki, S.; Takata, M.; Aida, T. Science 2010, 330, 808. DOI: 10.1126/science.1195302
  2.  Osawa, T.; Kajitani, T,; Hashizume, D.; Ohsumi, H.; Sasaki, S.; Takata, M.; Koizumi, Y.; Saeki, A.; Seki, S.; Fukushima, T.; Aida, T. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 7990. DOI: 10.1002/anie.201203077
  3. Yeh, M.-C.; Su, Y.-L.; Tzeng, M.-C.; Ong, C. W.; Kajitani, T.; Enozawa, H.; Takata, M.; Koizumi, Y.; Saeki, A.; Seki, S.; Fukushima, T. Angew. Chem., Int. Ed. 201352, 1031. DOI: 10.1002/anie.201207708

 

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