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君には電子のワルツが見えるかな

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ケミカルガール!?

期末試験の終わったがらんとした図書室で化学反応式をいじっていると、シリカさんが入ってきた。彼女はまっすぐに僕のそばまでやってくる。

「芳香環?」

「うん」

視線はまっすぐ僕に向く。

「軌道にπ電子がどう埋まっていくかを考えればすぐにわかる。ヒュッケル則なんて覚える必要ないでしょ」

「いいんだよ、練習しているだけなんだから」

「反応式いじりが好きなら、ベンジン環に置換基をいろいろつけてみると楽しいよ。」

シリカさんは隣の席にすっと座り、耳に口を寄せてささやく。シリカさんは少し変わっている。ベンゼンのことをいつもベンジンと言う。

「配向性って知っているかな?」

「……配向性?」

「ふうん、君、まだ知らないのか」

こういうとき彼女は軽蔑する口調にはならない。ただただ素朴に驚くのだ。君は地面に物が落ちることを知らないのか。そういうニュアンスの驚き。

「例えば…そうだな、アニリンを考えてみるといい。アミノ基の非共有電子対が、ベンジン環状に流れ込むことを考えると、次の3つの共鳴構造が書ける」

「それがいったいどうしたって言うのさ」

「……きみ、意外と頭が固いな。これならどうかな」

そう言ってシリカさんが共鳴構造に印をつけていく。

「あっ、電子密度が、変わってる…」

「そう。ここに求電子剤がやってくるとどうなる?さぁ急げ急げ」

シリカさんはなんて楽しそうに話すんだろう。

「へぇ、オルト体とパラ体しかできないのか」

「君は、芳香環で遊んでいたじゃないか。せっかく遊ぶならいろいろくっつけて、その反応性を考えたほうが楽しいよね?君は一置換ベンジンから3つの共鳴構造を見出せるかな?ヒドロキシ基やニトロ基、その他さまざまな官能基によって作られる3つの共鳴が見えるかな?芳香環上で電子が踊っているのが見えるかな?」

シリカさんは一気にそこまで言うと、にっこり笑った。

「君には、電子のワルツが見えているかな?」

hirosige314さんツイートより転載

 

かの有名な結城浩『数学ガール』のパロディを、ひとつ引かせていただきました。さながら『ケミカルガール』といったところでしょうか。実を言うとコレ、そんなに最近の文章というわけではなく、ネットに落ち流れてしばらく経つのですが、久しぶりに読み返して秀逸なツイートについなんだか感動してしまいました。わたしの心の中にだけある全米フォルダが号泣です。

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というわけで(?)、芳香族化合物のおはなしです。

『数学ガール』の登場人物である村木先生をリスペクトしつつ(?)、ケムステでもすこし問題を出してみたいと思います。次の化合物1~6の芳香族性について知るところを記してください。 GREEN2013aroma1.png

芳香族化合物と言えば、高校では二重結合があるのに水素と化合しにくいですよといった話をされ、大学にくると核磁気共鳴スペクトルが普通と違いますよといったことを習います。

単結合と二重結合が順番に並んで、ただ輪になっていればいいというわけではなく、通常はパイ電子の数を数えて、4で割り切れず2余ったら芳香族の性質があり、4で割り切れたら反芳香族というヒュッケル則を、大学の学部生で習うことでしょう。量子力学でゼロからヒュッケル則を導出しようとするとなかなか手間がかかるらしいですが、それはそれとして頭に残りやすい鮮やかな結果です。

もちろん物事にはやはり、メビウス芳香族性みたいな例外があるんですけどね(ケムステ気になる化学用語『メビウス芳香族性』参照)。

とりあえずヒュッケル則の腕試しに、次の化合物1–6をの構造式を眺めて、おもしろいことがないか考えてごらんなさいな。

すべて(?)ヒュッケル則に従っているので、メビウス芳香族性は1オングストロームほども関係ないのですが、頭の体操がてらご一考のほど。

さて、あなたはシリカさんと仲良くなれるのか、解答のほど、健闘を祈ります。

 

ちょこっと解説(白字反転) 小説調じゃなくてすみません

化合物1: シラベンゼン

ケイ素原子1つの場合は安直に「2n =6」でヒュッケル則を満たす(6つの場合は話が複雑に……)。シラベンゼンSiC5H6は低温下の特別な条件でしか存在できず、かさだかい置換基の誘導体が室温下で単離されているとのこと。芳香族化合物。

化合物2: シクロブタジエン

ひっかけというのもおこがましいなにか。「2n =4」でヒュッケル則を満たさない。反芳香族化合物。

化合物3: シクロオクタデカノナエン

「2n =18」でヒュッケル則を満たし、また各炭素原子は同一平面上にあり、芳香族性を持つ。なお、環状炭化水素であっても、シクロデカペンタエンのようにゆがみすぎていると芳香族性を持てない。芳香族化合物。

化合物4: ヒノキチオール

タイワンヒノキなど針葉樹に含まれる生物活性成分。カルボニルの共鳴「>C=O」←→「>C+-O-」を考えて数えると「2n =6」で、ヒュッケル則を満たす。芳香族化合物。

化合物5: ボラジン

無機ベンゼンとも。窒素原子とホウ素原子で「-N-B-」←→「-N+=B--」の共鳴を考えて、「2n =6」でヒュッケル則を満たす。融点-58度・沸点55度、乾燥した大気中では安定だが、引火点が低く禁水とのこと。芳香族化合物。

化合物6: ホモトロピリウムカチオン

構造式上のsp3炭素が環に参加するホモ芳香族性により、「2n =6」でヒュッケル則を満たす。芳香族化合物。

 

大学学部生で「楽勝だぜ」という場合は、シリカさんと(次元の壁もあるけど)仲良しになれそうな気がします、よ。

 

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